雪が降る中、一つの傘の下で歩く二人の少年。
瓜二つでどう見ても血縁の彼らだが色違いの羽織と髪の長さだけが違う。
濃い色の羽織と肩くらいの長さの髪が兄、薄い色の羽織と腰の高さまで波打つ長い髪が弟。
兄が傘を差し、弟が贈り物と思わしき包みを持っている。
それぞれの頭には鴉が留まっており、ウェーブのかかった黒髪は先端だけが水色という独特な色合い。
彼らこそが『無欠の再来』と呼ばれた時透兄弟。見てわかる通りの双子である。
「僕も髪切ろうかな。前は兄さんとお揃いだったし」
髪が短くなる前は羽織を交換するだけで判別が難しく、兄の師匠をからかって追い回された事もある。
「お前は長いままの方がいいだろ。色々と誤魔化せる」
霞の呼吸特有の緩急で攪乱する動きにあたって長く広がった髪は有利だ。隊服も同じ理由で大きめに作られている。サイズ感にはすぐ成長するだろうからという意味も込められていたが。製作者のさりげないこだわりポイントである。
「でも」
「次入れ替わったらブン殴るって言われてんだよ。疑われたくねえんだわ」
「なら仕方ないけど。……それにしても今日は寒いね」
「だな。あんま離れるなよ、濡れるぞ」
「せっかくの贈り物だもんね」
「そうじゃねえよ、そうだけど」
「何それ変な兄さん」
つまり兄として弟が体調を崩さないか心配なのだ。
この程度平気だろうと知っているが、それでも。
二人は目的地に到着する。水柱達が暮らす屋敷だ。
「こんにちは」
無一郎が明るく尋ねる。
出てきたのは水屋敷付きの隠、
珍しく今日は私服だ。
服の上から主張する『本日の主役』と書かれたタスキが目立っている。
「お二人とも早いですね。寒いですし上がってください。傘はそちらに置いていただいて」
この日、双子は彼女のために来ていた。『屋敷にいた頃に世話になったから』と積極的な弟に兄が仕方なくついていく形で。
双葉に案内された二人に真菰が気づいた。
「始まるまでもうちょっと待ってね。って双葉さんは主役なんだから今日は動かなくていいのに」
「そういうわけにはいきませんよ。あ、お二人はそちらに座ってくださいね」
あれこれ歩き回る双葉を見て有一郎は少しだけ気に掛ける。
「誰にだって休みは必要だろ」
「私が好きでしていることですし。本日訪れてくれた事だけで嬉しいんですよ」
「ふーん」
復讐の為に全てを捨てた者が集まる組織の中で『才能を発揮する場所を求める』変わり者。
「『好きでやってる』か。無一郎と似てるな」
怒りながら生きるよりその方がいいけど、なんて兄の言葉は小さく消えていく。
話題に出された無一郎だが真菰に尋ねごとをしているところだった。
「これ、いつ渡せばいいの」
持ってきた包みを見せている。
「みんな揃ってからやるから一旦置いといて」
「わかった」
指示された場所に丁寧に置く。
双葉が包みをちらりと見て口元を緩めていた。
「ありがとよ。じゃあ休んどくか」
「うん」
双子は暖められた部屋の中で一息つく。
有一郎は鴉を暖めようとして羽根を高速で撫でていた。
「兄さん、そんなに擦ったら削れちゃう」
弟が心配しているが気にせず続ける。
「こいつはそこまでヤワじゃねえよ」
「ソウヨソウヨ!」
銀子が合いの手を入れる。
「米寿なら大丈夫だよ。瀬尾さんの伝達係ができたくらいだもん」
「ほらな。真菰さんも保証してるだろ」
柱が相棒だと鴉の方も色々鍛えられるのだろう。
かつての主が米寿を削れるくらいに撫でていたのかは定かではないが。
***
降り積もる雪の中を錆兎は走っていた。
溶けて固まった地面を我が物顔で駆ける。このくらい幾多の鬼を狩った柱には造作もない事だ。
白銀の景色に点を描く鮮やかな髪色は遠くからでも目を引く。
淡い桃色の髪と出る所が出た女体のシルエット。誰かがこれを見ていたなら雪の中に舞い降りた春の精霊と評したかもしれない。
自身がそんな美しさを持つとは知らぬまま錆兎は一軒の店に入る。
「失礼する!」
低めの心地よい声が響いた。
「いらっしゃいませ。
「大丈夫だ。……それに、今日じゃなきゃ駄目なんだ」
「こちらが注文の品です」
「助かる」
代金は既に渡しているので予約時の引換証を商品と交換してもらうだけだ。
手続きを終えて錆兎は綺麗にラッピングされた『それ』を持って走る。
本当は数日前に受け取る予定だったが色々あって今日になってしまった。
「それにしても『二人で祝う』ってこの事だったんだな」
カナエと話した後すぐに真菰から指摘されて気づいたが。
「義勇の事なのにどうして気づけなかったんだか。こんなに大事なことを忘れるなんて」
―いくら双葉さんに気を取られたからってあの失態はないだろ。
「俺は一番の理解者、なのに」
―本当に?
