錆兎ちゃん(♀)と直感義勇さん   作:Moa

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17歳よ牙を剝け

「皆集まってくれてありがとう」

お館様の招集に応えた柱が揃っていた。一人を除いて。

「足りないのでは?」

「槇寿郎は来れないとのことだよ」

任務ではなく単に飲んでぐだぐだしているらしい。

「地味にヤバくねえか」

「南無……」

「お館様も体調が優れない中でこうして声をかけてくださるのに」

「行くのと来るのでは違うから。しかし心配だね」

 

さて、今回の議題は義勇の直感についてだ。単刀直入に切り出した。

「カナエを守りたい」

「お付き合いはしません」

笑顔だが毅然とした態度で断られた。

 

「だからこの前誤解されたばかりだろ!」

錆兎のツッコミが入る。

「義勇も重婚する予定があるのかな」

お館様もお茶目なところがある。

「結婚したら既婚組で派手に話し合おうぜ」

重婚第一号が誘う。

「しない」

「つれねえなあ」

「これは『相手が望んでいないので重婚はしない』だ。『お前と話したくない』という訳ではない。口数は少ないが声を掛けられると喜ぶから嫌じゃなければ話しかけてくれると嬉しい」

「派手に飛ばしすぎだろ」

よくわかるな。心が読めるわけでもないのに。

 

告白ではない直感について錆兎から説明が入った。義勇はこう言いたいのだ。

『胡蝶カナエの事だが、17歳で危機が訪れる予感がするから担当範囲に人員を集中させたい。防御特化の型が使える自分が守りに入りたいと思っている』

 

何が起こるのか、何故17歳の間なのか説明できるわけではないのが困りごとだがいつもの事だ。

「私だって柱なのだから守ってもらわなくても大丈夫よ」

「危険だ」

「そりゃあ柱なら全員そうだろ」

その意見は最もなのだが。

「本当によく当たるんだ。俺と真菰は義勇の予感がなかったら最終選別で死んでたかもしれない」

充分あり得た未来。他の人ならともかく『無欠』がという事実は重い。

「カナエは優しいから周りへの負担を気にしてるんだろ。カナエだけの為じゃないさ。強い鬼を倒せれば多くの人が助かると考えればいい」

その言葉が悲しみを減らしたいと願う彼女の琴線に触れたようで。

「……そうね。ありがとう錆兎さん」

 

結局あっさり承認された。直感についてはお館様という前例があるのが何より大きかった。

「義勇の先見の明、期待しているよ」

 

***

 

会議から数週後、それは唐突に訪れた。

とある宗教施設の近辺。カナエの担当範囲を巡回していた小芭内は底知れない寒気に恐怖した。

かつて自身を縛った鬼とは比べ物にならない悪夢。鮮やかな虹色の瞳が小芭内を見ている。

 

上弦の弐。即座に鴉を飛ばす。

 

奴の情報は知っている。迂闊に吸えば肺を壊す冷気の術が厄介だ。

かといって近接戦闘が苦手という事でもないのが恐ろしい所。両手の扇で切り裂いてくる。二刀流の亜種、手数が多いのは厄介だ。

序盤は様子見に徹しているように見えたという。最初から本気を出さないなら好都合だ。楽観視はできないが柱が来るまでの時間程度は稼ぎたい。

 

これらの情報をもたらしたのは数年前に殉職した水柱、瀬尾葉子。

小芭内は瀬尾と面識はない。彼が入隊した時には既に水柱は静動の二人体制に変わっていた。瀬尾は柱としては平凡と自称していたが(それでも柱だったのだが)新人育成の制度を変えた人らしい。瀬尾の新人育成力については『水柱の義勇と錆兎、試験官の真菰の師匠』という言葉だけで説明が完了してしまう。瀬尾自身は運が良かっただけと謙遜していたらしいがその幸運を手に入れられた事実は変わらない。

柱としては平凡。瀬尾の師匠(引退済だ)の方がずっと多くの鬼を斬ったし、潜在能力という点では無欠の神童が上だ。瀬尾の功績は目に見えにくい。

 

上弦の弐が話しかけてきた。

「綺麗な目だね。左右で違うなんて」

鬼に外見を褒められても嬉しくもなんともない。この瞳も好きでこうなったわけじゃない。

 

