義勇が錆兎を初めて見た日、最初に思ったのは『儚い』だった。あれだけ堂々とした少女なのに。外見でも性格でもなくもっと別の部分にそう形容したくなる何かがある。この手を離したら二度と掴めなくなってしまうような不安が胸を離れてくれない。
「もらったぁ!」
木刀の軌跡を捉えきれない。一本取られた。地面に転がる。彼女は自慢げな顔で見下ろしてくる。そうだ、錆兎はとても強い事を義勇は知ってる。なのにどうも見失いそうだった。
錆兎を見ていると義勇も強くならねばと感じる。少しでも足を止めたら手遅れになるという焦燥感が背中を押す。ああ、でもこれは。押すというよりは突き飛ばすという方が近い気がする。
親友が死にかけた日の事を思い出した。脳内に声が響く。
―救え。
またこれだ。真菰を行かせるなと聞こえた時と同じ。
―錆兎の面を奪え。
何故? 無駄と分かりつつ聞いてみる。
―奪って別行動しろ。
啓示が理由を説明してくれたことはない。
―親友が死んでもいいのか?
良いはずがない。
「すまない」
寝ている間に親友の狐面を奪う。直感の言う通り。
その結果、最終日に最大の敵と出会った。この為に直感は仮面を取れと言ったのか。
―慢心は実力差を覆す。気をつけろ。
なんて忠告したのが笑えない。慢心していたのは俺の方だったな。身体の限界が見極められなかったのか無茶な刀さばきで刀を折ってしまう。何かが噛み合わない。
俺はもっと力があったはずだ。素早く動けたはずだ。刀がこんなに早く消耗するのか?
もう駄目だ。一度は完全に諦めかけた義勇を救ったのは親友だった。
「死ぬなと言ったのはお前だろう! 先に逝ってどうする!」
―あの光に、ずっと焦がれて仕方ないんだ。
***
錆兎、義勇、真菰の三人は柱合会議への呼び出しを受ける。瀬尾を殺した上弦の弐に関する事だろうと気を引き締める。
「瀬尾さんに柱ってどんな人いるのか聞いたら『デカい坊さん、派手な忍者、燃えるおじさんだな』って言ってたけど」
「会えばわかるだろう」
もう本人には直接聞けないのだと思うと錆兎は怒りに胸を焼き切られそうになる。血の匂いが、吐血しては大丈夫だからと無理に話す姿が、腕の中で冷たくなる肌の感触が蘇る。
瀬尾の事を考えながら屋敷に到着すると、かつて語られた通りの人相の男たちがいた。
岩柱・悲鳴嶼行冥。柱になるまで早くて二年と言われている中で、戦い始めて一年という短期間で柱となった強者。
音柱・宇髄天元。十七歳とこの中では新参者だが独自の呼吸を編み出した。鬼殺隊に入る前、それこそ生まれた時から戦いに身を置いた経験から成せる脅威の分析力。
炎柱・煉獄槇寿郎。炎柱といえば煉獄家、煉獄家といえば炎柱。初代からの歴史を繋ぐ現役柱の最古参。
「よお、ド派手な髪じゃねえか」
速攻で話しかけてきたのは派手な忍者。錆兎の髪色が気に入ったらしい。すると何故か義勇が錆兎の手を握ってきた。意外と体温高めだ。親友の奇行、いつもこれくらいなら可愛いのだが。もう失踪して死にかけたりしないでくれよ頼むから。
「……」
「んな顔しなくても取りゃしねえよ、俺は嫁一筋だからな」
ちょっと話の意味が良く分からなかった。
「……」
義勇が無言で頷いている。
「俺の嫁たちは」
「……宇髄、左手」
「はぁ?」
宇髄は自分の左手を見てみるが特におかしい所はない。
「……? 俺は何を」
言った義勇自身も良く分かってなさそうだ。
「そいつたまに変な事言い出すんだが害はないんだ」
「地味に良く分からん奴だな」
「だよな、俺もそう思う」
デカい坊さんは瀬尾を呼んで泣き続けてるし、燃えるおじさんは機嫌が悪そうだ。
そういやあの坊さん、真菰が「瀬尾さんの恋人だったのかな」みたいな噂してたけど別にそういうのじゃないと思うぞ。「あのねえ、悲鳴嶼とは年が近いだけなのよ。それなら義勇は西塔と恋仲だという話も成り立ってしまうよ」「嫌だあんなすぐ細切れにされそうな男」義勇が人を嫌うのは珍しい。余程の事がなければ仲間には「嫌われて悲しい。仲良くなりたいのに」と落ち込む程度なのに。
そして屋敷の中に座っているあの人。独特の雰囲気を醸し出している彼が『お館様』産屋敷耀哉か。錆兎からちらりと見えたがお館様の奥様は子供たちをあやしているようだ。いち、に……五人。五つ子か? だとしたら凄いな。使用人とか雇っても良さそうなのにそういう人がいる気配もない。
挨拶は坊さんがそつなく済ませ(慣れているのが感じ取れる)、お館様からは葉子が上弦の弐と遭遇して命を落とした事が告げられる。
お館様が瀬尾の遺書を読み上げた。色々書いてあるが要約すると『長生きしてね』だ。お館様曰く示し合わせた訳でもないのに皆そう遺すらしい。
