魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第三話

 僕は椅子に力なく座りながら、お湯を注ぎこんでから間もなく3分が経過しようとしているカップ麺をただ茫然と見つめていた。

 

 初めて森へと踏み出した時から七日が経った。その間、収穫と言えることは何一つなかった。どこまで行っても森が続くのみで、例の猫以外の生き物と出会うこともなかった。森の中からは他の生命体の気配はするのにおかしな話だった。

 

「……ここで死ぬのかなぁ」

 

 誰にも頼ることができず八方塞がりのこの状況に僕の精神は徐々に追い詰められていた。最近はネガティブな独り言が多くなり、一日の多くを未だに目を覚まさない猫の隣で座り込むことが多くなっていた。猫が早く目を覚ましてくれることを願いながらただぼうっと過ごす日々。猫が目覚めたところで現状の打破に繋がらないことは百も承知だったが、今は気休めでもいいから自分以外の何者かと触れ合いたかった。

 しかし、そんな僕にもようやく嬉しいことが先ほど起こった。先ほど猫の様子を見に行くと傷が完治しているということが起きたのだ。なぜいきなり傷が完治したのかは謎だが、もうすぐ猫が目覚めるという兆候の可能性は大いにあった。

 

 ……これを食べたらまた猫の様子を見に行こう。

 

 3分経ったことを確認し、カップ麺の蓋を捲る。容器の中からモワッと湯気が立ち上がってくる。ここ最近ずっと同じものを食べていることもあり、正直進んで食べたいとは思わないが、食べないわけにもいかない。もうこれ以外にまともな食料はほとんど残っていないのだ。

 麺を箸で掬い口元に運ぼうとしたその時だった。

 視線を感じた。

 気のせいだろうと思いつつも、顔を視線もとに向けるとそこには美少女がいた。

 もう一度言う。美少女がいた。

 

 ……え?

 

 向けた視線の先には幻でなく確かに女の子がいた。

 漆黒のローブに身を包み、真っ黒な髪とパッチリとした紅い瞳が特徴的なその子は幼さなさは残るものの端正な顔立ちであり、今でも十分可愛いが将来誰もが振り返る美女になる姿を想像するのは容易だった。年齢は僕の一、二歳ほど下だろうと予想する。

 とはいえ急に家の中に現れた謎の人物に対し警戒をしよう……としたところでやめた。その女の子がキラキラさせた目を僕が手に持っているカップ麺に向けていたからだ。口端に僅かに涎が垂れているがそのことに本人が気づいている様子はなさそうだ。そんな様子を見ていると警戒するのも馬鹿らしくなる。

 

「……あの、食べる?」

 

 そう言うと、女の子は吸い寄せられるようにこちらに寄ってくる。その姿は愛嬌を感じさせ、どこか餌をあげたときの猫の様子を彷彿させた。思わず頭を撫でたい欲求にかられるがぐっと堪える。流石に怒られるだろう。

 カップ麺を受け取った女の子は、こちらが差し出したフォークでラーメンをちゅるちゅると啜る。次の瞬間、女の子の顔が驚愕に包まれ、そしてすぐに満面の笑みへと変わった。とても可愛かったが、あまりにも無邪気な笑顔だった為、見た目以上にさらに幼く見えてしまい、少し可笑しくなり笑いそうになってしまった。ともあれ、カップ麵を大層気に入ってくれたようで良かった。そう言えば僕も初めてカップ麺を食べたときは美味しいと感動したような気がする。今じゃ食べるのが苦痛になってきたレベルだけど……。

 その後、あっという間にカップ麺を食べた女の子の物足りなさそうな雰囲気を察し、急いでおかわり用にお湯を再度沸かす。

 

 ……それにしてもあの女の子どこから来たんだろうか? 

 

 ようやく落ち着いたところで改めて考える。しかしすぐにやめた。何にせよようやく待ちに待った自分以外の語り合える存在が現れたのだ。先ほどの様子を見ていると悪い人でもなさそうだし、警戒する必要もないだろう。今は精いっぱいの歓迎をしてあげよう。この世界のことを色々教えてもらえるかもだしね。

 その後、自分と女の子用に二つのカップ麺にお湯を注いだのだが、二つとも女の子にとられてしまった。どうもまだまだお腹が空いてたようだ。その様子を見て気に入ったおもちゃを取られまいとしている子供を見ているようでほっこりとしてしまった。むしろそこまでカップ麺を気にってくれて嬉しいとさえ思ってしまった。

 僕に妹がいればこんなこんな感じだったんだろうか? そんなことを思いながら、口角が僅かに上がるのを感じつつ女の子がキラキラした目でカップ麺を見つめる様子を見ていた。

 

 しかしここで今度は僕が驚愕する番になった。

 この世界に来て、複数ある月以外に初めて異世界と実感させてくれる存在を目にしたからだ。

 魔法だ。空中に浮かんだ見たこともない文字が刻まれた光輝く魔法陣が僕の目の前に現れ、それがカップ麺に吸い込まれていった。カップ麺ができるまでに三分かかることを告げ、不満そうな様子を見せた女の子が唱えたものだった。驚くことに時間を操る魔法だったようでたった今お湯を入れたばかりだと言うのに、カップ麺が完成していのだ。

 魔法を使った目的としては馬鹿らしいの一言だったが、初めて見る魔法という存在に流石の僕も興奮を隠せなかった。いつの間にか、ここ最近の鬱な気持ちが吹き飛んでいた。魔法と言えば定番の火を出せるのか聞いてみると、女の子は面倒そうな目をこちらに向けぶっきらぼうながらも

