魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第七話

 体内を巡っている魔力を操作し、前方に突き出した手の平へと集めていく。そのまま集めた魔力を保持しつつ炎球を想像し、魔法を発動させる。その瞬間、手の平から半径一メートルほどの炎球が誕生する。そこから放たれる強烈な光が辺りを眩く照らしていく。全神経を注ぎ込み、暴走しそうになる魔力を必死に抑えつつ、なんとか炎球を射出することに成功する。炎球は地面を焦がしながらまっすぐに突き進んでいく。やがてアリアが用意した巨大な岩にぶつかり、小爆発を起こし、あたり一面に砕け散った岩の欠片が飛び散る。その中でも一際大きな岩の欠片がこちらに向かって飛んで来る。すぐさま腰に帯びた剣を抜刀し、その岩の欠片を薙ぎ払う。真っ二つに切れたそれはそれぞれが僕の左右に軌道をずらし飛んでいった。

 

 爆煙が収まり、再び静かな空間が戻ってくる。

 

 ……や、やった。遂に、上級の炎球魔法を習得できた!

 

「やったよ、アリア!」

 

 勢いよく振り返ったそこには、僕と同じように嬉しそうな表情を浮かべているアリアの姿があった。

 

「……ふふ、ちゃんと見てたわよ。やったわね」

 

 出会った時の幼さはこの五カ月間でほとんど消え去り、今では大人の女性特有の落ち着いた雰囲気を漂わせている。身長も以前より伸び、全体的にスラリとしたスタイルへと変貌している。以前は可愛いという表現がよく似合っていたが、今は綺麗という言葉がよく似合う。出会った当初は妹のように見えていたアリアも今では僕と同じくらいの年齢の女性に見えてしまう。

 まるでこの五カ月の間にアリアだけ二、三歳くらい多く年を取っているようであった。実に不思議なことだが、アリア曰く異世界ではアリアくらいの年から急成長するらしい。

 

 

 

 

 

「この五カ月間でかなり強くなったわね」

 

その日の夕食の席で、アリアが僕の方をまじまじと見つめながらそんなことを言ってきた。

 

「アリアのおかげだよ。丁寧に教えてくれるし、魔力をいくらでも使っていい環境を作ってくれたからね」

「……どういたしまして。でも折角この私が褒めてあげたんだから素直に受け取りなさいよね」

 

 アリアは柔和な笑みを浮かべながらも困ったようにそう言ってくる。以前のアリアなら、ふふんと自慢げにしていたのだろう。しかしここ最近はずっとこんな様子なのだ。これも異世界効果なのかもしれないが、見た目のみならず精神年齢的にも飛躍的に成長しているように見える。

 

 そしてこれが原因で最近僕を悩ましていることがある。

 ……こういうのを一種のギャップ萌えというのだろうか? 大人としての魅力を備えつつあるアリアを見ているとやたらと緊張してしまい、まともに顔を見れなくなってきているのだ。そして日に日にその頻度は増えていく始末だ。

 今もまたその波が来ててしまい思わずアリアから目を逸らしてしまう。気を紛らわそうと会話を振ることにする。

 

「そういえば僕に魔力が供給されてるのってどういう仕組みなの? 魔法にも多少詳しくなってきたけど、あれだけ未だにさっぱり分からないんだよね」

「……もう少ししたら教えてあげる。今はまだ早いからね」

 

 アリアはそう言うと、「……というか」と付け加え、ガタッと椅子から立ち上がりこちらに歩いてくる。こちらが何か反応する前にアリアは座っている僕の前に立つとそのまま顔をグイッと近づけてくる。アリアの整った顔を何の心構えもせずにいきなり近づけてくるものだから心臓が跳ね上がってしまう。

 

「……ねえ。ちょっと前から思ってたけど、どうして私から顔を逸らすの?」

 

 アリアの表情を見ると怒っているようだった。しかし、その質問に正直に答えることはできない。それはそうだろう、アリアが綺麗に見えるからだなんて答えられるわけないだろう。

 

「……べ、別になんでもないよ」

 

 アリアを視界に入れないようにそう答える。しかしその返答に対するアリアからの反応はない。気になってアリアの方にちらりと視線を向けると、思考が止まってしまった。てっきり怒りのボルテージをさらに上げてくるのかと思いきや、その逆だったからだ。

 アリアはショックを受けたようにその整った顔をくしゃりと崩し、宝石のような紅い瞳がどんどんと潤んでいくのだ。そして、アリアは震える口を開いてくる。

 

「ど、どうして? 何もないわけないじゃない。私何かしたかしら? もし気に食わなかったことがあるなら言って?」

 

 必死になってそう迫ってくるアリアを見て、経験したことのない罪悪感がのしかかってくる。

 それはそうだ。アリアから見たら急に態度を悪くされたように見えているよね……。

 一瞬、自分自身の中で、男としてのプライドを取るかどうか天秤にかけるも結果は決まっていた。

 

