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時は少し遡り、敵襲撃直後のこと。
「………何だお前」
「こんちわ。ヒットって呼んでー」
くせードブみたいなゲロが身体の内側から溢れて来たと思えば、それに包まれてここにいる。正直言って、絵面的にも気持ち的にも、気分は良くない。これがワープというものなら、二度とやりたくないと思う。
周囲を見渡せば、どっかのBARのような場所。というか、コイツが弔、ね。そう言えばどっかで聞いたことある名だと思ったが、USJの時のヤツか。
小綺麗に整頓された、飲料の立ち並ぶ棚。その前にあるカウンターの丸椅子に腰掛けた死柄木を視界に捉え、オール・フォー・ワン、当は今のバケモノがそうだとは知らないが、ひとまずそれはいない事に内心で安堵していた。
「あー、えっとね。さっきなんか攻め込ませたろ?そん時にいろいろありまして、あんたらのボスに頼んだのよ。仲間にしてちょって」
ニカリと微笑む当であったが、死柄木は丸椅子から立ち上がることもせず、カウンターに頬杖をついて無表情で当を眺めている。
当はスルッとその横の丸椅子へと移動すると、死柄木を見上げるようになるほど深く、低く腰掛けると、そのまま身振り手振りで今自分がここにいる状況を説明している。
それと同時に、個性をフルで使用していた。
うーむ。コイツはそこまで大したことない、感じか。個性はエグめっぽいけど……これ以上は無理だな。あのバケモンから上手く逃げ切る選択肢出すのに半端なく頭回したせいでずっと頭イテーし、しばらくはその場のノリで行くか。
飄々としている当であったが、実際のところ、ラグドールと話していた辺りから中に来ているタンクトップすら貫通して、Tシャツの背中部分は汗でぐっしょりと濡れており、脳味噌は焼き切れるのではないかという程に個性を酷使していたせいで鼻血も出ている。今は上を見上げるようにしているため、逆流して口へと流れ込んでくる鼻血を絶えず飲み込み続けていた。
全く表に出さないだけで、今の当はとてもじゃないが万全と言える状態ではなかったが、確実な死を見せられながらも今こうして生きている事で、心は晴れ渡っていた。
「ボス…?先生のことか?」
「先生?ってあの焼きすぎたソーセージみたいな頭の人?だとしたらそーよ。弔くんのお友達になりに来まして」
「お友達?さっきから、何言ってんだお前」
「いや、だから頼まれたんだって。ん?頼んだのが先か?まーそんなことは置いといて、俺も今日から敵連合!!よろしくねー。
──あ。右腕的ポジまだ空いてる?」
「なんだって先生はこんなヤツ……」
「まーまー!てか、女子いないの?女子いないとやる気出ないんですけどー」
なおも絡み続ける当は今は体調を戻すことに専念しており、正直言うと、自分で何を話しているのかも適当すぎて覚えていないほどに中身のない会話を続ける。
そんな当に鬱陶しそうな態度を取り続けている死柄木であったが、ようやくか。と呟いて立ち上がった。
すると、黒いモヤが突如として部屋に出現し、次々と中から人が現れている。
「あれ?俺はゲロ吐いて来たってのに……羨まっておぉ!女子高生!ちょっと目がイッちゃってる気がするけどそこがまたグー!」
「弔くん、誰ですか?」
「俺は知ってるぞ!!誰だお前!?」
「この子、リストにあった子でしょ?」
トガ、トゥワイス、マグネと続いて、荼毘やコンプレス、スピナーも続々と黒霧のワープから抜け出てこの小さなBARに現れる。
決して広くはないものの、カウンター以外に特に何もない部屋が故に、そこまで窮屈な感じはしていない。
その狭いようで広い部屋の中で、カウンターに腰掛けている知らない顔に、緊張した空気が広がっていく。
当は警戒を解こうとしているのか、無駄に大きく手を振りながら、ボクも敵だけど敵じゃないよと騒いでいるが、黒霧の作り出したゲートからはまだ出てくるものがいた。
「チッ……薄くだが入ったか……あぁ。なんで燈はあのような姿でも美しいんだろうな」
「さぁ?わかりかねますが、皇貴様の方が美しいと思いますよ?」
ガハハと笑う、顔に傷を負った中坊みたいなガキと、適当に煽ててるだけの執事のようなジジイ。
何だコイツらと思うが、どっちも面倒そうだな。どっかで見たことある顔してる気がするが、王華ちゃんに似てんのか。うーーーむ。万全だったら、やってみるのも面白そうではあるけど。
そんな人間観察を一通りしたところで、最後に現れたのが。
「テメェ……」
「おっす!オラヴィラン。よろしくな」
拘束され、怒りの形相、ではなくえらく冷めた眼で俺を見る爆豪だった。
予想と反して、頭の中はぐちゃぐちゃってわけじゃ無く、すこぶる冷静。この感じだと自分は殺されないと思ってんのかな?利用価値があると。過小評価しすぎてたかな。コイツのこと。とはいえ、飽きられたり、要らなくなったら躊躇なく殺されんだよ?
