年も明け、冬の寒さが厳しくなってきた頃。
「最近、義勇と双葉さんがやけに親しげなんだ」
蝶屋敷の一室で錆兎がカナエに持ち込んだ相談。
『二人で祝おう』
『よろしいのですか?』
何かしら意気投合したようだが何故か聞く勇気が出てこない。
「ふふ、気になってるのね。冨岡くんのこと」
「ああ……そうかもな」
「あら、錆兎さんが素直に認めるなんて珍しいわ。もしかして何かあった?」
「無一郎に指摘された。あいつ曰く俺は双葉さんに嫉妬してるらしい」
「あの二人、仲いいものね。錆兎さんとは違う方向で」
「恋愛以外でも嫉妬ってあるだろうと言われてな」
「あらまあ」
カナエは相変わらずの笑顔である。彼女が怒っている姿を見たことがない。
「俺は義勇の事を誰よりも理解している、そう思っているのに。双葉さんにはいつか負けるかもしれないと不安なんだ」
「『負けるかも』なんて錆兎さんらしくないわね」
「……そうだな」
どこかぼんやりとした返事。
「二人で何かを祝うらしいんだ。それとなく聞いてみたんだが義勇と双葉さんだけらしい」
カナエは少し考えてから。
「あの二人というと……そろそろ時期ね。大丈夫よ。錆兎さんが心配する事は何もないわ」
「そうか? カナエが言うなら様子を見ておく」
「錆兎さんには色々と助けてもらったから。力になりたいの」
「上弦相手はあの場にいた全員の力だ。誰一人欠けてもあんなに上手くは行かなかった」
「それもだけど、もっと前よ」
あの戦い以前となると『カナエを助けた』に思い当たるものはそうなかった。
「悪いな、思い出せない。いつの話だ」
「私が入隊して何か月かした頃ね。私と同い年なのに『無欠の神童』は素晴らしい功績を残していて憧れていたの。私だけじゃないわ。あの頃は多くの人がそうだった」
「私ね、同期の人に言った事があるのよ。『鬼は哀しい生き物だわ。もし私の死体が勝手に動いて家族を襲うなんて事があったら苦しくてたまらない。だからこれ以上罪を重ねないようにこの刀で止める』」
偽りないカナエの本心だった。
「そうしたらものすごく怒られちゃったの。『鬼なんかに同情しやがって。お前に人の心はないのか』ってね。そう考える人の方が鬼殺隊にはずっと多いと知ってから、私は鬼への同情を表に出すのをやめた」
「辞めたようには見えないが」
鬼を斬った後に手を合わせている姿を見たことがある。
「過去の話よ。錆兎さんが言ってくれたから。『水の呼吸には鬼への慈悲を持って痛みなく斬るものがある。それも基本の型で拾ある中の伍だ。お前の考えには歴史がある、胸を張れ』と」
「俺が? 瀬尾さんじゃなくてか」
「ええ、そうよ。錆兎さんはお師匠さんの影響を受けているのね」
「……みたいだな」
それは聖なる異端思想。
「隠し通して生きるのは少しだけ辛かったから。そのままでも認めてくれる人がしのぶの他にもいると知って嬉しかった」
今ではカナエの深すぎる愛こそが人への優しさの源泉と理解する者も多い。
「聞いてくれてありがとう。相談を受けたのは私なのに」
「構わないさ。カナエの話は聞いてて心地良い」
「そうだわ、二人のことで最後に一つだけ手がかりをあげる」
「手がかり?」
「双葉という名前だからそうなったの。これからもっと寒くなるわね」
謎掛けのような言葉に錆兎は戸惑いながらその場を後にした。
***
屋敷に帰ると義勇が無言で立ちふさがって来た。
こんな状況にも錆兎はすっかり慣れたもので話し出すのを待っている。
根気強く待ってやればちゃんと答えを返してくれる男だ。
親友はそっと紙を渡してきた。
演劇のチケットだ。
「二枚」
「劇を見たいが男一人で恋愛ものを見るのは恥ずかしいってところか。誘ってくれて嬉しいぞ。一緒に行こう」
義勇はこくこくと頷いた。
当日。また義勇と二人で出かける事になった錆兎は双葉に着飾られていた。
「恋愛劇なんて素敵じゃないですか」
目を輝かせている。
「義勇からの誘いでな。正直なところ意外だった」
「それはそれは義勇様も必死ですね」
双葉にとって意外ではなさそうな事にもやもやする。
今度は洋装だ。身体のラインを引き立てるシンプルなドレス。
