短いですがご興味ありましたらご覧いただけると幸いです。
隊士の潜在能力を引き出す事に長けた『第三の水柱』ともいえる女がいる。
その名は
どこか幼げな印象だがこれでも水柱二人と同い年。
スカートスタイルの隊服に花柄の羽織を纏っている。
優しげな雰囲気から想像できない速度で放たれる突きと前水柱が伝授した九連撃が脅威。
可愛らしい顔立ちで人気も高い。告白された回数は多いが誰も真菰を落とせていない。
親しみやすい高嶺の花。
気晴らしに水屋敷を出て散歩していた真菰は知り合いの姿を見かけて声をかけた。
「あ、村田に西塔。元気そうだね」
村田は艶やかな髪が印象的な男。
西塔は金の為に鬼狩りを志した自信家。
二人とも水柱の同期であり、彼らがいなければ現水柱の命はなかったという地味に大活躍した存在でもある。
「雫石。名前覚えてたんだ」
村田が驚く。
「『無欠の世代』って結構有名だから。……もう生き残ってる方が少なくなっちゃったけどね」
「そのまとめ方何度聞いても恥ずかしいな。俺は運が良かっただけなのに」
「俺は水柱様のお陰で安全に出世できてるからな。恩を仇で返す訳にはいかないんだよ」
今のところ生きてはいるが、これ本当に『安全に出世』と呼んでいいのかは別の話だったりする。
「ふふ、西塔の発想にはいつも驚かされてるよ。村田も凄いしね」
からの上目遣い。目の保養ではあるがそれ以上になり得ないと知っている二人は可愛いなと心の中で思うに留める。特に西塔は真菰に手を出したら水柱に殺されると思っているので。
「俺が凄い? 無理にお世辞言わなくても」
思い当たらない様子の村田に真菰はふわりと笑んで答えた。
「ううん、お世辞なんかじゃないよ。村田の強さは自分の実力を正しく評価できるところ。そういう所はちょっと瀬尾さんに似てたかな。鬼への怒りで見えなくなる人も多い中で誰にでもできることじゃないよ。村田が今まで生きてこられたのは運だけじゃない」
「雫石……」
「錆兎は自分の限界忘れて突っ走るし義勇は自信がなさすぎだし二人とも村田を見習ってほしいよ」
水柱も村田を見習えとまで評価されると思わずあっけに取られる。
「あ、ありがとうな」
「応援してるから」
「雫石の言葉は不思議と心がふわふわして温まるな」
「嬉しい」
刀を握っていない時の真菰はどこにでもいそうな女性の姿だった。
「そういや今回は不合格者も含めて全員生き残ったんだろ? 凄いな」
村田の言葉に真菰がそれ違うよと首を振る。
「凄いのは私じゃない。あれは参加者の功績。水柱たちと同じだね」
動の水柱が連れて来た『無欠』の再来。
真菰の予言した新時代の始まりだった。
「また起こったのか、あれが」
「うん。だから今回ほとんどやる事なかったんだよね」
でも皆生きてて良かったよと話す。
「そうだ、選別の鬼を補充するの手伝ってよ。一回で狩り尽くされちゃったから」
「俺で良ければ」
村田はこれ夢とかじゃないんだよなと思いながら快諾する。あんな奇跡が二度も起きるとは。
「俺も行かせていただくぜ」
西塔に断る選択肢はなかった。難易度にしては割のいい仕事であることが一つ。水柱の縁者に逆らえないのが一つ。
「助かる。これでしのぶの実験も進むといいな」
真菰は鬼に効く毒を開発した柱の名を出す。鬼用の毒を作る為には実験体が不可欠で、それもあの山から賄われていた。
「最近のしのぶは調子いいなあ。何か秘密でもあるのかも?」
突きの速さで負けるつもりはないが、毒の精度が予想以上の速さで上がってきている。
「筋力だけなら勝てるけど、総合的に見るとどうかな」
といっても仲間が強くなるのは歓迎だ。切磋琢磨していきたい。
「毒なら俺の武器に塗っても良さそうだな」
「あ、それいいかも」
西塔の発想を褒める。
しのぶは一突きごとに調合を変えて毒を最大限に活用できる。
しかし彼女に限らず、毒は本来汎用性のある戦い方と言えるだろう。訓練を受けていない一般人でも藤の花を投げつければ弱い鬼なら怯ませられる。
卑怯だとかそういうことを考えない西塔には合う戦法でもあるだろう。
