錆兎ちゃん(♀)と直感義勇さん   作:Moa

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渡したくない場所

軽い用事を済ませて水屋敷に戻って来た錆兎は真菰に尋ねる。

義勇はいないのかと。特に用事があるわけでもないが予想外の不在は何となく気になってしまう。

真菰は修行のアイデアを紙に書きながら答えた。

「あ、義勇なら双葉さんと一緒に出掛けたよ」

「二人でか。珍しいな」

「出会った頃は『見ていられない顔だ』なんて言ってたのにね」

「嫌ってるわけじゃないと慌てて説明したのが懐かしい」

初めて会った時の会話が原因ではないのだが、義勇と双葉の二人だけというのはちょっと珍しい。

「外出の理由とかわかるか?」

「えっとね、『秘密だ』って」

何故隠すのか。

義勇だって他の誰かと出かける事くらいある。これが真菰となら別に何も気にならないのに。

カナエやしのぶだったら少し嫌だ。双葉さんはもっと。

 

あれ、双葉さんは信頼できる人だと知っているのに何故?

錆兎はこっそり様子を伺うことにした。やましいことなんてないはずなのに。

 

『無欠の再来』が軽々と選別を通過した年の秋。

イチョウが鮮やかに色づいている並木道。

義勇と双葉が歩いている所が見えた。

「きゃっ……!」

双葉の声。

石に躓いたのか倒れかけた双葉を義勇が目をそらしながらも抱きとめる。

「ありがとうございます」

無事ならそれでいい。

言葉少なに態度で示す男。いつも通りの義勇だ。

なのに錆兎の胸には不快感が残った。

理由を問われると上手く答えられないのだが。

 

遠くから耳を澄ませてみる。錆兎は盲目ゆえに感覚が研ぎ澄まされている訳でも忍者として修行を受けたわけでもないがそれでも柱だ。気配を読み取る感覚には自信がある。

「義勇様、何故私をお誘いに?」

「贈りたい物がある」

そう聞こえた。

双葉さんにはいつも世話になっているからな。彼女も嬉しそうだ。

なるほど、日ごろの礼か。……良い事じゃないか。

そのはずなのに、何だこの違和感は。

 

二人が向かったのは若い女性が好みそうな衣類や宝飾品を扱う店だ。

気配を消したままついていこうとして。

 

背後から若い声に呼び止められた。

「そんなに気になるの?」

雲のような柄の羽織を着た少年だった。

「無一郎か」

彼の羽織は小さくなった私服を双葉がアレンジしたもので、兄とは色違いでお揃いだ。

「義勇は一人だと何かしら他人への対応を間違えかねないからな。俺が見ていないと心配で」

「冨岡さんと結婚すると面倒な女がついてくるってこと? 僕は嫌だな」

「面倒な女ってまさか俺の事か」

「他に誰がいるの」

実弥が弟子の有一郎を優秀だが生意気なガキと呼んでいたが弟の方もなかなかにである。

「ひとつ解決する方法はあるけど。でも教えてあげない。これは錆兎さんが自分で気づかないと駄目だよ」

「何なんだお前は」

霞に撒かれているような言葉だ。こうなったら問い詰めても何も出てこないだろう。

 

「でも二人が何してるかは確かに気になる」

結局、一緒にこっそり見に行こうという意見は一致したので店に入る。

上手く二人の視線からは外れられた。

 

「あ、双葉さん笑ってる。あれ櫛だよね。冨岡さんが贈るのかな」

「いちいち言わなくていい、見えてる」

錆兎は自身の身体に起こる僅かな異変を認識する。胸がきゅっと締め付けられる。

窓から日差しが入ってくる以上、鬼の術ではないだろう。

 

となると体調不良か。単なる風邪ならともかく心臓に来るとなると重い可能性が高い。今すぐ蝶屋敷に向かうべきか。前にも似たような痛みがあった。確か義勇が任務中出会った一般の女性から愛の告白を受けていた時だったな。

 

今夜は任務から外してもらった方がいいのか?

