「ここまでのようですな、鴨志田殿。」
そう言い、鴨志田殿の喉元に剣を突きつけた。しかし、
「がっ!!」
頭痛が響き、剣を取り落とした。これは…………反動ですかな?
「ふ、ふふふふふ。」
さっきまで腰を抜かしていた鴨志田が、無様に笑いだした。
「ど、どうやら運は俺様に向いてるようだな。衛兵!!コイツを殺せ!!」
その言葉と共に、金の鎧をまとった衛兵が現れる。
「チッ!!」
この世界に転生してから17年。もちろん鍛錬は欠かしていない。この近くにはジムと言う便利な施設がありましたからな。
その鍛えた脚で飛び上がり、階段を下りて雨宮達のもとへ降りる。
「ヒューベルト!?」
「脱出ルートがあります。こちらに。」
「え?脱出って、」
「でかしたな!!行くぞ!!」
謎の黒い猫がそんな事を言う。が、今はまさに猫の手も借りたい状況。仕方ないですな。
「ええ。付いて来てください。」
そう言い、素早く近くの扉になだれ込む。見た限りここはバルコニー。だとしたら私が侵入した通気口は…………私から見て左側の扉!!
バンッ!!と勢いよく扉を開けて廊下を見れば、この城に初めて入った時私が出て来た扉が開けたままになっている。チャンスだ。
「雨宮殿!!それとそこの猫!!扉を!!」
「任せろ!!」
「分かった!!あとワガハイは猫じゃねぇ、モルガナだ!!」
「はいはいそれはいいですからきりきり働きなさい!!」
何か抗議する猫を一蹴し、二人がかりで扉を押さえる。
「竜司殿、あそこの通気口から外に出られます。貴殿は足手纏いですので早く。」
「あ、足手纏いって…………。」
「何でもいいのでさっさとなさい。」
「アッハイ。」
おずおずと棚を上り、通気口に入る竜司殿。あとは、
「雨宮殿、モナ猫、準備完了です。この部屋の通気口から逃げてください。」
「ああ。」
謎の服装の蓮殿は軽やかな動きで通気口を抜ける。
「だからワガハイはモル…………」
「ええい鬱陶しい!!」
「うがッ!?」
うるさい猫の顔面を鷲掴みにし、
「さっさと出なさい!!」
「ギャース!!」
見事な放物線を描いて飛んで行ったそして最後に私が通気口に足をかけた時、
「待て!!」
兵士が入り込んで来たが、
「遅かったですな。」
「ぐがッ!?」
投げナイフが顔面に直撃し倒れる。最後に、
「モリアーティ!!」
ドーラΔで壁の一部を吹き飛ばしてから、通気口を抜けた。
「雨宮殿、竜司殿、大丈夫ですかな?」
「あ、ああ。」
「大丈夫だ。」
「いやまずワガハイの心配しない!?」
猫が抗議してますが、知ったこっちゃありませんな。
「さてと、こんな気味の悪い所は、さっさとオサラバしましょうか。」
「お、おい、いいのかよ!?」
竜司殿が、何か未練がましそうに私に抗議してくる。
「それとも何か?あそこで拷問生活を送るのがいいのですか?まあそう言う趣味の人間もいる事ですし、死んでも自己責任という事で。」
「そう言うシュミはねーよ!!そうじゃなくて、ちょっと…………」
「何か気になることが?」
私がそう問い返すと、
「ああ、実は…………。」
牢獄の様な場所に、
「ふむ。まぁ、後でゆっくり考えればいいでしょう。」
「え?」
「一旦出ますよ。」
「で、でも」
「何度も言いますが、このまま残っていても何もできません。一旦帰るが最善です。」
「ぐっ…………。」
言葉と共に睨みつければ、竜司殿は押し黙る。まったく、一時の感情で動こうとする無能はこれだから困る。冷静に全体を見極める必要が、今の様な命を左右する局面においては大事だと言うのに。
感情の正義出来ない奴はゴミですよ?
