魔女とあるでお   作:シャル・エーカム

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(*´-`)ハジメマシテ
読者の皆様の暇潰しにでもなれば、幸いです。


変人奇人との出会い

 

 

 

 深い森を抜けた先、森の中とは反対の色彩に乏しい景観を見せてくれる寂れた荒地の上を、メスで切り込みを入れるようにほうきが飛んでいます。

 

 だんだんと傾き橙に染まる太陽の光をめいっぱいに浴びながらほうき操っているのは、艶やかな灰色の髪をたなびかせ、揺れる三角帽子を指どり軽く押さえるローブ姿の少女。そのあでやかな魅力は、斜陽を浴びいっそう輝いています。

 

 その少女を一目見たのであればたまらず二度見し、お近づきになりたいと手を降りながらおーいなんて平凡な挨拶を声にしてしまうことでしょう。

 

 

「おーい、そこのほうきに乗る不思議な少女さーん!!」

 

 

 ……きっとこんな風に。何はともあれ、あんな見るからに頭のネジが数本外れたであろう変人奇人すらも魅了する、傾国の美女もかくやといった卓越した美貌を備えながらも才気溢れる彼女は、一体、誰でしょう?

 

 

 そう、私です。

 

 

 さて、もう目の前に例の医療都市があるという山中に入りますが、今すぐにでも回れ右してどこか別の泊まれるところを探すとしましょう。

 

 ここまで来た手前、今から別の場所を探すのは勘弁してほしいところですが、善は急げと偉い人は言いました。全速前進あるのみです。そうして、早速ほうきを回そうとした時に。

 

 

「待って待って!君のような普通の…人からすると、見た目がものすんごく変なのは自覚してるから!頼むから見なかったことにしようなんて考えるのは止めてくれ!」

 

 

 ……止められてしまいました。エスパーでしょうか?私は声が聞こえる程度には近づきます。

 

 別に、無視してしまっても良いのですが慌てふためくその男の服装は、どの地域でも見ることができない珍しいものでした。

 

 宵闇に熔けてしまいそうな色をしたコートに、動きやすそうではあるものの皺が各所に寄って色も落ち、随分古くなっていることが窺えるズボン。よく見れば装飾が凝らされていることが分かるブーツはお洒落ポイントでしょうか。短いマントによって見えにくいですが、上半身には多くのベルトが巻かれており、キチッとしていますね。

 

 もっとも、それらの見る人によっては受け入れられるであろう服装も頭の『アレ』で台無しですが。

 

 

「……自覚しているのであれば、今すぐにでもそのふざけた……とんがり兜を取ったらどうです?初対面の人に対して顔を見せないどころか、つまらない大道芸人ですら被らないものを被るあなたになんて近付きたくありませんし話したくもありません。」

 

 

 『ソレ』に向かって指を差しながら、私は言いました。

 

 『ソレ』は、控えめにいってもふざけている、頭おかしいと形容出来るものです。

 

 首から下のとは打って変わった主張の激しい兜のようなものは、沈みつつある太陽の光を受けて、これでもかと赤銅色に輝いています。きっと、平時であれば目が眩むような黄金に目を奪われること間違いなしでしょう。

 

 それだけでもお腹一杯だというのに、二等辺三角形を思わせる正面からのフォルムが目につき、視界を確保する為の穴すらも無いという、実に奇抜でぶっ飛んだ代物です。

 

 

「?、あぁ、確かに。この金のアルデオも変と言えば変だな。いやはや、これは失礼。一先ず外すとしよう。」

 

 

 三角頭をつけて首を僅かにかしげる動きは、どこかコミカルでした。しかしこの男、きんのあるでお?とか言うやつを一般的な帽子か何かだとでも思ってやがりますね。もしかして私は今世紀一の狂人に遭ってしまったのかもしれません。

 

 そうしてあるでおとその下にある布袋を脱いだ顔は、案外整ったものでした。

 

 精悍ながら若々しい顔つきに、何処か優しさを感じる、物語の月のような青い瞳。服装の雰囲気も相まってか、まるで一風変わった紳士のようです。

 

