魔王の娘であることに気づいた時にはもう手遅れだった件について   作:naonakki

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第八話

 目の前に広がる大量の精霊が渦巻いている鬱蒼とした大森林を見つめ、いよいよかと柄にもなく心がざわついてしまう。

 

 勇者が誕生してから今日でようやく半年となる。

 半年前まで魔王軍によって侵攻され続けていた人類だったが、勇者という希望の光が現れてからの人類の抵抗は凄まじいものであった。我が主であるアルス国王及び各国の王の指揮の元、戦意がどん底から最高潮に達した人類によって、それまでの魔王軍の進軍が嘘であったかのように停滞させることに成功。国によっては、逆に魔王軍を後退させるまで至った例もあるほどだ。

 半年持ちこたえれば勇者が人類の勝利を導いてくれる。そんな共通認識が人類を今日ここまで生き長らえさせてきた。

 

 ……勇者、一体どんな者なのでしょうか。

 

 人類最強と言われている自分ですらここまでの影響力はない。自分ですら成しえないことをやってのけた勇者という存在に興味を惹かれるのは必然であった。

 

 「カロラ様、報告させて頂きます。全部隊の精霊の森の包囲を完了したとの確認が取れました。現状、勇者様の姿は確認できておりません。また魔王軍の姿も確認できておりません。」

 「わかりました、報告ご苦労様です。しかし魔王軍が何もせずに静観することは考えにくいです。引き続き警戒態勢を崩さないように。」

 「はっ!」

 

 この日、人類は精霊の森に1万という大軍を率いて勇者を迎えに来ていた。勇者は強くなるための修行は行っているはずだが、外界と隔絶された空間にいるため、世の中のことには無知なはずだ。最悪、森を出た直後に何も事情が分からぬまま魔王軍に襲撃されるなんて可能性もある。その為、各国の守りが薄くなることを承知で私を含め精兵で構成された軍が派遣された。それほどまでに勇者という存在は重要なのだ。

 

 ……それにしても、やはりセーラが気になりますね。

 ちらりと横目で隣に佇む者へ視線を向ける。

 

 「……ふふふ、ようやく私の勇者様と会えるのですね。あぁ、神様。一度は魔物に捕らわれた身ですがこの日を迎えられたことに深い感謝を。」

 

 群青色の刺繡が施された純白のヴェールと修道服に身を包み、絹のような美しい金色の髪がさらりと風に舞う姿は、まさに神の使いである。彼女は青碧の瞳でここにはいない勇者の姿を捉え、祈りを捧げるように両手を組みそんなことを呟いている。

 セーラは自分と同格の存在であり聖女と呼ばれており、人類の切り札の一つとされている最重要人物である。その最たる所以は人類が歴史上一度も成功させたことのない蘇生魔法を使いこなすという回復魔法について神の領域にまで踏み込んだ偉人とされているからだ。

 アリアとの戦いで魔王軍に捕らわれたセーラだったが、監視の隙を突き、隠し持っていた転移魔法が封じ込められた水晶によって魔王城を逃れられてきたらしい。

 当然、最初は魔王軍の罠でないか警戒した。聖女という人類にとっての切り札を簡単に逃すとは考えにくかったからだ。しかし様々な魔法解析を通じて検査されたが結果は白だった。それでもセーラを人類に迎え入れるか入れないかは議論が繰り返された。罠の可能性が1%でも残っている以上、危険とする意見とリスクを承知でもセーラを戦力として加えたときのメリットの方が大きいとする意見がぶつかりあっていたのだ。結局、セーラは常にある程度実力がある者の監視の元、受け入れることになった。

 

 しかし、こちらに戻って来てからセーラは勇者に異常な執着を見せていることが、個人的には気になっている。本人曰く、捕らわれている時に、『そこから脱し、勇者と共にありなさい』と神のお告げがあり、神によって自分が逃げれるだけの隙を作ってくれたということらしい。

 力のある修道女が神のお告げを聞くことは稀にあることなので、あり得ない話ではないが、何となく胡散臭いと感じてしまう。

 今回も本来ならば、私だけが勇者の迎えにでるはずであったが、セーラの強い希望によって半ば無理やり今回の作戦に参加してきた。

 

 ……まあ、今は私が監視しておくしかありませんね。

 

 そんなことを心の中で呟いた瞬間だった。その時は急に訪れた。

 

 「……っ! ……いよいよですか!」

 「ええ! とうとう勇者様がおいでなさります!」

 

 森中の精霊たちに大きな動きがあったのだ。その動きは大量の魔力の奔流となり、大海の嵐を彷彿させるほどだ。ここにいるだけで、そのあまりの魔力量に肌がびりびりとする。周りに控える兵士や魔法使いたちもその様子に息を吞み、その様子を見守っている。

 精霊は一つの道を作り出すような動きを見せ、自分が立つ目の前にその道の出口を作り出す。聖騎士である私と聖女の元へ勇者を導いてくるのは恐らく偶然ではないだろう。

 

 そしてどれだけ待っただろうか、とうとう勇者がその姿を現した。

 伝承にあった通りのまだ十代後半と思われる青年である。バトラーが着用するような衣服に似たフォーマルな衣服に身を包んだ彼は、人の良さそうな優しそうな表情をしていた。とてもではないが争いが得意そうな人物には見えない。

 

 ……しかし、あの魔力量は?

