魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第五話

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。そのまま身動き一つ取らず精神を集中させていく。体中を巡っているらしい魔力をイメージし手の平に集めていく。そしてその魔力を炎に変換するイメージを行う。アリアの言うとおりであれば、これで初級の魔法である炎魔法が発動するはずである。しかし、目をゆっくり開き自分の手を見るもそこには炎のほの字もないわけで。

 

「……だ、だめだぁっ!」

 

 どれだけイメージを膨らませても思い通りの結果にならず、思わずその場に大の字になって倒れ伏す。集中力が完全に切れてしまった。

 アリアから魔法の修行をつけてもらって二日目。僕は、未だ初級魔法すら習得できずに苦労していた。アリア曰く、普通は一、二時間もあれば習得できるはずとのことだが、どうも僕には魔法の才能があまりないらしい。

 

「……はぁ、どうしてできないのかしらね」

 

 そんな僕をため息交じりに呆れた表情を浮かべ覗き込んでくる。

 自らをアリアと名乗った彼女は、ぶっきらぼうな態度を取り続けながらも僕の魔法の修行につきっきりで見てくれている。これだけ教えてくれているのに何の成果も出せず、申し訳なさと共に悔しいと感じてしまう。

 

「ごめんね……、もう一回挑戦してみるよ」

 

 疲労を感じている自身の肉体を半ば強制的に立ち上がらせ再び意識を集中させていく。

 

「……あ、その、別に無理しなくてもいいんじゃない?」

 

 そんな言葉にふとアリアを見ると、心配そうにこちらを見つめているアリアが目に映る。魔法を教えてくれているときは少しばかり厳しい口調であるが、この表情を見ればこちらのことを気にかけてくれていることが分かる。本当にアリアは心優しい子だと思う。

 

「僕も魔法を早く使ってみたいし、もうちょっと頑張ってみるよ」

「……そう」

「ううん。アリアこそ、つきっきりでありがとうね」

「……別に」

 

 照れくさそうに顔を背けるアリアを見て、ほっこりとした気持ちになり、少し元気が出てきた。

 

 ……よしっ、もうひと頑張り!

 

 昨日アリアと出会ってから色々と分かったことがある。

 まず衝撃的だったのが、僕が助けた猫が魔法で変身したアリアであったことだろう。どうして酷い怪我をしていたのかなど気になる部分はあったが、そこには触れていない。何でもかんでも踏み込んで聞くのはよくないからね。ちなみに怪我は回復魔法で治したというのだから魔法が凄いと改めて思い知らされた。

 そしてこの世界には人間は勿論として、やはりと言うべきか異世界特有の存在、魔物が存在するようだ。人間と魔物は頻繁に争いを起こしているらしいが、これについてはアリアがあまり語りたがらなかったので詳しくは聞いていない。

 ここがどこなのかも聞いてみたがアリアにも分からないとのことだった。

 事件があったといえば、気づけば家の周りを囲っている結界から外へ出ることができなくなっていた。アリア曰く見たことがないくらいの強力な結界らしく、僕に魔法を教えることと並行してその結界を解くために色々解析してくれているらしい。

 最後に嬉しいことがあったとすれば、食糧問題が解決したことだろうか。残り少なっていくカップ麺に焦りを感じていたが、アリアが唱えた複製魔法というものでカップ麺を錬成できたのだ。ついでにカップ麺以外に残っていた僅かなレトルト食料やお菓子なども複製してもらった。これのおかげで食事にもレパートリーが増え、純粋に食事を楽しめるようになった。しつこいようだけど本当に魔法は凄い。

 

 アリアのおかげで少しだけこの世界のことを知り、かつアリアという語り合える存在ができたこともあり一気に元気を取りもどした。その勢いのままに意気揚々と魔法の習得に力を入れたわけだが、この有様だ。

 

 しかしここでようやく努力に実が結んだ。

 ボッと、小さく、しかし確かな炎が僕の手の平の上に生まれた。とても薄いが魔法陣が浮かんでいることも確認できる。 

 しばらく何が起きているか理解できなかった。しかし、手の平に感じるほのかな温かさが、僕自身が魔法を発動させたのだという事実を伝えてくれる。だんだんと驚きから喜びへと変換されていくのを感じる。

