これはまだ冨岡義勇が眠っていた頃の話。
心優しき母親を演じる外道。下弦の壱を務めているのはそのような鬼であった。
親に虐げられた可哀想な子供を連れ帰り
不幸な子供を探して歩いていると何処からともなく琵琶の音が響いた。
「あら、呼び出しかしら」
足元に穴が開いて下弦の壱は落下する。
「髪の毛が崩れちゃうわ」
空中で髪を整えながら行く先は鬼の主が住まう異空間、無限城だ。
そして着地。
十二鬼月が集まっている様子だが、普段なら勝手に話しかけてくる教祖がどこにもいない。
代わりに二本の角を生やした女性が一人増えていた。
「童磨さんは不在かしら」
「別の仕事でもしてるんじゃない?」
魘夢がとろけた顔で適当に答える。
「それならいいのだけれど心配ね」
白髪の少年と目が合った。
「あら、累じゃない」
「姑獲鳥さん」
名前を呼び合うがその後まで話が続かない。
子を求める姑獲鳥と親を求める累。
一見親子のような関係になれるかと思いきや『理想の親子』像に相違があったため(というよりお互い自分に都合よく押し付けあっていたため)さほど親密にはならなかった。
姑獲鳥は別の鬼に話しかけた。
「そうだわ、
「断る。近いうちにお前を倒して俺が下弦の壱になる」
包帯を巻いた黒髪の少年が答える。下弦の弐だ。
「できるかしら? あなた術は凄いけど他がいまいちでしょう」
「俺はこれがあればいい」
傷破と呼ばれた鬼の足元が一瞬黒く染まる。
「それに繋ぐのが大事なんじゃない」
「知ってるけど」
一方、他の上弦は上弦で固まっていた。入れ替わりの激しい下弦をいちいち覚えてられないので自然と旧知の仲と話すに落ち着く。たまに堕姫が丁度いい下弦に八つ当たりするときがある程度。
いや、童磨は割と分け隔てなく話していたな。誰でも良かったんだろう。
黒死牟は積極的に話しかける方でもないので黙っていたが玉壺が自作の芸術について語ったり堕姫がなんで呼ばれたのかしらお兄ちゃんわかる?と妓夫太郎に聞いていたりしていた。
猗窩座は先ほどまで修行をしていたらしい。
「なんか静かじゃない? って一人少ないのね」
今気づいたのか堕姫。その話は下弦が先ほどしたばかりだ。
各々好き勝手に会話をしていた十二鬼月だが、空気が一瞬で緊迫した。
鬼舞辻無惨が現れたのだ。十二鬼月は揃って即座に跪く。僅かでも礼を欠けば死に繋がるのだから毎回必死だ。
「上弦の弐が死んだ。柱六人で寄ってたかって奴らに人の心はないのか」
無惨は大層ご立腹であった。
厳密には童磨を殺した『柱』は三人だが無惨様相手に間違いを訂正するなどできるはずもない。
「これは虐めじゃ、儂は許せぬ」
無惨の言葉に半天狗が同意する。
「童磨さん、運が悪かったね」
白い髪の少年、累の言葉だ。教祖ともあろう者が神に愛されていなかったらしい。
あの場にいたのが一人なら確実に殺せた。何故六人もいた。せめて花柱辺りを再起不能にして離脱できていれば。
「不運程度で人間に負けるなど鬼の名折れだ。それどころか誰も殺せないとは」
「……よって上弦の弐以降は繰り上がりとなる。新上弦の陸、姑獲鳥。新下弦の陸、零余子。面を上げよ」
恐る恐る無惨を見上げた二人。
「その名に恥じぬ活躍をしろ」
無惨は遠慮なく二人の額に触手を突っ込んだ。
突然の事で女鬼たちは呻く。力を受ける際に痛みを伴うのだ。
「あああ……ありがたき幸せでございますわ」
姑獲鳥は微笑む。ここで無惨の褒美をうっかり痛いなどと口にするともっと酷い目に遭うので彼女の対応は完璧だったといえるだろう。
その辺りの立ち回りは新入りの零余子には荷が重かった模様でさらに痛めつけられていた。
