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「その姿を見ていると、昔を思い出すねぇ。だけど、もう少し大きかったかな」
縮んだままの伸を見て、ダリは感慨深いといった様子で語り出した。
当時の伸の身長は120cm程度であったが、今は2mの姿で基本戦っていた。そして、今は1m程しかない。傷口が縮まり、血が溢れるのを防ぐにはこのサイズ以下でないと厳しいので、伸がこの戦闘でその身を伸ばす事はない。
「あの時、殺したと思ってた。でも生きてた。だから、紗和も、兄ちゃんも、母さんも笑ってくれないんだ。僕が言われた通りにしないから」
昔を思い出していた伸は、その顔を手で覆い、家族の顔を思い浮かべる。
自分が引き裂いた、辛くとも、偶に楽しかった日々。
今もまだ、心の中の家族たちはみんな怒っている。母は少し疲れたように冷たい目を向けてくる。兄は怒気を剥き出しにしてあからさまに怒っている。妹は呆れたような顔ではあるが、双子だから、怒っているという事はわかる。みんなが自分に怒りをぶつけている。当然だ。命令を完遂できていなかったのだ。コイツを殺せていなかったのだ。
「考える事はいい事だと思うが、私の前で、というのが場違いだとは思うよ」
ダリの立つまわりには、至る所に絵が書かれている。その中でも目を引くのは、大地に描かれた抽象的な謎の生物たち。マネキンのような見た目のものや、顔の中に顔があるもの。はたまた通常のコウモリのようなものまで、多種多様。その化物たちが大地から浮かび上がり二次元から三次元へとその身を形成していく。ダリを囲うように現れたその数は30を超えていた。
「君の個性も素晴らしいが、なかなかどうして、私の個性も素晴らしいだろう?」
彼の個性は【アート】。
自身が思い、描いたものを実体化させ操る個性。実体化させ操れる時間には制限があり、それはサイズや複雑な思考を持たせる事、実体化させている数により変わってくるが、10秒から30秒とどちらにせよ短い。だが、同時に実体化させ操れる数は50と多い。
既に森中に描かれ、彼自身にも描かれている多くのアート。更に、名のある敵であるダリ自身の身体能力も高く、非常に厄介な、強力な相手である。
彼の生み出したそれの中には10mはあろうかと言う化物もおり、森中を蹂躙し暴れている。伸は躱し、避け、時には受けるも、徐々に劣勢となってきた。今もまた、次々と消えては生み出される化物に、吹き飛ばされ、地面を転げ回る。
体力もまもなく限界。そもそも受けた傷が大きすぎてこの身を大きくする事もできない。そんな小さな身体に鞭を打ち、顔を上げた時に、目に入ってきたものがあった。
「糸宿っ!?何その怪我、大丈夫なのっ!?
──てか、めちゃくちゃやばいのいるじゃん……」
宙に浮かぶ、顔だけの取蔭切奈が伸に気づき、更に奥で蠢くダリの生み出したシュールリアリズムの結晶を見て叫ぶも、伸の目に入っていたのはそのどちらでもない。その浮かぶ顔とは違い、地面を這いずり、他のクラスメイトの痕跡を探っている、取蔭の左腕であった。
「紗和……僕は、まだやれる」
「糸宿!こっち!!早く逃げて」
「まだ発表前の作品もあるんだ、観覧は認めていない。消えてもらえるかな?お嬢さん」
化物ではなく、ダリ本人が取蔭の頭を掴み、その指先に書かれた針を実体化させようとした。
「ヤバ……え!?」
瞬間。ダリの描いた化物の一体を突き抜けるように、無理矢理に現れたズタボロの伸が、"ゆっくり"と、ダリの左腕を掴み、捻り、捩じ上げて引きちぎった。
「この腕は、本物か?」
取蔭の頭を左手に抱き、ポイとダリの左腕を投げ捨てる伸。伸からすればゆっくりと行われていた行為も、ダリから見れば高速で行われており、伸の言う通り、かつて伸に千切られた時の四肢とは違い、今回の腕は紛れもなく本物であった。
「紗和、今度こそ、命令を達成したら、笑って…くれる?」
