「鬼殺隊に誘ってほしい人材がいるんだ」
耀哉からの依頼に錆兎は珍しさを感じ取る。
基本的に鬼の被害者が立候補するものなのにわざわざこちらから出向いて誘ってほしい程の人材とはいかなるものか。
「あまねが二人が死ぬ予知夢を見てね。彼らは始まりの呼吸の末裔、きっと素晴らしい才覚を持っている。そして私の勘が君を送るのが最適だと囁いているんだ」
奥方が直接向かう予定だったものを変更したらしい。
「畏まりました」
親友と同種の力を持つ主の言葉であるならばと錆兎は快諾し彼らが住むという山に向かった。
***
目的地に辿り着くと瓜二つの顔が出迎えた。色違いの服がよく似合っている。
「『双子がいたら気にかけてやってくれ』、だったか」
親友の予言を早速活用する時が来たようだ。
錆兎は自身の素性、鬼と戦っていることを説明したが。
「帰れ」
濃い色の服を着た方は錆兎の誘いを新手の詐欺だと思っているらしく警戒心をむき出しにしている。
確かにいきなり「俺達は化物と戦っている政府非公認組織の一員だ。お前たちにも来てほしい」なんて話をされたらどう考えても胡散臭い。
だが他にどう説明すればいい。
「兄さん、話くらいは」
「それが騙される第一歩なんだよわかんねえのか?」
断られたが錆兎は翌日も二人に会いに来た。
「帰れって言ったよな? 無一郎もこんな奴に騙されるんじゃない」
双子の兄は錆兎に思い切り水をかけようとした。
「ちょっと兄さん!」
その先の動きは双子には目視できなかった。
認識したときには既に遅し。兄は錆兎に背後から拘束されていた。
「は?」
「勇気があるのは良い事だ」
「離せっ!」
もがくが逃れることはできない。
「だがこれは俺の師匠からの言葉なんだが。『喧嘩を売る前に力量差を考えろ』。俺が鬼なら今頃死んでたぞお前」
「鬼なんているわけねえだろ」
「……信じないのも無理はないか」
錆兎も出会うまでそんなものはおとぎ話の中にしかいないと思っていた。
それなら分かってもらえるまで話せばいい。
ちなみに兄は背中に柔らかい部分が当たる事に少し狼狽えていた。錆兎は何も知らない。
彼を解放して、錆兎はまた来ると一方的に約束した。
***
近くで鬼が出ればもちろん向かうが錆兎は時間があれば双子を訪ねていた。
出来るだけ親友の意向に沿いたい。それがずっと、良い結果をもたらしてきたから。
「薪割りなら手伝うぞ」
「ありがとう錆兎さん」
「恩売ろうとしても無駄だからな」
兄の方、有一郎は相変わらず冷たい。
「俺が勝手にやる事だ。手伝ったから来いとは言わない」
「……はあ」
木を前に錆兎は構える。
「え、それで斬るの」
斧じゃなくて刀なんだと弟が興味を示す。
「見てろ」
―水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
木がまるまる一本切り倒された。さらに数度切り刻む。
「これだけあれば充分だろ」
こうしてできた薪を錆兎は軽々と運ぶ。
「すごい。錆兎さん、それ僕もできるかな」
「何年か練習すればな。俺達はこの呼吸で鬼と戦っている」
「呼吸……」
だが兄の反応は冷たかった。
「こいつみたいな無能が何やっても無駄だ」
「兄さん!」
「剣士? なれるわけないだろ。無様に死ぬのが落ちだ」
「そう、かな」
無一郎がうつむく。
「そんな言い方してやるなよ。たった一人の家族だろ」
「錆兎さんには関係ないだろ」
帰り道を進むうち、錆兎は聞こえてくる音に違和感を覚えた。
聞き間違いではないかと耳を澄ませたが間違いない。
「ちょっと待て」
「どうしたの」
「何でもない。いや……は? どうなってるんだ」
信じがたい事象が起きた。
確かに聞こえているにも関わらず錆兎は理解が遅れた。
