魔女とあるでお   作:シャル・エーカム

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狩人の旅立ち

 

 

 早い話、獣の病とは、獣性を抱える人間ごときが、より高次元的な存在、上位者に触れ、そればかりか至ろうとしたとした事への罰であり、正しく『天罰』なのだろう。

 

 人は人であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。だからこそ、たとえ禁忌を犯したとしても、手に入るのは呪われた力と忌むべき姿だったのだろう。

 

 私は獣狩りの狩人として、獣の病を引き起こしていた原因と考えられる上位者、『青ざめた血』こと、月の魔物を狩った。その後、なんの因果か上位者の赤子となり、真に上位者として覚醒してからは、獣の病を過去にするために努力したものだ。しかし、どうやってもこの世から完全にそれらを消し去ることは不可能だった。

 

 解決法は、ないかと思われた。呪いの根源を亡くしただけであり、生きとし生けるものを蝕む呪いがなくなったわけではない。現実世界だけでの収束は、困難を極めた。

 

 だからこそ、悪夢(この世ならざる世界)に全てを押し付けて解決を図った。上位者として幼少期を過ごし意識が覚醒するまでに数十年かかったが、それでもなお未だにヤーナムは獣の蔓延る土地だった為、現実世界だけで解決するのはほぼ不可能と考えたのだ。

 

 神秘の世界と融和してしまったヤーナムでは、複雑に絡み合った冒涜の業とかつてヤーナムで好き勝手していた連中の残滓から数多の悪夢が産まれていた。現実と神秘が入り交じりった青ざめた世界では、たとえ神秘を取り除こうと、最早修復は不可能だったのだ。

 

 たとえ供給を絶ったとしても、変質したモノはが戻ることはなく、それ故に悪夢を一つの世界とし、そこに罪を、咎を、人の業を流そうとした。

 

 結果的にそれは上手くいった。上位者としての力をフルに活かして枝分かれしてしまった悪夢を統合し、それらの創造者、このような言い方はあまり好ましくはないがつまり、『神』として君臨したのだ。

 

 そうして創られたこの『終焉の悪夢』は、悲惨な最期を迎えることが約束された世界だ。そこにいる生命は、人間の冒涜の証。時間が流れ、活動を終えたならばその血に宿る遺志のみが神に還る。

 

 あとはひたすらに待つだけだった。神として君臨している以上、別の場所に行くことも出来ない。誰からも謳われることのない生命へのせめてもの餞に、こうして待つことくらいは出来るだろう。

 

 そうして気の遠くなるような時が過ぎたとき、遂に最後の一匹が倒れ、力尽きた。それは奇しくも、獣狩りに身を費やし身を堕とした教会の聖職者の獣だった。

 

 最も恐ろしい獣は、果たして私と彼、どちらなのだろうか?

 

 終焉の悪夢の中にある在りし日のヤーナム、その門を今、開いた。

 

 この門は現実と夢との境界であり、ここを神として君臨する者が開くということは、すべてを無に帰し、終わらせるということだった。

 

 重く荘厳な門が、ゆっくりと、僅かに開く。この瞬間、悪夢は、世界は、終わりを迎えたのだ。何千年と君臨したこのクソッタレな神としての故郷に、俺はさようならを告げた。それは、まさしく新たな人生の始まりだった。

 

 

□□□

 

 

 重々しい闇を纏った門を開けそれを見たとき、涙が止まらなかった。もうボロボロと頬を伝ったものだ。

 

 それ、とは太陽のことである。もう何千年と日の光を浴びていなかったものだから、つい舞い上がってしまった。

 

 あの世界での光源と言えば、様々な悪夢の統合という歪極まりない行為によって産まれた丸い球体であり、それは溶けた瞳孔のようにも見えたし、あるいは上位者ゴースの顔にも見えた。青白い光を世界に振り撒き、常に辺りを照らしていたそれは太陽とは似ても似つかない。橙のような温かさを感じる太陽とは正反対の冷たい青ざめた光だったが故に、気分的にも落ち込みがちであった。

 

 判断を誤ったのではないか、もっと別の方法があったのではないか、もっと慎重になるべきではなかったのか、もっと、他に、何か、別の……そんなもしもの可能性を、考えるだけ無駄な事をそれこそ何万と繰り返したものだ。