「さわ…?何言ってんのか全然わかんないけど、糸宿も逃げた方がいいって!あのダリだよ!?一人で敵う相手じゃない!」
取蔭のパーツがどんどんと集まり、その身体を形成したところで、伸の手を引こうとする取蔭であったが、伸は岩のように、その場から動かない。
「僕には、無理だってこと……?」
「……やるじゃないか!流石は私の見込んだ男。だが、相変わらず君の周りには目障りなものが付き纏うな」
失った肩から先を描き、実体化させ出血を止めながらも、ダリは続け様に色々なものを描いている。
「マぁジ!?」
取蔭が逃げようと見回した時に思わず声をあげてしまう。
既に周囲には丸い身体に羽が生えただけの化物が群がっており、下にはコミカルな爆弾のようなものが現れると同時に、そのどちらもが、爆発した。
爆音と衝撃に悲鳴をあげる取蔭を、小さな身体で抱き抱えた伸は近くのものとの距離を縮めて爆発から避難すると、取蔭の両手を握りしめた。
「見ていて。ちゃんとやるから。ちゃんと言われた通りにするから。そうしたら、一度でいいから…」
「………」
さっきから誰と勘違いしているのかは知らないが、やっぱり糸宿にも抱えてるもんが、暗い何かがあるんだね。それに、あんな攻撃繰り出されたら下手に動けない……うん!今は、いっか!でも、終わったらちゃんと言おう。私はさわじゃなくて、取蔭切奈だって。
そう決めた取蔭は伸の両手を握り返し、"笑って"言った。
「あんた変わりすぎ。やばそうだけど、ちゃんと見てるよ。頼んだ!U組最強!糸宿伸!」
取蔭のその言葉と笑顔に、伸の深く黒い瞳に、光が灯ったように見えた。
「うん……僕は、君の、家族の命令に従う……!」
勘違いしている相手に向かって言っているというのはわかる。だけど、取り方によってはプロポーズとも取れる?のかは微妙なことこの上ないが、光を宿し始めた伸の瞳と、敵を見据えるその横顔に、取蔭は胸が高鳴っていくのを感じ、必死で振り払う。
今は非常事態で、アイツは勘違いしてるだけ。そもそも、今の見た目は小さなおじさんだし、全く好みではない。吊り橋効果的なもののはず……私の今すべき事は、糸宿のサポートだ。
そう思った取蔭であったが、サポートという面においては何もできないと言う事はすぐにわかった。
爆発、炎、雷、氷、巨大な暴力と数による蹂躙。
ありとあらゆる手段で攻撃を繰り出してくるダリと、地面や木々、時には化物達との距離も縮め、伸ばし、殴り飛ばし、弾き飛ばし、くり抜き戦う伸。
名の知れた敵というだけはある。一度街で見かけた事のある、暴れていた敵よりも圧倒的にダリは強い。小さい頃に、散々世間を騒がせていた敵。時に串刺しに、時に磔に、時に脳味噌に植物を植えたりと、正気とは思えない方法で多くのヒーローを葬ってきた敵。
だが、糸宿伸も敵を退治し逮捕していたプロヒーローよりも、圧倒的と思えるほどに強く、今もまた化物の首や四肢、その腹を削り飛ばし、その姿を消しては、別の場所に突如として現れる。
こんなレベルの戦いに、今の私が割って入る事なんて、できない。
マンダレイのテレパスが頭の中で響いていたが、今の二人はそれを聞き、理解する程余裕はなかった。
「ハハハッ!!君の個性は痛快だなぁ!使い方も上手い!」
「今度こそ、殺す…」
取蔭は目の前の光景から逆に冷静になっていた。身体のパーツを切り分け、近くにいるであろう黒色と宍田に避難するように指示を出そうとも思ったが、二人の戦いの規模が大きすぎるため、切り分けた身体を失いかねず、今は再生に体力を回すべきでは無いと手をこまねいている。
そもそも、さっきから森中に響き渡るのではないかという轟音が"何度も"聞こえている。攻めてきた敵が、全員ダリクラスとも限らないし、他の連中の事も心配ではあるが、ここでもまた、巨大な化物が地面を割る轟音が鳴り響く。二人の戦いの痕跡は森中に刻まれ、所々大穴が空き、いくつか丘のようなものもできていた。