義勇の言葉を思い出す。『生きろ』と。補足すると『錆兎はこれから多くの命を救える人になる。だから無理をして死ぬことだけはしないでほしい。錆兎が生きているだけで救われる人がたくさんいるから。俺も含めて』これくらいの感情が込められた言葉を。

真菰は『瀬尾さんも同じこと言うと思うけど、無理そうなら逃げ帰ってきていいんだからね。柱とか栄養価の高い人間が鬼に喰われたらもっと厄介な事になっちゃうから』

有一郎は『多少の鬼なら余裕で倒せるあんたの命は人より重いんだ。ちょっとは自覚してくれないか?』

錆兎自身の命も大切にしてくれ。その懇願に応えられるかどうかはわからないが、心の隅には留めているつもりだ。

最後のは何かちょっと意味合いが違う気がするが。

 

双葉と話し合っている義勇の姿を見て胸が痛む。

そういえば、胸の痛みについてしのぶに相談した事があった。

『あ、それ原因分かりましたので放置で大丈夫です』『治るのか?』『命に別状はありません。至って普通に過ごしてくださって大丈夫です』という診断だった。なら大丈夫か。念のため手紙で報告だけしておこうと決める。

 

「錆兎さん?」

無一郎に名前を呼ばれるが返答が遅れる。

「……」

そうしていると隊服の袖を引っ張られた。

「ひどい顔してる」

「そうか?」

「え、気づいてなかったんだ。苦しそうなのに」

 

 

結局櫛を買わずに出ていく二人を見る。双葉が積極的だったが義勇は重いだろうと断っていた。

店を変えて別のものを買ったようだ。

「櫛、買わなかったな」

「そうだね。僕は買ってもいいと思ったけど」

また胸が痛い。

 

「それにしても冨岡さんって全然双葉さんの顔見ないよね。なんで?」

顔を見て話せない人ってわけじゃないよね。錆兎さんの事はよく見てるからと続く無一郎に答えを返す。

 

「奇行の派生だと思うんだが、どうやら双葉さんの顔を見ると体調を崩すらしい。第一声が『見ていられない顔だな』と」

「ただの口下手にしても失礼すぎるでしょ」

「残念なことに何年経ってもこうなんだ。俺が訂正するしかないと思ってる。それに双葉さんに限っては問題ない。数日もすれば双葉さんは義勇の言いたい事を分かるようになったからな」

 

そう。数日もすれば。

 

「え、双葉さんって天才?」

錆兎ですら彼の言葉を正しく解釈できるようになるまでには数か月かかった。

これは確かに天才に天才と言われる程のことだ。

 

「そうかもな。だが服作りに関しては努力でここまで来た人だ。それとな、俺はお前の努力も見てるから」

決して才能にあぐらをかいているわけではない事も伝えたい。

「ありがとう。兄さんとお揃いの羽織、嬉しかった」

双葉は無一郎の成長を見越して戦いの邪魔にならない程度に大きめの隊服を作ってくれた。シルエットを複雑にして残像を見せる戦い方に合っているという合理的な理由まで含められている。

「それは作った本人に言ってやれ。喜ぶぞ」

「双葉さんにはもう伝えてる」

 

錆兎は双子が揃いの羽織を着て並んでいた姿を思い出す。

「兄弟仲良くていいな」

「……そんなことないよ」

眉が下がる。その言葉は謙遜の色ではなく。

「兄さん、僕のこと嫌いだから」

痛みをもって発せられた。

「そうか?」

「この前、隠の人と話してたら『無一郎は柱だぞ。こいつの時間は戦えないお前らとは価値が違うんだよ』って引き離されちゃって」

「あいつ何やってるんだ!? わかった、注意しておく」

 