「俺は童磨。万世極楽教の教祖さ」

「聞いた事がない。鬼の宗教なぞどうせ(ごみ)だろう」

「せめて聞いてから言ってよ。現世には苦しみが多すぎるから減らしてあげたいんだ。信者達は俺の腹の中で苦しむことなく永遠に生き続けるのさ」

勝手に話す童磨。

「何故その説明で許されると思ったのか理解に苦しむ」

 

鬼が作り上げたかりそめの楽園。住まう人間は自らが家畜だとも知らずに、あるいは知りながら他人を生贄にして生きていく。

嫌になる。小芭内が育ったのもそういう類の世界だった。

 

「早速行かせてもらうね」

童磨が踏み込み扇を振るう。

小芭内は地面を蹴ろうとして合図に気づく。深く踏み込み扇の軌道より幾分深めに後退した。

それが功を奏した。

「よく避けたね」

普通に吸い込んでいれば肺をやられていた。素早く冷気を察知した小芭内に童磨は感心する。

「目がいいのかな、それとも熱に敏感なの?」

ひらひらと舞う扇から飛ぶ氷。小芭内は回避に専念する。

 

数回の攻撃を経て童磨は気づいた。

小芭内を助けたのは熱を見る蛇の瞳。深めに下がったのは鏑丸の合図だった。

 

「そういう事か。蛇は温度に敏感なんだっけ。君の『目』潰しとこ」

させるか。軌道を弾く。

「面白いね、そんな曲がり方するんだ」

予想外の動きだったらしい。それでも対応されてしまう。

 

「知らない呼吸だな。もっと見せてよ」

奴の笑顔が心底気持ち悪い。

 

***

 

その夜、不死川実弥が受けた報告は『伊黒小芭内が上弦の弐と遭遇した』だった。

 

「上弦の弐だァ?」

 

鴉の様子を見ると一番近くにいるのが実弥だった模様。柱()()と共に急行せよの命。

即座に駆け出す。俊足の実弥であれば間に合うと信じて。

 

近くにいるのは『無欠』の名で知られる双璧の冨岡義勇、流水(ながみ)錆兎。

優秀な剣士でありながら医療への造詣も深い胡蝶カナエ。

 

それだけに留まらない。

柱を辞退して鬼を狩りつつ一般隊士の底上げを行う雫石(しずいし)真菰。

伊黒小芭内も期待の新星として数えられているし、不死川実弥は次の柱はほぼ決まったも同然と噂の男だ。

 

この全員が一堂に会する絶好の機会。

奇跡のような配置だった。

 

 

 

小芭内と男が対峙している所まで駆けつけた。前情報なしでも一目で上位の鬼だとわかる。

 

―蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り

 

予測不能の一刀。しかし上弦の弐相手に一人では無茶というもの。繰り返すほど効果が落ち、いずれ見切られてしまう。

 

肩に乗る『目』を潰そうと扇を振る童磨。

ついでに小芭内の首まで取れたら儲けものと真横に流れる。

冷気を纏わせた扇は一度目と同じと見せかけて急加速。一瞬の隙が致命となる。このままでは避けきれない。即死は免れても首を掠れば大量出血でいずれ死に至るのは変わらないだろう。

それを許すつもりは毛頭ない。

 

―風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐

 

切り上げられた扇が宙に舞う。刀を振る圧で氷粒も飛ばされた。

 

「よくもまあ俺のダチ刻もうとしてくれやがったなァ」

「不死川!」

年齢くらいしか共通点のなかった二人が友情を育むきっかけはまさにその年齢だった。『最終選別の死者零を達成した奇跡の原動力』と比較されて飽き飽きしていた繋がりで意気投合。時々カナエも加わって話す仲になった。

このような経緯なので『無欠』がいなければ二人の友情が成立するにしても今より時期が遅かっただろう。

 

「今日はついてるなあ。二人も会えるなんて。あ、ほんのりお酒の匂いがする。どこに隠してるんだろ」

 

―血鬼術 蔓蓮華

 

