敵か英雄か   作:eeeeeeeei

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燈の秘密

──────

 

 

 

 

 

「お〜か〜〜。ぜんっぜんできないよぉ〜〜」

 

 

 そう言って手に握り込んでいた小石を足元へと落とし、ゲシゲシと可愛らしく踏みつけている燈。

 

 燈もまた、個性を使えない人間であった。

 無個性と言わないのには訳があり、医者が言うには個性の因子が有るには有るらしいのだが、それがなにかがわからないのだそう。

 

 燈自身、話したがらないが彼女にもまた、歪んだ精神を持つ理由があった。

 

 敵であった父の個性は【反発】。

 受けた衝撃を跳ね返す、もしくは受け止めるという、肉弾戦であればほぼ無敵とも言えるかなり優れた個性。

 そんな父が、個性を使っての犯罪集団のボスとして逮捕されたのだ。

 

 当時五歳であった燈は、周りから何を言われても父を嫌いにはならなかったし、何を言われても、ムッとする事はあっても何もしなかった。

 ほとんど家に帰ってくる父ではなかったが、それでも燈にとっては父であり、また父も、燈の前では父親の顔をしていたから。

 だが、ある日家に帰ると、燈の父に命を奪われたのだという、半狂乱状態のおばさんたちが数名で母を押さえ込み、そのうちの一人が馬乗りになって、母の顔を殴りつけていた。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 

 その光景と、母が譫言のように繰り返す姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 目を背けようと、耳を塞ごうと、脳裏に焼き付いた光景は決して消えることはない。

 なによりも、母の心が音を立てて壊れていく事を、燈は誰よりも強く感じていた。 

 

 その日から母は正気を失い、燈はその心を閉ざした。

 

 

 誰であろうと、心を閉ざし得る体験だったであるものの、そこに母の個性が働いてしまった。

 それ故に、燈が心に負った傷は尋常ないほどに深く、大きい。

 

 母親の個性は、【同調】。

 自身の気持ちを相手に映す事ができる。

 ただそれだけの個性。

 燈は母が自分への愛情で満ちているのを感じる事ができる、母の個性が大好きだった。

 

 だが、今回ばかりはそれが悪い方向で、燈へと映された。

 母の持つ父への憎悪と、今への後悔。そして溢れんばかりの自責の念を、五歳の少女が受け止める事は、到底できなかった。

 

 

 

────

 

 

 

「できないと思うからだ。もう一度やれ」

 

 

 優しすぎる燈はそもそも戦闘に向かない。

 鍛錬の指導を始める前は、そう思っていた。

 だが、厳しく言うのも、全ては燈本人の希望。

 

 まずは燈の個性を探ることから始めようとしていたのだが、燈自身、個性への嫌悪感が異常に高かった。

 更に、私が無個性だと言う事を知り、私と同じ強さを求めたのだ。

 

 だから今は、古代武術に用いられたとされる体内に巡る気の使い方を教えているところであったが、どちらかというと、燈は武器の扱いに秀でているようだった。棒術、杖術、刀剣類の扱いから始めたが、まるでスポンジのようにどんどんと技術を吸収していく燈は、私と同じく才能に恵まれているようであった。

 

 

 燈が個性というものを嫌いになった理由は、私が無個性だと知り、すぐに話してくれた。

 

 あんな力がなかったら、父は普通でいられた。

 父が敵でなければ、母はあんな目に合わなかった。

 

 一人の間、永遠に続くたらればを考え続けていた燈。

 それは、どこまで行こうとも最終的には個性のせいに、超常社会のせいへと戻る。

 

 だから、燈は個性を使おうと思った事すらないらしい。

 もちろん小さな頃は自分の個性がどんなものなのだろうと、想像を膨らましては明るい未来を夢見た時もあるそう。だが、五歳にして経験した悪夢の様な出来事から、燈が夢を見る事はなくなった。

