錆兎ちゃん(♀)と直感義勇さん   作:Moa

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バタフライエフェクト

胡蝶カナエは見目美しく、心優しく、剣の腕も卓越し、医療にまで精通している。

そんな彼女に欠点があるとするならば何か。

 

『優しすぎる事』

おそらくこの意見が最大多数だろう。

復讐の為に集まる者が大半の中で彼女は両親を殺されてなお『悲しみを減らしたい』という心で鬼を斬っている。

『復讐』は自分が生きる為だが、『新たな被害を生まないため』というカナエの行動原理はどこまでも他人想いだ。

 

カナエの慈しみの心は皆に向けられる。

『もしも人を害さない鬼がいるなら、お友達になってみたいわ』

鬼にさえも。

そんな言葉、鬼への憎悪に染まった者が認められるはずもなかった。

なのに不思議とカナエを嫌いになれないのだ。

 

カナエは傷ついた心に寄り添うのが上手だった。

そして彼女の周りには心が傷ついたものばかりだった。

そうでなければ復讐の道になんて進まない。

 

胡蝶カナエの功績は剣技だけではない。

最悪戦えない身体になったとしても、彼女と話せるだけで救われる者は多い。

 

それは彼女の妹も例外ではなかった。

「しのぶには笑ってほしいな」

カナエは慈愛の微笑みで妹の頭を撫でる。

「笑えるわけないじゃない! 姉さんの悪口言われたのよ!」

「『聖女気取りの馬鹿』『偽善者』辺りかしら」

「どうしてわかるの」

「なんとなくね。でもそういう事ならしのぶが代わりに怒ってくれて嬉しいわ」

「もう。姉さんはいつも完璧なんだから」

「そんな事ない。私にもできない事はある」

 

しのぶが呼び出される。新たな患者が運ばれてきた。

カナエはカナエでそろそろ別の予約が入っている時間だ。

 

しのぶが出て行ってからカナエは伸びをする。

「完璧な姉さん、ね」

純粋な戦闘能力ではカナエの上を行く者もいるが、しのぶはよく姉さんが目標と言っていた。

「しのぶにそう言ってもらえると元気が出るわね」

完璧な姉さん。それはカナエがある程度意図して作り上げた像であった。

 

妹が生まれたとき、姉として守りたいという気持ちが膨らんだ。

その時からカナエは『理想の自分』であろうと努力し続けた。

自分が命を救われたから、より多くの人を助けていきたい。

カナエが救った人の感謝の言葉ひとつでカナエの心もまた救われていく。

 

そして、自慢の姉だと思ってもらえる事が何より嬉しかった。

カナヲも言葉には出さないものの慕ってくれている。

大切な人と想い合うことが、カナエの心の支えであった。

 

 

予約の相手が来た。

 

「こんにちは、双葉さん」

「よろしくお願いします」

水柱付きの縫製係。その素顔は二十代後半くらいの女性だ。

艶やかな黒髪。あまり素顔を晒したがらないが、カナエと並んでも見劣りしない美貌の持ち主である。

 

双葉は義勇の直感通りの人だった。

『鬼に襲われて記憶を失った者が来るかもしれない。その時には支えてやってくれ。必要な人材だ』

 

「最近はどう?」

双葉は俯いて、少し震えていた。

「『あの日』の夢を何度も見ています。細部は違いますが、屋敷に鬼が来て死にかけていた所を誰かが助けてくれる。相手は葉子様であったり、今の水柱様であったりしますが」

「そう。夢を見るのね」

「私としては早く思い出したいです。忘れてしまった人に申し訳なくて」

けれど、と双葉は顔を上げてカナエの目を見る。

 

「義勇様がおっしゃったんです。『大切だからこそ忘れるものだ。失った事実に直面したら心が壊れてしまうから』と」

「そうね、冨岡くんの言う通りだわ。似たような症例はいくつか診ている。双葉さんはいつも通り生活するのが一番よ。ふとした瞬間にきっかけが見つかるかもしれない。眠っている記憶はきっと、とても辛い事だけれど。その時は話を聞くから。勿論他に話せる人がいるならそれでもいいわ」

「はい。私は家族を殺されたのでしょう。覚悟はできています」

広い屋敷にも関わらず見つかったのは双葉ただ一人だった。

 

双葉には鬼に襲われる前の記憶はない。

彼女の一番古い記憶は抱き上げられ揺られる感覚だ。

瀬尾が何か言っていたような気がする。

『米寿! 早くしないと死んじゃう! どこかに――』

けれど詳しい内容までは。

 