爆豪の思惑は当の想像通りであった。
自分の戦闘許可はまだ解けていない。
懐柔されるはずなどない。
今この場をどう切り抜けるか考えている爆豪であったが、当の言う通り、考えが欠落していた。
いつでも命を奪われる場所にいるということを。
そして、それを当が苛立つように思っていた事も。
「俺たちの仲間になれ。今日はもう遅い。返事は、明日聞かせてくれ」
「そうだ!明日聞かせろよ!ところでさ、俺の部屋あるの?」
「なんか普通に馴染んでるけど…結局この子はどーゆー立ち位置で、なんでここにいるの?」
「弔の相方のヒットでーす。俺も今日から敵連合なので、よろしくね」
「はぁ!?お前なんか仲間じゃねーよ!宜しくな!!」
そう言った当に、トゥワイス以外の敵も爆豪も怪訝な目を向けている。爆豪を気絶させ、当も信用できるまでは、という事でMr.コンプレスの個性でしまったところで、それぞれ部屋を出て行った。
小さな空間に押し込められた当はずっと考えていた。
どうすればより面白くなるか。
サーチを取られれば、ヒーロー側が将来詰む。
だから、命を賭けてまで邪魔をした。
そして、ラグドールはまだ生きている。
俺が殺せば奪われないし、その後誰かが生かす可能性でアタリは出ていた。
あのギリギリの状況で自分の命を失う事なく目的を達成した時は、思わず笑ってしまいそうなのを堪える事に苦労した。
サーチは生きている。
わざわざあのバケモンを最後に視界にいれてやったんだ。
という事は、まもなくヒーローの突入劇が始まる事だろう。
今日か、明日か、明後日か。
ここに個性は使わない。
それじゃあ、面白くない。
勝つのはヴィランか、ヒーローか。
より俺を楽しませてくれるのは、どっちだろうな。
誰よりも死を恐れながら、誰よりも死に近い場所を望む。
そんな当の考えが理解できる者は、敵にも英雄にもいなかった。
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爆豪と当の会合から少し遅れてのこと。
小さな個室で、仰々しい機械に繋がれたまま眠る女性がいた。
電気もつけない、真っ暗な暗闇の中、男がその女性の髪を優しく撫でていた。
「悪かったなぁ……痛かっただろ?ただ、お前を奪われる訳にはいかなかったんだ。それだけで、詰んじまう……それにあそこで俺が出張るのも、な。助けてやりたかったが…俺はヒーローじゃねーから……」
ポリポリと右手で頭を掻きながらも、その左手はずっと女性の頭の上で、規則的なリズムで上下に動いている。
「ヒーローじゃねーから、こんな事もできちゃうんだよなぁ……やっぱ、俺はヒーローにゃ向いてないよな」
徐に、その左手の小指をその額に押し当てながら、令親は一人ため息をついた。
個性の発動。
危篤状態であろうと指図により強制的に行動を取らせる。
「………話さなくていい。お前の『サーチ』で、方向だけ教えてくれるか?」
「………」
すると、眠っている"ラグドール"は腕を動かす事もなく、その右手の指だけがある方向をなんとか指差している。
その様子に、令親は顔を伏せて、再度指図する。
「楽になるまで寝てろ。
──起きたら、恨んでくれていいから」
パッと指を離して、ラグドールへと背を向ける。
方向さえわかればこっちのもの。
死体から"奪えない"事は、短くはない付き合いで"知っている"。
令親の個性も死人には作用しないが、生物であれば、生命活動を行ってさえいれば指図する事は可能であった。
