伏黒甚爾の逆行奇譚   作:ぴーなつ

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3.決意

五条悟が、沖縄に来たのは何も遊びに来たわけではなく、天内理子と黒井美里の様子を見に来るためであった。

理由は分からないが現在、天元様は安定している。彼女たちが高専に血眼になって探されるという事もないだろう。しかし、盤星教を始めカルト団体、呪詛師など敵は多い。夜蛾の言う“抹消”を行った後は、五条と夏油で彼女たちをそれとなく守ってきた。

 

五条は自身の性格が捻くれで、一般的にみて悪い部類に入るという事は自覚している。しかし、くそったれた運命から逃れ、普通の暮らしを享受していこうとする彼女たちの幸せを願うくらいの人間性はあるのだ。

 

五条ですらそうだった、だから根が甘ちゃんで優しい夏油がどんな気持ちで彼女たちを見ていたかなど言うまでもない。

だから、五条悟は遠路はるばる真夏の沖縄にわざわざ来た。夏油が非術師を殺しまわって術師の保護を行っているのは調べで分かっている。夏油は必ず、天内理子の下へと来る、これは確信であった。

 

それはそうとして、夏油が来るまで四六時中緊張しっぱなしなのはいただけない。こういうのは適度に息抜きをする方がいいのだ。かつて、4人で青春を謳歌した甘美な記憶を思い出しながら、今度は3人で海へ向かった。

天内と黒井には、夏油の事をまだ説明できていない。自身の中でもまだうまく咀嚼できていない出来事を、どのように口に出していいか五条は分からなかった。

 

灼熱の太陽も、海辺の心地よい風も、夏油と二人と楽しんだあの時と何も変わっていない。それでも、逆さまのように五条の心はどんよりと曇ったまま、なぜ、という気持ちでいっぱいであった。

しかしそうは言っても二人に弱い所を見せられなかった五条はなるべくいつも通りを振る舞った。

 

 

「ねぇ、黒井。あの子たち二人だけなのかな?」

「周りに大人がいないので、多分そうなのでしょう。」

「それじゃあ、一緒に遊んでもいいか聞いてみる!」

 

そう言って子ども二人に話かけた天内につられて近づいた五条は目を見開いて少年の方を凝視した。詳しくは見えない、まだ自身の力を自覚してそう時間も経っていないのだろう。だが、天内が話かけた少年は明らかに“持っている側”の人間であった。

 

なぜこんな所でと思いつつ、今の内に粉をかけるべきか悩みながら自己紹介をした。

しかしすぐに五条は天内に巻き込まれて子供たちと砂遊びを始め、先ほど頭によぎった事など忘れた。五条悟がクズだとか、ちゃらんぽらんだとか言われる所以である。砂を固め、城を造形していくのは意外と難しく、五条は誰よりも作業に没頭した。

 

 

「何やってんだ、恵、津美紀。」

 

子ども二人の親だという男が近づいてくる時、五条はその男に警戒を向けた。敵意はない。だが気配が非常に薄く、六眼でも簡単にその存在を悟らせなかった。

 

本来は、こんな日光さんさんの真夏のビーチで出会うような人間ではない。それこそ、血と呪いに塗れた戦場こそふさわしい、口元に傷のある男を見つめながら五条は頭をひねった。

 

手に持つ物は焼きそばとコーラ、ビーチサンダルに水着姿でTシャツを羽織っている。どこからどう見ても恰好だけならビーチを楽しみに来た観光客である。

言い知れぬ違和感に襲われながら、子ども二人と黒井との会話が終わるまで五条は大人しく待った。

 

「アンタ、どっかで会ったか?」

「…気にすんな、俺も苦手だ。男の名前覚えんのは」

「五条悟。オトウサンは?」

「伏黒甚爾だ。テメエにそんな風に呼ばれる謂れはねぇ。二度と言うな、ぶっ殺す」

「はぁ?できる訳ねえだろ。」

「どうだかな、次は分かんねえぞ」

「意味分かんね。」

 