次は氷の蔓が四方八方から飛来する。斬り落として防御するが数が多い。

「伊黒、テメエは避ける事だけ考えてろ」

自分より経験の浅い小芭内を気遣っての言葉。

「言われるまでもない」

すべきことはわかっている。救援が来るまで上弦の弐をこの場に縫い留めておく。

 

鏑丸の目が冷気を見て実弥の刀から放たれる風圧が微細な氷を吹き飛ばす。

小芭内が実弥の致命傷を防ぐように斬撃を入れる。

それでも落としきれなかった蔓が一本だけ実弥の腕を掠った。

傷跡だらけの肌に新しい傷が増える。

「俺の失態だ」

「構わねえ。慣れてる程度の怪我で助かった」

実弥は不敵な笑みを浮かべる。

 

「わあ怪我して笑ってる。君って変態なのかな。何だっけ。そうそう思い出した、『マゾヒスト』ってやつ」

「ァ?」

「それじゃあマゾヒストの要望通りに痛めつけてあげ……あれ?」

ふらり。童磨の身体が揺れた。童磨が感じたのは嗅覚の機能が止まるほど圧倒的な酒の匂い。動きが緩慢になった所に実弥が型を叩き込む。

 

胴体から血が噴き出た童磨はあろうことか頬を染めて実弥を見つめていた。

「被虐趣味はテメェの方か?」

 

「本当にいたんだ。酒の匂いがする人間」

恍惚しながらも傷の再生は流石の速度。もう塞がってしまった。

 

「俺は女の子を食べるのが好きなんだ。栄養たっぷりだからね。でも君は男だけど物凄く滋養になりそうだ」

童磨は別に男を喰わないなんて大層な信念は持ち合わせていない。女を好むのは栄養価が優れているから。不死川実弥は何人分の女に匹敵するだろうか。喰ってみないと分からないが少なくとも百人は下らないだろう。

 

「稀血でここまで強い子は初めて見たよ。大体はすぐ食べられちゃうから」

「全く戯けた野郎だなァ」

「元凶の癖に他人事のような言葉遣いをやめろ。虫唾が走る」

 

「追い回されて傷だらけになる未来から救ってあげよう」

なんて名案だという顔。どうしてそんな表情ができるのか分からない。奴の態度は実弥の信条を強めるには充分だった。鬼は須らく殺すべし。

 

「君達なかなか有望だね。もしも俺に会わなかったら柱になってたかもしれない。もうちょっと酒の匂いを楽しんでいたいような気もするけど。そろそろ食べて帰ろうかな」

殺し合いながら雑談を続ける常軌を逸した鬼。

 

―血鬼術 寒烈の白姫

 

二つの氷が二人に襲い掛かる。氷の吐息を吹き飛ばしていくが次第に限界が近づく。

小芭内の足が凍る。動きが鈍った所に再度放たれる冷気。

 

避けきれない。

その瞬間、全てが無になった。

 

―水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 

「無事か」

 

小豆色の影が全てをかき消す。静の水柱が追い付いたのだ。

 

*****

 

「上弦の弐。俺はお前を許す事はない。ここで死んでもらう」

「綺麗な型だね、俺は感動したよ」

義勇が静かに怒りを向ける一方で害意全てを受け流す静の奥義を見た童磨は恍惚としていた。どちらかというと(実弥)に酔っているせいだが。

「柱は何人も救って来たけど。この型は見たことないなあ」

当然だ。

「あ、違った。一度あるかも」

「有り得ない」

義勇が作った彼だけの型。真菰の教え子の中には模倣を試みる者もいるが誰一人として再現に至ってはいない。

 

「思い出した。最近殺した柱の子だ。片腕で出した滅茶苦茶な型だからすぐわからなかったんだ」

義勇の心中が煮えたぎる。

 

上弦の弐が殺した柱。片腕。凪を使いうる。

 

気づかないはずがない。だってその人は。

「瀬尾さん……?」

あの人に見せた事がある。経験豊富な師匠ならできてもおかしくないと義勇は理解する。瀬尾の凪を見せてもらった事はついぞなかったが。

「へえ、あの子瀬尾ちゃんって言うんだ。それにしてもあんな酷い物を型だなんて笑っちゃうよ。柱の割には弱かった気がするなあ」

 

