真菰は試験用の鬼を捕獲する仕事を無難に終えた。堅実な村田と弱めの鬼に対して効率的な戦いができる西塔を選んだのは良い選択だったと思う。
鬼を木箱に詰めて運ぶだけだが今回は量が多い。凄い新人が来たという証なのでむしろ量が増えるのは好ましい事だが。
「山に大きな変化もなかった事だし次の選別はこれで大丈夫だよね」
一通りの仕事を終えた真菰は水屋敷に帰宅する。
「おかえりなさいませ」
双葉が出迎えてくれた。どうやら先ほどまで隊服を作っていたようだ。デザインは至って普通のものだがサイズが小さい。となると女性用だろうか。それともわずか十一歳、無欠の再来用か。
「双葉さんただいま。今日はもう少ししたら義勇が帰ってきて、錆兎は藤の家に泊まりだっけ」
「はい。その通りです」
「そうだ双葉さん、今って時間大丈夫?」
「構いませんよ」
「ちょっと面白いものがあるんだ。見てよ」
真菰は一枚の紙を取り出した。
「鬼殺隊の規則が少しだけ新しくなったんだ。教える側だからもう一度ちゃんと理解しておこうと読んだら面白い事に気づいちゃって」
「私が読んで構わないのですか」
「うん、鬼殺隊の皆が知っておくべき基本のところ。機密情報とかじゃないよ」
双葉は手紙を受け取り読み進める。
「要約すると『鬼殺隊の目的は人に仇なす鬼を滅し、鬼の存在を知らない者の日常を守る事』『最終目標は全ての鬼を率いる元凶、鬼舞辻無惨を倒す事』『人に害をなす鬼を庇った鬼殺隊士は死罪に処する』といったところでしょうか」
「うん。身内から鬼が出たから腹を切って詫びた例もあるね」
「それで、この文章ちょっと違和感ない?」
「違和感ですか?」
書面とにらめっこする双葉。どこか水屋敷の住人を惹きつける瞳の持ち主が一通り読み終えると。
「『人に害をなす』という文が多いような気がします」
真菰の目がキラリと輝いた。
「気づいた? これって考えてみると変な話じゃない?」
「大前提をここまで強調する必要があるのでしょうか。それとも……無害な鬼が存在する?」
きっと並みの隊士なら思い付きすらしない発想。復讐に駆られるような記憶のない双葉だから辿り着けたのかもしれない。
「さすが双葉さん鋭い。変更前と比較してみたけど、前はただ『鬼』としか書いてなかったの」
「事実なら鬼殺隊の前提を覆す事態ですが、真菰様は信じられるのですか?」
双葉は紙に目線を落としながら困惑している。自分で辿りついた結論だが流石にそんな事は。
「それがさ、あり得るような気がしてきちゃったんだよね。今までずっと前代未聞の事態が起こりすぎて。まさか柱最年少記録まで抜かれると思わなかったよ」
最終選別の死者零、上弦の鬼の討伐、そして今回の柱最年少記録更新。
それら全てに錆兎と義勇が関わっている。
「あの成長速度は幻を見ている心持になりました」
「わかるなあ。規格外すぎるもん。普通の人は一日で全集中の呼吸っぽいものはできないんだよ。あれが無能だったら私なんか虚無だよ虚無」
「真菰様、ついに概念になってしまわれましたか」
真菰の話を双葉はただ聞いてくれている。
「義勇ったらこの前新人隊士呼び止めたと思えばいきなり『山に登れ』だよ。日本に山いくつあると思ってるの」
場所と目的を聞かれて答えたので結果的に問題なかったがそれにしてもである。
「もう少し初対面の方にもわかりやすい言葉選びができるようになるとよいのですが」
「難しそう。何年も変わらないし。錆兎は錆兎で煉獄のお父さん殴ったって聞いたときはびっくりしたよ。『酒に溺れ、子を罵倒し、そんなものは父親ではない!』って」
「ああ、想像できます」
「それがきっかけで仲良くなったから義勇が煉獄のこと複雑な目で見てるんだよね」
「俺がどうかしたか」
突然の声。
「あ、義勇。帰ってきてたんだ」
