「これを」
選別後の帰り道に渡されたものに錆兎は目を丸くした。
「はぁっ?」
鱗滝さんが作ってくれた狐面。錆兎が選別で肌身離さなかったにも関わらず初日で忽然と消えていたもの。
何故それが今ここにある。
「待て待て待て説明しろ」
「話せる事はない」
「義勇! お前、お前な! そんなだともう口きかないぞ!」
「困る」
しょんぼりされた。そんな顔をしないでほしい。
「うっ……鱗滝さんから貰った宝物だぞ! 何故盗んだ!」
「欲しかったから」
そうか、欲しかったのか。どうしてその答えでいいと思ったんだ。
「義勇の分もあったよな」
「関係ない」
いつもの親友だった。これで神経を逆撫でしようという意図は一切ない。怒っているのが段々どうでもよくなってきた。
根気強く聞き出した話をまとめると、『直感なので論理的な説明は難しい。だから話せる事はない』『面をつけていたら錆兎が死ぬ気がした。だから欲しかった』『俺が面をつけているかは関係ない。錆兎が面をつけていない状態が必要だった』ということになる。
あの鬼が狐面を狙うと知らされたのは義勇が持っていった後。錆兎が助けに入れたから良かったものの危うく殺されるところだったんだぞ。
一方で錆兎が先に遭遇していたらどうなっていたかという局面でもあった。義勇が生き残れたのは激昂して焦って飛び込まなかったからであり、錆兎は義勇の冷静な部分を尊敬していた。平時の態度は別の話だが。
「理由があったわけか」
あまり強く言えないのは結果論が上手く回ってしまうから。
「次から事を起こす前に言え」
「わかった」
お前それ本当に分かっているのか? という視線を送る。だいじょうぶと言われた。不安だ。
***
二人は試練を無事終えて鱗滝の元へ戻った。師の想像を遥かに超える凱旋だった。しばしの休息。
隊服が届いたという知らせが来たので皆に見せようと着替えてみた。
錆兎の隊服は本人の希望で一般的・中性的なもの。自分が女性だという認識があまりないため女性的なデザインの服を自分が身につけると落ち着かないそうだ。見ている分には綺麗で良いんだが。
「どうだ?」
錆兎は少し緊張していた。
「良く似合っている」
鱗滝が感動し、
「わあカッコいい!」
真菰が素直に褒めちぎり、
「胸が熱いよ」
瀬尾が満足げに見つめていた。
錆兎が隊服を選ぶ際に義勇は「勝手にすればいい」と答えていた。
だから今のこれは完全に予想外の反応だった。
「さびと、きれいだ」
目から水の呼吸だだ漏れである。
「泣くな馬鹿!」
俺は隊服を着ただけなんだが。
「似合っている。俺はこの瞬間を見る為に生まれてきたような気がする」
発言が大げさだ。
「涙を拭け、情けない」
「嫌いになったか」
ああもう面倒な男だな冨岡義勇。
「泣いてばかりだとそうなるかもな」
「嫌われたくない」
この世の終わりみたいな顔をした。
「だったらしゃんとしろ」
「する」
ぴしゃりと直立。手のかかる弟かお前は。黙っていれば一般的に美少年と呼べる顔立ちなのに。
「錆兎、ずっと見ていたい」
「特殊な意匠はないが」
「死んだら見れなくなる。だから」
なるほど『死ぬな』と言いたいらしいな。そこは素直に受け取っておこう。
義勇も似合ってるぞと伝えたら空中に花の幻覚が浮かびそうな笑顔で喜んでいた。
***
神童たちは瀬尾師範に連れられて初任務に向かっていた。
この付近で『足を切断される』という被害が続出しているのだ。
被害者を父に持つ少女と接触できた。
「父さん、『あの時』の話を聞きたいって人がいるんだけど」
「そうか。上げてやってくれるかな?」
「はい。……皆さん、こちらへ」
瀬尾は穏やかで大柄な男を見て同年代の僧侶を思い出した。といっても目の前に座る男が五体満足だったとして彼の上背には及ばないのだけれど。
「かろうじて人の形だったよ。爪が片腕ひとつ分くらい長くなった」
足を斬ったのは『それ』の爪だったという。
妻を亡くし、男手ひとつで娘を育ててきた男。力仕事をして暮らしていたが鬼に足を奪われた。物理的な意味で。
命こそ残ったけれど前のように働けないから生活は苦しくなるばかり。娘も働いてはいるものの、やはり父が抜けた穴は大きかった。
「いっそ僕が死んでいれば迷惑をかけることも」
「駄目よ! そんな事言わないで!」
他の家族が生きる為に足のない者が捨てられたという話。他人事ではなかった。
被害者は足を落とされ夜の町に転がされる。動けず出血多量で命を落とした者が翌朝見つかる事もあった。
養いきれず家族に捨てられ、もはや行方も知れぬ者もいた。