 

 たとえ上位者の仲間入りしたとしても、今は動けるようになったばかりの子供なのだ。そんなものが人間時代を遥かに越える知性を持つなど不可能だし、思考力こそ上がりはしたが、所詮はそれだけだった。むしろ悩み事が増えただけで、決して上位者とは神でも全知全能の生物でもなかったのだ。

 

 そんなことは、何よりも自分自身がとうの昔に分かりきっていたというのに。 

 

 どれ程の時間が経っただろうか?数時間か、あるいは数秒だったかも知れない。真に美しいものを観たとき、人は思わず呆けるものだ……例えそれがまやかしであろうとなかろうと。

 

 振り返れば、魔都ヤーナムに似た悪夢が視える。どれ程ここにあったのだろうか。というより何故現実世界であるはずのここに、これがあるのだろうか。

 

 恐らくは血の遺志に依るものだろう。神と言えど、全ての遺志を回収することは出来なかったらしい。その結果、悪夢に遺志が残り、それが現実世界に文字通り、垂れていた……と考えられる。

 

 もしかしたら、垂れた血の遺志によって帰ってくるよりもっと前からここにあったかも知れない。

 

 さて、神の座を降り、あの悪夢から出たは良いものの、これからどうしようか?

 

 唯一帰るべき場所である狩人の悪夢(マイホーム)も他の悪夢と共に統合したため、帰る所は、もうないだろう。

 

 上位者と言っても、もはや力は無いに等しい。かつての狩人としての呪われた力である血の遺志を操り身体能力を底上げしたり、持ち物を血の遺志に変換し持ち歩く能力と、血を浴びることで傷を再生させる『リゲイン』くらいしか使えないだろう。

 

 まったく、ここまで上位者らしい神秘が薄れれば、殆ど人のようなものではないか。

 

 俺としては全然構わないが……元々は獣狩りの夜を終わらせるために上位者となったのだ。これくらいは痛くも痒くもな……い……???

 

「へ?」

 

 そんな、普段では考えられもしないような間の抜けた声が、つい発せられた。

 

 ちょっと待て、なんだあれは?

 

 視線の先には、ほうきに乗って空を飛ぶ美少女がいた。

 

 

□□□

 

 

 いや、おかしいだろう。なんだそれ。ほうきで?空を飛ぶだって?まるで魔女狩りの時代にまことしやかに囁かれた魔女のようだ。

 

 だが、そんなことはあり得ない。俺自身、魔法や魔術に対しては、確かに不可能を可能にする、そんな夢のような、漠然とした『理解不能』の部分を強く押し付けている所はあった。

 

 神秘を介することが多い秘技も魔法のようなものではあるが、あれは原理こそ簡単に理解できる。

 

 もっとも、上位者たる啓蒙的な者しか視れないものを先ず理解しなければならないが……

 

 摩訶不思議過ぎて、つい手を振って灰色の髪を持つ美少女を呼び止めてしまった。

 

 が、結果はどうだ?

 

 なんということでしょう。何だかヤバい奴を見る目を俺に向けて、魔都ヤーナムに一瞥をくれてやると、そそくさと方向転換しようとするではありませんか……

 

 その理由は、何となくだが分かってしまった。ほうきに乗り空を飛ぶ理由、原理こそ分からないが、恐らくはこの格好のせいだ。まだヤーナムで狩りをしていた頃の服装のままなのだ。カーボン色のコートに短いローブ、ズボンにブーツ。全身真っ黒の変人奇人の出来上がりだ。

 

 美少女の格好から推測するに、さぞヤーナムの狩り装束は珍しいに違いない。

 

 ほうきで空を飛べる理由やどうやって飛んでいるのかを聞きたい、というのもあるが、やはり何千年ぶりに人と話してみたい、という欲求がある。

 

 なんとかして必死の思いで引き留めたが、随分と無様を晒すことになってしまった。どこかで挽回しなければなるまい。

 

 うん?え?何?ふざけた……兜だって?そんなもの誰も着ける訳……あっ、ふーん。

 

