興味あればぜひご覧くださいませ。
重傷だった義勇が日常生活程度には動けるようになった頃。
「義勇と二人で食事に行くことにした」
錆兎の言葉に真菰は目を輝かせた。
「デートだね、お洒落しないと」
「真菰が考えているような事じゃないぞ」
「綺麗な服着て義勇をびっくりさせようよ」
話聞いてないな?
「駄目だ。俺が変に色気づくと嫌がられる」
「そうかな? 綺麗すぎて困ってるだけだと思うけど」
「俺と真菰で義勇に関する意見が食い違うのも珍しいな」
「錆兎以外皆同じこと思ってるよ?」
「なら正しいのは俺だけってことだな」
錆兎は『義勇の言葉を解釈する事』にかけては誰にも負けない自信がある。
大切にされている自覚はある。
同時に覚えてもいる。俺達が夫婦のようだという評判を聞いた時に。
(俺はてっきり義勇なら「どうしてそうなるんだ?」と純粋に聞き返してくるかと思った)
『……懸想などしていないのに。妙な噂を立てるな。迷惑だ』
心が消え失せてしまったかのような顔で告げたことも。
あの表情の意味は今でも読み切れない。考えるのが怖い。
親友を絶望させたくない。
食事に行く話をした後日。
「
真菰が錆兎に引き合わせた隠の女性、双葉。
双葉は隠の中でも縫製係に属する女性だ。
年は瀬尾が生きていたら同じくらいかもう少し上だろうか。
縫製係の中でも水屋敷組の専属ともいえる立場に召し上げられていた。
蔦の葉羽織の件で作者の名前を認識した義勇が双葉の作る隊服の頑丈さに心を動かされたのだ。
女性であるという点も良い。どこぞの眼鏡のようにやたら扇情的な服を作ったりしてこない。
なおボディースーツは義勇の箪笥の奥に封印されている。
双葉が優秀という話は聞いているが錆兎と会うのは初めてだった。
いつもの隠の服を着ているので素顔は見えないが不思議と引き込まれる目をしている。
「綺麗な目だな」
「錆兎まで無自覚で口説くのやめて?」
「ありがとうございます。冨岡様からも瞳を褒めていただきました」
「何やってるの義勇」
「『俺達、何処かで会った事はないか?』とも」
「ごめんね、義勇のそれも口説いてないんだ」
「存じております。単純な確認ですよね」
「さて、流水様と冨岡様の逢瀬の衣装ですが」
こういうのは一般の服屋に頼んでも良いのだが双葉が恩人の遺志を継いだ者達の役に立ちたいのだという。
「飯を食いに行くだけだぞ?」
「二人きりでね」
「それは良いですね。丹精込めてお作りいたします」
「錆兎のことだから放っておくといつもの隊服でデート行こうとしちゃうもん。私服見たけどみんな地味だし」
令和のコーディネートで例えるならTシャツ・ジーパン・スニーカーといった感じだろうか。
「動きやすさを重視したらこうなった。服なんて普段通りの方がいい。女みたいな俺は義勇も嫌だろう」
「女みたいなって……絶対喜ぶと思うんだけどなあ」
こればかりは錆兎と周りの意見が食い違う。誤解されやすい義勇をフォローしてやらねばと訂正するが伝わらない。普段は説明すれば分かってくれるのに。
義勇の事を一番理解しているという自負がある錆兎は『恋仲であるという誤解に辟易しているはずの』義勇を何とかしてやりたかった。
「あとお化粧はどうする? 軽くでいいと思うけど」
「化粧は肌の感覚にどうも違和感があってな。というか義勇相手に今更化粧して意味あるか?」
「あるよ! 絶対ある!」
真菰が主張する。
「それでは傷跡だけ隠してみましょうか」
「いいね」
「こんなもの気にしてないんだが。そもそも今更隠したところで手遅れだろ」
素顔なんて見られ慣れてるというのに。
「そんなことないって。いつもと違うから義勇もドキドキしちゃうかもよ?」
「だから懸想ではないと何度も言ってるんだが」
「どうしてこうも自覚がないの!」
「自覚も何もあるか!」
相思相愛ではないと叫ぶ声は届かない。いつもの事だった。
「瀬尾さん助けてくれ」
思わず亡き師の名前を呼んでしまった。
***
当日。真菰と双葉の手によって錆兎改造計画が行われた。
結局押し切られてしまった。
「鏡の前に知らない美女がいるんだが」
「それ錆兎だよ、しっかりして」
水の呼吸を意識してなのか錆兎が纏うのは深い青の着物。あえて暗めの色にすることで鮮やかな髪を目立たせる。髪には簪の水色がさりげないアクセント。
あれだけ大きかった顔の傷も全く目立たない。
「女は化けるって本当だったんだな。感動した」
「義勇は義勇の方でお洒落してるらしいから期待しといてよ。頑張ってね」
「何の期待だ。ともかく行ってくる」
部屋を出ると目の前にスーツ姿の義勇がいた。遭遇が早い。
「迎えに来た」
目の前にいきなりは流石に驚く。
同じ屋敷に住んでいるのだから別におかしい事でもないのだが普段見ない姿に胸がざわついた。
義勇の顔が良いと噂されているのを普段意識したことはなかったが、こうしてみると確かに女性を惹きつける風貌かもしれない。
