錆兎ちゃん(♀)と直感義勇さん   作:Moa

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瀬尾葉子の幸運

水柱、瀬尾葉子は運が良かった。

 

鬼に家族を殺された点では運が良いとは言えないが、その後も生き残ってきた。

瀬尾葉子に同期はいない。最終選別で残ったのはただ一人。何もできなかったとまでは言わないけれど瀬尾は最強でも最速でもなかったのに。

柱になった時もそうだ。共に十二鬼月を倒した仲間は誰も生きていなかった。

そもそも同門が瀬尾一人だけ。それを『幸運を奪う化け狐』と呼んだのは誰だったか。犠牲者が多い中で瀬尾一人だけ無傷と言うこともあった。表立って言わないまでも共に任務を受けたがる者が減っていった。それでも親しくしてくれた相棒は、瀬尾を庇って死んだ。

 

自分の心が分からなくなっていた頃に錆兎と再会した。初めて会ったときから大して長い時間も経っていないのに凄い才能を秘めた子だった。

「きっとあの子は私より強くなる」

余程不運な事故でもない限り。初任務で十二鬼月と遭遇とか。どうしよう想像したら怖くなってきた。実際瀬尾の周辺はそういう経緯で散ったものが少なくない。

声が震える。胸に手を当てる。鼓動が伝わってくる。

怖いんだよ、また可愛い弟妹が死んでしまったらと思うと。

 

選別よりはるか昔に錆兎がくれた言葉、今でも思い出せる。

 

「瀬尾さんは呪われてない。俺が証明する」

 

***

 

「十三の私より強いよ君達。余程の事がなければ生き残れるはずだ。戻ってきたら私の継子になりな、面倒見てやる」

「で、でも」

躊躇するのも当然か。私は幸運を奪う化物なのだから。

「嫌ならやめておくけれど」

「いえ、嬉しいです」

義勇がそう言ってくれたのが嬉しかった。

「そうかい」

葉子は三人の頭を順に撫でる。

「狐面が私の代わりに厄を引き受けてくれた。君達にとってもそうであることを願うよ」

 

「私は運が良かっただけだから」

と自嘲した瀬尾に運だけじゃない、努力の賜物だと言ってくれた。

「そうかい。錆兎は優しいね」

すぐ追いつくからという真菰の笑顔も眩しい。早く瀬尾さんの継子になりたいなあ、という言葉が染み渡る。待ってるから焦らずにおいで。

 

後はもう祈る事しかできない。どうかこの子達から奪わないでおくれ。

 

***

 

手紙を咥えている鎹鴉の姿を見て瀬尾は心臓が跳ね上がった。

「ついに来たか」

柱に送られる名簿。今回の合格者一覧だ。たった一枚の手紙を読むのがどうしようもなく怖い。咥えている紙を掴んだが手が震えて上手く開けない。

ぎゅっと目をつぶって紙を開く。薄目を開ける。文章が長い。怖くて目を閉じる。

文字数が多かった。生き残った者が多い回なのかな、だと嬉しいが。この分量だと五十人……いや、流石にあり得ないね。残念ながらそれだけ多く生き残れるなんて事はないだろう。

というより、五十人は明らかにおかしい。

 

「文章量が参加人数より多い……?」

という事は名簿の他にも重大な事が書いてあるのだろう。最悪の想像が頭をよぎる。これ、不測の事態で誰も生き残れなかったのでは? ただの『生存者なし』ではなくわざわざ長文で伝えるべき事柄が。

「サッサト読メェ!」

せっつかれた。分かってはいるんだ。ちょっと胸が痛いだけで。

「心の準備をさせておくれ」

「必要ナイ! 読メェ!」

「突っつかないで! 髪の毛引っ張るのも駄目! 今読むから!」

 

はてさて何が出るやら。

『未曾有の事態』って書いてあるね。思わず空を見上げる。続きを読めと怒られた。今読むから。

『結論から言うと』ふむ。

『参加者全員』……来るなら来なさい。

『生存した』え? これ地獄の文章が続いてたりとか。ないね。ないね? 生きてる! 泣きそう。いやでも最後まで読まないと。生きてはいるけどって話かもしれないし。

『錆兎と義勇が鬼を狩りつくす勢いでそれぞれ駆け回っていた』そんな事してたの君達。まあ錆兎が助けてって言われて助けない選択肢ないよね。そういう子だ、知ってる。でも義勇が別行動でそれやるのはちょっと意外だったかな。同じことするにしても錆兎の隣にいそうな子なのに。

『最終日、変異した鬼に苦戦するもののこれを皆で協力し討伐』そんな事になってたの。変異? ずっと昔の鬼が残ってた!?