「葉子様の事も忘れやすくなっているかもしれません。覚えていたいのに」

「なら水屋敷の皆と話すのはどうかしら」

「皆様、お忙しいと思います」

「皆にとっても元水柱の過去を知る貴女は貴重な人よ。きっと喜んで聞いてくれると思うわ」

「あ、ありがとうございます」

 

水柱の縫製係は、胡蝶カナエにも救われた一人だ。

 

***

 

とある夜の事。

しのぶは任務から戻って来た姉を迎える。

「姉さん、おかえりなさい。何浮かれてるの」

「良い事があったの。今度しのぶも連れて行ってあげるわ」

姉妹で出かけるのも久々だ。

「姉さんと一緒に出掛けるのも久しぶり」

「忙しいものね」

「……」

二人の会話を黙って見ている姿があった。栗花落カナヲだ。

「カナヲも一緒に行かない?」

「……ん」

カナヲはコインを投げて、それから。

「行く」

と答えた。

「じゃあ予定決めなくちゃね」

 

 

三姉妹が出かける約束の日が来た。

夜の浅草を女三人がとことこ歩いている。

おっとりしたカナエを守らなくちゃとしのぶは警戒しながらついていく。

暴漢に襲われたら返り討ちにしてやるの。

カナエが強いのは分かっているが少し抜けている部分があるからそれだけが心配。

そしてカナヲは淡々と隣を歩いていた。

「姉さん、これ何処に向かってるの」

「内緒」

「もう!」

 

「確かこの辺りに……あった」

ただの壁だ。

「何もないじゃない!」

「それが『あるのよ』」

カナエは壁に向かって歩き出し。

すり抜けた。

「はあっ!?」

 

壁から身体の一部分だけを出したカナエがこっちこっちと手招きしている。

「どういう事!? 鬼なの?」

「とっても優しい鬼さんよ」

「姉さん!? ……まさか操られて。カナヲ、ついてきて!」

だとしたら見過ごせない。しのぶは壁の中に飛び込みカナヲも続いた。

 

その先には家があって、中には二体の鬼がいた。

だが雰囲気がおかしい。

人を喰った鬼は禍々しい気配がするものだが目の前の男女にはそれがほとんどない。

 

「お久しぶりです、珠世さん」

珠世と呼ばれた女性は若いが独特の色気を醸し出していた。

「カナエさん」

「珠世様に馴れ馴れしくするな」

男がピリピリしている。十中八九珠世に惚れているのだろう。

「落ち着きなさい愈史郎」

「はい!」

男が直立した。

 

「姉さん! そいつら鬼よ!」

しのぶは刀に手をかけるがカナエが制止する。

「この人たちは大丈夫よ。人を喰ったりしないわ」

「でも!」

カナエは落ち着いた顔で衝撃的な事実を口にした。

「既にお館様の許可も取っているの」

「どういう事!?」

「珠世さん、説明お願いするわね」

「私たちは鬼ですが、人を喰いません。代わりに健康に害がない程度に血を買って生活しています」

 

「嘘はついてないみたい」

カナヲの言葉。

彼女が『見ている』のなら少しは信じてもいいだろうかとしのぶは悩む。

姉が何らかの術にかかっている様子も見当たらない。

 

「私達の目的は鬼舞辻無惨を討つ事です。同一の敵を持つもの同士、共同研究を持ち掛けられました」

長年医者を務める鬼と、医療に造詣の深い剣士。

カナエは『人の味方をする鬼』という例外中の例外に対して冷静に判断できる鬼殺隊の中でも貴重な存在。

 

「そんな、事って」

しのぶが絶句するのも無理はない。こんな鬼、見たことない。

鬼は鬼舞辻無惨に逆らえないはずだ。名前すら呼べない程の支配を受けている。

だが珠世は平然と反逆の計画を口に出す。長い年月をかけて呪いを解いたのだという。

「毒を使うしのぶには会わせたかったの。珠世さんの研究が参考になるかと思って」

 

「それで。珠世さんは何をしているんですか」

しのぶが未だ刺々しい口調で尋ねる。

「鬼に効く毒や鬼を人に戻す薬の研究です」

「戻す? そんな事できるの?」

「今はまだ。ですがいつか必ず作り上げてみせます」

流石に鬼を人間に戻す薬とまではいかずとも血鬼術の効果を弱めるものは既に出来上がっていた。

 

「……姉さんを傷つけたら許さない」

「珠世様を傷つけたら許さないからな!」

しのぶと愈史郎がバチバチの睨み合いを始めたものの、鬼との邂逅にしては平和に収まったといえた。

『お館様の許可』がある以上過激な事はできないと判断。

 

そして共同研究にしのぶが加わった事で、彼女の毒は更に苛烈さを増す事となる。

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