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あの日から、無限に吐き出されていた、留まることを知らなかった苛立ち。
何かを覆い隠すように、晴れることのなかった黒い感情。
そのどちらもが、一瞬で消えてしまった。
「あ…かり、君は…幻じゃ…」
この現象は何だったのか。
例え夢だとしても、例え幻だとしても、過去の燈ではない。この性能の良い脳味噌に記録された、如何なる燈とも照らし合わす事ができない、この燈は……
もしかして、今の燈は本物の燈ではないかと、都合の良い妄想が脳を満たしている。そんなわけないと、そう思っていると、その幻は王華の顔に、自らの顔を近づけて言った。
『本物だってば!相変わらず疑り深いなぁ。ずっと一緒にいたって言うのに』
「本物……本当に、本当に燈なのか?私と、また一緒に居てくれるのか?もう、一人にしないでいてくれるのか?」
まるで崩壊したダムのように、無限に湧き出るその涙はどんどんと紅を洗い流し、鬼から人へと変わっていく王華。
そんな王華の頬に手を当て、こびりついた血を優しく拭う。ニコニコと笑いながらではあるが、水色に揺らめく、幽体のような燈もまた、泣いているような顔をしていた。
『うん。約束、したでしょ。側にいたよ。私はずっと、貴女と共に』
もう、会えないと思っていた。
もう、失ったものだと。
「なんっで、あの時……燈がいないと、私は……」
『ほらほら、泣かないで。
────。』
「──ッ!?」
ミルコの背に、王華とはまた違う種類の寒気が疾った。
『まだいるみたい……私たちの許せない、勘違いした輩が。王華、動ける?』
ぐしぐしと、無事な右腕で目の周りを擦り、無理矢理に涙を止める。
本当は今すぐに抱きしめたい。もっと話していたい。でも、二人の夢だから。燈が言うんだ。私が、やらないと。
「あぁ……もう大丈夫……左手は…なんとか邪魔にはならない。勝利を掴む右腕も、大地を踏み締める両脚もある。燈、私はまだ、戦える」
『うん。私も手伝うから。ほんと、ようやく手伝えるよ』
そう言った燈は王華に纏わりつき、その傷ついた身体の動きを補助しているようだった。
ミルコもその様子を見て、先程の寒気の正体は、燈の言う通り、今感じたこの殺気の持ち主だろうと思っていた。
「アーリィと、アカリ、だったか?
私も匂う。暴走も終わったみてェだし、一緒に行くか!」
意外にも完璧に空気を読んでいたミルコは、ここしかないと言うタイミングで二人へと話しかけた。
勝ち気な笑顔を浮かべて二人へと笑いかけ、最後にそれは、いやらしいものへと変わる。
「泣き止んだらでもいいぞ?」
その言葉に、王華は気合で涙腺から涙を吸引し、完璧に涙を止めるも、少し赤い鼻と潤んでいる瞳は泣いていた事を物語っていた。
「だ、誰が泣いていると言うのだ!?私が泣くわけがないだろう!?」
「お前も大概だな。やっぱり、私はお前が好きだぞ。さぁ、行くか!」
『ふふふ。おー』
呆れたように笑うミルコと、再度目の周りをゴシゴシと擦りながら、私は好きじゃないと強がる王華。
そんな王華から立ち昇るオーラのように寄り添う燈が、可愛らしく掛け声を上げた。
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「偽物が蔓延るこの社会も
徒に"力"を振り撒く犯罪者も
粛清対象だ…
全ては正しき 社会のために」
僕を掴み、飛び立った脳無を一瞬で殺し、今も僕を地面に押し付けている。既に満身創痍なはずのヒーロー殺し、ステイン。
プロヒーローであるネイティブさんを襲っていたところを見つけ、飯田くんと轟くんと、三人で力を合わせてようやく勝てた。
いや、ステインが手を抜いていたからこそ、なんとか生かされ、勝てた。
私欲を優先させる贋物にしかならない。英雄を歪ませる社会のガン。
そう言ったステインを、時代錯誤の原理主義だと言った轟くん。
だが、あの眼は、そうだった。
USJで聞いた、オールマイトの言葉通り。
思想犯の目は、静かに燃るもの。
その通り、ステインの目には、不思議な力があるような気がしていた。
ステインの想いの強さに、迫力に、みんなが飲まれている。
「正さねば……
誰かが…血に染まらなければ…!
