『皆にとっても元水柱の過去を知る貴女は貴重な人よ。きっと喜んで聞いてくれると思うわ』
カナエの言葉をきっかけに水屋敷の縫製係、双葉は真菰と話がしてみたいと伝えてみると。
「瀬尾さんの話? 知りたい! 二人も一緒の時にしようよ」
と明るい笑顔で答えてくれた。目が輝いている。
という事で全員集まれた時に『自由にお話する回』が開催された。
「よろしくお願いします」
双葉は隠の衣装を身に着け、三人も隊服を着ている。
縫製係の双葉は今では水屋敷の家事全般をこなすようになった。
彼女の作った料理が食卓に並ぶ。
義勇は例の羽織を着ている。小豆色の上に描かれる緑、蔦の葉の模様。
それは友からの謝罪であり、姉と師の象徴であり、そして双葉が作り上げた芸術だった。
こうして屋敷で話すと相変わらず義勇は錆兎の隣をぴたりと離れないし錆兎もその距離感を受け入れている。
「義勇様、顔が赤いようですが」
「大丈夫だ」
「うん、私もそれは大丈夫だと思うよ。双葉さん鋭いね」
「そうでしょうか」
「会って日が浅いのに義勇の事よく見えてる。錆兎と同じくらい凄いよ」
「俺は単に過ごした時間が長いだけだぞ。最初は泣いてばかりで情けない奴だなと」
「心外だ」
「いつの間にか随分と男らしくなってきたが」
それだけで義勇は表情を柔らかくする。ふにゃり。
一方で真菰に褒められた双葉はそわそわ身体を揺らす。新人育成に革命を起こし、『第三の水柱』とも呼ばれる才能を見抜く才能からの言葉だ。
「他の隠の方にも観察力があると言われました」
「だからこんなに良い服作れるんだね。これからも期待してる」
「ありがとうございます」
義勇は双葉の手料理に目を輝かせている。
「双葉さんの料理は口に合う。毎日作ってほしい」
「家事代行の範囲内でしたらいくらでも作りますよ」
義勇の誤解を招く発言も真意を読み取れる。これが水屋敷の担当に求められる能力である。
義勇の本質は選民思想の皮肉屋でも女好きの遊び人でもない。
最初の段階さえ乗り越えれば義勇の良さは次第と分かってくる。錆兎は義勇の良さを周りに伝えるという点で大きく貢献していた。
「それにしても双葉と呼び捨てで構いませんのに」
「年上だから」
縫製係は食べ方も綺麗だ。結構なお屋敷で襲われたというからいい所のお嬢さんだったのだろう。
食べながらはあまり喋れないからと義勇は急いで食べ終えた。
「ほっぺたついてるぞ」
隣の錆兎がご飯粒を取る。ぱくり。そのまま食べた。義勇の表情が固まっている。真菰と双葉も固まる。
「これって親友として普通の距離かな双葉さん」
「……外では控えた方が良いかと」
「分かった」
なんとこの二人、付き合っていないのである。
「じゃあ双葉さん、そろそろ本題。瀬尾さんのこと教えて!」
真菰にせがまれるまま双葉は過去の話を始める。
「葉子様は記憶を失った自分に『双葉』と名付けてくれて。瀬尾の姓を名乗る事も許してくださいました」
すぐ忙しくなってなかなか会えなくなってしまいましたがと続く。
瀬尾はそもそも柱になるほどの才覚があったのだ。任務がどんどん舞い込んでいったのだろう。
「初めて会った時は瀕死の私を前にただただ慌てていたような印象しかないのですが、明るさの裏に冷静さを持つ人になりました」
「それわかる! 撤退の判断が的確だったの。瀬尾さんに教えてもらえなかったら今頃死んじゃってたかも」
『瀬尾葉子は呪われている』と言われた事もあった。ただ一人生き残る頻度が高かったから。
それは彼女が『これ以上進むと死ぬ』という境界線を見極めるのが上手かった。
不運にも出会った相手が悪すぎて認識した瞬間に境界線を越えてしまっていたけれど。
「『生き残れ』『怒りを使え。怒りに使われるな』と言われたな」
錆兎も回想する。