微かにではあるが見覚えがあるような気がして、五条は男に問いかけた。まるでこちらを知っているかのような男の様子に五条は余計に困惑した。

 

一方、甚爾は五条を一瞥し面白くなさそうな顔をして喧嘩を売ってきた。その甚爾の明らかな喧嘩腰にイラついた五条は、彼の発言に噛みつき、結果として険悪な雰囲気になった。

その後殴り合いに発展するなんて事はなく、甚爾は五条との会話に飽きたようで犬でも追い払うように手を振ってきた。

煽ってきたのはそっちだろうと五条の額に青筋が立ったが、一応暫定一般人である目の前の男を殴り掛かるわけにもいかない。どう見たって一般人ではないが、疑わしきを罰せず、五条は心を広く持つことにした。

 

そして当の甚爾はというと、五条たちが再度砂遊びを始めるのを横目で見ながらパラソルの下横になり、いつの間にか寝る体制に入っていた。

 

「恵君、津美紀ちゃん。君らのお父さんっていつもこんなんなの?」

「そうだよ」

「どうしようもねえ父親だな」

「あぁ、クズだし本当にどうしようもないろくでなしだ」

「まあまあ、お二人ともその辺でやめときましょう。喉乾いてませんか?買ってきますよ」

「俺も行きます」

「それじゃあ恵君も一緒に行きましょう」

 

そう言い残し、黒井と恵は屋台の並ぶ方へ向かっていった。

五条達が遊んでいる場所から屋台は少し遠く時間がかかる事は分かっていたが、30分経っても2人は帰ってこなかった。それを心配した五条と天内は、津美紀を父親の側に置いて2人を探しに向かうことにした。

 

そして、二人を探した先で見つけたのは、間違いなく夏油傑の残穢であった。一か所だけに、五条に此処に来た事を知らせるかのように残っていたそれ以外には、他に何の痕跡も残っていない。

 

「クッソやられた!!!」

「ねえ、恵君と黒井は!?」

「傑に攫われた」

「なんであの人がそんな事をするの?」

「……ごめん。うまく説明できないと思って逃げてたけど傑は……」

 

五条は天内と目を合わせる事も出来ず、夏油が非術師を虐殺し高専を裏切って逃亡中である事を説明した。

何かの勘違いではないのかと言い縋る天内に、それを一番信じたいのは五条だと思いながらも否定した。

涙目になった天内は五条に何かを言いつのろうとしたが、口を閉じ言葉を飲み込んで、拳を握りしめた。そして、手を開いて自分の頬を両手で叩いた後、五条に喝を入れてきた。

 

「とりあえず!!今は黒井と恵君の救助が優先!!違う?」

「……ああ、その通りだ。」

「それじゃあ、急いで黒井達のとこに向かわないと!」

「いや、一回津美紀ちゃんとこに戻るぞ。あのオッサン、ろくでなしだけど多分強い。俺も、天内守りながら傑相手に人質奪還はキツいからアイツも連れていく。」

「甚爾さん強いの?術師の人?」

「何者かは分かんねえ。でも、確実に只者じゃない。」

 

パラソルの下でくつろいでいる甚爾の横で、津美紀は大人しく座って五条達の帰りを待っていた。一緒に恵たちの姿が無い事に気付いた津美紀は不安そうな顔をして、五条達に何があったのか尋ねた。

そして恵が攫われた事を聞き、顔を青くした後に父親を文字通り叩き起こした。結構な力で叩かれている甚爾はというと、ゆっくりと目を開け、様子のおかしい津美紀に気付いて真剣な目で何があったか聞いた。

 

事の顛末を聞いた後、五条の方を見た甚爾の顔には、何でオマエが居て誘拐なんておきんだよ、と書いてある気がした。

恨みがましい目を向ける甚爾に、五条は子どもの面倒みるのは父親の仕事だろとか、責任転嫁すんなとか心の中に浮かぶ言葉はあったが何も言わなかった。少なからず罪悪感をおぼえていたからだ。