「行きましょう。」
そう言い、彼らに背を向け元来た道を戻って行く。
「あ、ヒューベルト待てよ!!」
「…………。」
無言でついてくる蓮殿と慌てて追いかけてくる竜司殿。
「あ、おい、待てよ!!おーい!!」
あと猫の声が聞こえますけど、無視しましょう。
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そして、路地を抜けると…………
「どうやら帰って来たようですな。」
「あ、ああ。」
「そのようだな。」
いつも通りの風景が広がっていた。となるとあの風景は何だったのか。異様な城は?ハダシのゲンならぬパンイチのカモシダは?まぁ、気になることもありますが、今は急ぎましょうか。
「学校へ行きましょう。」
「あ、おお、そうだな。」
「あ、あれは夢だったんだ。夢…………。」
「君達、何をしているんだい?」
すると、チャリに乗った警官が二人こちらにやってくる。
「こんな昼時に何やってるんだい君達。さぼりか?」
「あ?違うって!!学校行こうとしたら変なしr」
余計な事を言う前に祖父から頂いたヴィンテージスティールの鉄の踵で踏みつけておく。
「あぎゃあ!!」
「見つかってしまったのなら仕方ないですね。行きますよ。」
「そうだな。遅刻したくない。」
「多分遅刻は確定ですがね。」
「ま、マジか……コイツら…………。」
脚を抑える竜司殿を引きずって行く。なんか警官が呼びとめてくるが、無視しましょう。
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「マジかよ…………。」
坂本殿は、唖然としていた。
「同じ道…………来たよな?」
先ほどと同じ道を言った私達は、普通の秀尽学園に到着した。城らしきものは一切見当たらない。やはり、あの日私達があそこで見た物は…………。
「まったく、お前達はどうなってるんだ。」
すると、玄関から出て来た指導教員が腕を組んでこちらを見下ろしてくる。
「補導の連絡があったぞ。」
あの警官チクったんですね。まぁ、逃げたんで仕方がないですな。
「それにしても、お前が一人じゃないとは珍しいな、ヒューベルト、お前が坂本と、あと雨宮と一緒にいるなんて、どういう事だ?」
「いえ、ちょっと学校の外でゴタゴタがありましてね。詳しい話は中で話したほうがいいと思うのですが、」
一応私は、表向きは人当たりのいい優等生を演じている。さてと、あのモジャシダが出てこなければこれで穏便に…………。
「まったく。坂本。こんな時間まで何処ほっつき歩いてたんだ。」
私の態度にため息を付いた教師は、竜司殿に目を向ける。対して竜司殿は目を合わせようとせずに、
「……城?」
と、一言。
「真面目に答える気は無いわけか。まぁいい。それなら」
「『城』がどうしたって?」
何で来たこのゴリシダ。
そんな言葉と共に現れて来たのは我らがゴリシダではなく鴨志田。
「呑気だな、坂本。陸上の朝練やってた頃とは大違いだ。」
「るっせ!!テメェが…………。」
「鴨志田先生になって口きいてんだ!!」
竜司殿が鴨志田に何かを言おうとすると、指導教員が怒鳴りつける。
「坂本、お前なぁ、もう後ないんだぞ。」
「向こうが煽って来たんだろうが!!」
「ほんとに退学になりたいのか!!とにかく事情聞くからな!!来い!!」
「はぁ!?ふざけんな!!」
あきれたように言う指導教員を、竜司殿は睨み返す。
怒ってるところ悪いですが竜司殿、大遅刻は事実ですからな。
「まぁまぁ、私も配慮が足りませんでしたし。ここは両成敗という事で!!」
クズシダおっと間違えた。鴨志田殿は人当たりのよさそうな笑みを浮かべ、そんな言葉を口にする。
「え?まぁ、鴨志田先生がそうおっしゃるなら…………とにかく来い!!大遅刻は事実だ!!」
そう言うと、我々三人は指導教員に連れて行かれた。
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《Side 雨宮》
あの後昨日のあいさつで会った担任の川上先生にちょっとしたお説教を受け、教室に付いた。あの不思議な空間は夢だったんだろうか。しかし、あの不可思議な空間に居た男と、モジャモジャの体育教師の顔。それから…………
『新しい学校生活。せいぜい楽しめよ。』
人当たりのよさそうな笑みから放たれた、すれ違いざまの言葉。あれがどうにも気になる。
「ほら、挨拶して。」
担任の川上先生の言葉でふと、我に返った。
「…………宜しく。」
そう言うと、
「大人しそうだけど…………キレたら、」
「だって、傷害でしょ?」
「えっと…………。」
生徒たちの噂話に、先生も困っている。それも仕方がない。地元で酔っ払った男性から女性を引き離そうとしたら男性がもんどりうって転び、訴えられ、とんとん拍子に進んだ裁判で見事に『障害』の前科だ。
おかげで上京出来て、転校初日に人気者だ。皮肉なものだな。
「それじゃ、そこ座って。空いてるとこ。」
そう言われて空いている席に座った。教室の隅。隣の席には…………
「…………。」
「……えっと…………なに?」
びくびくしながらこちらを眺めている少年がいた。
…………小さい。どう見ても小学生くらいしか身長が無い。驚いてみていると、おずおずと声がかかった。
「ああ、すまない。初日だから教科書が無くてな。見せてくれないか?」
「え?あ、うん。」
そう言うと、教科書を渡す。
「?これじゃお前の教科書が無いだろ。」
「え?えっと…………。」
「オレは貸してもらってる立場だ。君が持ってるのを覗かせてもらうだけでいい。」
「そ…………そう?じゃ、じゃぁ…………。」
俺の渡した教科書をおずおずと取る。なんか動きが小動物みたいだな。
「あの…………あんま…………見ないで…………。」
「あ、ああ。すまない。」
こうして、授業が始まった。
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川上先生から坂本と関わるなと言われたが、屋上にヒューベルト共々呼び出された。遅刻の件は、ヒューベルトが最もな感じの理由をでっち上げた。
坂本の話を聞いた限りだと、あの城で見た男は鴨志田卓。この学校の体育教師であり、元オリンピックバレーボール金メダリスト。彼のバレー部も全国大会で優勝しているらしい。しかし、坂本曰く、黒い噂があるそうだ。
その話を聞きたかったが、あまり遅くに帰ると身元引受人の佐倉さんの逆鱗に触れる。
今日はもうこの辺にして変えることにした。
そして校門を出ると、
「あ……あの…………。」
と、後ろから声をかけられた。振り返ると、小学生くらいの背丈の少年。俺に教科書を貸してくれた子が、話しかけていた。
「どうした?」
「…………待ってた。」
「俺をか?」
「…………(コクリ)」
「そうか。家は何処だ?」
「…………東太子堂」
「近くだな。なら、一緒に帰るか?」
ついつい地元の子供をあやすような口調になってしまうと、
「あんまり子ども扱いしないで。」
ムッとした表情でそう言った。
「すまない。そうだな。行こう。」
フッ、と笑って、背を向ければ、おずおずと付いて来た。
次回、少年との絡み。そして、竜司とヒューベルト、雨宮は再び城へ赴く!!