「俺と義勇は親友だ。それだけなんだ」
―そう思っているのはお前一人じゃないか?
「これは恋なんかじゃない」
―否定できるのか? 恋愛が何か分かってすらいない癖に。
「……俺は」
心に芽生えかけた何かを振り切りながら錆兎が水屋敷に戻ってくると既に多くの柱が集まっていた。
17歳のカナエを守るという奇行をした時の『無欠』6人が揃うのも久々だ。
そこに双子と双葉とその他が加わってなかなかの大人数。もはやちょっとした柱合会議である。
真菰が人材不足を解消しなければこんな時間は取れなかったかもしれない。
「柱だらけで恐れ多いんだけどここにいていいのか?」
この発言は『無欠の神童』伝説が始まった最初の同期である村田のものだ。
「その心情はとてもよく理解できます。『これ』も義勇様が着用すべきだと思うんですけどね。顔が見れないから判別用にと押し切られてしまいました」
『本日の主役』と書かれたタスキをつけた双葉が賛同する。
ちなみに『無欠』にはもう一人、
水柱と遭遇すると西塔はひえっと悲鳴を上げて村田の後ろに隠れていた覚えがある。
錆兎には男らしくないと言われていたが西塔はそんな事より自分の命の方が惜しかった。それにうっかり錆兎に惚れられでもしてみろ、その先は地獄だぞ。とは西塔の言葉である。それはそうとは村田も思った。まあそんな事は杞憂だとも村田は思っているが。
「今日は雪の中集まってくれてありがとう。煉獄はちょっと遅れるみたいだけどそろそろ時間だし始めちゃっていいかな?」
真菰が明るく先導する、その内容は。
「義勇と双葉さんの誕生日、祝いにきてくれてありがとう!」
「おめでとう、二人とも」
カナエは素直に祝福し。
「貴様らの活躍次第では来年も祝ってやらないこともない」
小芭内は照れ隠しの言葉を贈り。
「まさかテメェらが同じ日とは。偶然ってあるもんだな」
二人が出会うきっかけを作った実弥は凶悪に間違われる程の笑みを浮かべる。
姉の形見を燃やしてしまった償いに実弥が蔦の葉をあしらった小豆色ベースの羽織を贈ったのが冨岡義勇と瀬尾双葉の繋がりの始まりだった。
だが実弥の言葉に双葉は首を振った。
「私は厳密にいうと違うんですよ。自分で勝手に決めただけですから」
双葉は『本日の主役』タスキをきゅっと握って答える。
「ただの語呂合わせですよ。双葉だから2月8日」
生まれた正確な日は覚えていないので、彼女はそう続けた。
その言葉には無一郎が気遣いを見せる。
「過去の記憶がないって大変じゃない?」
「確かに戸惑うこともありますけれどね。私には葉子様と出会ってからの記憶が、そして何より支えてくれる方々がいますから」
双葉は穏やかながらも強い意思を込めて答えた。
「今が大丈夫ならいいけど」
「きっとあんたの家族は忘れられようとあんたが生きてればいいって思ってるさ」
有一郎の言葉は裏を返せば『俺だったらそう思う』。彼の師範である実弥も口には出さないが同じ事を考えていた。
そして、誕生祝いとして各々からの贈り物が渡された。
時透兄弟からは布だ。服飾を営む双葉の為に用意した。義勇には何を贈ればいいか分からなかったので実弥に任せておくことにした。双子にとっての彼はあまりよく分からない人だったので。実際分かりにくい奴なので仕方ない。
無欠の再来分まで任された実弥が選んだのは菓子の詰め合わせだった。凶悪な見た目とは裏腹に甘い物好きな実弥ならではの選択だ。
鬼狩りになる前の彼では到底手の届かなかった高級品。
……のはずだったが義勇は『姉と一緒に食べた事がある』という。結構裕福だったらしい。前の羽織も上等だったしな。
カナエからは軟膏だった。
「妹の自信作なの。しのぶもおめでとうって言っていたわ」