「誰でもいい。あの場にいた鬼狩り共を殺せ」
童磨を殺した六人の姿が十二鬼月の脳内に送り込まれる。
だが姑獲鳥は数か月もしないうちに死んだ。
***
不死川実弥は兄弟子の粂野匡近と男二人で牛鍋を食べていた。
ちなみに匡近の奢りである。実弥の風柱就任祝いなので。
「上弦と一緒に戦ったのってどんな人たちだった?」
匡近の問いに応える。
「まず冨岡は口下手が酷い。流水と出会わなかった冨岡とか想像したくもねえな、まともに会話できんのか心配になる。澄ました顔して世話焼かれてる側だ。下手に近づくとほっとけなくなりそうで怖いっつうか」
会う前から嫌いだった。同い年というだけで比較されたから。
選民意識の強いムカつく野郎かと身構えていたら言葉選びのセンスが致命的にないだけだと分かった。分かったのはそいつの親友?恋人?がすぐ説明したからだが。
気を抜くと実弥の『大家族の長兄』成分が反応してしまいそうになる。認めねえ。認めねえぞ。
「何それ面白い。弟みたいな感じ?」
「同い年の弟がいてたまるか!」
それに似ても似つかねえと叫ぶ実弥を見て匡近は笑う。
「鬼を殺す為とはいえ形見の羽織燃やしちまってな。今縫製係に新しいのを作らせてる」
「ちゃんとお詫び持って謝りに行ける実弥偉いぞ」
「そうだ流水さんってどうなの? キリっとして格好いいなあと思うんだけど」
義勇の対である錆兎の話になった。
「匡近、まさかああいう女が好みか? あれだけはやめとけ。どうしてもってなら似た奴探せ」
「別にそういう意味じゃない。年も近いし顔の傷似てるねってたまに言われるから自然と話聞こえてくるだけだって」
「んだよそいつら。顔に傷ある奴全員流水とでも思ってんのか? 俺も流水か?」
顔の傷なんて鬼と戦ってればいくらでもつくだろうに。いや逆に顔の傷だけで済む奴は少ないかもしれない。
「あ、でも雫石さんも綺麗だよな」
「何十人と玉砕してんの知ってるか?」
新人教育という立場に携わっているため周りと関わる事が多い真菰に告白した者は「ごめんね、今はそういうの考えられないんだ」と断られるのが常となっている。
あとは胡蝶カナエも男性人気は非常に高いのだが妹が目を光らせているのでなかなか近づけない。といいつつ妹狙いも多かったりする。
鬼殺隊には美女が多いと力説する匡近。実弥は顔で鬼は殺せねえと返す。
「実弥は恋愛とか興味ないのか?」
「俺は鬼を殺すだけだ。前にも言っただろうが」
「鬼殺隊は恋愛自由だぞ」
「義務でもねえな」
「それもそうだけど」
だがそんな日常は、この世界ではあっけなく崩壊する。
次の共同任務で匡近は死んだ。
上弦の陸に殺された。
「奴の頸は俺が叩き斬ってやったが」
上弦といっても下弦の壱に毛が生えたような奴だが血を分けられて強くなったらしい。
「クソ女が喜んで説明してくれやがった」
『ずっと探していたのよ。あなたをお腹の中に還してあげればあの方も喜ぶわ』
どうも実弥が標的になっていた。
あの鬼、よりによって子供を盾にしやがった。
「卑怯なマネしやがって」
匡近は人質を斬らないようにと軌道をずらしたのに、鬼はそれを利用して子供ごと貫いてきた。
人の優しさに付け込む鬼を、実弥は許しはしない。
「それでも氷野郎より弱かったのに」
錆兎と共に戦えていたら匡近が死ぬ事はなかっただろう。
義勇が起きていれば予想だにしない方法で奇跡を呼び出せたかもしれない。
柱とは言わない。せめて真菰が育てた隊士があと一人いれば引退程度で済んだ可能性もある。
実弥は『もしも』を考えてしまう。
だが悔やんでばかりもいられないのも事実。
鬼への怒りを糧に立ち上がる。
茨の道に踏み込んだ以上、進むだけだ。