糸宿……ホント、頼んだよ……
今の自分に出来ることはないとの、結論に至った取蔭は、拳を握りしめて伸とダリの戦いを見守っていた。
「ははははは!君もだろうが、私とて満身創痍!次の一撃で押し勝ったほうが、 ──勝者だ!!!」
ダリは自身のシャツをビリビリに破り捨てると、その肌に直接描かれた物を実体化させた。
「『The Great Musturbator』!!全てを飲み込む、私の最高傑作の一つだよ!!」
『大自慰者』とも呼ばれるそれは、美しい女性の下半身は黄色いブヨブヨとしたもので覆われており、その下に開く穴は、文字通り近くのもの全てを吸い込み、飲み込んでいる。そして、ダリ自身もその女性へと取り込まれるように、混ざり合っていた。
「うわあぁぁぁぁぁああああッ!!!」
咆哮と共に時間を伸ばし、ダリの生み出した作品へと接近した伸は掌を向かい合わせに、その両の手を大きく広げた。その両手の中心部分は、空気すらも歪み、まるで亜空間のようにも見える。
「
空間伸縮と時間伸縮の同時使用はできない。はずだったが伸は今、己の壁を一つ打ち破り、それを可能にしていた。脳が焼き切れるような痛みに襲われ、鼻血と血涙を流し、その爪や肉片が千切れて『大自慰者』に吸い込まれながらも、両の掌の中央に、ダリと彼の作品である女性を捉えた。
「しぃぃぃぃねぇぇぇぇええッ!!!」
『「ぐぅぅあぅぅぅあうぁぁぁあぁぁぁああああああああ……!!!」』
ダリと生み出された女性の絶叫が響き渡り、他の実体化されていた化物たちは突如その姿を消した。
伸の掌で行われていたのは、文字通り伸縮。掌の間にある空間だけではあるが、空間が伸び、縮みを繰り返しており、重力すらも無視した状態。ダリの体内では内臓が肋骨に突き刺さり、肋骨をへし折りながらも別の方向へと引き寄せられ、押し出されていく。心臓すらも体内で荒れ狂い、血管を引きちぎりながらズタボロの内臓と折れた骨片が暴れ回っていた。
絶叫がようやく収まったところで、彼の傑作は既になく、ダリは恍惚の表情で倒れており、折れた骨がそこかしこから飛び出している。更には身体にある穴という穴から液体と汚物を撒き散らしていた。
「糸宿!!凄い!勝ったんだ!あんなの相手に!」
凄い、本当に凄い!見た目はアレだけど、同い年の人間が、あんな有名な敵を相手に勝つなんて。本当に、帝といい、U組は信じられない強さだな……
伸自身も既に立つ事もままならず、地べたに横になっており、取蔭はそんな伸を優しく抱きしめていた。
「やったよ、できたよ。紗和………じゃない…?」
「うん……ごめん思ってる人と違って。私は取蔭切奈。あんたの事、勘違いしてた。私からしたら、今の糸宿は最高のヒーローだよ」
そう言って笑った取蔭の顔を見て、安心したような顔をした伸は、その眼を閉じて、あの日以来の深い眠りについた。
「ちょちょっ!!ここで寝るの!?」
異常な程によく寝ている奴だとは思っていたが、このタイミングは無いだろうと思う。呼吸をしているのはわかるから、死んではいないけど……ほんと、ボロボロだもんな。
仕方ないかと、取蔭は伸のその小さな身体を抱き上げた。
────ビグビグッ!!
「ッ!!?」
突如、腰の辺りが痙攣したダリを見て、取蔭は冷汗を垂らすと、伸を抱いたまま急いでこの場所から離れることにした。
──────
敵襲撃時、広場にいた緑谷であったが、伸が敵二人の頭を地面に埋めたところで、マンダレイの従甥である洸汰が彼の秘密基地にいるであろうと一人で向かっていた。
洸汰と無事合流できたはいいものの、血狂いマスキュラーと呼ばれる筋肉増強の個性を持つ敵が洸汰の側におり、交戦。
同じ肉体強化個性ではあるが、緑谷の右腕全てを犠牲にした100%のSMASHを放つも、洸汰の両親の仇でもあるマスキュラーはユラリと立ち上がった。
嘘だろ……100%の、オールマイトの……力だぞ…?