「狙われる人物像、概ね予想はできた。私は本命につくから二人は次点に行ってくれ」
「はい!」
「……今夜で決着をつける。これ以上鬼どもの好きにはさせないよ」
とある大家族の長男(かなりの長身)か、町一番の美女(未来の言葉でいうと『もでるたいけい』だ)。この二人が次の標的と予想された。前者に瀬尾、後者に錆兎たちがつく。
そして鬼は後者の二人側に現れた。
見た目は二十歳程の男性に見えるが背だけは随分低め。成長期を迎える前の二人とさほど変わらない。
角、赤い目、長く伸びた爪。人の形を保っているが間違いなく鬼だ。
「小さいな」
義勇が伝えたありのままの感想は鬼を激昂させるには充分だった。
「貴様ら子供じゃないか。まだ伸びる。許せない許せない許せない」
飛び掛かってくる。急激に伸びた爪を義勇が斬り落とす。
「いつも通りだ。俺が頸を狙うから守ってくれ」
「ああ」
過剰な言葉は必要ない。この二人が組めば自然と攻めの錆兎と守りの義勇という布陣に落ち着く。
「そこの娘は可哀想だ、顔に傷を負って。それでは嫁の貰い手もないだろうに」
錆兎は黙って斬りつける。一人より格段に動きやすい。さりげなく助けてくれているのがわかる。
「女独りでは生きづらいだろう」
鬼の言葉は無視だ。刀を握ると決めたのだから色恋沙汰など必要ない。最もこんな傷で出来るとも思えないが。
「だから僕が娶ってやる」
「頭おかしいのか?」
あまりのことに錆兎は無視を決め込むこともできなかった。
「傷物を貰ってやるんだから感謝しろ」
「断る」
承諾するはずがない。余談だが鬼の言う『嫁』とは食糧の事である。
「錆兎が鬼の妻になるはずがない」
そうだ。義勇の言う通りだ。
刀と化物がぶつかり合う音が響く。均衡は一瞬で崩れた。隙が見つかれば一撃。錆兎の一振りで胴体から頭が離れた。
「僕なら醜い傷も受け入れてやれるのに」
消えるまで僅かに猶予のある頭が錆兎をじろじろと見上げる。
義勇が足で転がす。
「踏むならせめてあの子に」
「見るな」
消滅するまで鬼と視線が合うことはなかった。
瀬尾は読み違えたと心配しながら駆け付けた。二人が鬼を斃した所だったのでほっとした。
「元気そうで良かった。初手で神童死なせたら切腹して詫びるとこだったよ」
「何言ってるんですか!?」
「長生きしてね」
「瀬尾さん!」
「二度と手を離さないと決めたんだ。この手だけは」
錆兎は瀬尾の目に、彼女がかつて失った何かを見た気がした。
***
(とある男の話)
一度は結婚の約束までした女性が豹変した。
彼女は知らない男に抱きしめられながら僕を嘲笑う。
「私より背の低い相手なんてお断りよ。その傷もなんだか気持ち悪いし」
待って。僕が気にしていたことを。
「どうして」
苦しかった。見返してやりたかった。何もかも壊したかった。
だからあの人の誘いを呑んだ。頭に指突っ込まれて死ぬ程痛かったけど僕は生き残った。
そして僕の耳に天才的な閃きが囁く。
「君がもっと小さければよかったんだ」
【3話までの登場人物紹介】
錆兎:なぜか女の子になってる。この前最終選別死者零人という記録を達成したばかりの十三歳。共に功績をあげた義勇と共に『無欠の神童』と呼ばれている。
冨岡義勇:錆兎の後ろをてちてちついてくる人見知りの少年と思いきや突然謎の行動力で奇行に走ったりする。乱数調整でもしているのだろうか。錆兎の隊服については「勝手にすればいい(決めるのは俺じゃないし、錆兎なら何でも似合うから)」とのこと。
真菰:ふわふわ美少女。本当は二人より先に選別に行こうとしていたが義勇に引き留められ挙句の果て怪我で延期になったという経緯がある。
鱗滝さん:二人が生きて帰ってきたことがとても嬉しい。
村田:村田さんは冨岡義勇の同期である。冨岡義勇は錆兎の同期である。よって村田さんは錆兎の同期である(三段論法)モブを集めてきたモブの中のモブ。烏合の衆でも囲んで棒で叩けばそれなりになるのだ。
某先輩:適当に生き残って下山するぜと言ったら冨岡さんに怒られてトラウマになった。
瀬尾葉子(せお ようこ):今作オリジナルキャラクター。現水柱。錆兎たちの姉弟子にあたる女性で二人の6、7歳上くらいの想定。
3話の父子:妻を亡くし男手一つで娘を育てていた。父親は180-190cmくらいか。このあと娘は生活費と恩返しのために鬼殺隊に貢献することを決めたとか。
3話の鬼:自分の身体的特徴がコンプレックスで長身の人間ばかりを選んで襲っていた。主食は足と捨て子。冨岡先生のサッカーボール。
【没ネタ】
「俺の継子にならないか」「ならない」「俺達もう瀬尾さんに決めてるので」