一人の死者も出さずに上弦の弐を討伐した功績。
間違いなく快挙だが実弥には一つ心残りがあった。
上弦の弐との死闘で義勇が倒れた時の事。
「お、おい、これ」
義勇の身体、正確には羽織が燃えていた。
「脱がせるわ。手伝ってくれる?」
「おうよ」
「怪我の具合なら俺が一番マシだろう。俺がやる」
「ありがとう不死川くん、伊黒くん。錆兎さんは動かないで回復に専念して」
「カナエその羽織貸して!」
真菰が何やら焦っている。
「どうするの」
「火を消す」
真菰が羽織を振り回して火は消えたが既に服としては使い物にならない状態だった。
上弦を倒すために火を使った事はあの場の最適解だと思っているし同じ状況なら何度でも同じことをするが実弥は義勇の羽織が形見だとは知らなかった。
あっさり前と同じような羽織を買い替えた小芭内とは訳が違う。
実弥は風柱になった。上弦共同討伐の功績が認められてのことだ。
兄弟子の金で食う牛鍋は美味かった。先に柱になった方に奢るという約束だった。
実弥が蝶屋敷を訪れたある日。上弦の弐戦から回復後、新たな任務で怪我をしたからだ。
「不死川くん、これは何?」
カナエが一点を指差し笑顔で追及する。
「鬼と戦ったら怪我くらいすんだろ」
「もちろん知っているわ。でもこれは鬼にやられた傷じゃないわよね。また稀血に頼ったの?」
「俺の身体どう使おうと俺の勝手だろ」
「駄目よ、不死川くんに何かあったら私が悲しいわ。粂野くんだってそう思うはずよ」
わざと怪我しちゃだめだろと怒る兄弟子の姿が想像できる。
「ったく調子狂うぜ。ところで最近コソコソ何してんだ?」
「ごめんなさいね、まだ言えないの。お館様から直接任されてるとだけ」
「なら仕方ねえな。冨岡と流水は寝てんのか」
「まだ目覚めてないわ。一番怪我が重かったから」
「見てきていいか」
「もちろんよ、ありがとう。不死川くんはやさしい人ね。あ、今は真菰ちゃんも来てるわ」
水柱達の病室に来た。隣同士のベッドで眠っている。
先客の真菰が眠る二人に話しかけていた。
「仇討ったよって鱗滝さんに報告してきたんだ。その日は瀬尾さんの夢見て泣いちゃった。皆生きてて凄いぞって頭撫でてくれたんだよ。……だから二人も早く起きてね」
真菰は来客に気づいて手を振る。
「あ、不死川だ。来てくれたんだ」
「……雫石、冨岡の羽織って形見だったのか」
「うん、お姉さんの。でも不死川のせいじゃないよ。きっと義勇も謝ったら許してくれるって」
「つってもな。代わりとはとても言えねえがせめて新しい羽織買わせてくれ」
「あ、それは良いかも。一緒に見に行こうよ」
「二人仲良く連れ立ってか?」
「だって錆兎の次に義勇の事知ってるの私だから」
実弥は真菰と共に縫製係の元を訪れることになった。珍しい組み合わせだ。
今回はゲスメガネではなく(流石にアレを真菰に会わせるつもりはない)別の隠だ。
名は
二十代半ばくらいだろうか。
「雫石様! 不死川様まで。『無欠』のお二人がどうなされましたか?」
「待て待て俺まで無欠に数えられてんのか」
「『無欠の世代』には様々な意味がありますから。おかげさまで上弦の弐討伐の六名という意味が増えました」
「そうか。まあいい、羽織新しく見繕ってくれ」
「どちら様が着用になりますか?」
「冨岡」
とみおか。思わず縫製係は名を繰り返した。どちらでもなかった。
「はい冨岡……静の水柱様の?」
「ああ、形見だとは知らず燃やしちまってな。まだ寝てんだが起きたら詫び入れねえと」
「義勇の大事なものだから急いで火を消したんだけどそれでもボロボロになっちゃったの」
「早く目を覚まされますように。修繕いたしましょうか?」
「気持ちは嬉しいんだけど修繕って段階で済まなくなっちゃったから」
「色や柄はどういたしましょうか」
「前と似た奴か?」
「だね。基本は小豆色がいいと思う」
「それでは小豆色でお作りしますね」
縫製係の双葉は微笑んだ。
「私を頼ってくれて嬉しいです。水柱様の服を作るのがずっと夢でしたから」
「そうなの?」
「先代の水柱様に命を救われたので。結局葉子様の担当に就く事は叶いませんでしたが」
「じゃあ瀬尾さんにできなかった分まで色んな人の服を作ってあげて。瀬尾さん天国で喜ぶと思うから」
「はい」
真菰の言葉で縫製係は決意を新たにしたようだった。
「そうだ、柄なんだけど……」
***
義勇が目覚めると部屋が騒がしかった。
「冨岡様がお目覚めです!」
蝶屋敷の少女たちが義勇の無事を喜ぶ。
気づけば季節が変わっていた。
「あれから数か月眠っていたのよ」
共に戦ったカナエが教えてくれた。
「生きてたのが奇跡なんです。姉さんに感謝してください」
カナエの妹、しのぶの言葉に頷く。死と隣り合わせの剣士たちは応急手当の方法くらい学んでいるがカナエの技術は群を抜いていた。
「誰も欠けていないか」
「上弦の弐と戦った六人という意味では無事よ」
もちろん数か月もあればそれ以外の誰かしらは任務で命を落としているだろうが。
「他に大きな出来事はあるか」
「不死川くんが上弦の陸を討伐したの、だけどその時に……」
「義勇、やっと起きたか。待ちくたびれたぞ」