ただし、その人間が現実的に可能な範囲でに限られるが。
電気をつけないまま、扉を開けて最後にラグドールを見つめる令親の目には、ラグドールの瞑られた瞼の下の瞳が僅かに動いているように見えた。
お嬢の動きは予想の範囲内だが、あそこであいつらが出会ったのは計算外。ここからの動きは予想できないが、十中八九乱入してくるだろう。それに、ここまでは100点をつけてやってもいい動きだが、結果として敵連合に吸収されたアイツは上手くやれてるのか、それとも、本気なのか。
どちらにしろ、俺が先にケリつけないとな。
「知子……お前がこんな俺を誘ってくれたのはさ。正直嬉しかったよ」
その呟きに応える者はいない。
だが、声に出さずにはいられなかった。
パタン、と静かに扉の閉まる音が室内に響いたところで、ラグドールの瞳は完全に開いていた。
まだ動くことも、声を発することもできない状態ではあるが、なぜ自分が生きてここにいるのかは、聞こえてきた声ですぐに理解した。
昔からの問題児であり、卒業後、同世代である自分たちやミッドナイトが駆け出しのサイドキックとして頑張る中、20歳にしていの一番に事務所を構えた実力派でもある令親。
だが、事務所設立からわずか一年で、その姿を消し、全く表に出てくることはなくなり、死亡説すらも流れていた。
そんな中でも次々と新たなヒーローは誕生していき、話題はどんどんと薄れていく。過去のヒーローとして、エルネストの名前も人々が忘れ去った頃、ひょっこりと姿を現した令親は人が変わったようになっていた。
黒髪は金色に変わり、急に眼鏡をかけだして、その奥の瞳の色すらも変わっていた。昔を知っている者は一様に驚いたものの、ラグドールはどこか寂しそうに見えた令親に、一緒にやらないかと声をかけたのだった。
だが、答えはノー。
しばらくフラフラとしていた彼も気づけば SCCATに所属し、華やかな表舞台を嫌うかのように裏の仕事へと徹していた。
そんな昔を思い出す。
自分を助けてくれた、若かりし頃に、その背を追いかけていたヒーロー。
だったら……断らないでよ……ばか。
声に出す事もできないが、心の中で、さっきまで隣にいたであろう、弱点だらけだが当時天災とまで揶揄された男の姿を思い浮かべていた。
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林間合宿での敵襲撃から一夜明け、負傷者のほとんどは同じ病院に運ばれており、重傷者である緑谷と伸、塩崎はそのまま入院。また、耳郎と、耳郎を庇おうとした葉隠も頭部に脳無の一撃を受けて、命に別状は無いが未だ意識は戻っていない。
ガスにより意識を失った者たちも、大半は意識を取り戻したものの、まだ満足に動く事は叶わなかった。
一晩たち、午前中に終わりを迎えた頃には、病院に運ばれた者たちは目を覚ましていたが、伸だけはアレからずっと眠り続けており、起きる気配は無かった。
想もまた、完全な健康体となっており既に病院内で活動を始めている。
蛙吹、麗日はもちろん、補修組である芦戸や上鳴たちは受付で面会オーケーと聞いていたので、A組全員での面会の前に、想のお見舞いに来ていたのであった。
「亡女ー。重傷だって聞いたけど大丈夫か──おっふ!」
扉を開けた瞬間、上鳴は吹き出した。
そこにいたのは、入院着をそこらに脱ぎ散らかしており、シャワーの後なのかどこか艶めいた想。
