水柱、瀬尾による個別稽古風景。瀬尾が多忙ということもあり全員の都合がつくとは限らないので稽古に関してはそれぞれ合う日程に上手くねじ込んでいる。
まずは真菰。
「瀬尾さん、玖ノ型について聞いてもいい?」
水流飛沫、瀬尾葉子が最も得意とする型だ。
「言ってごらん」
「私の型、瀬尾さんのと少し違う気がして」
「これ我流入ってるからね」
「その方が強そう」
「私の最適が真菰にとってもそうとは限らないが……試してみるか。一度手本見せるから真似してみて」
「はい!」
瀬尾を観察して縦横無尽に駆け巡る真菰。
「五歩目、息を吸う時に意識」
指摘を受けてもう一度。
「今度は二歩目がちょっと早いね」
再度動く。
「刀の向きがずれてる。もう少し右だ」
型を見て、放ち、指摘を受け、改善する。
「今日はこれくらいにしておこうか」
と言われるまで一連の流れを繰り返した。
「良いんじゃないかな。あとは自分で微調整するといい。……そのうち水の呼吸使い最速と呼ばれるんだろうね、真菰は」
「えへへ、そうかな」
照れている。瀬尾はうちの弟子が可愛いとにやけていた。
稽古を終えた後、真菰は素朴な疑問を口にする。
「そういえば瀬尾さんが引退したらどっちが柱になるんだろ?」
二年前に華々しく鬼狩りの道を歩み始めた水の神童は既に実力を身に着けている。汎用性の高い水の呼吸は使い手も多いため、水柱は様々な出自から欠ける事なく存在し続けていた。この多様性は代々炎柱を輩出している煉獄家と対極にあったりする。
「いっそ両方という可能性もある。何十年か前だけど二人でひとつの柱やってた人の記録が残ってるから」
結構珍しい例だけどね。
「風の呼吸の使い手でね、双子だった」
「呼ぶときはどうしてたの? 風柱様じゃ被っちゃうよね」
「名前で呼ばれる事が多かったみたいだね。双子だったからよく間違えられて血の気が多い兄の方が怒ってたなんて話もあったとか」
「水柱になった二人、見てみたいな。もちろん瀬尾さんと一緒に」
「あれ、真菰は柱になろうと考えないのかい?」
「二人に任せるよ。悔しいけど首切るのあんまり得意じゃないし」
真菰は小柄ゆえか首を斬るという動作がやや不得手だ。ややといっても錆兎や義勇を比較対象にしているせいでそう思うだけで斬れないというほど筋力不足ではない。速度で補える範囲ではあるのだが。ともかく真菰は自分自身でとどめをさす事が少ない。漆ノ型、雫波紋突きを多用する事からも突き技の方が得意である事が伺える。二人に比べて出世速度が緩やかなのはそれが理由だった。
「それに『二人で一つ』の方が良いと思うんだ。なんとなくだけど」
***
どうも日程調整が上手く行かず義勇とは久々の再会になった。
義勇は『見てほしいものがある』と言った。何かなと瀬尾は尋ねる。
「俺を攻撃してほしい」
名誉のために言っておくが義勇は決して被虐性癖とかではない。防御力を見てほしいという話だ。
じゃあ早速行くよと飛び込む瀬尾。それに対して義勇は。
―水の呼吸 拾壱ノ型 凪
披露したかったのはこれだ。瀬尾の連撃を防ぎきって義勇は得意げな顔を見せた。普段は無表情なのに時折こういう顔をする。
「今のは……?」
「型だ」
「いや私こんな型知らないからね」
「型じゃない」
「一瞬で発言覆さないで!?」
「……」
義勇が固まっている。
「事情があるんだろうけどもね。義勇それじゃ伝わらないんだ。錆兎みたいに義勇を深く理解してる相手ならともかく」
聞き出すとどうやら『俺が作った型だ。既存の型じゃない』と言いたいらしい。肝心な所がボロボロ抜けているんだが。
「なるほど作ったのね。作った? その年で? ちょっと私が目を離した隙にとんでもない事になってるんだが。いやほんと無欠の神童どうなってるの?」
さては天才だな知ってたけどと褒めちぎるので義勇は戸惑う。訓練の内容は厳しいがよく褒める人。好きだ。純粋な尊敬として。
余談だが、瀬尾も我流で真似てみようとしたのだがこれだけはどうやっても再現できなかったので諦めた。やっぱり義勇は凄いね。
まあ全ての型を使えなくとも良いんだ。伍ノ型だけ使えない人とか多いからねと瀬尾は自分に言い聞かせた。
干天の慈雨は実用性の面で後回しにされてるだけじゃないかという突っ込みは禁句である。
***
同期で『最強』と評されるのは錆兎の方だった。
それは戦い方の違いに起因する。二人で組んだ時に防御寄りの義勇と比較すると攻撃の主軸を担う錆兎はとにかく目立つのだ。鮮やかな髪色も相まって。
「じゃあおいで」
瀬尾の言葉に錆兎は攻め立てる。
―水の呼吸 拾ノ型 生生流転
「うんうん、錆兎にピッタリだよね。攻撃力の高い大技」
威力を増す濁流を瀬尾は真剣な顔で受け流す。昔は斬り合いの最中に笑っている事が多かったが、最近はめっきりこの表情だ。
全力の一撃だった。それを見た瀬尾はカラッとした笑顔で。
「じゃあそれをあと百回やろうか。威力落としたら駄目だよ」
「えっ」
あと百回。この威力で。無茶か?