「葉子、後はゆっくり休んでおくれ」
お館様の声は春の陽だまりのように暖かい。沈んだ心を暖めてくれるような気がした。
「上弦の弐について教えてほしいんだ。無理にかしこまらなくて大丈夫だから」
錆兎が瀬尾から得た情報について説明する。真菰は言葉がやや抽象的なところがあるし義勇に至っては対人交流が全くの苦手分野なので三人でいると自然と錆兎が説明役に回りがちだ。
「上弦の弐は鉄扇と氷の術を使ってきます」
青年の姿をしていた事。肺に傷を与える術が厄介だが純粋に扇を使った攻撃も痛い。そして上弦の弐、おそらく本気ではなかった。恐ろしい事に全方位隙がない。
上弦の弐に関する報告が終わると、お館様からは。
「貴重な情報をありがとう、皆」
彼の言葉を聞くと何だか心がふわふわしてしまう。読み聞かせとかされたらとても良く眠れそうだ。
そして議題はそれだけではなかった。三人が呼ばれたもう一つの理由は。
「三人に頼みたい事があるんだ」
当主の言葉に気を引き締めると。
「真菰には鬼殺隊入隊試験の監督役を務めてほしい」
「……はい!」
「葉子は後進の育成を大事にしていたからね」
「せ、瀬尾さんの遺志を継ぎたいという意を汲んでくださり誠にありがとうございます!」
『神童が来てから最終選別で死ぬ奴が減った』という噂の真意はこれだ。不合格が死とは限らなくなったから。決して基準が甘くなったわけではないので合格者数は対して変わらないが。不合格者は剣士として再挑戦をするものもいるが多くは隠なり藤の家なり後方支援に回る。
直接提言したのは瀬尾だが神童が戻ってこなければ判明しなかった事実だから、これはもう神童の功績だよなんて瀬尾は言ってたけれど。それは瀬尾さんのした事だとちゃんと誇ればいいのに。錆兎は師匠の笑顔を思い浮かべた。
そして無欠の原動力たちには。
「錆兎と義勇の二人で水柱になってほしいんだ」
二人で一つ、というのは珍しい事だ。ただでさえ柱に相応しい者が現れる事が少ないのに、『同じ呼吸の使い手が同等に卓越』場合という条件まで満たされる事は少ない。
「俺は」
「……謹んでお受けいたします」
義勇が何か言いかけるがその前に錆兎が答えた。
「どうせ『俺には相応しくない』とか言おうとしたんだろうがそんな事思ってるのお前だけだぞ」
判断が早い。
「新しい型作ったなんて凄いよ義勇は。あの型だけは瀬尾さんも真似できなかったもんね」
すかさず真菰が援護する。
「錆兎の方が凄い。誰も死なせなかった」
「だからそれは俺だけの功績じゃないって言ってるよな?」
「義勇は『謙遜も過ぎると嫌味』って言葉を覚えておくべきだと思う」
最終的には『お館様に見る目がないと言いたいのか?』とまで錆兎に言われたので義勇が折れた。
「ありがとう。『静の水柱』義勇、『動の水柱』錆兎。これからよろしく頼むよ」
「二人一緒とはド派手だな」
「瀬尾は弟子の話をよくしていた……未来の柱だと……。ついにこの時が来たか……」
「ふん、どうでもいい」
先輩の柱たちからは三者三様の言葉が返ってくる。
会議が終わったのち義勇は残るようにと指示を受ける。義勇は不安そうに錆兎の方をちらりと見た。
「大丈夫だ、瀬尾さんが信頼してた人だぞ」
「がんばれ」
「ああ、錆兎と真菰も一緒で構わないよ」
お館様の許可が出たので三人で残る事にした。義勇は嬉しそうだ。そわそわしながら錆兎の手をにぎにぎしている。謎だ。
「二人とも仲が良いね」
微笑ましいという顔でお館様が見ている。
「親友だから」
錆兎は夏空のように爽やかな笑顔で答えた。
さて、お館様が三人を残して聞いたのは義勇の持つ『直感』についてだった。
「これは葉子から聞いた話なんだが……義勇に予知能力があるというのは本当かい?」
「予知と呼ぶにはあまりに不完全ですが」
「聞かせておくれ」
「天の声がああしろこうしろと囁いてきます。理由の説明もないまま」
直感の声はいつも唐突だ。真菰の試験を延期させろだの、錆兎の狐面を奪えだの。
「俺と真菰はそのお陰で救われた」
「葉子の時は何かあったかな」
「いえ、瀬尾さんに関する事は何も」
「真菰や錆兎を救った声だから瀬尾さんの守り方も教えてくれると勝手に思い込んでいたのかもしれない。二人を救った過去は未来の保証になどなりはしないのに」
「直感があるからといって全てが上手く行くわけじゃない。もどかしいよね」
この『直感』を説明する事は難しいけれど、鬼に虐げられる者を一人でも減らしたいと誓うこの想いだけは本物だ。それだけは皆変わらない。
無欠の神童。静と動の水柱。比翼連理の狐。鬼殺隊の歴史を変える一対は着実に花開いていく。
活動報告に10話までのあらすじやちょっとした裏話を入れてみました。