強く他人想いであるが故に錆兎は危うい。そこに瀬尾は気づいていたのだろう。きっと瀬尾は、錆兎に自分の限界を見極める能力を分け与えたかった。
義勇は語る。
「瀬尾さんは俺に似ていた気がする」
「そうなのか?」
「ずっと一人で戦っていた。救われず、孤独に」
錆兎はその肩に寄り添う。
「義勇……」
真菰が不安そうな顔をする。
「孤独? いいえ、それは違います」
双葉がはっきりと否定する。強い意志を宿した瞳が義勇を射抜いた。
「義勇様は葉子様の救いでしたよ。もちろん、錆兎様も真菰様も」
「葉子様はずっと『ただの幸運で生き延びた』『私は幸運を吸い取る怪物ではないか』と罪悪感を抱えていました。そこに義勇様は『俺も同じだ』と」
何度もたった一人残された瀬尾。姉に守られ偶然鬼に見つからなかった義勇。表面的な雰囲気は似つかない二人だが奥底では重なる部分もあった。上手く言葉で表せないが義勇の中にはそれ以上の共感が眠っているような気がする。
「皆様は葉子様にとって弟妹も同然の存在で。……家族を失った皆様に言うのも酷ですが葉子様は家族が生きているだけで幸せでした」
「わかるよ。瀬尾さんがいなくなった時は本当に苦しかったもん」
「俺も義勇が隣にいると落ち着く。それと同じか」
「俺は落ち着かない。……錆兎が、俺の、家族?」
相変わらず水柱達の距離感がおかしい。ぴたっとくっついている。
いちいち指摘していたら水屋敷ではやっていけない。
色々な事を話した。双葉は瀬尾の初任務時代を、三人は柱となった瀬尾を。
「なるほど、瀬尾さんでも焦る事があるんだな」
「人間だ」
「誰でも焦る事くらいあるよな、人間なら」
「錆兎様も葉子様に命を救われたのですね」
「ああ。とても綺麗だった。俺もあんな風に誰かを守れる人になりたい」
「錆兎様に救われた人は多いですよ」
「俺はもっと強くなる。今以上に多くの人を救ってみせる」
「きっとできますよ、錆兎様なら」
瀬尾語りがひと段落した頃、ふと錆兎が尋ねた。
「ところで真菰は最近どうなんだ? 新人教育の件」
「錆兎が連れて来た子? 基礎は教えたから刀の色に合わせて呼吸教えられる人のとこに送ってるよ。ひとつ予言してあげる。次の選別は凄いから期待してて」
キメ顔でウインク。
「次ということはあと一月で最終選別ですか。流石にそれは無謀というものでは」
双葉の言葉は最もである。普通だったらこの修業期間では間違いなく落ちる。
真菰がいなければ死ぬ。
だが真菰は確信をもった目で断言する。
「今送っても行けるよ。一番新しい日程を選んだだけ」
「だろうな。あの様子なら」
錆兎も肯定する。
「ああ。遠目で見ただけだが纏う雰囲気が違う」
義勇までも。
「それは……素晴らしい才覚をお持ちなのですね」
隊士になる前の人間が柱にこれだけ絶賛された事が今まであっただろうか。
「そうだよ! 本当に育てがいあって叶う事ならずっと一緒にいたかったんだけど水の呼吸が合わなくて」
「俺も任務で初めて会った時は目を疑った。あれは俺の命に代えても育てるべき存在だ」
前に錆兎は『鬼退治ではない日中の任務』の為しばらく不在にしていたがどうやらこの事だったらしい。
「錆兎がそこまで言うなら俺も命を懸ける」
カア、カア。
一匹の鴉が部屋に入って来た。あれは確か瀬尾が長寿を願って名付けた。
「米寿だ。どうしたの?」
真菰が真っ先に反応して飛んできた米寿を撫でまわす。
「そっか。あの二人、何だかんだ上手く行ってるんだ。預けて正解だったね」
米寿におかずを分けてやりながら真菰は話を続ける。
「大丈夫だよ米寿。選別で死ぬような子じゃないから。……もし死んだら腹切って詫びるとこだよ」
「真菰!?」
あはは、生き残るってと真菰は笑って答えた。
『無欠』もうかうかしてられないよ?
真菰の言葉は妙に心に沁み込んでいくものがある。
「見せてあげる。新時代の幕開けを」