「錆兎様は煉獄様とも親しいですよねという話をしておりました」
「そうか」
不機嫌な顔だ。他人にはわかりづらくとも水屋敷で過ごす住人にはわかる。
「錆兎は誰にでも優しいけど心配しなくていいって。ちゃんと義勇のこと愛してるから」
「……違う」
義勇は悲しそうに胸を押さえる。口数の少ない中に渦巻く感情の意味は双葉が気づいた。
「確かに違うのかもしれません。錆兎様の愛情は私から見ても明らかですが、義勇様は錆兎様にも同じ熱を抱いてほしいのですよね」
「そう、だと思う」
「私は義勇様が報われる日が来ると信じていますよ」
「感謝する」
「もう揺らぎ始めてると思うんだよね。二人のときにスーツ姿の話もしてくれたし」
その時だった。来客の音が聞こえたので双葉が応対する。
「不死川様です」
「上げちゃっていいよね」
「ああ」
実弥を座らせて真菰は早速話しかけた。
「双葉さんの料理でも食べに来たの? でも不死川が一人で来るの珍しいね」
「人を飯たかりみたいに言うな。誘ったんだが鍛錬したいって言うからな」
「本当頑張ってるね。身体壊さない?」
「そん時はぶん殴ってでも止める」
「ならいいや。容赦なくやっちゃって」
天使の笑顔が悪魔の指示を出す。新人訓練で『本当には殺さないから安心して。その点私は鬼より優しいよ?』とのたまった女だ。
「今日のおやつ、おはぎなんだよ。一緒に食べない?」
「おう」
「一人で来られたのなら持ち帰り分を用意いたしましょうか」
「頼む」
双葉が持ち帰り分を取り分ける。慣れた手付きだ。
「それじゃ、いただきまーす!」
「美味えよな」
実弥の表情が僅かに緩む。双葉製おはぎの味は実弥にも認められた。
「おい冨岡、汚してんじゃねえ」
実弥が義勇の口元を布でゴシゴシ擦る。手荒なので少し痛そうだ。
「助かる」
「ガキの方がマシな食い方するわ」
呆れながらも何だかんだ世話を焼いている。
これは、なんというか。
「不死川ってなんだかお兄ちゃんっぽいよね」
その時だった。実弥の纏う雰囲気が刺々しいものに変わる。
「俺に弟はいねえ」
苛ついた表情が見えて真菰はハッとなる。
「ごめん。……鬼殺隊で家族の話するなんて配慮に欠けてた」
「いや、別に構わねえ」
いつもの顔に戻った。元から凶悪そうな顔なので差は分かりにくいが。無表情と長年付き合ってきた真菰はその違いに気づいた。
実弥はちょっと話がしたかったから寄ったという。
その理由なら小芭内やカナエの方に行かないのは少し珍しいかもしれない。とはいえ上弦討伐組としてそれなりの仲ではあると思うし任務の都合で日程が合わない事はよくある。
色々話してくれた。十二鬼月と遭遇したが夜明けで取り逃してしまったから次は絶対殺すとか、カナエが何か隠してるのに自分にだけは話せないと言われたのが気に食わないとか、双葉のおはぎが美味いとか。
そうこうしていると鴉に呼ばれたので実弥は持ち帰り分のおはぎを手に帰っていった。
見送ってから双葉が呟く。
「嘘、でしょうか」
「え? 双葉さんどういうこと?」
「『弟はいない』の言い方に若干の違和感が見えまして」
「さすが双葉さん。本当はいたりするのかな?」
「分かりませんが」
「もしどこかで他に不死川って人がいたらちょっと聞いてみようかな」
「見つかりますかね」
「難しいかな。私も結構仕事多いからね。いるかいないかわからないものに時間はかけられないし。任務の合間に偶然見つけたら声かけてみるくらいはするけど」
唐突に義勇が一言。
「弟か。いるはずだ」
発したのはそれだけ。
「そっか、義勇が言うならきっとそうなんだね」
脈絡も根拠もない。だけどその予言は信頼出来てしまうのだ。
「何か理由があるのでしょうか」
「かもね。話したくなったら話すだろうし大丈夫だと思うよ」