魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第二話

 14年前、私は魔王の娘としてこの世に生を授かった。

 当時、魔界で最強を誇り、絶大なカリスマ性を持っていた魔王の子ということで周りからの期待もまた大きなものだった。

 しかし私が周りから歓迎されることはなかった。

 理由はただ一つ。

 私の見た目が人間そのものだったからだ。魔物特有の緋色の目を有している以外は魔物の要素が一つもなかったのだ。ただこれだけの理由で父であるはずの魔王も含めた全ての魔物から受け入れられることはなかった。

 せめてもの情けなのか、赤ん坊の私が殺されることはなかった。しかし、幼少の頃から魔王城内の膨大な雑務を押し付けられ、食事も残飯のみ、寝所も掃除道具などを仕舞う小屋同然の部屋だった。酷い時にはストレスが溜まった魔物の憂さ晴らしに利用されることもあった。全身が痣と傷だらけになり涙を流しても救いの手を差し伸ばしてくれる者はいなかった。まさに奴隷のような扱いを受けていた。

 

 しかし幸いなことに魔物の世界は弱肉強食の考えが根強く、強い者こそが正しいという考えがあった。それが私に僅かな生きる希望を持たせてくれた。強くなれば周りも認めてくれるだろうと考えたからだ。私は自分の全てを出し切り努力した。皮肉なことだが魔王の子ということで、武術・魔術の両方において天賦の才があったようで、自身の努力も相まって同世代の魔物とは比較にならないほどの勢いで強くなっていった。それを疎ましく思った周りの魔物達からは人間との戦争時に捨て駒として扱われたりと碌な扱いを受けなかったが、私はそれらを全てこなした。

 そして僅か14歳にして魔王の幹部クラスにも匹敵するほど強くなることができた。その頃になると私を馬鹿にする魔物も皆無となっていた。

 このまま魔王となり、私という存在をすべての魔物に認めさせる。そう考えていた。

 

 しかし、私の快進撃はここで幕を閉じることになった。

 強くなり続ける私に危機感を覚えた幹部達が謂われのない裏切りの罪を私に着せてきたのだ。そしてそれは、よりによって私が人間側に寝返ろうとしているというものだった。

 あり得ないことだった。

 というのも幼少の頃、一度だけ人間界に救いの手を求めたこともあった。見た目が人間ならば無理して魔物と共に生きる必要はないと考えたのだ。しかし、私は人間界からも歓迎されることはなかった。理由は緋色の目だ。魔物の目を持つ私は受け入れられるどころか討伐対象と認識され、冒険者たちから命からがら逃げる羽目になった。こちらに敵意がないことをいくら叫んでも、それは人間たちの私を愚弄する叫び、或いは恐怖の叫びでかき消された。今でも人間たちが私をゴミを見るような目で見た光景は忘れられない。魔物達ですら子供の私を殺すことまではしなかったのに人間は躊躇いもなく私を殺すことを選んだ。魔物側が優しいなんてことは思いもしないが、人間が魔物以上に愚かな生き物であると認識するには十分だった。その後は魔物として人間を殺しまくった。自分を殺そうとした相手だ、躊躇はなかった。今では私は魔王の娘として人間側から特級討伐対象として認識されている。

 

 結局私は、血反吐を吐くような努力の果てに人間側からも魔物側からも追われる身となってしまった。これからどう動けばいいのか、何を目標に生きていけばいいのかも分からない迷子状態の猫になってしまったのだ。

 

 そんな人生における分岐点に追いやられていた私の意識はある一点に集中していた。

 

 ……何、あの美味しそうなものは?

 

 立ち上がる湯気に包まれた見たこともない料理からこれまで嗅いだことのない芳醇な香りが漂ってきており私の脳内を支配してくる。何の食べ物か知らないがそれがとても美味であることが直感的に分かった。

 先ほどの人間がテーブルにつきながら、目をまん丸に見開きこちらを見つめているがそんなことはどうでもよかった。

 

「……あの、食べる?」

 

 人間が急いで立ち上がるとそんなことを言ってきた。私がその料理をずっと見ていたからだろうか。この瞬間だけ人間に対する恨みが食欲に負けた。引き寄せられるように料理への元へと歩み寄っていく。

 ……人間は後で殺せばいいわ。

 そんな言い訳を頭の中で並べながら人間から器を受け取った。

 器の中を覗き込んでみると、最早暴力的かと思うほどの良い香りがブアッと鼻腔いっぱいに満たされる。改めて器の中を観察するとスープが一杯に入れらておりその中に細長いものが沢山あるのが見える。唾液が際限なくこみ上げてきて、早く食べろと全身が訴えかけてくる。

 

「……はい、お箸。……使いにくそうだったらフォークもあるから」

 

 人間が私にこの料理を食すための道具を寄こしてくる。はしとやらは使い方がよく分からなかったので、フォークを受け取る。早速受け取ったフォークで細長い何かを掬い、恐る恐る口に運ぶ。ちゅるちゅると口の中へ吸い込み、咀嚼する。

 

 ……っ!?!?