 人の多い街中に放ったら、あちこちから黄色い声と視線が飛び交い大事になること間違いなしの好青年でした……まぁ、私には敵いませんが。

 

 このまま多少は話をしてもよかったでしょう。しかし、ほんのちょっとのやり取りですが私の頭の中でコイツに対する警戒心は、すでに限界ギリギリまで来ています

 今すぐにでも立ち去った方が良いのでは、とも考えはしましたが言動からするに間抜けそうですし今のところは害は無さそうなので最大限警戒するに留めておきましょうか。

 

 私は、万が一の時にはすぐにでも杖を抜けるようにして、尋ねます。

 

 

 

「それで、私に何の用でしょう?生憎と日が暮れる手前です。用が無いなら失せてください。」

 

 

 それを聞いた彼は、あるでおを抱えていない右手の指を私が通ってきた道に指して言いました。

 

 

「いやなに、ただどこか生活できる場所への道が知りたいだけさ。いつの日か通ったとは思うんだけど、あんまり記憶になくってね。勿論、助けてもらうからには礼をするよ。そうだ、今手元に金貨があるんだが、それならどうだい?通貨としては使えないかも知れないが、換金すればある程度はまとまったお金が手に入るはずだ。見たところ旅人の様だし、ギブアンドテイクとしては、成り立つんじゃないかな。遠慮はいらないよ。人は、助け合う生き物だろ?」

 

 

「………」

 

 

 ふむ、悪くないですね!まぁ、道を教えてあげるだけですし、そこまで言われたんですから、断る方が悪いと言うものです。

 

 なんだ、始めこそちょっぴり変な格好で見るからにヤバそうな人だったので警戒しましたが、話してみればとても良い人ではないですか。人当たりも良いし、なんならイケメンです。

 

 そこまで考えた所で、ひとまず私は彼に道を教えます。

 

 

「この道を先にまっすぐ進むと、私がつい先日まで滞在していた国に着きます。昼前に出たので徒歩だと一日近く掛かってしまうかもしれません。途中、谷の底に流れる川があるので、そこで水を補充したり、魚でも釣ると良いでしょう。近くに動物はいないので、寝床は特に拘る必要なありませんよ。」

 

 

 ちょっとだけ喋り過ぎましたが、これくらいなら良いでしょう。

 彼は大袈裟に礼を言うと、袋の中から無駄に輝く金貨をくれました。それも五枚も。

 

 その金貨は見たことのないものでしたので、通貨としては期待できませんが、これほど輝いている上、何より装飾が素晴らしいので質屋にでも入れれば財布が潤うことでしょう。これで何処かの国でクロワッサンを我慢する必要も無さそうです。

 

 

「それでは、さようなら。日が暮れてしまう前に、私は行きますね。またどこかで会えるといいですね。」

 

 

 そう言って、私は目の前の医療都市に入るため、すぐにでもほうきを前に進めようとします。国や都市によっては、夜だと入るのが難しくなる事があるからです。

 

 

「待った。」

 

 

「ん、どうかしましたか?」

 

 

 待ったをかけられました。つい先程まで間の抜けたような印象の彼でしたが、今では砥石で研いだばかりの鋭利な刃物の様です。尋常ではない空気、というものは本当にあるもので、それを肌に感じます。

 

 彼が、口を開きます。

 

 

「あんな所、いくもんじゃないぜ。たとえほうきに乗る不思議な業を使うような人でも、な。」

 

 

「意味が分かりません。そもそも、私は魔女ですよ?大丈夫に決まっているじゃないですか。」

 

 

 私は、彼の言動に違和感を覚えました。勿論、どうしてあの医療都市に行くのを止めようとするのか、というのもあります。ですがそれ以上に、まるで魔女を、魔法の存在を知らないかのような口振りに、です。

 

 気になって、私は、もしかして魔女を知らないのですか?と、聞いてしまいました。そして、彼の話を聞く限りだと私の予想通り、彼は魔女どころか、魔法すら知らなかったのです。