鬼を信じられず入隊を渋っていたのはわかる。だがどうして今になってそんな嫌がらせを。

というか実弥はこの問題知らないのか。何かあればまずは師範に上がってきそうなものだが。

 

単に弟が嫌いだ、そう解釈すべきか。

しかし散々言葉の裏を読む仕事(冨岡係)をしてきた錆兎は疑問に思う。

本当に嫌いなら揃いの羽織なんて着るだろうかと。

初めて羽織を着た日、兄がこぼした笑みを思い出していた。

 

追想は予想外の質問で遮られた。

「錆兎さんは双葉さんのこと嫌い?」

「まさか。戦う場所は違えど大切な仲間だ」

嫌いなわけではない。

「大切な仲間なんだが。何故か、もやもやする時はあるな」

「それって冨岡さんと話してる時?」

「は? ああ、言われてみるとそうだな」

 

答えを聞いて納得した無一郎の言葉は。

「多分それ、嫉妬っていうんだよ」

「嫉妬……?」

「冨岡さんの事よくわかってる双葉さんに」

 

「嫉妬と言われてもな。俺は義勇に恋人ができても応援するつもりだぞ」

本心のつもりで答えた言葉。きっとまた勝手に否定されてしまうのだろうなと思っていたが、返ってきたのは違う言葉だった。

「別に恋愛だけが嫉妬じゃないでしょ」

 

錆兎は双葉を嫌っているわけではない。

優しく上品な女性で、隊服を作るという形で鬼と戦い、錆兎たちの帰る場所として支えてくれている。

双葉の事は好ましく思っている。姉がいたらこんな感じだったんだろうなと思うくらいには。

 

双葉は本当に義勇の言葉をよく理解しているし、その点について才能があるのも見ている。

 

だが、そうか。

「双葉さんは凄い。それでも義勇を一番理解しているのは俺だ」

譲れないのはここだったか。

「錆兎さん……それだけ分かれば充分だよ」

義勇が誰に恋していても関係ない。例え恋人が現れようと『一番の理解者』の席は渡したくなかった。

 

「恋人は恋人で必要になる日が来るのか? 俺には義勇に男女間のときめきなんて与えられないからな」

呟きが漏れる。

「じゃあ僕そろそろ帰るね」

「またな」

無一郎を見送る。

 

 

尾行がばれないように時間をずらして水屋敷に帰ってくると。

義勇が駆け寄ってきた。嬉しそうなのがわかる。

 

「双葉さんと選んだ。受け取ってくれ」

生地の中に餡を詰めて焼いた、円柱型の和菓子だった。名前については触れない事にする。

当初の予定よりかなり庶民的な内容に落ち着いたが。

「ありがとう」

着飾る事に興味のない錆兎としてはこちらの方が嬉しかった。

櫛だの宝石だの渡されても持て余すというか、恋愛感情のない相手に気軽に贈るな、俺じゃなかったら勘違いすると言わざるを得なくなってしまうから。

 

皆で食べようと誘う。そこまで見越してなのか例の菓子は充分な量があった。

義勇が半分欲しいと言い出したので錆兎が二つに割って渡すと童心に帰ったような微笑みが見えた。

 

冷静で凛々しい部分も、時々子供っぽくなる瞬間も。義勇の全てが見られるこの場所を守っていたい、錆兎はその考えに至る。大切な親友だから。それだけのはずだ。

 




コソコソ噂話
・無一郎くんが水屋敷組で冨岡さんだけ名字呼びなのは話す機会がほとんどなくてちょっと距離が遠めだったから。
・冨岡さんが無一郎くんを名字呼びしてたのは兄と間違えたら失礼という配慮から。それはそれで最初から区別を放棄しているように見えるのだが。
・しのぶさんは錆兎ちゃんから届いた手紙を複雑な顔して読んでいたよ。

活動報告に25話(ここです)までのネタバレを含む裏話を投稿しました。ご興味ありましたらぜひご覧くださいませ。
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