 

 全身が雷に打たれたようだった。

 それはこれまで食べたどんなものより美味であった。癖になりそうな触感と濃縮された味が全身に広がっていくようだ。次いで器に口をつけスープを流し込む。こちらもよく出汁がきいており、素晴らしい味付けであった。

 その後は無我夢中だった。気づいた時には器の中は空になっていた。その事実に気付いた瞬間、物足りないという不満と悲しさに襲われた。

 そんな私の想いが表情に出ていたのか、人間がおずおずといった感じに

 

「……あのー、もっとあるけどいる?」

 

 私は迷わず頷いた。力強く。

 

 

 

 目の前でせっせと料理の準備をする人間は不思議そのものだった。

 今やこの世で私のことを知らない人間はいないはずだ。

 それなのに怯える様子は一切なく寧ろこちらを歓迎しているようにさえ見える。念のため魔法で人間の感情を読み取るが、僅かな戸惑いはあったものの、大部分が喜びと期待というものだった。敵意は全く感じなかった。

 これまでこんな人間と出会ったことはなく逆にこちらが混乱してきた。

 

「はい、3分経ったら食べてね」

 

 今度は人間が先ほどの器を二つ持ってきてくれた。一つでは足りないと判断してくれたのだろうか。人間にしては気が利いている。しかし3分待たないといけないというのはなぜか。目の前で待ち続けるなど生殺しにも程がある。

 

「……なぜ待たないといけないの?」

「じゃないと美味しく食べれないよ?」

「……むぅ」

 

 そう言われてしまっては従うしかない、とでも言うと思ったか。舐めるな人間。

 

「要はこの料理が3分経った状態にしてしまえばいいってこと?」

「……え? まあそうだけど」

「なら話は簡単。……ん」

 

 私はこの世でも最も難しい魔法の一つと言われている時間魔法を発動させる。魔力の消費は激しいが早くこの素晴らしい料理が食べられるならば安い犠牲だ。

 発動と共に複雑な魔法陣が複数宙に浮かびあがり、目の前の二つの器へと吸い込まれていく。その瞬間、器の中の時間加速を最大現にし、一瞬のうちに3分経った状態にする。

 

「……ふぅ、よし。これで問題ないわね」

 

 迷うことなく器に付けられていた蓋をはがし、食事を始める。

 相変わらず素晴らしい味が口いっぱいに広がっていく。

 しかし、そんな私の至福の時間を邪魔してくる存在がいた。

 

「え、え? 凄い! 何今の!? もしかして魔法?」

 

 ……煩いわね、やはり殺した方がいいかしら。

 

 そんなことを思いながらチラリと視線を向ける。

 その瞬間、思考が止まってしまった。目の前の人間が満面の笑みをを浮かべ、期待感満載といった感じに目をキラキラさせこちらを見ていたからだ。これまで一度たりとも自分に向けらたことのないものだった。

 だからなのだろうか、気づけば私は手を止めこう返事していた。

 

「……そうだけど」

「や、やっぱり! 凄い! じゃ、じゃあもしかして手の平から火を出したりとかもできるの?」

 

 ……舐めているのだろうか? 火を出す、つまり炎魔法は魔法使いなら初めて習得する初級中の初級の魔法だ。時間魔法まで使った私が使えないわけがないだろう。しかし、人間が私をからかっているわけでないのは魔法で感情を読み取らずとも明白だった。それに内容はどうあれ生まれて初めて褒められたこともあり、悪くない気持ちになっている自分がいた。

 

 ……何なのよ、この人間は?

 

 頭がザワザワとする。こんなことは初めてだ。無視してしまえばいいと頭のどこかでは分かっている。しかし、またもや私の意志とは裏腹にこんなことを口走ってしまっていた。

 

「……ちょっと待って。これ食べたらね」

 

 言ってからハッとなったが不思議と訂正する気にはならなかった。

 


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