「しのぶに勇気づけられた子も多いだろうな」
彼女は瀬尾とは別の方向で革命を起こした。
『鬼は日輪刀で頸を切断するか日光を浴びせる事でしか殺せない』という前提からひっくり返してきたのだ。
頸を斬れないほど非力でも工夫次第で柱になれる。天上の存在でありながら、凡人の希望でもあった。
そしてしのぶは周りの士気を上げるのも上手い。相手の性格ごとにどんな言葉をかければ最効率で動いてくれるかを理解している。
戦場に出た彼女は本当に頼もしいと語る声を聞いてきた。
真菰が目指す境地は自分自身が最強になることではない。
全員を少しずつ強くする。
例えば錆兎と義勇『以外の同期全員』で手鬼を倒すような。
集団の力から生まれる大きなうねりをまとめ上げて最大の効果をもたらす存在になりたい。
「私たちは一人じゃない。そうだよね」
かつて師匠が目指したのもきっとそういう領域だ。
***
最終選別に衝撃が走った。
鬼が狩り尽くされた。死者零の重みは(試験官のお陰で)昔ほどではないものの、再起不能者もいないのは試験官制度を採用してから初ではないだろうか。
最終選別の参加者は語る。
「分身してました。忍者か何かですかね」
「あの剣凄かったよね。残像見えたもん」
「残像。残像っていうか……うーん?」
「あれ試験官の隊士じゃなかったんですか!?」
この声も多かった。どう考えても試験を受ける段階の実力じゃない。
「毒舌が痛かった」
彼は圧倒的な速度で鬼を狩り「足手まといなんだけど」と言ってすぐ何処かに消えていったという。
「霞の呼吸って極めるとああなるんですね。僕とは大違いです」
白いと言えなくもない刀を握る青年は遠すぎて嫉妬すら起きませんよと笑う。
同期達が口々に強さを噂する。
まさに『無欠の神童』の再来。
しかも当時の彼らより二つも年下。
最終選別自体に年齢制限はないが、だからといって十一歳で鬼を狩り尽くすなんて前例に無い。
それを連れてきたのも『無欠の神童』であった。
動の水柱、
無欠の再来を育て上げたのは隊士の潜在能力を引き出す事に長けた水屋敷の教育係、雫石真菰。
義勇が予感し、錆兎が見つけ、真菰が育てた水屋敷の秘蔵っ子。
「時透は本物だ」
静の水柱が語る言葉を疑う者はいないだろう。
***
無欠の再来がまだ水屋敷にいた頃。
錆兎が見た『秘蔵っ子』は机に突っ伏して寝ていた所だった。
波打った長い黒髪の先端だけが水色に輝いている。今は眠っていて見えないが彼自身の瞳と同じ色。
これから幾多の鬼を倒していくであろう、晴れた昼空だ。
将来は義勇に匹敵する美青年に成長する事は想像に難くない。今はまだ幼さが残っているがいずれ多くの女性から憧れを向けられるだろう。
最も本人は色恋沙汰への興味などなさそうだが。
「義勇もそうなんだろうな」
この前も美人に声をかけられていたのを目撃したがなびく気配はない。
『俺には心に決めた女性がいる』を建前に断っていた。
机で眠る少年は稽古を続けた上で座学の予習復習までこなしていたのだ、無理もない。
真菰は耐えられる限界まで身体を酷使させる女だ。その間ずっと「君ならできるよ」「すごいね」と褒めてくれるので同じキツさなら怖い柱(錆兎は怖がらせているつもりはないし修行の厳しさなら変わらないはずだがと腑に落ちないでいる)より真菰に教わりたいという人は多いが。
「熱心だな」
布団に運んでやろうと錆兎が近づいた時、少年の寝言が聞こえた。
「誰か……助け……」
錆兎は少年の涙を拭う。
「大丈夫だ、お前は一人じゃない」
抱き上げて寝室へと運んだ。
「ゆっくり休めよ。明日も真菰に死ぬ程しごかれるだろうからな」
本来彼が眠るべき場所に横たえ、布団を被せる。
最後に少年の名前を呼んでから錆兎は退出した。
「どうも義勇と似ているな」
単なる復讐とも違う、何かに追われるような戦い方。
彼の心情は気になるが、真菰やカナエがいれば酷い事にはならないだろう。
「俺は俺で任務に集中しないと」
鬼がいる限り悲劇は生まれ続けるのだから。