 

「ようやくできたわね? でもこんなの当たりm」

「やったよ、アリア!」

「……え?」

 

 気づけば僕は興奮のあまりアリアの手を取っていた。アリアは何が起きているのか理解できないようで、きょとんとした目をこちらに向けてくる。

 

「アリアのおかげで僕も魔法を使えることができたよ! 見てよこれ、僕の魔法だよ! ほらっ! こんなに嬉しいのは久しぶりだよ!」

 

 年甲斐もなくアリアの手をぶんぶんとし、キラキラとした目でもってアリアへの感謝の言葉を何度も伝える。アリアは相変わらず何がどうなっているのか分からないようだが、だんだんと状況を理解できてきたのか、その白い顔を徐々に朱色に染めていく。

 

「……わ、わかったから!」

 

 アリアは手を無理やりほどいてくると、ぷいっと完全に顔を背けてしまった。恥ずかしがっているのだと普段の僕なら分かっただろうが、如何せん興奮状態だった。僕はアリアとの距離を詰め、顔を近づけると

 

「本当にありがとうアリア!」

 

 と、改めて感謝の言葉を投げかけた。

 

「……う、うん」

 

アリアは、恥ずかしさと嬉しさが混じったような表情を浮かべると、僕の視線から逃れるように俯いてしまった。そこまで来てようやくやりすぎたのだと気付く。

 

「あっ、ご、ごめんアリア。……嬉し過ぎてつい」

「……うん」

 

 その後、何となく気まずさを感じつつも魔法の修行を続行した。僕は、炎魔法を習得した勢いのまま次々に魔法を習得、と都合よくはいかず結局炎魔法以外は習得できなかった。しかし、今日は魔法を一つ習得できたということで個人的には大満足だ。アリアもそんな僕を見て嬉しそうにしていたように見えた。

 

 その夜、食事を済ませた後、お風呂に入った僕がリビングで休憩していると、お姉ちゃんが持っていたアリアには少しサイズが大きめのピンク色のパジャマに身を包んだアリアがリビングに入ってきた。そのまま僕の隣にぴょんと飛び乗るように座ってきた。

 

「この家のお風呂、本当に最高ね。あれならいくらでも入っていられるわ」

 

 全身がほのかに熱を帯び、濡れた髪がなんとも言えない大人な雰囲気を醸しだいている。そう意識すると、少し気恥ずかしくなった僕は極力アリアの方を見ないようにしながら話しかける。

 

「お風呂、気に入ってくれて良かったよ」

「それにしても、あのお風呂もだけど、この家はどういう仕組みなの? 魔法を使っている様子もないし。この部屋を照らしている光もどうやって生み出されているかわからないし」

「うーん、難しいけど、僕たちの世界では魔法の代わりに科学技術が発達していて……って言っても分からないか」

「ふーん? 異世界って不思議なことができるものなのね」

「僕からしてみたら魔法の方が凄いけどね」

 

 昼間の気まずさもなくなり、こうやって打ち解けて話し合うことができている。一昨日までの一人で過ごしていた夜が嘘のようだ。アリアも僕にちょっとずつ心を開いてくれているようで、初日に比べて口数もどんどんと多くなってくる。僕としても嬉しい限りだ。

 

「ねえねえ、それは何なの?」

 

 アリアが指さした方向にはテレビがあった。父さんが無理をして購入した有機ELで六十インチのそれなりに高価なものだ。

 

「テレビっていって、別の場所の色々な景色とかを映しだせるんだよ」

「へー、ちょっと見せてみてよ」

「うーん、何かあるかな。あっ、じゃあこれでも見ようか」

 

