「お前リュカが嫌いなのか」
立ち去ろうとした俺の背に声がかかった。
そのまま無視して立ち去っても良かったが、それだとまるで自分が悪いことでもしているかの様だと思い、立ち止まりきっぱり答えてやった。
「ああそうだ。大っ嫌いだね。なんか文句あるか」
挑戦的に見返してやったその瞳は、やっぱりニヤニヤと笑っていた。
大体大人が言うことは同じだ「それはいけない」とか「父親なんだから」「良い人じゃないか」そんなのばっかりだ。
「いや、文句なんてないさ」
お決まり文句を言われたら、鼻で笑ってやろうと構えていた俺はその一言に勢いをくじかれた。
「オレも大っ嫌いだったからな」
続く意外な一言に驚いて父の親友を見上げた。
「そんな嬉しそうな顔をするなよ」
ヤレヤレと苦笑されてしまった。
俺そんな嬉しそうな顔してんのか!? 慌てて口元を隠した。
ずっと俺の思いなど誰も理解してくれなかった。
親父は皆に好かれていて、自分の目からみてもそれはわかり
自分だけがなぜこんなに嫌悪感を抱くのか、自分だけが可笑しい様に思えてまた腹ただしかった。
こいつも大嫌いだった……
今まで気張っていた力がすとんとぬけ、胸がどこかでほっと息をはいた。
手の下で確かに頬が緩むのがわかった。
それならどうして嫌いだったのか、どうして好きになったのか
安堵の次に疑問がふつふつと湧いてきた。
「どうしてって顔してるな」
俺の思ってることなんてお見通しといった風だ。そんなに判りやすいのだろうか。
目を他所に向けて悩んでいると、コリンズの親父はイスを引っ張り出してきて、机の向かいに置いて手招きした。
招かれるままイスに座ると、書類の束と章印が目の前に置かれた。
これとさっきの話なんの関係があるのだろうか
「じゃあ、この書類に章印を押してくれ」
わけがわからなくて、机とヘンリーの顔を交互にみる。
「どうしてか教えて欲しいんだろ?」
ニヤッと笑うその顔で、自分の足元を見られた事に気が付いた。
こいつ! っと文句の一つや二つ言ってやりたかったが、確かに興味があることなのでヤラレタと思いながらも、しぶしぶ章印を手に取った。
「これ、俺なんかが章印押していいのかよ」
俺は曲がりも何もグランバニアの王子だぞ? ラインハットの声明文に章印を押したところで感じた、ものすごい違和感を訴えた。
「良くなくても、お前は押すしかないだろ?」
しれっと言われた言葉にぐうの音も出なかった。
楽しそうに書類にサインを落とす宰相が、とてつもない曲者であるとラスは身をもって知った。
◆
「それで?」
いつまでたっても話が始まらなくておれは話を促した。
「ん? 何が?」
すっとぼけた顔に、章印を落としそうになった。
「冗談だ。何で嫌いだったかって?」
一瞬殴りたい衝動に駆られたが、実行の隙をあたえない見事なタイミングで話が始まる。
「そりゃあ……アイツは俺の持ってないものをいっぱい持ってたからさ」
そういって、親父の親友は語り始めた。
「あのころのオレは、一人ぼっちだった」
母親はいなくて、新しく出来た母は俺のことを邪魔者扱いだ。頼みのオヤジもオレのことなんて関心なしで、誰も構ってくれなかった。
そんな頃、家庭教師だとかいう子連れの男が現れた。
──おかげでオレはさびしくなくなった。
「なんて思ったら大間違いだ」
あれは傷心の子供に塩をぬるようなもんだったと言ってヘンリーは肩をすくめた。
その家族は本当に幸せそうだった。
「そりゃたまんないって、目の前で親自慢、子自慢だぜ?」
同じ母なし同士なのにどうしてこうも違うのか。
お前は父親に愛されていないんだと言われているようで苦しかった。
アイツの間の抜けた顔、冒険の話、纏う穏やかな空気、
……満ち足りた笑顔。
全てが嫌いだった
「あまりにも憎くて苛めてやろうとオレが姿をくらましてやったら、即行で『おと~さ~ん』だぜ?」
──それは確かにイラつくな。
「だろ!? むかつくだろ?」
共感した俺にヘンリーは羽ペンをこちらに向けて力説する。
しかしすぐにふうとため息を吐いて背もたれにもたれかかった。
「オレは、うらやましかった。本当にうらやましかったんだ」
さっきとうってかわった優しい声に俺は目を見張った。
上を向くその目は天井ではなく、遥か遠くを眺めていた。