夢の中で俺は男の身体を持っていて。
巨大な鬼に斬りかかって。
刀が、折れて。
これはもう終わりだ。死ぬんだと理解してしまって。
怒りだけでは何も変わらなくて。
自分の無力さを痛感して。
意識が落ちた。
***
錆兎は飛び起きた。親友を奪いかけた鬼に自分が食われる夢。随分と現実感の強い悪夢だった。
「……お姉ちゃんが守るからね」
「俺が救わなきゃ」
瀬尾と義勇の寝言が聞こえてきた。そういや昨日は三人で寝たんだったな。義勇が楽しそうにしていたのを覚えている。
悪夢を見ているなら起こすべきか迷った直後、義勇がぱちりと目を開けた。むくりと起き上がり、錆兎を見て、ぽつりと一言。
「生きてる」
昨日も今日もこうして生きている事は決して当たり前なんかじゃない。そして義勇はそれを尊べる人だ。錆兎が生きている事自体を称賛し、日常を失わせない為に刀を取る。
突然変わった事を始めたりもするが、それも辿れば何かを救う為。『無欠の神童』が始まった日。錆兎が義勇を守ったと思われているが本当に守られていたのは錆兎の方だった。
「ここにいる」
「良かった。俺が皆を守る。守らないと」
それは良い心がけであるものの。
「危ういな」
「何?」
姉を救えなかった後悔がより多くを救わねばという決意に形を変える。素晴らしい心意気だが、強すぎる想いがいつか義勇自身に牙を剝かなければ良い。
「自分も大事にしろよ。死んだら他人を救うなんて無理な話だからな」
「錆兎にだけは言われたくない」
どういう事だ。
「放っておくと全て救って一人だけ消えてしまいそうだから」
「それこそ義勇にだけは言われたくないな!」
おい心外だという顔をするな。義勇?
***
怪我が治った真菰が最終選別に向かう。
瀬尾は「帰ってきたらご馳走するね」と送り出した。
「真菰は大丈夫だろうか。心配だ」
「信じて待つしかないだろう」
神童二人はしばらくこの話でもちきりだった。というより義勇が過剰に不安がっているようにも見える。
「あの強さの鬼がもう一体いたら真菰一人じゃ」
「アレがそうそういてたまるか」
「そうだな。出来る事はやり切った。祈っている」
「考えすぎて任務に支障きたすなよ」
「分かってる」
任務は無事終えたし(二人のお陰で死傷者がかなり少なく済んだ)、真菰もしっかり帰ってきた。
真菰は神童ほどの派手な活躍ではなかったものの、高速の剣技が印象的で同期の中で最も期待を受けた少女だ。
そして約束通り瀬尾宅でご馳走になるのであった。
錆兎の隣に義勇が、向かいには瀬尾と真菰が座っている。
「お疲れ様、真菰」
「えへへ……ありがとうございまーす!」
義勇は左手で箸を取ってすかさず右に持ち直す。前よりは減った癖だが日常の動作がどうも左手から出る事があって、無言だが焦っているように見える。
「大丈夫だって。私達しかいないんだ、別に言いふらしたりしないよ」
瀬尾の言葉に安心した様子。
「俺は左利きじゃない」
「明らかに右の方が滑らかだよな?」
「すごく器用だよね」
「矯正した記憶はない。どうしてこうなるのか俺にも分からないんだ」
じゃあ何なんだいと瀬尾は苦笑する。
「例の直感と同じか?」
錆兎の言葉に義勇は納得したような顔で答える。
「それが近いのかもしれない」
「まあいいさ、これ以上あれこれ考えても仕方なさそうだ。冷める前に食べようじゃないか」
瀬尾の言葉で食事に入る。
「わあ、これほんとに美味しい!」
にこにこしている真菰。
「本当だな」
一杯目を早々に食べ終わってしまった錆兎。
「……」
淡々と箸を動かしながら目を輝かせている義勇。食事中は口数が極端に減るタイプだ。
「皆たくさんお食べ。……でね、これは私の贔屓目じゃなく客観的な評価だとして聞いてほしいんだけど君達は岩柱以来の天才だと騒がれているんだ」
『盲目の身でありながら一年で柱になった』彼でも『最終選別で誰ひとり死なせない』は達成していなかったはずだ。していたら瀬尾の耳に届いている。
「そんな、天才だなんて」
自分はまだまだだと言う錆兎と無言ながら喜んでいる事を隠さない義勇。
「でも二人はともかく私は違うんじゃないかな」
「いやいや真菰もすごいんだぞ」
瀬尾は真菰の頭を撫でる。
「きゃっ」
「『降りやまぬ雨』『この体格からこの速度の突きが飛んでくるのは脅威』『まだまだ成長期だし期待できるな』『これは鱗滝一門の時代来るんじゃないか』」
評価を片っ端から挙げる。
「どうしよ。照れる」
「照れなさい照れなさい」
ちなみに瀬尾、酔っている。お前飲みたかっただけではないか? 大丈夫か?
「やっと生き残れた子たちなんだ、大事にするからね」
だってもう三人しかいないのだから。
「瀬尾さんって過保護だよね」
「気のせい気のせい」
「ちなみに義勇は『静かなる泉』で錆兎は『荒れ動く波』言い得て妙だね」
「あ、確かにそんな感じする」
真菰が微笑む。しかし続いた瀬尾の言葉には衝撃が走る事となる。
「どちらにせよ無欠の神童は二人で一つ、既に夫婦のようだって」
「んっ!?」
錆兎がせき込んだ。
「何故俺と錆兎が恋仲のように言う奴がいるんだ」
義勇が喋った。
「え、違うの!?」
真菰が驚いた。
「……懸想などしていないのに。妙な噂を立てるな。迷惑だ」
義勇の表情が消えていた。
「えー本当に? 実は好きなんじゃないの?」
「やめなさい真菰。本人が違うと言っているんだ」
瀬尾が軽く頭を叩く。ひゃんと高い声が響いた。
「好きだが好きじゃない」
また義勇の不思議な発言が飛び出して真菰は戸惑う。
「どっちなのそれ?」
「『人として好ましいが恋愛対象ではない』と言った意味合いだな」
錆兎が相棒の言葉を補足する。
「……その解釈で構わない」
「不快にさせてごめんね義勇。私自身友情と恋愛の区別がついていなかったようだ」
「親友だから。絆が途切れなければ良いと思っている」
「そうか」
彼の親愛は混じりけのない水。
「こんな愛の形もあるんだね」
「両想いに見えたんだけどな」
「真菰」
「ごめんなさい」
永遠の友情を求める澄明。錆兎はそれでいいと思った。
女扱いされる事にはどうにも違和感があったから。
錆兎・真菰、鱗滝姓でもぼかして出さない感じでもいいんですが、それ以外で名字捏造するなら錆兎が流水(ながみ)、真菰ちゃんが雫石(しずいし)とかかなあ