「何が必死なんだ?」
「私の口からは申し上げられませんが。錆兎様の悪いようにはなりませんよ」
ああ、『それ』だ。義勇の事を全部知っているかのような口ぶり。
「錆兎様? 暗い顔されてませんか」
「大した事じゃない」
「何かあれば気軽に申し付けくださいませ」
お前が原因だなどと言えるはずもなく。
着替え終わって出てくると義勇がこちらを見たり見なかったりしている。今度は何を目的とした奇行だか。
「行ってらっしゃいませ。お二人が親しくしていると私も嬉しいですから」
「……そうなのか」
彼女の言葉に偽りはなさそうだ。
「錆兎様? 何か不安な事でも」
「気にするな。本当に大した事じゃない」
「錆兎、本当に無理だけはしないでくれ。お前に何かあったら俺は」
義勇は錆兎の事になると心配性だ。それはお互い様なのだが。
「大丈夫だ。ところで双葉さんは」
錆兎は気になっていた事を尋ねてみる。
「どうして義勇の言葉を詳しく理解できるんだ?」
「そういえば何故でしょう。……勘ですかね」
「もう観察力の域を超えていないか」
「あら、真菰様からも似たような話をされました」
「義勇が言う直感と同じか?」
「特に幻聴が聞こえたりはしないのですが」
これが誰にでも発揮される能力なら錆兎は気にならなかった。
もっとも、双葉が錆兎と義勇の仲を応援しているというのも事実なのだろうが。
彼女は今とても優しい目をしているから。
二人は劇場に到着。手続きを済ませて席に着く。
「俺は恋愛というものがよく分かってなくてな。参考資料として見ることにする」
「そうか」
恋愛とは何だ。『特定の人間との接触によって体温や心拍数が上昇し、感情に変動が起こる現象』と言ったところか。
戦っている時の高揚感とも違うらしい。『目の前の対象しか見えない』という点では近いのかもしれないが。
義勇の隣にいる自分はどうだろうかと錆兎は自身の手首に触れて脈拍を確かめる。
劇的な変動はない。じゃあ違うか。
劇が始まる。三角関係を題材にした物語だと聞いている。
義勇の様子が気になってちらりと横目に見る。何故か目が合った。
言葉で説明できない感覚。どこか落ち着かない。ともかく劇に集中しようと視線を戻す。
主役の男が一目惚れした令嬢は淑やかな才色兼備。丁度カナエや双葉さんのような相手だ。
一方で男には喧嘩ばかりしながら一緒に育ってきた幼馴染の女性もいた。
そんな幼馴染から予想外の告白を受けて、男の感情は二人の間で揺れ動く。
好いている相手と好かれている相手。どちらを選ぶのか。
錆兎は男の言動を観察する。
世間が恋愛と定義するものを見て、参考にしたい。
「付き合ってみれば好きになれるかもしれないな」
と主役は告白してきた幼馴染と交際を始めた。
だが結局は喧嘩ばかりで変わらない生活。
好きになれればと思ったのに、どうしてもしっくりこなかった。
当初の想いを忘れられないと謝って別れ、令嬢に愛を伝えに行くという結末だった。
劇が終わった帰り道。
「幼馴染は何が足りなかったんだ。やはり『ときめき』か?」
錆兎は感想を零す。
「あの男なのか、錆兎は」
「どうだろうな。そもそも俺は恋をしたことがない。知識としてしか恋愛を感じられないんだ」
「瀬尾さんみたいな事を言う」
「確かに。そういう人だったな」
家族のような距離感で育った男に恋情を抱かせるには何が必要だったのか。
令嬢は素直に男の誘いを喜んだが、幼馴染は愛情の伝え方が回りくどかった事か。
些細な事で何度も喧嘩になってしまった事か。
「近すぎても上手くいかないのか」
「錆兎?」
名前を呼ぶだけ。今のはどういう意味だという問いかけだ。
「俺自身何をどう思っているか分からないんだ」
「恋しているのか」
「別にそういう訳じゃない」
「そうか」
答えると義勇の表情が微かに変わる。上手く読み取れない。悲しんでいるのか、喜んでいるのか、また別なのか。
一番近くにいる錆兎でさえ義勇の事は時々遠くに感じることがある。
何かあれば支えたいがどう接すればいいか分からない。
「錆兎と過ごす時間は楽しい」
「俺もだよ、義勇」
彼は親友で一番の理解者。それだけのことだ。
何も変わりやしない。