傷だらけだった顔も、下着姿が故に見える肌にも、どこにも傷などないいつも通り元気すぎる想に面食らっていた。
「あっ!みんな!!どーしたのー?」
自分の姿など気にも留めず、手に持っていたシャツをベッドに投げると満面の笑みでみんなを迎えている。
上鳴、切島、砂藤、瀬呂の補修組の四人は目を見開いて想の発育の行き届いた胸に釘付けとなっていたのだが、それも一瞬の事。すぐに蛙吹の舌が伸びてきて、その視界を遮った。
「「男子は一回外!!」」
麗日と芦戸の二人が四人を外へと追いやっているものの、想はいつも通りの笑顔であった。
「想ちゃん、とりあえず服は来た方がいいわ」
「え?うん。着ようとしてたよー。ホントはお風呂入りたかったんだけど、ここシャワーしかなかったんだよねー」
いつもの雄英の制服のシャツをボタンかけたまま、モゾモゾと頭から被って着ようとしている姿は子供っぽくも想らしく、三人は暖かい目を向けていた。
「想、なんか見てるだけで癒されるねー」
「わかるわー。ずっとこのままでおってほしい」
「え?なになに?何か変?」
「なんでもないわ」
なにがそんなに気になるのかと、三人の視線を気にしつつもようやくシャツを着て、スカートも止めて、リボンはつけずにそのままブレザーを羽織った。
手櫛でサッとといただけだというのに、想の桃色の髪はサラリと纏まり、身だしなみはすぐに整う。
その髪すらも羨ましそうにしていた。
「いーなー。そんな簡単に纏まるのズルい」
「寝起きは私も寝癖つくよ?それに三奈ちゃんだって羨ましーよー。私も、覚醒したらツノとか目の色が変わるとかしてみたいなー」
せっかく解いた髪を芦戸は指で撫で回すも、スルリと元通りに収まる想の直毛。
そんな何気ない会話を楽しく思いながらも、7人は他のお見舞いに行くと言って部屋を出て行った。
ずっと表情の固かった切島が、既に轟と心を決めて爆豪を救出に行く気だったことにも、想に当の真意を聞こうとしていたことにも、誰も気づいてはいなかった。
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林間合宿が終わり、それぞれの生徒が警察車両にて各自の自宅や病院に運ばれていく中、王華だけは、雄英高校に帰ってきたと同時にそのまま行方を晦ましていた。
昨日の騒動から雄英は臨時休校となっているが、学内で生活をしているU組の生徒は教室にいたのだが、ただでさえ四人しかいなかったU組は、今は病院から学校へと場を移した想を残すのみとなっていた。
「二人とも、どこ行ったんだろ」
誰に言うでもなく呟いた想は、林間合宿でひたすらに行っていたドリルを広げてはいるが、全くペンは進んでおらず、なんならその上に顔をつっぷしている。
教師陣は会議中のため、この教室には誰もいない。この教室の中で一人で過ごす事などあったかと、過去を振り返っていた。
昔はずっと一人だったが、ここに来てからというもの基本は四人でずっといたし、最近に至っては新しい友達とも話すようになった。
孤独には慣れていたが、一度仲間を知ってしまうと、一人でいるというだけなのに、こんなにもツライのか。
ドラクエ5の主人公を思い出し、自分も何か、相棒のようなペットを飼いたいと思うほどに、あらぬ方向へと考えが飛躍していく。
「あ〜〜〜。一人は、つまんないな……」
後に起こる大事件の事などつゆ知らず、想はひとり退屈な一日を過ごしていた。