「テレフォンパンチだ。しかしやるなあ!緑谷…!」
どうする?逃げる?無理だ。
考えろ。考える時間を……
『攻撃に割く意識が丸見え──』
『見え見えの大砲など────』
脳裏によぎるのは、あの日の王華の言葉。
そうだ。
見え見えだから、構えられた。
『オールマイトじゃあるまいし──』
そうだ。僕はオールマイトじゃない。
オールマイトの100%は、僕の100%なんてもんじゃないはずだ……!
「こっからは……本気の義眼だ」
ポケットを漁り、新たな義眼をはめ込んだマスキュラーは、さっきまでの遊びだという発言を裏付けるように、今までとは比べ物にならない程の威力で岩山を砕いた。
その威力を見た緑谷と洸汰に戦慄が疾る。
本当に、遊びだったんだ。
遊び感覚で、殺そうとしてたんだ……
洸太くんを守りながら施設まで逃げるか?いや、無理だ。この疲労で、夜の獣道、途中で追いつかれる。それに、あんな奴に背を向けて……
『逃がすだと?全てを潰して1位になるという誘いであれば、乗ってやったぞ』
王華の姿が。王華の言葉が。緑谷の脳内に甦る。
そうだ。勝つんだ。勝って救けるんだ!
お前の原点を思い出せ!!
「さがってて洸汰くん離れすぎると的になる。7歩…くらい…で。ぶつかったら、全力で施設に走るんだ」
「ぶつかったらって、お前まさか…ムリだ!逃げよう!お前の攻撃効かなかったじゃん!!それに……」
両腕が折れてるのは知っている。
それでも、こんな時、オールマイトなら、帝さんなら。
「大丈夫!!」
オールマイトならきっと笑ってる。帝さんなら絶対に敵には背を向けない。僕は、コイツを後ろへは、絶対に行かせない!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」
ワン・フォー・オール100%の連打。
既に腕の骨は折れ、満足に動かすことすらもできないはずなのに、緑谷は己の原点を思い出し、殴ることをやめない。
「てめぇえ、最っ高じゃねぇか!!!」
それでもなお倒れないマスキュラーは、緑谷を押し潰しにかかる。
「潰れちまぇぇぇえ!!」
自分の原点。そう思った時に浮かぶのはやはり、オールマイト。
『敵よ、こんな言葉を知っているか!!?』
そうだ、思い出せ…あの時の、オールマイトの姿を……
──ドドォンッ!!!
「なんだぁ?」
あたりに響き渡る轟音と振動。マスキュラーはその突然の衝撃に顔を顰める。
こんな衝撃を繰り出すほどの力を持っているのは……きっと帝さんだ。
帝さんも、戦っている。
オールマイトとは違い、この雄英に入ってからの出会いではあるが、初登場からその存在に魅せられている緑谷は、オールマイトと同時に、同級生である王華の姿も頭に浮かんでいた。わずかに拘束が緩んだマスキュラーから脱出すると、緑谷はその左腕を前へと突き出した!
「おぉぉぉぉおッ!!!」
「ちぃぃい!!」
その緑谷の気迫にマスキュラーはその筋繊維を強固なものに固め、衝撃に備えるも。
──ぺたん
その左手は、マスキュラーの顔に軽い音をさせてついただけであった。が、そのまま無事な方の眼球に緑谷の指が入り込む。
「このガキ…いきなりスタイル変えてんじゃ……!?」
なんの力も籠もっていない緑谷の左腕を払った時、既に右腕が眼前に迫っていた。
オールマイト……帝さん……
これが、僕の全力以上だ…!!!
「負けないっ!!勝つのは、僕ダァァァァァァァアッ!!」
ワン・フォー・オール1000000%!!
デラウェア・デトロイト スマッシュ!!!
──ズドォンッ!!!
先程の轟音と同等の音と衝撃を辺りに響かせて、沈黙するマスキュラーを前に、緑谷は勝利の雄叫びを上げていた。
そんなボロボロの緑谷の姿に、洸汰はマンダレイの言葉を思い出し、命を賭して自分を救けてくれた、自分にとってのヒーローだと、そう思えていた。