 

 全てはこの超常社会のせい。

 自分の快楽のためだけに行動する、ただの幼稚な世間の敵であるヴィラン。それを迎え撃つ英雄気取りの、自己顕示欲を振りかざすだけのヒーロー。

 そのどちらもが必要ないと。

 

 奇しくも、私と全く同じことを思っていた燈。 

 二人で語り合う度に、私はどんどんと燈に引き込まれていった。

 

 

 

────

 

 

 

「ククククク……見たかあの顔?個性がなんだと騒ぎ立てる中学生どもを。五つも年下である私に泣しながら許しを乞うあの顔を」

 

「もう。そんなの相手しなくていいよ。そんなんじゃ、私以外に味方が出来ないよ?」

 

「王とは元来孤独なものだ。私には燈が居る。それだけで、恵まれすぎているというものだ」

 

 

 二人の秘密基地。と言う名の帝家の、物置と化し今は誰にも使われていない蔵の中。

 そのなかで、王華はヴィンテージ物のソファーに横になり、隣に座る燈はそんな王華の頭を撫でている。

 

 

「うーん。でも、私たち二人だけだと寂しいよ。今の社会は間違ってると思うけど、悪いのは、今を"作った"人たちでしょ?」

 

「……なら、今を壊してしまおう。優秀な者のみを残そう。それならいいだろう?」

 

 

 他愛もない、子供の会話だ。

 世界を自分の望む人間だけ残し、他を全て排除する。

 誰もが一度は思い描いたことがあるであろう、独裁スイッチを、今の王華であればなんの躊躇もなく、一押しで世界の人口を自分と燈、そして純粋無垢な幼子のみの数千人にまで減らしていただろう。

 

 

「それなら、賛成。悪の根幹だったり、根元だったり。私たちがそれを倒しちゃえば、ヒーローは要らなくなると思うの」

 

「………うん」

 

 

 いつになく真面目な燈に、王華は頭を撫でられ続けながらも続きを促す。

 

 

「悪がいるから正義があるでしょ?いつだって、始まりは悪者なんだよ。それがなくなれば、正義も英雄も必要なくならないかな」

 

 

 そう言った燈は、未だ母の事は好きでいた。父のことすらも、恨みきれずにいた。

 悪いのは、誰なんだと考えたときに、二人はそこに入らない。

 悪いのはこの個性社会と、何もできない自分だという答えにたどり着く。

 でも、今は違う。

 この小さく我儘な帝王のもと、自分も力をつけてきている。

 待っているだけじゃない。今なら、最愛の相棒と共に、行動に移せるんだ。

 

 事実、小学生とは思えぬほどに、燈もまた、強くなっていた。

 

 

「そうか…君が望むなら、そうしよう」

 

「ねぇ王華」

 

「なんだ?」

 

 

 昔を思い出す。

 父親がああなる前には、燈にも友達がいた。

 元々人見知りではあるものの、打ち解けてしまえば明るい性格な燈は多くの友達に囲まれていた。

 その時の友達の顔が、今は全く思い出せない。

 無視をされ続け、会話をすることもなくなった。

 

 でも、どこかで思っていた。

 あの出来事がなかったら、どうなっていたのだろうと。

 少しだけ、そんな未来が思い浮かんだ。

 王華がいて、私がいて。

 周りには大勢の、心から分かり合える仲間達に囲まれている世界。

 きっと、実現することの無い世界であり、ただの空想。

 王華は私以外を知らない。私以外に心を開かないが、もしもそうなれば、"王華は"きっと幸せになれるのだろう。

 

 だから私のこの気持ちは、表には出さない。

 本当は、私こそが王華さえいれば、それでいいと思っているなんて。

 

 

「大きくなったらさ……私以外の子ともいてみたいと思う?」

 

「…………なぜ、そんな事を聞くんだ…?」

 

 