カナエの悲しそうな言葉は来客で遮られた。
「錆兎」
見舞いに来てくれた。
錆兎の姿を見ると義勇は顔が熱くなる。胸が苦しいのにずっと見ていたいという矛盾を抱えながら口元をほころばせた。
「本当に丁度今起きたところなのだけれど。早いわね錆兎さん」
「ここで寝泊まりしてるからな」
話によると錆兎も重傷で目覚めたのは最近。
日常生活は送れるがまだ任務には出られない状態で、つまるところ機能回復訓練の途中だ。
「義勇、動けるようになったら二人でどこか出かけないか?」
「行く」
「目の前で逢引の約束しないでください!」
しのぶが声を荒立てる。
「逢引ではない」
義勇としては構わないがその言い方は錆兎が嫌がるのではないかと思っての発言だ。
「なら皆も誘うか」
「二人が良い」
「それが逢引じゃないんですか!?」
「義勇はこういう奴なんだ。思わせぶりに見えるが他意はない。諦めてくれ」
「全くもう!」
偶然だが既に復帰した真菰と小芭内も近くに寄っていたようで顔を出してくれた。
真菰は義勇が起きて良かったよと微笑み、小芭内は素直じゃないながらも庇われた事への礼を言った。
「伊黒は錆兎を守った」
だからお互い様だ。
ほどなくして実弥が見舞いに来た。
「集まってんな」
偶然にも童磨討伐戦の全員が揃っていた。
実弥は義勇のベッドへ向かい。
頭を下げた。
「羽織燃やして悪かった。形見だったんだな」
「謝罪は受け付けていない」
義勇の返答はこれだった。
部屋の空気が冷え込む。
「不死川の機転がなければ俺達全員死に絶えていた可能性も高いというのに」
「それほどまでに悲しんでいるのね」
「冨岡さん……」
だが錆兎と真菰の見解は違っていた。
「一つ聞くが。そもそも義勇は怒ってるのか?」
「怒ってはいない。頭を上げてくれ。不死川の協力なくして鬼を倒す事はできなかった。羽織が燃えてしまったのは残念だが命には代えられない。全員無事で良かった」
なんと。
「初めからそれくらい喋れ! 本気で落ち込んだわ!」
実弥はバッと顔を上げてキレた。
「まさか貴様わざとやってるのか?」
先程までちゃんと喋れていたはずなんだが。
「あちゃー。義勇そういうとこだよ」
「冨岡くんは少し天然なところがあるのかしら」
「これを少しで済ませていいの!?」
「そういう時は『謝る必要はない』って言うんだぞ」
「わかった。謝る必要はない」
「つっても俺の気が済まねえ、これだけでも受け取っちゃくれねえか」
誤解は解けたがきまり悪そうに実弥は羽織を渡す。
「柔らかいな」
義勇は肌触りに心を動かされた。上質な布を使っているのがわかる。永遠に触っていられそうだ。
羽織を広げるとそこには小豆色を下地に映える緑色。
荒いノコギリの歯のように角ばったハート形がいくつか線で繋がれている。
義勇は緑の模様を眺める。
「植物か」
色や模様全てから高度な技を感じられた。
そして義勇はある事に気づいた。
「これはまさか」
「蔦の葉だ」
実弥の言葉に義勇がぴくりと反応した。
「……『蔦の葉』? 何故これを選んだ。知っているのか」
姉の名前が蔦子である事を。
「雫石の案だ。その、まあ、なんだ。わざわざ言わせんな」
真菰から聞いたのか。納得だ。
「お金出したの不死川だからお礼はそっちに言って」
「感謝する。二人とも」
「ところでよ、服作ってる隠に聞いたんだが花言葉っつうもんがあるらしいな」
「聞いたら義勇にピッタリだと思ったの。蔦の花言葉は『友情』とか『不滅』なんだって」
「後は『永遠の愛』『結婚』だったか?」
悲しいほど似合っていた。
義勇は瞳を潤ませ、慈しみの表情で羽織を抱きしめる。
「そんな顔できんだな、冨岡」
「実弥は見た事なかったか。俺と二人なら割とこういう顔するんだが」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ」
実弥は錆兎の顔に残る傷を一瞥して不機嫌そうに目をそらした。
「不死川、お前を大切にすると誓う」
「羽織の事だよな!?」
「実弥も分かってきたじゃないか。義勇、そこ飛ばすと意味変わるから気をつけろよ。今お前は実弥に求婚したみたいになってる」
「何故だ。俺は不死川に懸想していない」
「されてたまるか!」
「ほんと義勇は相変わらずだよね」
義勇は静かに涙し過去を想う。
姉に守られ鬼から隠されて、そのまま気絶していたらしい。気が付いた時には何もなかった。
優しくて、気高くて、尊くて、鬼さえいなければこれから幸せになるはずだった人。
せめてあの時に『直感』が目覚めていたら無傷とは言わないまでも助けられたかもしれないのに。
鬼に襲われたなんて親戚には信じてもらえず、気が狂ったと閉じ込められそうになって逃げだした。
その先で鱗滝さんや瀬尾さん、錆兎や真菰に出会えたんだった。
瀬尾葉子は義勇にとってもう一人の姉のような人だった。
同門の兄姉が次々消えていく絶望の中でも、同期が誰もいなくても。
何度置いて行かれても芯の明るさは失わなかった人。
彼女に関する『直感』はついに一度もなかった。
『永遠の愛』に届いてほしかった
『不滅』であってほしかった
冨岡義勇は二人分の遺志を着ている。