 

そして、五条家を知っている甚爾の様子を訝しんで、五条はサングラスを外しもう一度甚爾をしっかりと観察してみた。

先ほどはあまりにも男に似つかわしくない真夏のビーチスタイルに困惑し、きちんと気付けなかった。しかし今は甚爾の呪力が一般人より少ないどころか、完全に0である事を六眼は示している。

それに既視感を覚えたので、再度記憶を洗ってみたがうまく思い出せない。

 

釈然としないまま、津美紀を抱きかかえた甚爾を夏油の残穢が残る誘拐現場まで連れていった。甚爾がその一帯を見渡した後、ついて来いと言われるままに五条たちは車に乗りこんだ。

 

そして敵が誰か、なぜこんな事になったかを甚爾に説明した五条であったが、反応は非常に薄かった。

敵の情報以外本気でどうでもいいらしく、無表情で車を走らせる甚爾に五条は内心面白くないと思いながら会話を続けた。

だが、バックミラー越しに津美紀の様子を見たり、恵の無事を伝えると少し目の色が変わったところを見るに甚爾なりに家族を守ろうとしているようで五条は何とも言えない気持ちになった。似合わな過ぎて鳥肌モノである。

 

そして、そうこうしているうちに、五条の携帯が鳴った。無機質な着信音に五条は深呼吸をして画面を見た。そこに浮かぶ馬鹿野郎の文字に怒りや悲しみ、形容しようがない様々な感情が湧いてくる。

電話を取ると、こちらが何か言う前に夏油は居場所と人質の無事を淡々と伝え、それと待っているの一言で電話を切った。

 

──訳わかんねえ、一体何なんだ。オマエは何がしたいんだ。

 

叫びだしたい気持ちを抑えながら、両手で頭をかきむしりうなだれた。夏油の声を聞いて、五条の脳内には楽しかった思い出ばかりが浮かんでは消える。夏油は、違ったのだろうか。非術師の虐殺なんて、それを捨ててまでやりたい事だったのだろうか。

 

心の整理はつかずとも、やらなければならない事はある。甚爾と役割を分担し、五条は護衛役になった。本当は、真っ先に殴り込みに行きたかったが、人質に気を割けるほど精神的な余裕がないのくらい自覚している。

それくらいだったら、横の甚爾にさっさと人質を保護しに行ってもらった方がいいと我慢した。どうせその後、夏油は天内と五条に会いに来る。

 

そして、夏油に指定された場所に着くと五条は唇を噛み締めながら甚爾が中に入っていくのを見送った。

甚爾は気配を消し、感知用の結界を何も無かったかのように素通りした。それを見た五条は驚き、つい、意味分かんねえとつぶやいた。

 

「お父さん、恵……」

「大丈夫、どっちも無事に帰ってくるよ。だから、しばらくは私達と此処で待ってよう」

 

五条の背後で、天内が津美紀を宥めていた。そしてその言葉通り、あっさりと甚爾は人質二人を担いで帰ってきた。時間としては5分も経っていないだろう。

二人の無事にひとまず安心したが、夏油が目の前の男に簡単にしてやられたことに五条は複雑な心境に陥った。こんなヤツに簡単にやられてんじゃねぇよ、という本音を飲み込みはしたが顔には全面に出てしまい、舌を出し表情を崩した。

恵と黒井の様子を見る限り、甚爾が殺しを行ったわけではなさそうなので、夏油はこれからこちらに向かってくるのだろう。

 

「黒井!!無事でよかった!!」

「理子様…心配おかけしてすみません。」

 

そして、拘束を解かれた黒井に泣きながら抱きつく天内を見つめて、五条は目を細めた。夏油が守りたかったのもこの光景のはずだ。それなのに、うまくなんて行くはずないのに、天内と黒井を勧誘しに来た夏油に五条は唾でも吐き掛けたい気持ちであった。