 着けてたわ……これは不味い。穢れた女王の血族を狩る処刑隊、その一人であるアルフレートから受け継いで以来、金のアルデオ(三角コーン)をずっと着けていた為に感覚が麻痺していたが、これだけでも充分過ぎるくらいに珍しかった……

 

 謝罪し、すぐにアルデオを取るが、めちゃくちゃ警戒してる。話しかけてくれてはいるが、すぐにでも襲えますよオーラが出てる……

 

 これが殴る蹴る等の暴力や武器で狙いを着けて襲ってくるだけならまだしも、相手はほうきに乗って空を飛ぶ未知満載の美少女だ。これは気を置いておく必要があるかな。

 

 一先ず、得るべきは情報だ。この警戒心MAXの状態にほうきがどうとか言うと引き留めたのにスッと居なくなりそうだ。それだけは避けるとしよう。

 

 ここは、近くの街か国への行き方を聞いておくとしよう。見たところほうきに乗って来たようだし教えてくれないことも無い筈だ。

 

 さて、こういう場面では一応元人間として、ギブアンドテイク的にも何か対価を渡すべきだろう。ふむ、何が良いものはないか。遺志に変換しておいた持ち物をざっと確認する。

 

 輸血液か水銀弾……は止めておこう。鎮静剤……人血の類いだ。飲ませるわけにはいかない。カインハースト(穢れた血族の本拠地)への招待状、はないな。うん。他にも色々と探してみるが、どれもこれも呪われた品であるため中々贈り物になりそうな物は無い。

 

 なんだ、碌なものが入っていないな。こんちくしょう。

 

 ふーむ、どうしたものか……ハッ!

 

 正しく天啓が下りてきた。それを理解したとき、初めて啓蒙を得てあの人形を見た時のような衝撃が脳の瞳にまで届くようだった。

 

 そうそれは……輝く硬貨!そうだこれがあった!何というマッチポンプだ素晴らしい。輝くだけの金貨ですっかり青ざめてしまったヤーナムにおいては目印として使えるか否か、といった物だったが、キラキラ輝くものに対して関心が強い現実世界においては相当な貴重品となり得るだろう。まぁ、本当に貴重品で価値があるかどうかはまったくの謎であるが。

 

 そうと決まれば話しは早い。

 

 早速情報と金貨のトレードを申し込む。断られたらかなり辛かったが、思いが通じたのか即答してくれた。この調子なら、無事教えてくれそうだ。というか物凄く目が輝いていないか?瑠璃色の知性を感じるその瞳から、今にもるんるんという効果音が聞こえてきそうな程だ。

 

 ……今後のことも考えて金貨は一枚の筈だったが、気付けば五枚渡していた。

 

 美少女、恐るべし……

 

 ただ輝くだけで全く役に立たなかった物なので、目の前の美少女を笑顔に出来ただけよかったかもしれない。

 

 その美少女は、懇切丁寧にこの先にある国への道を教えてくれた。ただ道が知れるだけでも僥倖といったところだったのに、道中の情報も話してくれる。なんだ、めちゃくちゃ良い子じゃん。

 

 どれだけ良い子なんやと心の中で彼女に対する好感度がドンドン上がっていたところに、急降下爆撃機による絨毯爆撃が行われた。

 

 そう、別れの言葉を告げて、足早に俺がついさっきまで居た悪夢に行こうとしているのだ。

 それはまずいと、すぐに待ったをかける。

 

 よもや止められるとは思っていなかったのか、怪訝な顔をした彼女がどうして、と理由を尋ねてくる。どうしても何もあそこは呪われているため、命の保証はどこにもない。例え空を飛ぶ不思議な美少女であろうと、だ。

 

 適当に理由づけして行かないように促す。半分脅しのようにも聞こえてしまうが構っている場合ではないだろう。

 

 そんな風に思っていると、彼女は面白くなさそうな顔をして、私は魔女だから大丈夫です、といった内容を自慢げに、胸を張りながら話した。

 

 魔女?彼女がほうきに乗って飛ぶ、少なくとも今の時点では理解不能な存在であることには間違いないが、あの魔女だろうか。不思議に思っているところ、彼女が、もしかして魔女を知らないのですか?と尋ねてきた。