ちなみに今日カナエがここにいるのはそんな妹が『仲間の祝い事? 行きたいなら行けばいいじゃない。蝶屋敷の事は任せて』と送り出してくれたからだったりする。
「ああ」
義勇は淡々としているように見えて軟膏に喜んだ。
怪我の多い仕事だからいくらあっても困る事はない。
任務で持っていく事を想定し小分けにしてあることも好印象だ。
詩歌を好む小芭内からは長編小説の第一巻。
物語は霊が見える事が原因で監禁された少年が唯一自分を人間扱いしてくれた少女と生きる為に脱獄する所から始まる。
「悪霊たちが伸ばす無数の手から少女を庇う箇所が序盤の山場で」
「先の展開は読むまで言わない方が良いんじゃないか?」
「……忘れろ」
錆兎の指摘に小芭内は目をそらす。
「貰っておく。気になる」
とは義勇の言葉だ。一人で楽しめる趣味ということもあり、文章を読む事は割と好きな方だった。
ところで『第一巻だけ』を贈る小芭内はなかなかの性格をしている。決して悪辣というわけではないが続きが気になったら自分で買わざるを得ないというわけだ。
あえて未完結作品を選んだのは遠回しの『死ぬな』というメッセージだが果たして伝わっただろうか。
のちにこのシリーズは水屋敷書籍コレクションに追加されることとなる。
なお、義勇相手にはこんな感じだがあまりよく知らない双葉相手には無難な短歌集を贈っていた事を追記しておく。
祝いの品が贈呈されていく最中のこと。
玄関から燃えるような大声が響いた。
「すまない冨岡! 遅くなった!」
炎柱、煉獄杏寿郎が駆け込んできた。何やら大荷物と共に。
「構わない」
「君の生まれた日に遅刻など不甲斐ない!」
場の温度が上がった気がする。この男は心頭滅却の対義語かもしれない。
「それにしても杏寿郎が遅れるなんて珍しいな。どういう事情だ?」
錆兎が尋ねる。
「人が倒れていたので救助活動をしていた!」
「正しい」
「この雪で放置したら命に関わるからな」
義勇は『煉獄は正しい事をした』と褒めている。錆兎が補足した。
「君達の以心伝心ぶりは相変わらずだな」
もう始めているのか、早速だが受け取ってほしいとよく通る声で差し出されたのは。
大量の干し芋であった。
それは杏寿郎の好みではないか?
「好きだ」
「冨岡も芋が好きか! 俺もだ!」
「祝ってくれた事が嬉しいってさ」
と錆兎。
「普通」
「普通か!」
特別に芋が好きというわけではないが祝ってくれたのは嬉しいとのこと。
「非常食」
これでもちゃんと喜んでいるのだ。
「芋は普通だが非常食として助かる、だとよ」
口数が少ないので相棒に解説されるのはいつものことである。
「じゃあ次は私と同期の皆からね」
と真菰から渡されたのは何冊かの本だった。
「本当に恐れ多いというか」
「村田、同期」
『村田は立派な俺達の同期だから、ここにいる事を恥じる必要はない』と言いたいらしい。
この単語だけで伝えるのはちょっと無理があるのだが、錆兎の解説がしっかり機能した。
「……覚えてくれてるのは嬉しいな」
「そうか」
義勇は同期全員の顔と名前を覚えている。
同期のことだけは忘れない。忘れてはいけないと思った。
「誕生日おめでとう。ごめんね、伊黒と被っちゃった」
「問題ない」
内容としては随筆なので物語や詩集を選んだ小芭内と被ってはいないと言いたい義勇だがそこまで読み取るのは慣れないと難しい。
「よかった」
そこは真菰、長年の経験で乗り切った。
そして、錆兎から。
まず双葉へは黄色い大きなリボンを贈った。
「これを、私に? ありがたく頂戴します」
以前店でうっとり見つめていた双葉だが値段で諦めたものだった。
「この場で付けてみてもいいか」
「嬉しいです」
双葉は快諾してくれたが問題はそこからだった。
自分から提案したにも関わらず四苦八苦する錆兎。いつもは双葉の着せ替え人形状態でありお洒落に慣れていない事を失念していた。
