懐かれちゃったのよ~
カナヲは目の前の人型生物について理解が追い付かなかった。後世で『宇宙猫』と呼ばれるような表情になってしまうのも仕方のないことだ。
「ちょっと姉さん! どうして半裸の猪人間を連れてきたの!?」
「懐かれちゃったのよ~。『つえー女だな!』って」
わからない。どういう反応を返せば正解なのか。これは人間? それとも鬼?
現在昼間の野外。猪人間は日光に当たっている。つまり鬼ではない。
カナヲが『正解』を叩き出そうと固まっている間に彼は名乗った。嘴平伊之助、後で知ったが猪頭は被り物だった。
伊之助様の子分にしてやる、というのはちょっとよくわからないがここは了承しておくべきなのか。
「聞かなくていいから」
しのぶ姉さんはそう言った。しかし命令に従わないことに罪悪感を覚えてしまう。コインを投げる。裏だったので子分になるのは断った。
そして彼はカナヲの想像を絶するほどに『自由』だった。
アオイの作る天ぷらを食べて怒られたりとか。
「勝手に食べないでください!」
「美味しいわよね。でも次からは食べていいか聞いてね」
「おう」
カナエの言葉はよく聞く猪だった。人間社会の掟はまだよく分からなくても『強いやつが偉い』というのは理解しているので。
それから分かってきたのは彼は決して馬鹿ではないということだ。
食べられる植物に詳しくて薬草の選り分けを手伝ってくれたりもする。
「こいつは食うと腹壊す」
「あ、それは少量なら薬になるから取っておいて」
「おうよ。そんでこいつは天ぷらにすると美味い」
「相変わらず天ぷら好きですね」
「毎日食いてえ」
「毎日ですか」
ともかく伊之助は自由だったのだ。
カナヲが『こんな事聞いたら呆れられるかな』と足踏みする内容もお構いなし。
間違えても殴られない。意味のない話をしても怒鳴られない。役に立たなくても捨てられない。
―こんなに滅茶苦茶でいいんだ。
******
名を知らずともその才は
俺は風柱の継子、時透有一郎だ。
刀が緑色に変わったからという理由で始まった師弟関係は案外悪くない。
どうも手慣れてるっていうか年下の面倒を見るのが得意っぽい。理想の兄貴。
それと師範の見た目は確かに怖いけど本当はすごく優しい。足手纏いは邪魔って言葉の裏にある死なないでくれを俺は見逃さない。
そういえば、どうして俺を弟子にしてくれたのか聞いたことがある。断るって選択肢もあっただろうに。
最初は
『弟を守りたい気持ちは同じだから』師範の事がもっと好きになった。
え、俺が才能を見抜くって噂されてんの? ないない、頼まれたやつ全員送ってるだけだし。褒めるなら真菰さんの教え方と本人の努力だろ。
***
有一郎はキレた。
こんなん予測できるわけないだろ。
任務自体は平凡で師範が出向くまでもなかった。鶏みたいな頭してるやつが襲われてたけど間一髪で助けた。
腕で急所を守ろうとしてるみたいだが無駄だ。この程度の鬼ならまとめて斬れる。
その後が問題だった。何なんだよあいつ。
「おい馬鹿何やってんだ吐き出せ!」
有一郎は焦った。全集中の呼吸を使う剣士ならともかくどう見ても一般人のこいつには致死量だ。そもそも鬼とか関係なしに謎の生肉を食うな。これで兄ちゃんの所に行けるじゃねえんだよ。自害なら別のやり方にしてくれ。帰ってこい。手遅れか。それならせめて人を殺す前に。いや、なんだこれ?
様子がおかしい。少しずつ鬼の気配に変わっていくが襲い掛かってこない。
「助かった」
しかも普通に礼を言われた。鬼にしては人間すぎるなお前。人間にしては鬼すぎるんだけど。
じゃあこいつは何者なんだよ。意味が分からない。義勇さんの奇行と同じくらい謎だぞおい。
有一郎はありったけの思考を巡らせて、巡らせて、やがてひとつの可能性に辿り着く。
こいつ、
前に真菰さんが言ってた奴だ。教えられるようにするには自分自身が深く理解している必要があるからって本を読む事も多いらしい。そこで何かの文献に載ってたのがこれ。
心臓が歓喜を刻む。昔あったらしい程度の話だけどまだ実在してたんだ。今の柱って歴代と比べても最強って噂も聞くしそこにこいつを加えればいけるんじゃないか?
「まさか『鬼喰い』とはな」
少年の肩を掴む。
「お前、鬼殺隊に入らないか?」
「入る!」
基本的に鬼殺隊に入りたいという声には来るもの拒まずな有一郎だが自分から鬼殺隊入りを提案するのは珍しい。
ってか即答!?
「無防備すぎだろ。死ぬかもしれないんだぞ」
「知ってる」
「……米寿、こいつ真菰さんのとこ連れてってくれ。俺は一応他に怪我人がいないか見てくる」
「ワカッタ!」
期待の新人がすっかり視界から消えた後でふと気づく。
「そういや名前聞くの忘れてたな。まあいいか」
後で確認しとこ。『鬼喰いの奴』でわかるだろうし。
(おまけ)
もしこの世界線で生きてたら言いそうなこと
粂野匡近「あ、弟弟子の弟子の弟」時透無一郎「混乱する」
産屋敷ボンバーを知った瀬尾葉子「そこまで冷静に自分達の価値を見極めた上で消費できるのか。どうやら私は貴方の狂気を見誤っていたようだ」