 

 それからの時間は、未知が既知に塗り替えられる実に充実した時間だった。上位者の本能なのか、無駄に知識欲だけはあるもので、矢継ぎ早に質問をした。

 

 どこかにあるスイッチが入ったのか、この世界にある魔法やそれらを操る者達、特にその最上位に組する魔女については相当に熱弁された。だが、そんな時間も、不思議と不快ではなかった。

 

 それは、記憶に残る中では、初めての経験だったから。

 

 私が病棟で目覚めたとき、既にそれ以前の事は覚えていなかった。腐臭と冒涜が獣の首と共に転がるヤーナムを駆け抜けたことで、非常に濃厚な知識を得、その果てに上位者となったが、それでもなお、以前の記憶だけはどうしても思い出せなかった。

 

 狩人となったから忘れたのか、忘れたからこそ狩人となったのか、それは、これからも分かることはないだろう。

 

 とにもかくにも、誰かにこのようにまったく知らない知識を教えてもらう、というのは、初めてのことだ。ヤーナムでは、助言者が曖昧ながらにヒントをくれ、それをもとに真実を導き出したし、上位者となってからは殆ど全ての知識が頭の中に詰まっていた。このように、一対一で、こちらが理解できるまで教えてもらうという経験はなく、だからこそ、こんなにものめりこんだのだろう。

 

 彼女には相当に感謝しなければならないだろう。初めは少し話してみようという感覚だったが、このよく分からない世界について沢山話してくれたのだから。

 

 そうこうしているうちに楽しい時間は終わり、彼女から、どうして魔女の私を止めるのか、と、そんなことを言われた。

 その言葉に、先ほどよりも柔らかい口調で、反応する。

 

「あんな所、いくもんじゃないぜ。たとえほうきに乗る不思議な業を使うような人でも、な。」

 

 だが、もっと強く言っておくべきだったかもしれない。彼女は、どこか呆れたような視線を向けると、特徴的な、それこそ魔女を思わせる三角帽子を押さえてほうきを前に向け、行ってしまった。

 

 このままでは、きっと彼女はあの冒涜の証を。負の遺産を目のあたりにしてしまうだろう……うん?でも、今のあれを見たところで、そんなに悪影響があるだろうか。よくよく考えれば、あれは血の遺志の残り香のようなものだ。本体は既に閉じられており、あれもじきに消えてなくなるだろう。まるで夢のように。

 

 あれはとてつもなく抽象的なのものなのだから、大して気にすることはないのではないだろうか。

 

 それに彼女は魔法使いの最高位、魔女だ。きっと俺が見たこともないような技であの程度のならば蹴散らせるだろう。

 

 そんな、『普通の人』への配慮に欠けていると言わざるを得ない考えを、まとめて宙に放り投げる。

 

 さて、早速だが、知識欲の赴くままに、彼女から教えてもらった国に行ってみるとしよう。どうせ上位者としての力はほぼ行使できそうにない。ならばすぐにでも行動を起こすべきだ。彼女も今はこちらを向いていない。移動するなら絶好のチャンスだろう。

 

 懐からおもむろに『狩人の遺骨』を取り出し、水銀弾を触媒に使用する。この秘儀は、高速で移動することを可能にする≪加速≫を習得した古い狩人の遺骨に微かに残る遺志から力を得る秘儀である。

 

 そうしてそこから俺は音もなく立ち去った。この世界には、魔法やそれを使う者がおり、知らないことに満ち満ちている。であれば、それを知りたいと望むのは当然とはいかなくとも、この世界を回る理由づけにはなるだろう。最早狩人としての役割は世界に残っておらず、上位者としても、人としても半端者だ。

 

 であればせめて、今目にしているこの世界を、見てみることくらいは、許されていいのではないだろうか?

 

 

 

 俺はこの日、旅に出た。神としての役割を終え、やっと戻った現実世界は、知らないことで溢れていていた。まったく違う世界といってもいいだろう。きっと、楽しませてくれるに違いない。

 

 

 

 後に残ったのは、ついさっきまで立っていた証である足跡と、風に吹かれて舞い上がる砂埃だけだった。

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