 その言葉を聞いた王華は笑みを消し、本当に理解ができないという顔で燈を見つめている。

 それから数秒が経っただろうか。

 小さく、言葉を吐き出した。

 

 

「……燈は私に飽きたのか…?」

 

 

 小さく、息を吐くように声を出した王華の目は、怯えているように見えた。

 わかっている。

 王華は一人で生きてきた。

 肉親からも見捨てられ、蔑まれ、嬲られてきた。

 私しか、王華は知らないんだ。

 そんな可愛くも、迷子のように寂しげな、心細いと言ったような顔をした王華を堪らなく愛しく思う。

 こんな王華を、自分だけのものにしたい…なんて。

 私は、思っていることとは反対の言葉を口に出した。

 

 

「そんな事ないよ。でもね、きっと私たちにも、味方はいるかなって」

 

 

 弱弱しい姿を見せる王華。

 普段の振る舞いを知っているものからすれば、一眼見ただけでは、この少女が帝王華と同一人物などとは思わないだろう。

 そんな姿の王華を知っているのは、私だけ。

 それは、これからもそうであって欲しい。

 

 

「……いなくてもいい。私は、燈がいればそれでいい。この温もりがあれば……」

 

 

 王華の紅色の瞳と、燈の水色の瞳が交差し、見詰め合う。

 ずるい。

 私はなんてずるいんだろう。

 私が一番欲しかった言葉を、王華から引き出しているようだ。

 王華の金色の髪に触れ、あやすように撫でながら思う。

 心地よさそうに目を細め、私にされるがままの王華をずっと見つめていたい。

 

 

「私はいると思うんだけどな。信じられないかな?」

 

「……いや、信じよう。私にはまだわからないが、燈が言うなら、そうなのかもしれないな」

 

 

 そう言った王華の顔は、ただ純粋に、心安らいだ表情を浮かべている。

 言えないな。

 私の言葉が王華を縛る。

 私に依存する王華以上に、私は王華に依存している。

 これでもし、王華が誰かに裏切られでもしたら……

 本当に、王華は私だけの──

 

 

「燈」

 

 

 突然の呼びかけに少し驚くも、なるべく自然に、髪を撫でたままに答えた。

 

 

「なーに?」

 

「……私が、誰かに受け入れられるとは、今は思えない。もしかしたら、燈をも巻き込み、辛い思いをさせるかもしれない。……それでも、私と一緒にいてくれるか?」

 

「──当たり前。これからも、私はずっと、王華と一緒にいるよ」

 

「……ありがとう」

 

 

 あの王華がお礼を言うなんて。

 初めての事だ。

 優れた者が、強者である己が支配する世界だとか、そんな野望も忘れてしまったのでは無いかと思えるほどに、王華は弱くなっていく。

 王華の創る世界を見れなくても構わない。

 私には、王華さえいればいいんだ。

 二人だけの、この時がずっと続けばいいんだ。

 弱くなっていく王華を、私が強くしてあげる。

 私の、王華にしか使わないと誓った、この【個性】で。

 

 それにね、それは私のセリフだよ。

 ずっと一緒に、私だけの、王華でいて欲しい。

 ただ、王華に愛されたくて、私はずっと、良い子を演じているだけなんだ。

 こんな私の気持ちを知ったら、なんて言うかな?

 嫌うかな?

 軽蔑…するかな?

 だから、この気持ちは秘めたままでいるね。

 

 でも、願うのは構わないよね。どうかこのまま、ずっと二人"だけ"で過ごせますように。

 

 

「──私たちは、ずっと一緒だ。燈」

 

 

 私の歪んだ愛に気付く事なく、世界で一番大好きな少女は、私の膝で眠りへと落ちていき、私は"いつものように"傷ついた王華に、そっと口づけをして、【個性】を発動させた。

 

 

「ずっと、ずーっと一緒だよ。たとえ死んでも、貴女は私が守るからね」

 

 

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