魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第六話

 目の前がぐにゃりと歪んでいくような錯覚に襲われる。

 

 人間達には殺されかけて魔王の座までもう一歩のところで魔物側からも裏切られてしまった。

 ……そして、ようやく自分のことを見てくれる存在と出会うことができた。しかしその存在も後、半年の命であることが判明してしまった。

 

 あまりに残酷な自分自身の運命を呪わざるを得ない。運命に翻弄され続ける力のない自分自身に経験したことのない怒りがこみ上げてくる。ギリリと歯ぎしりの音が響き、強く握りすぎた拳から血が滴り、地面に吸われていく。

 

 ……また私はようやく見つけた光を失うの?

 

 天を仰ぎ、そこにいる何かに問いかけるように心の中で呟く。

 

 ……いやだ

 

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 ふざけるなっ!

 私が何をした?

 ただ、私は私のことを誰かに認めてほしいだけなのに!

 

 しかしその想いに答えてくれる者はいない。夜空に浮かんだ三つの月が静かに私を見下ろしてくるだけだ。その決して届かない存在に今突きつけられている運命を重ね合わせ、睨みつける。

 

 

 

 どれだけそうしていただろうか。時間の経過によって頭から血が引いていき、冷静さが戻ってくる。

 

 ……違う。考えるのよ私。

 まだ『半年』もあるわ。私ならさらに……。

 

 視線を天から下ろし、目の前に広がる森、さらにそこを漂う精霊達、そしてその遥か奥。

 そこに待ち構えているであろう魔王とその配下の存在を見据える。

 

 ……私が全てを殺せばいい。

  

 四人の幹部達も。そして父親である魔王諸共。勇者の敵になり得る存在は全て排除する。今私にそれだけの力はない。なら手に入れるまでだ。これまでそうしてきたように。

 ……私にならできる。いや、私にしかできない。あのカロラですら不可能だろう。

 あの人間を守れる存在は私しかいないのだ。

 

 ……そうよ、ふふ。すべてを殺した後にゆっくり二人で過ごせばいいわ。ついでに魔王軍を壊滅させた後は、人間界を滅ぼしてもいいかもしれないわね。そうすれば私たち二人を邪魔する存在は皆無なのだから。

 

「あ、ここにいたのアリア。どうしたのこんなところで?」

 

 振り返るとそこには、あの人間がいた。心配そうな表情を浮かべ、こちらを気遣ってくれている。その事実に心が満たされていく。

 私は心からの笑顔を浮かべる。

 

「ううん。ちょっと風に当たってたの」

「そう? でもあんまり外にいると風邪引いちゃうよ?」

「そうねもう戻るわ。……でもその前に二つだけ聞いてもいい?」

「うん? 勿論答えられることなら」

「あなたの元の世界での人の寿命はどれくらいなのかしら?」

「……え? 寿命? え、ええと、そうだな。大体八十から九十歳くらいかな?」

 

 ここの世界の人間の寿命に比べると随分長寿であることが分かり、少し驚く。勿論、人間にしてはだが。魔族の寿命はその十倍を上回る千年ほどと言われている。つまり十四歳である私も普通に生きていけば、後千年ほど生きることになるはずだ。昔はその無駄に長い寿命を呪ったものだが、今はその長さに感謝だ。

 私の切り札の一つである時間魔法。消費魔力が他の魔法の比でない為、実戦で使えるのはせいぜい二、三回程度だ。しかし、それは魔力を消費した時の話。魔法とは魔力の代替になるものを捧げることでも発動させることができるのだ。

 そう、例えば自分の残りの命であったりだ。

 

「どうしたの急に?」

「ううん、別になんでもないの」

「そう? ちなみにここの世界の人たちはどれくらいの寿命なの?」

「……ほとんど『同じ』位よ」

「へー、そうなんだ。異世界でもそこは変わらないんだね。……そういえば後もう一つは?」

 

 そう促され、改めてこの人間の顔を見る。覇気のないひ弱な見た目、しかしその優しそうな表情を。出会った頃は何の変哲もない見た目をした人間だと思っていたけど、今はそれがむしろ愛らしく見えてしまう。

 

「あなたの名前を教えて頂戴」

 

 この質問を聞いた人間は目をまん丸に見開いていく。そして嬉しそうな表情を浮かべた人間は自身の名を口にしていく。

 その名前は異世界ではよくある一般的なものらしいが、あまりにこの世界のものとはかけ離れていた。

 しかし不思議とすぐにその名前を好きになれる自信があった。

 

「……いい名前ね」

 

 そう呟き、私はある魔法を発動させる。それは契約魔法。魔物と人間の間に強固なつながりを実現させる魔法だ。

 この魔法はかつて一体の魔物が一人の人間に恋をし、その魔物が人間を守る為に生みだした魔法だと言われている。その話は物語にもなっており、現世に伝えられている。一度読んだ気がするが結末は忘れてしまった。

 人間から名前を教えてもらうことをトリガーとして発動するこの魔法の効果は様々だ。単純な損得勘定で言えば、魔物側にメリットは一つもない。本当に人間を守ることのみに特化した魔法なのだ。

 人間の魔力が尽きれば、自動的に魔物側から魔力を供給し、ダメージを与えられたらこの魔法を通じて代わりに魔物にダメージがそのまま伝搬する。他にも色々あるが、この二点が何よりも重要なのだ。

 

 これで、私が死なない限り……。

 

 そう思いながら私は再度天を仰ぎ、三つの月を見つめた。その月はやはり静かに私を見下ろしてくるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、言い忘れていたけど、あなた勇者よ」

 

 次の日の朝、朝食を摂っているとアリアからそんなことを言われた。あまりに唐突に、何事でもないように。

 

 ……ゆう……しゃ?

 

 頭の中でその言葉を反芻させるも飲み込めない。

 

「半年後、あなたは魔王軍と戦うことになるわ。だから今日から本格的に魔法と追加で武術の訓練も行ってもらうわ。私も一緒に戦うから安心してね」

 

 矢継ぎ早に繰り出される言葉の全てが理解できない。

 

「ちょ、ちょっと待って!? え、僕が勇者だって!? それに一緒に戦うって!?」

 

 勇者。アニメやRPGでは聞き慣れたフレーズ。しかしそれは自分が住む世界とはかけ離れたものであり、架空の存在であった。

 その後、アリアから詳しく説明は聞いたが、やはり現実味がなくしばらく呆然としてしまった。疑問が山積みだった。

 

 ……僕が、勇者? 

 そしてアリア、君は一体……?

 

「ほらっ! ぼうっとしている暇はないわよ! 早速訓練よ!」

 

 そんな僕に喝をいれてくるアリア。その表情を窺うと、言葉の勢いとは裏腹に安心しなさいと言わんばかりの優しい表情に満ちていた。聖母のようなその姿に思わず見惚れてしまった。僕は無意識に「……うん」と答えてしまう。

 

 その日から、半年に渡って厳しい修行の日々が始まった。

 来るべき魔王軍との戦いに備えて。

 


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