 

 魔法を忌み嫌う国や地域と言うのは、一応はあります。そのことから、生まれてくる子供に魔法のことを一切教えない事だってあるのです。宗教や伝統的に認められないということもあるにはあります。

 

 でも、一切知らない、と言うのはとても珍しいのです。旅人や商人、新聞や政治運動あるいは物語によってぼんやりとでも、魔法の存在を殆どの人が知っています。

 

 それでも、彼は知りませんでした。私は、魔法が、魔女がどのようなものかある程度伝えます。そして、どうして行くのを止めるのかを聞きました。

 

 

「行って良い思いをするところじゃない。それに、余りに冒涜的だ。」

 

 

 彼から、そんな曖昧な言葉が帰ってきます。冒涜的。その言葉に引っ掛かりを覚えたものの、日は沈みかけており、辺りもぼんやりとした橙が広がる空間から薄暗い闇に覆われる頃になってきました。余り時間はありません。

 

 私は、彼の言葉に対して何も言わず、先に進みました。ここまで来て引き返すなんてあり得ません。それに、私は旅人です。旅人とは自由なものです。誰かに行くなと言われたから行かないなんて、それらしくないでしょう。

 

 最後に、私は振り返りました。特に理由もなく、意味もなく。彼の顔が、表情が、ふと気になったからです。

 

 

 

 

 けれど、

 

 

 

 

 そこには、

 

 

 

 

 ただ、風に吹かれる砂埃と、私によって作り出された影のみが、形作っていただけでした。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 もしかすれば、私はどこかおかしかったのかもしれません。あるいは、黄昏時にナニカを視たのか。

 

 どちらにしても、愉快、とは言いがたいです。確かに彼から貰った金貨は手元にありますし、話した内容も覚えています。では、あれは何だったのか。私が視た彼は、一体全体どういった存在だったのでしょう?

 

 幽霊?白昼夢?それとも、本当に私がおかしくなったのでしょうか。今思えば、あるでおとか言うやつは見たことも聞いたこともありませんでした。もしやあれは、私の魔力によって妄想が現実となったものだったのでしょうか。ああ、でも、そんな話をどこかで聞いた覚えがあります。

 

 しばらく考えている内に、医療都市の入口に着きました。

 

 

「医療都市、ヤーナム」

 

 

 いわくつきの、見るからに巨大な都市の壁を前にして、私は呟きます。

 前の国の人から聞いた話によると、

 

 曰く、山深く誰も行かなかった場所にあり、数十年前に発見された。

 

 曰く、独自の医療技術と技法が発達した都市。

 

 曰く、住民は陰気で、性格が悪く、気味が悪い。

 

 曰く、ここ数年音沙汰がなく、商人も行かない。

 

 といった具合に、中々行ってみたくなる内容でした。がしかし、こうして目の前に来たときに、私はここの異常をひしひしと感じました。

 

 まず、門番が居ません。通常、門があれば門番が居て、彼らが不届き者を入らせないようにするはずです。でも、門番は居ませんでした。

 

 次に、門がほんの少し、人一人分だけ開いているところです。これだと、どうぞ入ってきてくださいと言っているようなものです。あり得ません。盗賊やならず者に入られることを考慮していないのでしょうか。

 

 私は、既に滅んでいる可能性を考慮していました。この場所は深い山奥で、言うなれば終点なのです。そんな都市で、ここ最近は音沙汰なし。そう考えないほうが不自然です。

 

 ……そういえば、例の、あるでおの人はこの都市から外に出た住民の一人なのかもしれません。

 

 もしかしたらこの世のものならざるものかもしれませんが、彼はこの都市のことを知っているような口振りでした。つまり、この都市に暫くは居たはずです。少なくとも、『冒涜的』とまで言えるほどには。

 

 恐る恐る、門の隙間から中を覗きます。

 

 次の瞬間、脊椎の上から波のような震えが襲いかかって来ました。

 