 

一方、伏黒一家も同じような状況であった。父親に必死にしがみつく子ども二人に、甚爾の方はというと無表情で心此処にあらずという感じで、遠くを見つめていた。

だが、表情とは異なり腕はしっかりと二人を抱き留めている。まるで、頭と身体がちぐはぐだ。

そして甚爾は無表情から一瞬、苦しそうな表情を浮かべた後、目を閉じ二人を抱き寄せていた。

 

 

 

 

 

 

感動の再会に水を差すのは分かっているが、それどころではないので五条はさっさと甚爾に護衛役を押し付け、夏油の到来を待った。

 

黒い帳が消えていき、夏油の姿を視界に収めた瞬間、言いたい事が心にあふれすぎて、五条は言葉に詰まってしまった。結果的に最初に話かけてきたのが夏油であった。

 

「久しぶり、元気してたかい?悟。」

「……っオマエ何考えてんだ!!説明しろ!!」

「気づかないふりはやめなよ。本当は分かってるんだろ?私は非術師が嫌いだ、憎い。だからあの村の連中も、自分の親ですら殺したんだ。」

「オマエの私情で大量の人間が死んだんだぞ!!本気で、本心で言ってんのか!?」

「私の目指す世界に非術師は必要ない、心からの本音さ。それと、これは私情じゃなくて、大義だよ。」

 

大義だとか、正義だとか、意義だとか、目の前の男はそういう綺麗事が好きであった。クズなのに真面目とか勘弁してほしい。全ての出来事を真正面から受け止めすぎなのだ。

 

だが、夏油はもう覚悟を固めたようであった。五条の言葉はもう届かない。

弱きを助け、強きを挫く。かつて聖人のようなご高説を五条に垂れてきたのは誰だったのか。

夏油の非術師への憎しみは、もう止まらない。彼の目指す理想郷を実現する目標から逃げる事もないのだろう。夏油傑と五条悟は親友だ、だからこそそれが理解できてしまった。

決別の時だ、五条は初めて殺意を交えた呪力で夏油を攻撃した。夏油の方も遠慮などなしに、大量の呪霊を出してきた。

 

甚爾が4人を安全圏まで避難させた事は分かった。五条はもう、目の前の親友以外に気を割く余裕などない。天内と黒井の方を一瞥し、視線を五条に戻した夏油もそうであろう。邪魔者はいない、二人は真正面から戦うことになった。

 

五条の知らない特級と思わしき呪霊が何体か、別々の術式を展開してくる。その程度では、五条に攻撃は当たらない。

だが、夏油が無限と思えるくらい次々と出してくる呪霊を、そしてその攻撃を全て捌ききって夏油に近づくほどの突破力は今の五条にはない。無限の発散は、成功した試しがないのだ。

 

膠着状態がしばらく続く。両者とも決定力に欠ける。夏油の手持ちに五条の無限を突破する力はない。五条も猛攻を受けながらの状態では攻撃力に欠けるので、何か手はないかと考えていた時であった。

 

五条の目ですら負えないスピードで甚爾が夏油の所へと文字通り、跳んできた。そして、夏油の周囲を固める呪霊を次々と切り裂いて近づいていく。

夏油はそれを警戒し、呪霊に乗って海の上と逃げ距離を取ったが、化け物じみた身体能力を持つ甚爾はそのままのスピードで海上を突っ走り夏油の目前まで肉薄した。

 

甚爾は海面から空中へと跳んで、夏油の前へと躍り出て刀を振りかぶった。その姿を見た夏油は、より危険な方へと意識を割くため、五条への警戒を完全にフリーにせざるを得なくなった。そして、一番強いと思われる呪霊を壁代わりに両者の間に出現させた。

 

五条はというと、甚爾の出現から海上を走るその姿を見るまで、驚愕し通しであった。夏油も同じく化け物を見るような目で甚爾を見ている。

 