 

「……ちょっと待って。これ食べたらね」

 

 そう言ってくれるのだった。

 やはりこの子はいい子だ。そう確信した。

 

 

 

 

  

 その後、約束通り魔法を見せてくれるとのことで家の外にやってきた。家の中で火の魔法を使い火事になると困るからね。

 

 「……ここは? 外の世界が感知できないわね……。この結界のせいね。こんな強力で複雑な結界一体だれが……。でもこの結界のおかげで向こうからも私を……」

 

 女の子は家の外に出るなり戸惑った様子を見せ、ブツブツと呟いていたが何を喋っているかは聞き取れなかった。それよりも早く魔法を見せてほしいものだ。

 

 「ね、ね、早く魔法を見せてよ」

 「……あーもー、うるさいわね。ほら、これが念願の火魔法よ!」

 

 急かす僕に対し若干怒りつつも、手の平にしっかりと小さな魔法陣を浮かび上がらせ、そこから火を出してくれた。

 目の前でゆらゆらと揺れる火を見て、またもや僕のテンションが急上昇していく。先ほどまで女の子のことを子供っぽいと思っていたことも忘れ、小さな子供のようにはしゃいでしまう。

 

「す、凄い! かっこよすぎる!」

「……たかが火魔法で何言ってるのよ? こんなこと誰でもできるわよ」

 

 僕とは対照的にどこか冷めたようにこちらを見つめてくる女の子。しかし、言葉とは裏腹に嬉しそうにしているように見える。褒めらるのが好きなのかもしれない。

 

「いやいや、本当に凄いと思っているよ!」

「……ふん、あっそ。……でもせめてもっと凄い魔法で驚きなさいよ。……ほら、これなんてどうよ?」

 

 こちらが褒め続けたことに気をよくしたらしい女の子が、そう言いつつ両手を天に向ける。その手の平から巨大な魔法陣が現れ、そのまま天高く上昇していく。何が起きるのかとワクワクしながらなるべく瞬きをしないように見つめていると魔法陣が上昇を止める。それから魔法陣からバチバチと小さな放電が漏れ出たかと思うと、爆音とともに目の前が真っ白になった。

 何が起きたか分からなかった。キーンと耳鳴りを感じつつ、徐々に光を取り戻した目で確認すると、女の子の前に半径10メートルほどの巨大なクレーターが出来上がっていた。小川の一部が決壊し、そこから漏れ出た水がクレータに流れ込む中、腰を抜かしている僕に女の子が得意げな表情を浮かべながら

 

「今のが雷属性最強の攻撃呪文よ。ま、威力はかなり抑えたけどね」

 

 エヘンとそう言い放ってきた。自慢げに振舞う幼いその姿と、目の前の惨状にギャップがありまくりであった。

 

「……ごめん、凄すぎて腰が抜けて立てなくなった」

「……情けないわね」

 

 思った反応が返ってこなかったことを不満に思っているのか、若干口を尖らせる女の子を見て思わず可愛いと思ってしまった。

 ……しかし、女の子がこんな凄い魔法を使えるなんて異世界って凄いな。女の子でこれなら大人の人は一体どれほどなのか……。というか僕でも魔法使えたりしないだろうか? もし使えたらこれほど嬉しくワクワクすることはないだろう。そう考えを巡らせ目の前の女の子をジッと見つめ、ダメもとでこうお願いしてみた。

 

「……ねえねえ、もしよかったら僕に魔法を教えてよ」

 

 その申し出が意外だったのか、きょとんとした目をこちらに向けてくる。すると、なぜかキッとこちらを睨みつけてくると

 

「これまでお前の様子を見ていたけど、やっぱり変ね。こんな強力な結界の中にいるのもそうだし、魔法を生まれて初めて見たような反応をするし、見たことのないものを沢山もっていたようだし。何より私を前にしてほとんど動じないなんて……お前、何者?」

 

 と質問を飛ばしてくる。まあ、異世界の人から見たら僕なんて違和感ありまくりだろうから警戒するのは当然だろう。色々気になることを言っていた気はするけど、今はどう答えるかのみを考える。

 

「……異世界人、かな」

 

 少し悩んだ結果、正直に話すことにした。別に嘘をつく必要もないと判断した。

 

「異世界人?」

 

 帰ってきた回答が予想だにしなかったのか、目をパチクリとし、そう聞き返してくる。

 

「うん。気づいたら別の世界、地球という星からこの場所に来ていたんだ。ここで会った人も君が初めてなんだ。魔法も初めて見たし、この世界のことは全然知らないんだ」

「……異世界、ね。信じがたい話だけど嘘は言っていないようね。なるほどね、それで……」

 

 女の子はそう言うと、なぜか俯いてしまった。何かを考えているようだが、それが何かまでは分からない。何となくそっとしておいた方がいいだろうと思い、じっと女の子の反応を待つ。

 

 

 

 数十秒後、思考がまとまったのか、ゆっくりと顔を上げこちらを見つめてくると。

 

「……うん、お前が異世界人ってことは理解したわ。……魔法ね。いいわよ? この私、アリア様があなたに魔法を教えてあげるわ!」

 

 最高の出会いを果たしたかのように、カップ麺を食べたとき以上の太陽のような笑みを浮かべながら、嬉しそうにそう言ってくれるのだった。

 


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