 それは、理解したからです。理解してしまったからです。この都市は、既に手遅れである、と。たとえかつて医療が発展していた都市だとしても、門の向こう側に立派な時計塔がそびえたつような、巨大な都市だとしても。

 

 覗いた先には、微妙に色の違う石が敷き詰められ出来た美しい幾何学模様がいくつもある広場がありました。陰気だったとしても、人々が憩いの場として利用していたであろう証拠に、ベンチや整備されていたであろう草木が僅かに残っています。

 

 数多くの異邦人を迎え入れたであろうそれは広く、異国の風情を感じる広場です。

 

 しかし、あちこちに火がくべられた跡や赤黒く変色した血痕が飛び散り、1mもない爛れた肉塊が無作為に捨てられ、何かに向かって礼拝をしたままの人間だったモノが並び、崩れかけの木箱や、角に血の付いたヒビの入った石レンガが一ヶ所にまとめて置いてある様子は、誰がどう見ても、滅んでいる、と言うことでしょう。

 

 ふと、先ほどの彼が言った言葉が思い出されます。

 

 

 

『行って良い思いをするところじゃない。それに、余りに冒涜的だ。』

 

 

 

 冒涜的。まさにその通りだと、私は来たことを後悔しそうです。

 

 国が滅んでいた、なんてことは珍しくありません。残念ながら、何らかの要因で人が居なくなったり、亡くなってしまうなんてことは、良くあることなのです。

 

 そんな中でも、ここヤーナムは余りにおぞましく、まさに冒涜的でした。

 

 何故なら、広場の更に奥、メインストリートなるところには、巨大な磔に縛られたこれまた巨大な"獣"が炎によって焼かれ、それを"市民のようなもの"が鍬やサーベル、松明を手にそれを取り囲み、うわ言を垂れていたからです。

 

 それだけならば、都市に災いをもたらす化物を皆で退治しただけに見えなくもありません。問題は、彼らの様子です。

 

 遠くからでも、炎や松明で照らされた焼け爛れた肌やまるで溶けてしまったかのような開かれた瞳孔がよく見えます。一人一人の格好も不恰好で、穴だらけ、灰まみれであることが目立ち、どう見ても、この世のものとは思えません。

 

 腕にまでくる震えを無理にでも抑え、私はすぐにほうきに乗って来た道を戻りました。一度通った道ですし、何より一刻でも早く遠ざかりたい、という思いでした。あれは、私の手に負える範疇にありません。

 

 私は魔女で旅人ですが、それ以前に、一人の美少女です。力不足で出来ないことも沢山あります。

 

 それを私は知っていました。だからこそ、私は逃げたのです。弱さの証を、これでもかと噛みしめて。時には、目を背けなくてはならないこともあるのです。

 

 ぼんやりとほうきに乗りながら、私はこの時の事を誰にも言わないと誓いました。このあと出会うことになる人たちにも、私の先生や両親にも。そして、日記に書くこともありませんでした。きっと、それは見てはならないナニカだったのでしょう。

 

 ところで、彼の『冒涜的』とはあれだけなのでしょうか。彼は何らかの方法で姿を眩ましました。彼を信じるならばそれは私の知らない業であり、彼は多くの謎を秘めているようです。貰った金貨は本物であり、彼の立っていた所は僅かにではありますが足跡がついていたので、確かにあの時、あのあるでおを被った不思議な人が存在していたことは間違いありません──

 

 

 いったん、考えるのはやめにしましょうか。

 

 

 

 すっかりフクロウが狩りを始めた頃、一人の少女がほうきに乗って、木々生い茂る森の上をいつもより心なしか焦るように飛んでいました。

 

 眠たげに時折パチクリさせられる瑠璃の瞳で、どこまでも続く森の地平線を見据えている彼女は、一体、誰でしょう?

 

 それは、願わくばどこかで、もう一度だけ、彼に、あるでおの人に会ってみたいと思う、私なのでした。

 

 

次話は、あるでおの人の視点とイレイナさんの視点どっちがいい?

  • あるでおの人
  • イレイナさん
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