突然の「嫌な予感がする」で振り回されるのも錆兎は慣れたものだった。義勇の奇行はいつだって何かを動かす。
その日、運命は大きく動いた。いつか始まりの奇跡を起こした時のように。
二人は鬼を背負った少年と出会う。
「そこのお前、何をしている」
「禰豆子を……妹を医者に診せないと」
錆兎は残酷な真実を告げる。
「残念だが手遅れだ。そいつはもうお前の知る妹ではない」
刀を抜こうとしたが義勇の声に止められる。
「駄目だ」
「理由は」
「……駄目だ」
説得が下手すぎる。全くもって論理的ではない。鬼を庇うなどあまりにも非合理だ。非合理だが。
「また『いつもの』か」
その非合理にこそ錆兎は生かされたことを知っている。奇跡を引き寄せる事を実感している。
実弥や小芭内あたりに後で何言われるか分からないがその時はその時だ。
「分かった、それなら俺は義勇を信じる」
しかし鬼が黙って背負われ続けているのは妙な話だ。これだけ無防備な状態なら後ろから噛み付くだけで殺せるだろうに。
鬼は口元を手で抑えている。兄に危害を加えない様にしているのか。そんな鬼、少なくとも錆兎は見たことない。
末恐ろしい。義勇は相変わらず先読みのレベルがどうかしてる。
「全く、義勇には何が見えてるんだか」
「兄と妹だ」
「そういうことではなくだな……まあいいか」
ともかく義勇の考え、師である鱗滝左近次へ頼むという判断に異論はなかった。
胡蝶カナエという手も考えたが人の多い屋敷に鬼を匿ってもらうのは流石に難しい。時々会いに来てもらうのはありだが。喜んでもらえると思う。
***
そこからはなんやかんやで例の少年、竈門炭治郎は「判断が遅い!」されたり罠だらけの山を走り回ったりした。
そして岩を斬るという最後の試練で炭治郎は不思議な経験をすることになる。
岩の上に人が立っている。変わった雰囲気の女性。いつの間に現れたんだろう。炭治郎の嗅覚でも感知できなかった。
女性は飛び降りると難なく着地。
「初めまして。君も驚いているようだからこれだけは言っておくよ。その岩はいずれ斬れるようになる」
「それ本当ですか?」
「私もやったことがあるから」
平然と答える。
「大丈夫だ。こっそり修行を見ていたんだが君には素質がある」
「ということで、まずは君の力をもう少し詳しく見せてもらおうじゃないか」
「よろしくお願いします!」
「素直で良い子だ」
その女は強かった。炭治郎の攻撃を全て受け切ったと思えば間一髪の攻撃が絶えず繰り出される。回避だけで手一杯。
さらに厄介なのは匂いで判断ができない所だ。それゆえ目の前にいるのに見失いそうな独特の儚さがある。
「いいかい、予測するんだ」
女の動きひとつひとつが炭治郎に教えてくれる。
「敵は待ってはくれないからね」
そしてこれは教えるため意識して作られた動きだ。型の出し方もお手本になるくらい基本に忠実で丁寧。
それは刀を使った対話。口にせずとも伝わることが山ほどある。
どれほどの時間が経過しただろう。
ようやく休憩を許された炭治郎は気絶するように眠った。
女は炭治郎を運びながら何かを呟く。
「あの子達が言ってたアレに勝てるくらいにはしておきたいな」
アレ自体はもういないのだが真菰によると数人しか喰っていないはずなのに強さが段違いの鬼もいたそうなので出来るだけ鍛えておいて損はない。
「育てがいのある子を見つけたじゃないか」
明日はどんな訓練にしようか。女は心を躍らせていた。