「……その、違うんだよ」

「……違うって何が?」

「……くっ。……だから、アリアが最近、大人びてきて綺麗になったから近くにいるとドキドキするんだよ! だから別にアリアのことが嫌いになったとかじゃないんだよ! むしろその逆というか……。あぁっ、もう僕は寝るからっ!」

 

 僕は何を言っているんだ!? 勢いあまって余計なことまで行ってしまった。

 

 アリアの反応を見る前に部屋を出て、自分の寝室へとドタドタと騒がしい音を立てながら急ぎ向かっていく。その後は、自室の部屋の布団にくるまりひたすら悶える結果となってしまった。

 

 最悪だ。明日どんな顔してアリアに会えばいいんだよ……。

 

 

 

 しかし一時間後。未だに悶々としていた僕の元へアリアの方からやって来た。控えめなノック音に一瞬寝たふりをしようか迷った。しかしこのままでも寝ることができないだろうと考えた。もういっそのこと会ってしまおうと決め、「どうぞ」と答える。どうせ明日会うことになるしね。

 ガチャリと扉が開き、アリアが部屋に入ってくる。僕は布団から出てベッドに腰掛ける形でアリアを出迎える。ちなみに未だに熱がこもった顔を見られるのは嫌だったので部屋の電気は消したままだ。窓から入ってくる淡い月明かりのみが室内を優しく包んでいた。

 

「……あの、さっきはその勘違いしていてごめんね」

 

 アリアの表情は暗がりのせいでよく見えなかったがその声色は恥ずかしさと申し訳なさを含んでいた。

 

「……いいよ、こっちこそごめん。色々心配させちゃって」

「……うん」

 

 そこで会話が途切れ、室内が静寂に包まれる。

 

 ……こ、こういう時どうすればいいんだ?

 

 悲しいかな、女性経験が皆無な僕にはこの状況に対してどう行動すべきか分からない。だが、僕が何かをする前にアリアがゆっくりと僕のベットに腰掛けてくる。僕との距離は近すぎず遠すぎずといった感じに。

 

「……いよいよ、後一カ月ね」

 

 ドキマギしている僕に対してそんな言葉が投げかけられる。アリアが放った言葉の意味が何を指すのかは明らかだった。

 僕が勇者として世界に旅立つ日のことだ。

 

「……そうだね。色々あった五カ月だったよ」

「……本当にね」

 

 再び室内に静寂が訪れるが、今度は気まずさはない。僕と同様にアリアがこの五カ月間を振り返っていると分かるからだ。

 本当にアリアには感謝してもしきれないほど助けられた。

 勇者という世界の運命を担う重大な存在にのしかかる重荷につぶされそうになった時もアリアが支えてくれた。

 僕が魔法と武術の訓練中に根を上げそうになった時もずっと傍にいてくれた。そして、たまの休養日には、一緒に映画を見たりゲームをしたりと共に笑い合い、楽しい時間を過ごした。

 

 そしてこの五カ月の間にここを出てから必ずすると決めたことが二つある。そのうちの一つは今ここで言う事にする。

 

「……僕さ。魔王を討伐して世界を平和にできたら世界を旅しようと思うんだ」

「旅?」

「うん。そこで、元の世界に戻るための方法を探そうと思う」

「……そう」

「……それでさ、もし元の世界に戻る方法が見つかれば、アリアも一緒に僕の住む世界に来てくれないかな?」

「……いいの? 本当に?」

「勿論。……アリアが望むならだけど」

「行くわ。……必ず」

「なら約束だね。絶対に僕の世界に一緒に行こう」

「……うん」

 

 

 

 そしてもう一つ。

 

 アリアをなんとしても守るということだ。

 

 アリアはこの頃、無理をしている。僕の前では元気よく笑顔を浮かべてくれているが、その奥底に隠し切れない疲労が見え隠れしている。

 一度アリアに聞いてみたことがあるが、そんなことはないとはっきり答えられてしまった。

 だがそれは嘘だ。確たる証拠なんてない、ただの勘だ。だが、僕が名乗ったあの夜からアリアの考えていることが何となく分かるようになっていた。アリアが僕のために自分を犠牲にしているということは間違いないと確信している。

 アリアが色々なことを隠していることは分かっている。だがそれを暴くつもりもないしとやかく言うつもりもない。しかし、それが僕の為にとあれば話は別だ。

 勿論、アリアの方が僕よりもずっと強いし、守るなんて言っても笑われるかもしれない。だが、そんな僕でもアリアを守る方法の一つがあるはずだ。もう一つのすることは、その方法を探すことだ。

 

 ……何より、愛する女性を守るのは男の役割だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一カ月、最後の追い込みを終えた僕とアリアは、とうとう世界に旅立つ時が来た。

 


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