錆兎ちゃん(♀)と直感義勇さん   作:Moa

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試験官の真菰ちゃん

真菰は集めた人だかりに何だかドキドキしていた。なんといっても初めてなので。年は真菰と同年代か少し下が多いか。

「最終選別、鬼殺隊入隊試験を担当する真菰です。よろしくね」

参加者たちに手を振るが反応は芳しくない。緊張してるから仕方ないかな。

 

「皆には七日間この中で生き延びてもらうの。山の中には鬼を閉じ込めてあるから。藤の花が鬼避けになってるんだよね」

ちょっと緊張しながら説明していく。

 

「あの人可愛いな」

真菰のハネた黒髪、幼げな印象を見てあれやこれや。参加者の一部がひそひそ噂話をしていた。

「確か前より楽になったんだろ試験?」

「前は半分死ぬのが当たり前だったらしいけど水柱が変えたとかなんとか」

「じゃあ案外余裕かも」

 

すると真菰が消えた。

噂話の背後に回り込んだのだ。動きが見えた者はごく僅か。

肩に手を置いて声をかける。

「気を抜いたら死んじゃうよ? 今の水柱たちだって危なかったんだから」

真菰の言葉に会場がざわめいた。

「よりによって水柱が」

前提として『柱』とは鬼殺隊最上位の精鋭であるわけだが、その中でも静と動の水柱は形式変更前の試験で誰も死なせなかった伝説の存在だ。あの時は二人いたとはいえこれは前代未聞の奇跡である。

 

「このまま帰る? 私は止めないよ」

忠告はしたが誰も帰りはしなかった。これ以上失う物がない者達だ、当然か。

 

「基本的には生きてれば合格だけど死にそうなときとか私の判断で助けに入って失格にする事があるからよろしくね」

俺はまだやれたのにって思うかもだけど命には代えられない。もう一度受け直してもいいわけだし。

山に閉じ込めた鬼との実戦形式という根本はそのまま。稽古でどれだけ優秀でも実際に鬼を目にすると動けなくなる者はいくらでもいる。

 

「私も身体一つしかないから助けられない可能性の方が高い。それでも戦うなら……七日間、頑張ってね」

 

「それでは、はじめ!」

山に入っていく参加者たちを見送って真菰もそっと追いかける。

「じゃ、早速様子見よっと」

 

初動で大体どういう性格かわかるとは瀬尾の言葉。噂話してた人も言葉が効いたのか少し慎重になっている様子。鬼に対して、他の受験者に対してどう接するか。性格の出るところだ。

 

「やっぱり緊張する」

はじめての事だ、一人だけで山を駆け巡るのは少し不安。

タ、タッ。軽やかに土を踏み飛び歩く。ときおり枝を踏んで音がする。

 

鬼に食われそうになって動けない一人目を助ける。このままでは彼が死ぬところだったので。

「あ……」

膝から崩れ落ちた。

「生きてれば次があるよ」

この人に次に挑む気力があるかも分からないけれどと思いながら真菰は山の外まで運んでおいた。

 

「……瀬尾さん」

瀬尾葉子の遺言は『自分の限界を見極めて死ぬ前に撤退しなさい』だった。『鬼殺隊を辞めなさい』ではなくて。言われた程度でやめるなら最初からそうしてると分かっていたからか。

「瀬尾さんじゃなかったらもっと早く死んじゃってたんだろうな」

上弦の弐相手には逃げる事すらできなかったけど、それでも鬼の腹ではなく夜明けの光の中で逝けた人。

 

「私にもできるよね。瀬尾さん一人でやってたし。錆兎と義勇に至っては最初からやってたんだから」

頑張れ真菰と自分に言い聞かせて夜の闇を刹那に駆け巡る。

 

参加者の一人が鬼を斬る姿が見えた。

「かなり筋が良いね。水の呼吸? にしてはちょっと変だけど」

水の呼吸が持つ『変幻自在』の側面を強調したような動き。大きくうねる軌道で急所を落とす。成りたての鬼では対応できない。

「今回来てる中で一番強い。それでも油断は禁物だけどね」

この彼について真菰は開始前から認識していた。

 

最終選別に動物を持ち込むのも左右で目の色が違うのも珍しい事だったので。

 

***

 

肩の上で寄り添う白蛇に話しかける男。名を伊黒小芭内という。最終選別開始時の真菰が「回り込んだ」動きを認識できた数少ない男。

「どうした鏑丸」

相棒の蛇がちょいちょいと主張する方角の先、遠くに紅い色がゆらめくのが見えた。誰か喰われたのか。待て、ゆらめく? 目を凝らす。血液ではなかった。

 

炎だ。

 

「炎の呼吸の使い手でもいるのか」

隣の相棒が言うにはあれは違うとのこと。

「何、炎の呼吸ではない?」

全集中の呼吸から繰り出される幻影ではなく。

「本物、だと」

鏑丸には温度が見える。

蛇にはピット器官と呼ばれる赤外線感知器官が存在するのだ。

「誰の仕業だ」

 

しかも炎の先にまだ人がいるらしい。しかも動けていない。

 