噂話の内容をふと思い出す。
『冷静に助けてくれたの』
『柱が来た時の安心感凄いよね』
『勝ち目ないのに好きになっちゃいそうで怖い』
『冨岡様にお前を愛していると囁かれたいわ。素敵な旦那様になりそう』
『あんたじゃ無理よ』
『理想と現実の区別くらいついてます』
周りからの評判は寡黙な仕事人。
任務ではそうだろう。自慢の親友だ。
ただ寡黙なのは話ベタだから何も言わない方がマシだと思ってるからだし、どちらかというと仲のいい相手には甘えたい方だし、気を抜くとご飯粒ほっぺたにくっつけてるし。
見た目よりずっと手のかかる男なんだがそれを知る女がどれ程いるだろうか。
義勇がまともに結婚生活を成立させられる女と相思相愛になれる確率のことを考えると気が遠くなるが、独り身のまま一生親友とつるんでいれば幸せになれる男だ。
錆兎は思う。勝ち目のない恋に落ちたらきっと苦しいのだろうな。
鬼と戦う事に比べたらなんてことはないが。
(万が一俺が恋なんてしたらまず叶わない。女としての魅力に欠けてる事くらい自覚しているさ)
よく後輩から恋慕の情を伝えられる真菰と違って錆兎が告白を受けた事はない。
(真菰は『怖くて言えるわけない』と言っていたが、顔の傷だろうな)
それにしてもスーツ姿の義勇、似合ってるな。
「義勇、その服は? 似合ってるじゃないか」
「宇髄からだ。錆兎こそ何だその姿は。傷はどこにやった」
「真菰と双葉さんが化粧してくれて」
「そうか。彼女の服だったのか。道理で美しいな」
ゲスメガネ前田と一二を争う実力者(問題児だが能力はあるのだ)でありながら双葉は性格面が段違いだ。特に女性陣からは嫌がらせをしてこない双葉に服を作ってもらうことは憧れであった。
ちなみに最近男の担当ばかり回ってくると前田は不満げである。人材不足を少しずつ解消した真菰の功績は確実に育っている。
最終選別不合格者をはじめとして裏方の人員も増えてきている。
服作りには筋力がさほど要求されないし特に女性は元々裁縫に慣れている者も多かったので尚更。
「……傷がないとこうなるのか」
ムフフと笑っている。これは好物を前にした時の顔だ。
(余程飯が楽しみらしいな)
「行くぞ」
手を差し出された。予想してたより嫌がられてないようで安心した。
繋いだ手は思ったより暖かかった。
(体温低そうに見えてそうでもないんだよな)
二人で食事をするだけなのに緊張する。今日の義勇はどこか任務中のような雰囲気だから。この雰囲気をじっくり見る機会もなかなかない。
食事処の娘さんに声を掛けられる。
「ご夫婦ですか?」
「同じ家に住んでいる」
義勇の説明が凄い。正しく間違えている。
「その言い方だと肯定してる事になるぞ」
「そうか」
別に勘違いされても構わないかのような口ぶりに錆兎は驚く。
(装いが違うとこうも態度が変わるのか?)
義勇って意外と面食いだったのか。いやこれは違うか。他人の美醜に興味なさそうだし。
(誤解されるのは嫌だとあんなに言っていたのにな)
何度も夫婦だと言われて、訂正しても伝わらなくて、もう諦めたのかもしれない。
錆兎さえ分かってくれればそれでいいと思っているのだろうか。
「義勇はこれでいいよな?」
「ああ」
錆兎はそのまま二人分の注文を頼んだ。好みは把握している。
「俺はずっと今日を楽しみにしてきた」
「お、私も」
「……」
あれ、一瞬だけ真顔になった?
今日の義勇は考えていることが分かりにくい。
だが、飯を食いながらムフフと笑う義勇はなんだか可愛いと思った。
ふと義勇の食べる手が止まる。話しかけられた。珍しい。
「今日のお前は変だな」
「私が?」
「不自然だ」
そんな事最初から知ってる。
(ほらな? 二人には悪いがこうなるんだよ)
「二人に無理やり着せられただけだ。私がめかしこんでも似合わないだろう」
「そうは思わない。服と化粧だけでここまで変わるのかと感動している」
「真菰と双葉は凄いだろう?」
「それもあるが。錆兎は元から格好いい」
また解釈の難しい言葉が来た。
(だが他意はないはずだ)
義勇は『頭大丈夫か(頭部の怪我が心配です)』だの『そこで突っ立ってろ(無理をするな。お前は俺が守る)』だの『俺の側にいてくれ(近々危険が訪れる予感がした)』だの『お前(のくれた羽織)を大切にする』だの言う男だぞ。
「なっ……俺は義勇もなかなか男前だと思う」
うっかり『俺』と言ってしまった。
今日だけは『私』にしようと思っていた。
せっかく美人にしてくれたので。
「錆兎から言われると嬉しい」
笑ってくれた。
なんだか少し暑いような気がする。きっと慣れない着物のせいだ。
錆兎は無意識に浮かびかけた思いを水中に沈め直していた。
「今日は楽しかった」
と義勇が優しく微笑むので。
「また誘ってもいいか」
錆兎はその笑顔がもっと見たくなる。
「勿論だ」
普段あまり笑わない義勇が時々こうして見せてくれる笑顔が錆兎は好きだった。