「鬼は手加減してくれないよ」
爽やかな顔で地獄のような訓練内容を告げる人だ。柱が厳しいのは鬼に殺されないようにという愛情なのは理解しているが。
「他人に教えるのは私の修行にもなるんだ。錆兎は吸収速いし教えがいがあるから楽しいよ」
錆兎の根底にあるのは鬼への怒りと仲間を守るという使命感。それらを瀬尾は上手く膨らませてくれる。地獄だろうと構わない、何度でも立ち上がってやる。そう思える。
「二人で一緒に生きるんだろ?」
そうだ。放っておいたら水に溶けて消えてしまいそうな親友を想う。何かあったら首根っこ掴んで連れ戻してやる。
その為には、強さはいくらあっても足りないのだ。
***
水の継子三人組の、とある日常。
「すいーつ食べたい!」
きっかけは真菰の言葉だった。菓子ではなく『すいーつ』と言うからにはてっきり西洋伝来の何かだと思ったら真菰が選んだのは饅頭。何故だ。
「あとこれは瀬尾さんがくれたお茶なの」
錆兎と真菰がたわいもない話をして、義勇が無言で表情薄めなれど幸せそうに。お茶とお菓子の用意をすると義勇は当たり前のように錆兎の隣に位置取る。真菰はだよねえと向かい側にちょこんと座った。
「心がふわふわする!」
「美味いな」
「……」
しばらくすると義勇が軽く寄りかかってきた。
「どうした義勇、眠いのか」
「ん」
それで合っているらしい。窓から射す日を浴びてうとうとしている。疲れたんだろう、好きにさせておいた。
饅頭をもきゅもきゅ食べて真菰は話す。
「錆兎に憧れる人って多いんだよ。なんだかんだモテモテだよね」
「その言い方は誤解を招くだろ」
憧れを向けられる事はある。任務で助けた人から好意を向けられると誇らしい気分になる。だがそれは『助けてくれてありがとう』『貴方みたいに強くなりたい』という話であって間違っても『恋人になってください』ではない。
「俺と恋仲になってくれなんて言う奴見たことないぞ」
錆兎は正直なところ自分に恋愛感情を向けてくる人間がいるとは思えない。鬼に求婚された事はあるが、あれは気が狂っているだけだから数には入らない。
「そんなの怖くて言えるわけないよ」
俺ってそんなに怖いのか?
「怖がらせているつもりはないんだが」
「まあ錆兎はそうなんだろうけどね」
真菰はふわふわした答えばかりではっきりと答えてくれない。
「あとな真菰、そもそも俺が女として魅力的ってのは勘違いだ。醜い傷跡を晒す女が気に食わないとか言ってるのを聞いたからな」
外見で男に言い寄られたくないので別に良いのだが流石に少し傷つく。それでも錆兎はすぐ立ち直るが。
「錆兎は醜くない」
「本当そうだよね! いつお嫁に行ってもおかしくないんじゃない?」
「それは嫌だ」
あ、義勇の表情筋が死んだ声だ。肩に頬を押し付けられた。落ち着け、どこにも行くつもりはないから。
「嫁に行けるわけないだろう」
「なら良い」
声が少し生き返った。隣でもぞもぞしている。暖かいな。
こんな日々が、ずっと続くと信じていた。
【大正コソコソ噂話】時系列的にはまだ明治かな?
瀬尾葉子:継子になる錆兎を見たくて生まれたキャラです