「鏑丸、身体は冷たくなっていないんだな? 分かった」

悪態をつきながらも小芭内は救助に向かう。口は悪いが他人を見捨てるような男ではなかった。

見捨てられなかった。

 

温度を見る相棒の助けを借りて傷を負った人間を見つけ出す。

「下がっていろ。貴様のような阿呆共を回収してくる。くれぐれもついてくるなよ足手纏いは迷惑だ」

 

「違うそっちじゃない逃げる方向も分からないのか」

戦えない奴を帰して先に進むと、熱が少しずつ小芭内の肌にも伝わる。

その先に尋常じゃない鬼の気配を感じ取った。

 

出会ったのは真っ赤な着物。十代くらいの外見の可憐な少女だがおそらく五十人は食っているだろう。

「わあ、美味しそうな人ね。お名前は?」

鬼と話す事などない。

「喋れないのかしら。まあいいわ。えいっ」

少女の手から放たれる赤色の光。回避すると背後の木に炎が灯った。そういう術か。

 

小芭内は斬りかかるが『ある事』に気づいて下がる。見えにくいが掠っただけで致命的になる熱が揺らめいていた。

鏑丸が教えてくれた。

「あら、それ避けるの」

 

「煙がいまいち効きづらいわね。口の布かしら」

揺らぎに触れそうで攻めきれない膠着状態。もどかしい。

火炎を撒く術。煙を吸うせいで少しずつ動きが鈍る。

このままではじわじわと不利になるばかり。

 

その均衡を大きく崩したのは試験官だった。

 

***

 

 

鬼の気配を頼りにあちこちを駆け回っていた真菰だが、異変に気付く。

「なんで山が燃えてるの」

感じる熱。煙の臭い。決して幻覚などではない。始まった場所が真菰から遠かったことで気づくのが一手遅れてしまった。

 

―水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

延焼を防ぐために周りの木々を斬り落としつつ駆けつける。

「本当に水が出たらもっと楽なんだけど」

 

そうしていると炎の先に尋常じゃない鬼の気配を感じ取った。いつから?

この程度の強さの鬼自体は真菰は何度も遭遇しているがちょっと新人には荷が重い。こんな鬼いなかったはず。開始前に調べたのに。

 

気配を追いかけ、鬼を見つける。赤い着物を纏った少女の姿だ。

蛇を連れた男に加勢する。

「下がってて。これは私が相手する」

「俺はまだやれる!」

小芭内は食い下がる。

「想定外の強さなの。非常時だから失格にはしない。私の失態、ごめんね」

「怪我はない。戦える」

「じゃあ手伝ってくれる? 私が弱らせるから斬って」

 

 

 

「ねえ、君は何人食べたの?」

真菰の問いかけに鬼は答えた。

「三人」

「嘘だよね。五十人くらいは食べた顔してる。本当の事言って」

「ほんとに三人だよ?」

「ぐすん……」

嘘泣きしちゃって。無害なふりをするのが上手いね。

「ここで止める」

 

真菰の速度に翻弄されている間に小芭内の技巧が刺さる。

小芭内が首を刈り取り、真菰はお疲れ様と微笑んだ。

 

共に戦った事で小芭内の技巧を理解した。読めない軌跡。「力」ではなく「技」の剣技。予想以上の出来栄えだった。

 

選別の7日間が終わる。残念ながら全員生存とは行かなかったがそれでも多くが生き残っていた。といってもほとんどが助けられての失格扱い。

延焼を防ぎ鎮火を待つ。試験終了後の雨に助けられた。

 

のちに、あの鬼が食ったのは本当に『三人』で『五十人分』だったのではないかという説が立つ。戻ってこなかった参加者の中に怪我をしてから妙に鬼を惹きつけている男がいたという証言で辿り着いた。

最初に怪我をしてから鬼に食われるまでの一連、真菰が別の場所を巡回している間に終わってしまっていたらしい。

例えばこの山の鬼を狩りつくして全員生存させるというだけなら今の真菰でもおそらくできたのだろう。だが彼女が今回することはそれではなかったので。

「……助けられなかった」

あくまで主目的は適切な難易度管理。

あちこちで同時に起こる戦いに全て介入することなどできやしない。瀬尾も全員を生存させられたことはなかったのだが、どうしても無欠の神童がちらついてしまう。

 

できれば試験官補佐のようなものも入れたいところ。試験官一人だって無理を言って入れてもらったのだ、人員に余裕があるわけではない。

「それでも少しずつ育ってる、よね」

 

 

のちに『美人の新試験官が最初に来た時』『山火事が起きたが蛇を連れた男に助けられた』と語られる回の話であった。

 

 

***

 

 

「合格おめでとう。救助活動してくれたんだよね。本来私の仕事なのにありがとう」

「鬼を強くする筋合いはない、それだけだ」

無事合格した期待の新星に話しかけてみたけれど機嫌が悪い様子。

「使ってるの水の呼吸?」

「いや、これは」

どうやら派生らしい。

「もしかして自分で作ったの? 凄いね」

 

 

 

「瀬尾さんみたいに褒めてみたけど上手くいかないなあ」

そんな独り言が宙に消えた。

 

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