「どうして瀬尾さんの代わりにお前が死ななかったんだ」

「何を言っているんだい? 瀬尾ちゃんは俺の中で永遠に生き続けてるよ」

「気安く呼ぶな」

こいつだけは何としても殺したいという衝動が義勇の中にもあった。

ぐつぐつと深淵から湧き上がる。

 

「瀬尾さんを返してよ!」

同じ怒りを共有する少女の叫び。

 

―水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱 九尾式

 

師から受け継いだ速攻の九連撃。力の不足を速度で補う形に調整、真菰が最適化した型だ。

的の大きい胴体を狙う。

 

「許さないから」

普段ふわふわと優しい声の真菰だが今は違う。

「もっと色々教えてくれるはずだったのに」

輝かしい未来があったはずなのに。

「可愛い女の子が来た。今のはちょっと痛かったなあ」

 

真菰は続けてもう一撃放つ。

―水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 

「もしかして頸斬れないの? 君小さいからね」

「どうとでも言えば」

真菰は不思議な魅力を声にまぶす。

 

「今日は運がいいなあ。可愛い女の子に特上の稀血までついてるんだから」

「ずっとそうやって話してればいいよ」

「話していいの? 俺の周りは話すの嫌いな鬼が多いからさ。瀬尾ちゃんが柱になれたのって水は欠けちゃいけない決まりがあるからだっけ?」

 

「俺の師匠を侮辱するな!」

新たな濁流が走る。

―水の呼吸 捌ノ型 滝壷

動の荒波が牙を剝く。迎え撃つ扇ごと叩き斬った。

 

時を置かずにまた一つ美麗の剣技が増える。

―花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

「皆生きてるわね、良かった」

最後に合流した『予感』の中心地。

 

六人。この場に六人の精鋭が集まった。

 

「こんなにぞろぞろ来るとは思わなかったよ。じゃあちょっと本気出そうかな」

偽りの笑みを張り付けて水柱の仇敵は殺気を強めた。

 

―血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

圧倒的な存在感。巨大な氷像が腕を振り下ろした。

静の水柱は咄嗟に回避ではなく防御を選ぶ。この中で最も経験の浅く凍りかけた足の小芭内が避けきれない未来が見えたからだ。

 

―水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 

完全には防ぎきれず骨の折れる音が響く。

 

「義勇!」

水の叫びが重なる。

「問題ない」

 

咄嗟に庇われた小芭内は相棒に尋ねる。

「鏑丸、隙はないのか」

駄目だ、周り全てが冷気に纏われている。童磨の頸に届く距離まで近づけば肺が死ぬ。

 

小芭内は自分の不甲斐なさに怒りながらも一矢報いようと冷静に思考し。

真菰は怒りに震えながら小芭内の言葉で我に返り。

カナエは肺が死ぬ覚悟で特攻を試みる算段を立て。

義勇は仲間が傷つかぬよう守備を固め。

錆兎はこの鬼だけは殺すと意識を集中させる。

 

攻めきれない状況を変えたのは実弥の言葉だった。

「こうなったら奥の手だ。守ってくれ」

「分かった」

一番重傷のはずの義勇が答える。

「それは私がやるわ」

流石に見ていられないとカナエが立候補する。

「頼む胡蝶」

 

「呼吸で肺が壊れちゃうのに君たちに何ができるのかな」

「それが呼吸じゃねえんだなこれが。こんなん誰にでも使える」

誰にでも使える奥の手、という言葉が童磨の興味に刺さる。

「ハッタリかな。嘘ついているようにも見えないけど」

情報を出し尽くしてから殺す。長年染み付いた思考回路がその技をあえて受けることを選択した。

 

「行けェ!」

実弥の合図で一斉に攻め立てる。巨大な氷像に立ち向かう六人。

「遠くで吸って逃げるの繰り返しなら無駄だよ。瀬尾ちゃんもそれで死んじゃったし」

「どの口がそれを言う!」

錆兎は怒りに任せて叫んだ。

 

カナエの支えを頼りに致命傷を避けた実弥。

氷像が振り下ろした腕の上を駆け上がり童磨と足元へ小瓶を投げつけた。

「こんなの効くわけないでしょ。刀でもないのに」

扇で叩き割られる。無色透明の液体がかかった。

 