幾多の伝説を立ち上げた錆兎ですら前代未聞。
そんな事が起こりうるのか。
時透無一郎は全集中の呼吸を会得し始めている。
見様見真似で呼吸術をという例がないわけではないが、一度見せただけのものをその日中にという例を錆兎は知らない。というより他の誰も知らないだろう。
「潜在能力だけなら岩柱以上じゃないか?」
「その何とかっていうのは何だ?」
「『柱』は鬼殺隊の中でも特別強い奴らの事でな。俺も光栄な事に柱の一員として選ばれている。で、岩柱はその中でも最強だ」
「丸め込もうとしても無駄だぞ」
兄の言葉を流して錆兎は無一郎に話しかける。
「いいか無一郎。つまりお前は……鬼殺隊の誰よりも才能がある」
「俺が見せた全集中の呼吸という技術は普通なら習得に年単位かかる代物だ。だが無一郎、お前は既にそれを使い始めている」
「え?」
無一郎が顔を上げる。
錆兎は断言した。
「無能なんてあり得ない。無一郎、お前は百年に一度の天才だ。どうか鬼殺隊に来てくれないか?」
「お断りだ」
「勝手に答えないでよ。僕の話なんだから」
無一郎は兄の横槍にぷんすこと怒りを向ける。それから柔らかい笑顔になって。
「こんなにまっすぐ褒められたのいつぶりかな」
薪を運び終えると錆兎は藤の成分を濃縮したお守りを無一郎に握らせた。
「これは鬼避けのお守りだ。俺がいない間持っていてくれ」
「ありがとう」
「そんな怪しいもん捨てちまえ」
「兄さん、そういう事はせめて帰ってから言って。錆兎さんに失礼だよ」
「じゃあな。また来る」
「待ってるね!」
「……ったく」
錆兎が帰ってから有一郎は『お守り』を取り上げようとして。
「やめてよ!」
不意に何かを思い出しかけた。だがそれが何なのかはわからない。
胸の中がもやもやする。
これじゃ駄目だ。何となくそんな気がして。
「……悪かった。お前の好きにしろ」
持たせておくくらいならいいだろうと考えを改めた。
「嫌な予感がする。真似してみるか、アレ」
「兄さん、何か言った?」
「いや何も」
その夜、有一郎は弟が殺される悪夢を見た。
***
錆兎も柱だ。鬼の目撃情報が増えて任務が忙しくなり、あの双子とは一月くらい会えずにいた。
久々に時透兄弟と会えた錆兎が得たのは予想外の反応だった。
「僕たち鬼殺隊に入るよ」
片方は笑顔で。
「って事だから。よろしく」
もう片方はぶっきらぼうに。
「何があった?」
今まで何度説得しても靡かなかったのに。
「鬼に遭った」
有一郎が端的に答える。
「なっ……無事だったのか!?」
「僕は大丈夫なんだけど兄さんは左腕に痕が残っちゃって」
「怪我はそれだけか?」
「この程度どうってこともない。けど錆兎さんと出会わなかったら危なかった」
今日の有一郎はやけに素直だ。
「いや、俺は大した事してないぞ」
「無一郎が袋投げてくれた」
しのぶが強化改造した藤のお守り。
「間に合ったのは兄さんも全集中の呼吸できるようになってたからだよ」
「できてはねえよ。お前のと比べたら」
「……そうか。凄いな」
錆兎は素直に感嘆した。
弟に劣ると自嘲する有一郎のそれも世間一般を充分に凌駕する才能だ。
錆兎がした事なんてちょっと薪割りを手伝ったに過ぎない。たった一度見せただけ。それで呼吸を再現できたのなら。
「お前たち本当に凄いな。その才能は天からの贈り物だ」
二人が死ぬという悪夢は回避できたとみて良さそうだ。
こうして水屋敷の秘蔵っ子、双子の天才剣士が誕生することとなる。
最終選別で無一郎が「皆を助ける」と言って山を駆け回ったので有一郎は慌てて弟を追いかけていた。心配の必要もないほどあっさり鬼を狩り尽くしていたが。
無一郎の技が残像を見せることも相まって『無欠の再来は分身の術が使える』と噂された。
時透は本物だったし、一人でもなかった。