──"英雄"を、取り戻さなければ!!」
ナンバー2ヒーローであるエンデヴァーが登場しても、ステインは止まらない。その怨霊のような不気味な迫力が辺りを包み込み、背筋に走るなんとも言えない感覚が、ステインの想いの強さを教えてくれた。
「言いたい事は理解できるが、その英雄に自らがなろうとは考えなかったのか?」
透き通る声とともに空から舞い降りてきた、傷だらけの女神。
着地の際、足元から膨れ上がった水色のオーラがその衝撃を掻き消し、フワリと、幻想的に僕とステインの前に降り立った。
その圧倒的な存在感を放ち、纏う空気はステインの迫力を押し返しているようにも感じる。
たった今、この場の支配者は、ステインから帝 王華へと変わったのだ。
「なんだと……?」
「貴様は所詮、他人に委ね、期待し、一人喚いているだけの弱者だ」
「貴様は英雄足るというのか?……ならば来い!!
俺を殺していいのは……
本物の英雄だけだ!!」
「英雄ではない。私こそが世を統べる帝王だ」
全員が全員、ヒーロー殺しのあまりの気迫に後ずさる中、帝さんだけが、ヒーロー殺しに向かっており、一瞬で、ヒーロー殺しはその場に倒れ伏した。
「速い……!なんだあの嬢ちゃんは」
「な、なにを!?誰だアイツは!?」
グラントリノとエンデヴァーはこの奇妙な乱入者とその強さに驚いているが、答えは背後から返ってきた。
「アイツは私のサイドキック候補だ!」
「貴様は、ミルコ?なぜ貴様がここに…」
たぶん、普段の僕じゃあ見えてなかったと思う。
ヒーロー殺しのあまりの殺気により、死を予感させられたが故に、きっと一秒を何倍にも感じていた。所謂、達人時間のような状態で、初めて見る事ができた。
僕たちじゃあ太刀打ちできなかった、あの早すぎるナイフを右手の指で軽く触れ、軌道を逸らした。その瞬間、動かすことすらままならないような重傷を負っている左腕が、水色のオーラに包まれた時、僕は瞬きをしてしまったんだ。
「え?」
たった一瞬瞼に遮られた後の光景に、思わず間抜けな声を出してしまった。
瞬きをした後に残っていたのは、倒れ伏すヒーロー殺し。それを悠然と見下ろす帝さん。それと、言い合いをしているエンデヴァーとミルコであった。
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後で知った事だが、帝さんことヒーロー名アーリィはあの夜に脳無を三体も撃破しており、既にミルコのサイドキックとして研修中となっていたらしい。
僕と飯田くん、轟くんは資格未得者が、保護管理者の指示なく個性で危害を加えたとして、規則違反を言い渡されたが、帝さんはプロヒーローであるミルコの指示のもと戦っていたとのことで、お咎めも無かったそう。
とはいえ、僕達も規則ではない部分を警察署長さんと話し、称賛も処罰もなく、あの戦い自体、世間からは無かった事となった。
結局お咎めを受けたのは、僕達三人がお世話になっていたプロヒーローであるグラントリノ、エンデヴァー、マニュアルだけだったのは、本当に申し訳なかった。
こうして、僕達の路地裏の戦いは誰にも知られる事なく幕を閉じ、帝さんの圧倒的な強さを目の当たりにして、職場体験は終わりを迎えた。
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「ミルコ!誰が貴様の弟子で、サイドキック研修中だ!!」
「はぁ?私がそう言ってなきゃお前説教くらってたんだぞ?」
「それは貴様もだろうが!!」
当日、まるで死んだように眠っていた王華であったが、丸一日も経って目を覚ました後、警察から事のあらましを聞いた。
そうして警察が退室した後からずっと、ここが病院だと言うことも忘れ、二人はずっと言い合いをしていた。
そんな二人を眺めている燈は、ずっとニコニコと笑っている。
『なんだか、ミルコさんといると王華も楽しそうだね。なんか二人似てる気がするし』