 電波がないのだから放送している番組があるわけもなく、何か録画してあったものがないか確認していると、ちょうどよさそうなものがあった。

 それは、ちょっと前に放送されていた大ヒットの映画作品が地上波で放送されたものだった。

 平和な家族愛に包まれた主人公の少女がある日突然母親を交通事故で失ってしまうシーンから始まる。少女自身、悲しみに暮れ、父親もショックのあまり鬱になり、平和だった日常が壊されてしまう。しかし周りの色々な人達の助けを借りながらも最後には父親と二人で生きていくことを決心していくという流れだ。物語としてはシンプルなのかもしれないが要所要所の人の温もりを感じるシーンで涙を流すこと必須の作品となっている。僕も初めて見たときには思わず泣いてしまったものだ。

 

「二時間くらいあるけど、とてもいい作品だから是非見てほしい」

「ふーん、まあよくわからないけど分かったわ」

 

 その後、再生ボタンを押し、映画が始まる。最初は、「凄い」、「どうなってるの」など可愛い反応を見せていたアリアだったが、話が進んでいくにつれ、静かになり、やがてじっとテレビの画面を見つめるようになった。僕もいつの間にか食い入るように映画に夢中になっていった。

 

 そして、二時間はあっという間に経ってしまい、映画にエンディングのテーマ曲が流れだす。僕は二回目だというのに涙がボロボロと溢れてきてしまっていた。

 ……うん、本当にいい作品だと思う。

 アリアはどうだろうと、ふと横を見てみる。アリアは何を思ってか俯いていた。表情が窺えないが、感動しているのだろうか?

 そんなことを思っているとアリアはスクッと立ち上がると

 

「……私寝るね」

 

 短くそう言うと、こちらの返事を待たずしてリビングを出て行ってしまった。アリアには、お姉ちゃんの部屋を使ってもらっているので、そこへ向かったのだろう。

 

 ……どうしたのだろう? 気に入らなかったのだろうか。異世界の人には響かなかったのかな?

 

 映画鑑賞後、僕はアリアの様子が気になり、ベッドの上で寝付けないでいた。

 その時、シンとしていた室内に外からの物音が響いた。

 ……アリアかな?

 気になって、ベッドから立ち上がり窓から外の様子を覗いてみる。

 そこには確かにアリアがいた。かつてアリアが強力な雷魔法で作ったクレータに小川の水が流れ込み今や池となっている淵に座り込み、ぼうっと虚空を見つめていた。

 そんな様子のアリアを放って眠れるわけもなく、急いで上着をはおり、外へと出ていく。

 

「……アリア、どうしたの?」

 

 声をかけながら、少しだけ距離を開けてアリアの隣に腰掛ける。アリアはそんな僕には振り向かず、小さな声で

 

「ねえ、家族って普通はああいうものなの?」

 

 それが映画の主人公の少女の家族をさしていることはすぐに分かった。

 

「……うーん、一概には言えないかな。でもあれだけ親の愛を注がれている子は凄い恵まれていると思う、かな。勿論、母親が死んでしまったのはとても悲しいことだけど」

「あなたの家族はどうなの?」

「え、僕? ……そうだなあ、父親も母親も優しくて僕のことを大事に育ててくれていたかな。お姉ちゃんもやんちゃだったけど僕の事よく守ってくれたし。……そう思うと僕は恵まれていたのかなあ」

 

 今や離れ離れになってしまった家族のことを思い、寂しいという感情に満たされる。普段意識していないけど、なんだかんだ家族って大事な存在だったんだと痛感してしまう。

 

「……そう、なんだ」

「……アリア?」

 

 黙ってしまったアリアにそう声をかけるも返事はない。どうしたものかと、何となく池の水面に映った三つの月をぼうっと見つめていると、アリアがポツポツと喋って聞かせてくれた。

 

「……私ね、母親は知らないけど、父親がいるの」

「……うん」

「でも生まれてから一度も言葉は交わしていないし、それどころか邪魔者として扱われていたの」

「……うん」

「……それでも認められたくて頑張ってきたの。でも結局認められることはなかったわ。……私にもあんな家族が欲しかった」

「……」

 

 何となくアリアが複雑な事情を抱えているとは察していたが想像以上に重く複雑な重荷がこの一人の可憐な少女にのしかかっていたようだ。もしかしたら、初めて会った時の怪我も何か関係しているのかもしれない。今のアリアはとても小さく、そよ風にさえ攫われてしまいそうだった。

 