 

 勇者から感じられる魔力量は小さくはないが、大きくもない。とてもではないが世界を救うだけのものであるとは思えない。精々が半年以上前に殺されてしまった英雄クラスだろう。かといって武術が得意そうにも見えない。

 しかし、そんな疑問もすぐに吹っ飛ぶ。それだけの巨大な魔力を持つ存在を感じたからだ。その正体は、青年の斜め後ろを歩く黒い毛皮に覆われた猫だ。その猫からとてつもない魔力量を感じる。

 

 「おい……あれ猫じゃないか? なんで猫が?」

 「ああ……、いや、目が赤いぞっ!? 化け猫だ!?」

 「な、なんなんだ!? このあり得ない魔力量は!?」 

 

 周りの兵士たちからそんな声が上がり、騒ぎになっていく。かくいう私も目の前の衝撃的事実に驚きを隠せない。

 世界に蔓延る魔物は基本的に魔王の支配を受けている。しかし、限られた二種族はその限りではない。一つは竜族、そしてもう一つが瞳が赤い猫、一般的に化け猫と呼ばれる種族だ。それらは、その強大な力ゆえに魔王の力を持ってしても支配されない種族として知られている。

 化け猫は肉体的な力はないものの、魔法については他種族と比較しても頭二つほど抜けているとされている。かつて化け猫の怒りを買った大国がたった一匹の化け猫によって一夜のうちに焼け野原にされたという伝説があるほどだ。

 魔王軍の今は亡きアリアや幹部のカルラも本気を出すときは変身魔法で竜族や化け猫に変身し戦っていたほどだ。

 

 化け猫の登場に驚いたが、さらに驚くべきはその化け猫が勇者に懐いていることだ。化け猫は、勇者の肩に飛び乗り心を許しているように見える。さらに勇者と共に現れたということは、化け猫は精霊によって隠蔽されていた空間でこれまで勇者と共に修行を行っていたことになる。

 以上からあの化け猫が人類の敵である可能性は限りなく低いと考えられる。

 

 ということは……テイマーですかね?

 

 テイマー、魔物を味方として使役し敵と戦う者をそう言う。勿論、化け猫を使役している者など歴史を振り返ってもいないはずだが。どうやって化け猫とあそこまでの良好な関係を築けたのかは謎だが、これが勇者の力ということなのだろうか。

 

 「あぁ、ようやくその凛々しいお姿を見ることができました。今すぐそちらに行きます。」

 

 セーラはこちらの呼び止める声も聞かずに駆け出していってしまった。仕方がないのでこちらも急ぎ後を追う。

 

 ……まあ、いいです。私は我が主の命令通り、勇者を無事我が国に送り届けるだけですね。

 

 この重要任務を無事に完遂させればまたお褒めのお言葉を頂けるだろう。それを想像するだけで全身がゾクゾクするような感覚に陥る。

 

 

 

 勇者の目の前に立ち、改めてその姿をじっくりと見つめる。

 

 ……本当にその辺の町にいそうな青年ですね。

 

 そして化け猫に視線を移す。近くにいるだけでどれほどの力を隠し持っているのか伝わってくるようだ。しかし化け猫はこちらに興味はないようで、勇者に言い寄っているセーラの方をシャーッと威嚇している。

 

 「……お待ちしておりました、勇者様。私はカロラと申します。あなたを我がアルス国まで送り届ける為、迎えに参上致しました。……セーラ、少し落ち着きなさい。勇者様が困っています。」

 

 出会うや否や、勇者に言い寄ったセーラは勇者の手を取り、切なげに潤いを含んだ瞳で勇者に次々と言葉を投げかけていた。

 

 「初めまして。私は、セーラと申します。この数カ月ずっとお会いしたかったです。勇者様……あぁ、この出会いの場を作り頂いた神に感謝を……。」

 

 一方、勇者は「あ、あの、こ、困ります。」と、あまり女性に免疫がないのか、顔を真っ赤にし、ほとほとに困り果てていた。仕方がないので無理やりセーラを勇者から引きはがすも、セーラの目には勇者しか映っていないようだ。 

 どうしたものかと思っている時、後方からの大声が思考をかき消した。

 

 「敵襲っ!! 魔王軍が来たぞぉ!!」

 

 やはり来ましたか、魔王軍……。

 

 腰に帯びた剣に手を添え、一気に戦闘モードへ移行していく。

 


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