 

なるほど。そういう事ね。読み終わった。ここまで情報量が多いのは初めてだ。

「ダカラ必要ナイト言ッタ!」

「あの子達、本当に凄いんだねえ」

不安から解放されたのに相変わらず心臓が痛い。目頭が熱くなる。雫が溢れそうな目を拭う。それでも落ちていく水は止まりそうにない。

選別時点でその強さの鬼を倒せるのは未来の柱となりうる者くらいだろう。二人がそれに相応しい事は知っているが、それでも綱渡りだったのは確かで。

 

かつて錆兎がくれた言葉が反響する。

―瀬尾さんは呪われてない。俺が証明する。

「君が生きてるだけで私は救われたんだよ」

 

***

 

あの時最初に襲われて危なかったのは義勇の方なのに彼は言った。

「錆兎が生きてて良かった」

「肝を冷やした俺の事も考えろ!」

「そっか。義勇は私の事助けてくれたんだね」

義勇の影響で選別行きを遅らせた真菰。おかげで例の鬼にかち合わなくて良かった。

三人の姿を見て瀬尾はずっとこの光景が続けばと願う。ふと、錆兎からの言葉を受ける。

「もっと強くなりたい」

「そうだね。私が鍛えてやるから安心しな」

 

続いて義勇の問いに瀬尾は考えさせられた。

「瀬尾さんは、もしも選別で錆兎『だけ』が死んでいたらどう思いますか?」

「錆兎だけか。そんな事、いや、義勇が言うなら有り得た可能性だったんだろうね。……それはもう事故だよ」

見えてたんだね。義勇は未来を変えようとして逆に窮地に陥ったんだ。

「俺は錆兎を、皆を守りたい」

「そうだね。私もそう思うよ。もちろん義勇も、真菰だって」

「本当に仲いいよね二人とも」

「義勇は俺の親友だからな」

 

 

 

意気揚々と出ていき、想像以上の結果を出して戻って来た子供たち。

『無欠の世代』。華々しい入隊を飾った二人を中心とした同期達を総称してこう呼ぶ。名前の由来は死亡率の高い試練で誰も死なせなかった事。

といっても『無欠』だったのは入隊までだったのだけれど。

 

無欠が無欠と呼ばれるきっかけを経て瀬尾葉子は産屋敷耀哉に直談判した。

「お館様、私は貴方の直感と似たものを持つ弟子を知っています」

他でもない義勇が、時々予知能力じみた直感を発揮する彼こそが錆兎が死ぬ事を恐れていたと瀬尾は知っている。

「彼は『神童が入隊前に死ぬ未来』を見ていました」

山に閉じ込めるのもこの程度に耐えれなければいずれ足手まといになるだけだからと理解はできる。だが他の誰でもない神童が死ぬならそれは。

 

「幸い誰一人欠けることなく生き延びました」

彼らほどの才能がここで失われていたら、二人が生きていたら守れたはずの命がどれだけ零れ落ちただろうか。瀬尾はどうしてもそう怯えてしまう。

「僭越ながらひとつ提案させていただきたく存じます」

違うな。これは建前に過ぎない。元々愛情深い鱗滝一門の出だ。瀬尾はただ彼らに死なないで欲しかっただけ。

「ただ放り込んで七日間放置ではなく、試験官を配置すべきではないでしょうか」

試験官となれる人員も限られており、見極められる程の強さを持つ者は鬼を斬るのに多忙を極めるのもわかっている。提案した瀬尾に負担がのしかかるだろう事は目に見えていた。それでも構わなかった。

 

「本当の事を言うとね、直感があったんだ。この形式を続けるべきだと」

耀哉の答えに瀬尾は息を呑んだ。その『直感』が無視できないものだと身をもって理解しているから。

上手く息が入らない。瀬尾の喉から想像よりずっと冷たい声が出た。

「神童が死ぬべきだったとでも言うのですか?」

こんな言い方するつもりなかったのに。お館様、貴方はとても優しい人だ。道半ばで倒れた者の名を忘れず墓参りを欠かさない事だって知っている。

 

ただ一つの宿敵を殺す為の狂気とも言える執着を除けば。

 

瀬尾とて分かっている。鬼の首領を殺せるならこの場にいる誰だって自らの命を差し出すだろう。その為の組織なのだから。

自分の命なら捨てられる。けれどそれを家族に強いるのは酷な事だ。

「……皆ばかり戦わせてごめんね。鬼舞辻無惨を討つ為に最適だと思っていた。それが義勇や錆兎の命を奪いかけるとは思っていなかったんだ」

悲痛な表情。人一倍愛情に溢れたこの人が傷ついていないはずがない。瀬尾は目を逸らす。

「貴方と義勇の直感が矛盾したのは初めてです。……申し訳ありません。私は、義勇の直感を信じたい」

 

そして瀬尾は試験官に任命された。任務は試験会場である藤襲山の調査、試練内容の参加者への説明、試験期間中の巡回。

一人で全員死なせないというほどの活躍ではなかったものの、期待の新星だった真菰を瀬尾はそっと見守っていた。

 

―水柱、瀬尾葉子は運が良かった。上弦の弐と遭遇したあの夜までは。

 

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