「……アリア」

 

 僕の呼びかけに初めてこちらを見つめてくるアリア。その表情は絶望しつつも何かに期待し縋っているように見えた。

 

「……僕はアリアの父親や母親にはなれない。でもアリアの寂しさを紛らわすことくらいはできる、と思う。だから元気を出してくれてたら嬉しい。……それに僕も独りぼっちだしね、あはは」

 

 場を明るくする意味も込めて最後には笑顔でそう言った。気軽に立ち入っていいことではないのかもしれない。それでもこの心優しい少女アリアの力になってあげたいと思った。

 

「……本当に私の寂しさを紛らわしてくれる?」

「……そうだね、完全に紛らわすことができるか分からないけど、僕にできることならなんでもするよ」

 

 その僕の言葉を聞いたアリアは、また俯むくとこちらに表情を見せることなく立ち上がった。

 

「……ありがとう。……やっと分かったわ」

「何が?」

「……ふふ、何でもないわ。じゃあ、おやすみ」

 

 最後にこちらに見せたアリアの表情は、いつか見たとき以上の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 やっとわかった。

 私の生きる意味。

 それは、あの人間の青年と共にあることだったのだ。

 初めて一緒にいたいと思い、愛しいと思えた。

 これまで一人きりで生きてきた私は周りとの接し方を知らない。実際、魔法を教えているときの私の態度は酷いものだっただろう。しかし、そんな私にも悪意の一つも感じることなく、接してくれた。さらには、こんな私に感謝の言葉を投げてくれもした。「ありがとう」、この言葉を聞いた時、心の中が陽の光で満たされたように温かい気持ちになれた。

 正直、あの人間は魔法の才能はなく、肉体的にも恵まれているとは言えない。しかし、だからこそ、もっと、もっと、力になってあげたいと思った。私が守るのだ。私の取り柄といえば、この強さだけなのだから。

 

 生まれて初めて幸せな感情に心を満たされているときだった。

 

 自らが生み出した思念体から、結界魔法の解析の一部が終了したと連絡が入った。確認すると、結界の外を覗き見ることができるようになったらしい。すぐに結界の外を確認する。まずは、状況の把握が最優先だ。もしかしたらこの結界も魔王一派の仕業かもしれないのだから。

 しかし、結界の外の様子を見て驚愕する。

 

 何っ、この大量の精霊は!?

 

 外の森には何もないと聞いていたが、とんでもない。見たことのない量の精霊が森中を覆っていた。精霊は存在そのものが魔力に近く、ある程度魔法に通じていないと見えないため、あの人間には何も見えなかっただろう。

 

 でも、どうしてこんなに大量の精霊が……はっ。

 

 すぐに勇者の存在に結び付いた。魔法の勉強の為、色々な文献を読んでいた時に勇者の誕生についても頭に入れておいたからだ。

 

 そ、そんな、じゃ、じゃあここは勇者を育てるための……? 

 じゃああの人間が……勇者?

 

 色々なことが頭の中をぐるぐるとするが、すぐに致命的な事実にたどり着く。

 勇者は半年の修行の後、世界に姿を現し、悪の権化である魔王に立ち向かってきたとされている。しかし歴史書を紐解くと、毎回必ず勇者が勝利するというわけではないのだ。勇者が勝利する時代がある一方、勇者と魔王が相打ちで共に死んでしまう時、魔王に敗北し、しばらく魔物の支配が続いた過去もあるのだ。

 そして、今のあの人間が魔王、そしてその配下である幹部に勝てる見込みはゼロだ。これから半年修行したとしても、魔王たちに対抗できるだけの力が身に着くとは到底思えない。

 とはいえ、勇者は魔王に立ち向かう宿命からは逃れることができない。勇者が生まれていることは、人間側も魔物側も把握しているだろう。そんな状況の中、世界が勇者をその宿命から逃がすことを許さないだろう。

 

 

 

つまり結論としてはこのままでは、半年後、確実にあの人間が殺されてしまうことを意味する。

 




おびただしい数の誤字報告……
すみません、チェックしているつもりなのですが……
報告していただいた方ありがとうございます。

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