警戒する童磨だが。

「……ただの水? なんだ嘘が上手かっただけか」

「そういう事ね不死川くん」

違う。童磨以外は気づいている。

 

実弥はすかさずマッチを取り出し発火。氷像が溶け、童磨が燃え上がる。

辺りが炎に包まれ、肺を殺す氷が解けていく。これで呼吸が使える。

「お酒か、匂いが薄いから気づかなかったよ。飲みながら戦ってるの? 風じゃなくて酔の呼吸とかだったりするのかな」

 

「今だ畳みかけろォ!」

「無論だ。この機会が二度ない事くらい阿呆でも分かる」

「悲しみの連鎖を止めてみせるわ」

「瀬尾さん、力を貸して」

「ここで退いたら鬼殺隊ではない!」

「行くぞ」

 

真菰の牽制に気を取られている間に錆兎と実弥、小芭内の三人が頸を狙う。

致命となる攻撃は義勇とカナエが的確に止め続ける。

 

六人の側にも炎が移ってしまうが、鬼の術ならまだしも隊服はただの炎程度には耐性がある。

童磨は様々な氷の術を放つが六人がかりの剣技と辺りに広がる炎で無効化されていく。童磨とはいえ限界はあり仏像を出す大技も連続しては出せない。

 

小芭内の羽織まで燃え始めた。鏑丸はすかさず小芭内の頭上に居を移す。

 

六本の刀が童磨を回避と反撃に専念させている。

追い詰めていける。一本がようやく届いた。

 

錆兎の刀が童磨の頸に触れた。荒れ狂った海が一同の視界を圧倒する。

水の呼吸である事は間違いないのだが義勇や真菰が見た事のない何か。さながら冨嶽三十六景。

他の仲間が何度も四肢や胴体を斬って弱らせで柔らかくなった急所に最大火力が当たれば。

終わりは近い。

 

だがしかし。せめて最期にと童磨は横薙ぎの一撃で錆兎の両断を狙う。

当然ながら義勇が守ろうとするが動けない。受けた傷が想像以上に重かった。

よりによって今が限界だというのか。

義勇は強い熱を感じながらも肝心な時に動けなかった。

型の使いすぎによる酸欠状態。氷は解けたから吸っていいはずなのに上手く肺に届いてくれない。

 

錆兎の命を終わらせようとする一撃もまた届こうとしていた。

だが錆兎が攻めの手を止める事はない。相打ちでも構わない。

事実そうなろうとしていた。柱たった一人の命で上弦を倒せるなら有利な交換だ。遺された側の感情面はともかく。

 

介入できたのはほんの僅か。

 

小芭内は縞の羽織を脱いで投げつけた。童磨の頭に思い切り被さる。突如視界を奪われ燃える羽織の熱まで加われば一瞬だけでも隙ができる。少しだけ童磨の扇さばきが浅くなった。

攻撃を外させるには至らない。どう考えても重傷の部類。

それでも確かに効果はあった。あと少し深く斬られていたら錆兎は間違いなく死んでいた。

 

錆兎が放つ捨て身の刀が童磨の頸を押し込み。

ついに通った。

 

上弦を斬ったのだ。

 

「あれ、どうして視界が逆さまになってるんだろう。俺の胴体がある。死んじゃったのか。嘘でしょ。あんな小細工に負けちゃうとか馬鹿みたいじゃない」

それが童磨の最期の言葉だった。

ぼろぼろと胴体が崩れ、ついに何も残らなくなった。

 

勝利だ。緊張が解けた義勇がバタリと倒れる。実弥が支えるがこの水柱は随分な非常事態だった。

「不死川くん、伊黒くん。ちょっと冨岡くんを脱がせてもらえるかしら」

即座に処置が必要だ。

「錆兎さんは動かないで回復に専念して。冨岡くんが終わったらすぐ行くわ」

こちらも相当の怪我だ。

「流水はそこで寝てろ」

「こればかりは不死川に同意だ」

「私は手伝えるよ!」

「ありがとう真菰さん。無理しない程度にお願いするわね」

医療に明るい剣士の存在がなければ静動の命も危うかったところ。

 

『百年以上成し得なかった上弦の討伐』。それは新たな無欠の奇跡として語り継がれる事となる。

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