「どこがだ!?燈、ようやく君に会えたんだから、こんな万年発情兎は放っておいて、今の燈の状況を聞かせて欲しいんだ。わかったら、貴様はサッサと出て行け」
「本当に生意気だな!ただ、燈の状態は私も気になっている。アーリィの個性じゃねぇのか?」
「気安く燈を呼ぶな。それに、なんで貴様がいるところで──」
包帯まみれではあるが、王華と比べれば軽傷と言えるミルコはベッドから身を乗り出し、燈を見ていた。
『いいよ、王華。私もよくわからないけど、多分、私の個性って、死んで初めて意味のある個性だったのかな?私にもよくわかんないけど』
あははと笑う燈。
ミルコも燈が既に亡くなっているという事は、聞かずとも理解していた。王華はその時を思い出しているのか、口を真一文字に結び、視線を落とす。
『私が殺されたあの日から、王華の中にずっといたよ。でも、王華自身に阻まれて全然外に出てこれなかったんだよ。
最初は私のために怒ってくれてるんだって、嬉しかったけど……怒りすぎ!!もう五年は経つよ!?ずーーーっと怒ってるんだもん。全然気づいてくれないんだから』
プクリと頬を突き出して怒る仕草がまだまだ子供らしく、可愛らしい。
「それは……すまない……私は君がいないと、ダメなんだ…」
「しおらしいアーリィは不気味だな」
「五月蝿い……!!燈、やっぱりコイツは追い出そう!!」
『あははははっ!王華、私も頑張ったんだけどね。こうして表に出て来れたのは、王華を見捨てなかったミルコさんのお陰なんだよ?ミルコさん、ありがとうございました。王華、これからもずっと一緒だよ』
燈の言葉にミルコは笑顔で頷いている。王華はニコニコと笑う燈の目を見た後、ゆっくりとミルコへと視線を移した。
「ミルコ。燈がそう言うから…私からも、礼は言ってやる。だから、しばらくはこっちを見るな」
そう言って、ベッドの間にあるカーテンを乱暴に閉めると、燈を抱きしめて、声を押し殺して泣いた。
一生分の涙は燈が死んだ時に使い切ったと思っていた。
泣いて、泣いて、泣きぬいて。
三日三晩も経ち、涙が枯れた時もう泣かないと誓った。
そのはずだったのに、またも無限に溢れ出てくる。
王華は知らぬ間に眠りに落ちるまで、泣きながら、ずっと燈を抱きしめていた。
兎の耳を持つミルコには、王華の啜り泣く声と、僅かな衣擦れの音は丸聞こえなのだが、今日だけは、聞こえていないふりをしてやる事にしていた。
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翌日のニュースや新聞に取り上げられているのは、殆どがヒーロー殺しに関して。
それと、『新ヒーロー?戦乙女アーリィの衝撃デビュー』の見出しであった。
それを見ながら、死柄木 弔は新聞をぐしゃぐしゃに丸めて、"崩壊"させた。
「どいつもこいつも、ヒーロー殺しとあの女の話ばかり……脳無は二の次かよ」
忘れさせるつもりだったヒーロー殺し。
殺すつもりだったアーリィこと帝 王華。
そのどちらもが一面を飾り、脳無に関しては身元不明の敵として、小さく、まるでオマケのように取り上げられている。
時を同じくして、様々な悪がこの一件の動画に魅せられていた。
英雄回帰の思想犯。
その迫力は画面越しですら戦慄させられる、強い力があった。他者を惹きつける、カリスマと言う奴だろうか。
そこに現れたのが、女神ともとれる、傷だらけの美少女。後ろ姿しか見せる事はなかったが、ステインを安らかな眠りにつかせたようにも見えたのだ。
『ステインの思想は……俺が引き継ぐ』
『かぁいいねぇ。血塗れでボロボロ……ステ様と、アーリィちゃん…』
『………敵連合ね…』
『戦乙女、アーリィ………クククク。豚に何か言ってらぁ』
だが、死柄木はまだ気づいていなかった。
ヒーロー殺し ステインの思想に感化された、バラバラだった"悪意"が、一つの方向へと向かって来ている事を。
その流れすらも仕組んだのが、自分が先生と呼ぶ人間である事を。