「私がやるよ」
流石に見ていられなくなった真菰が引き取った。双葉は何だかドキドキしますねと言いながら身体を預けている。
「後ろはこんな感じに編み込んで……できた。手鏡持ってくるね!」
ほんの少しのイメージチェンジだが、なかなか可愛らしく仕上がっている。
こうしてみると意外と童顔な双葉はいつもより幼い雰囲気を出している。綺麗系だが可愛らしいというか。
「女の外見なぞ知った事ではないが醜くはないな」
「……おう」
小芭内と実弥という厳しい二人でさえそうなのだ、他の皆も双葉の器量は認めるところ。
「とっても素敵よ」
「ああ、似合っている!」
柱にこぞって外見を褒められるという経験に双葉は戸惑う。
「一介のしがない隠がこんな……恐れ多いです」
「さっすが双葉さん! 素材がいいから飾りがいがあるよ」
最も、『双葉の顔見れない症候群』の義勇だけは最後までノーコメントだったが。
彼をよく知らないと視線の位置で誤解するかもしれないが決して双葉の胸を凝視しているわけではない。
『本日の主役』で判別しているだけだ。
錆兎はどこか悲しみを隠すように呟く。
「双葉さんなら男が放っておかないんだろうな」
月並みすぎて笑えるくらいだが『立てば芍薬』。錆兎が持たないものを双葉は持っていた。
「え、あの、でも。今は仕事に集中したいので恋愛は考えていないんですよ」
「そうか」
―それに比べて俺は、どうしてこうも相手にされないのか。
錆兎への慕情をはっきり告げる男は現れていない。
せめて自分が男だったならともかく顔にこんな目立つ傷を持った女に需要はないからと自己評価している。
―告白されても断っただろうに何を気にしているんだか。
「で、義勇にはこれを」
錆兎が贈ったのは筆だった。
「お前は話すより書く方が得意だからな。言いにくい事があれば手紙を送ればいい」
それだけで表情が変わった。静なる水が流れて雫が跳ねるように。
「……大切にする」
見ていた周りは否応なく気づいてしまう。喜び度合いが目に見えて違う。
「態度露骨すぎんだろ」
なんて悪態も幸せに満ちた義勇には届かない。ムフフと笑っている。
「貴様本当に冨岡か?」
普段はまさに冷静沈着という感じなのに時々こうなる。
「気になる女がいるなら恋文でも送ってみるのもいいかもな」
え、何を言っているんだ。
錆兎の言葉で何かを諦めたように義勇は呟く。
「お前はまたそうやって俺をかわすのか」
「……義勇?」
小声で聞き取りにくいのは元からだったが、その次はしっかり聞こえた。
「それでも、俺の恋は一生続くのだろうな」
すると錆兎は雷に打たれたような顔を見せてから。
「そ、そうか」
動揺して何とか笑顔を作っていた。
好きな人がいたのか。まさか。
―違う。義勇は『懸想していない、迷惑だ』と言っていた。
「錆兎、すまない。俺は重い男だな」
深刻な顔をした義勇の意図がわかりかねる。
色恋の話題で『重い』という事だから、惚れた女から束縛を嫌がられたのだろうか。
彼は誠実だが言葉にせず態度で示すから誤解されたのかもしれない。
「他人がどう思うかは知らないが、俺はいいと思うぞ。浮気なんてしなさそうだからな」
「しない。命を賭けてもいい」
屋敷内がざわめいているが錆兎の耳は無意識にそれを遮断。
何だか周りの騒ぎ声が遠く聞こえる。
親友の顔が赤い気がするが、きっと急に暖かい所に入ったからとかだろう。
「最高の誕生日だ」
なんて言う義勇の言葉が本心からのものだと理解する。
「お前は毎年それだな」
「……ああ。来年も、きっと」
彼が願っているのは来年もその次も、誰も欠けることなく共にありたいということで。
「また『来年』な」
錆兎は誓いを立てる。
次も最高の誕生日を。
たったそれだけのことが、この世界ではとても難しい。