「呪力も術式も無い下等生物の分際で……!!!」

「残念、終いだ。俺みたいな()に恵まれたオマエは負けんだよ」

 

夏油の手持ちの特級たちが一斉に術式を展開するのが六眼に映った、さすがにアレをまともにくらったら甚爾でも無事では済まない。同時に甚爾の刀に力が入るのも見えた。そこで五条は、咄嗟に甚爾と夏油の間にいる呪霊を掃討する選択を取った。

考えるより先に術式を使ったので、コントロールよりも威力重視で五条は攻撃を放った。夏油も甚爾もその余波を喰らって吹っ飛んだ。甚爾は、態勢立て直しのため、勢いを利用しそのまま地上へと戻り、夏油は仲間へ何らかの合図を出し逃亡を図った。

 

「ここは引かせてもらう!!」

「待て!!傑!!!」

 

できないとは分かっているものの、赫を打ち出す態勢に入り狙いを定めたところ、夏油の気配は一瞬にして消えた。

五条はどうしようもない気持ちを持て余したまま、甚爾の方へと近づいて行った。一応、無事を確かめる為であったのだが、当の本人はため息を吐きながら侮辱の色を乗せた目で五条を見てきた。

 

「なんで助けた」

「誰がアンタなんか好きで助けるかよ。恵君たちが悲しむでしょ」

「勘違いすんな、オマエが助けたのは俺じゃなくて呪詛師の方だ。オマエが何もしなかったら、俺は間違いなくアイツを殺せた……なんだ、無自覚か?」

「………」

 

甚爾と夏油が相対した時、本当は隙だらけになった夏油本人を狙えばよかったのだ。それか、五条が何もしなければ、夏油の呪霊が術式を展開する前に甚爾は術師本人を殺せていた可能性が高い。

五条は本当に無意識のうちに夏油を助けてしまっていた。口では何と言おうとも、五条悟に夏油傑を殺す決意など、できていやしなかったのだ。

 

「弱いな。」

「はぁ!?誰に向かってそんな事言ってんのか分かってんのか?」

「精神も、術も、全て俺の知る化け物には程遠い。なんだ、坊。最強になり損ねたのか………はっははははは!!笑える!!!」

 

甚爾は本気で面白そうに笑っていた。一方、五条の機嫌は急降下していく。目の前の反則的に強い男は、五条悟を最強ではないと嗤う。

最強は、“俺達”であった。その片割れがどっかに勝手に消えてしまったのだ。甚爾が言っている事はそんな事ではないのだろうが、五条は苛立って仕方が無かった。

 

「何言ってんだオマエ、ふざけたこと抜かすんならここで次はアンタとやりあってもいいんだけど?」

「赫も茈も使えない奴に負けはしねえよ。」

「前者はともかく、後者は五条家の中でも限られた人間しか知らねえはずだ。何で知ってる?」

「身をもって知っている、それだけだ。くだらねえ問答をするつもりはねぇぞ。ただ、俺は最強を憶えている。今の俺は、前の俺より数段強えぞ?覚悟してかかれよ、坊。」

 

八つ当たりがしたくて仕方がない五条は、目の前の男で鬱憤をはらす事にした。どうせ、そう簡単には死なない。

甚爾は五条家でも一部の人間しか知らない秘密を知り、それを使える人間と戦った経験を仄めかしてきた。

それを聞いて、男は本当に人間じゃなくて化け物の類なんじゃないかと五条は思いつつ、青い呪力を全身に走らせた。

機嫌の良さげな様子であった甚爾はそれを見て、愉快そうに凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──やっぱり、化け物じゃねえか。

 

甚爾相手に、五条は最初かなり優勢に事を運んでいた。当たり前だ。五条には基本的にどんな攻撃も届かない。だが、それで油断していた五条の背後を取った甚爾は、術式を強制的に解除する呪具を足に刺してきた。

そして、何が起きたか理解する前に、五条は足にその呪具を刺されたまま何発も殴られた。甚爾の動きが速すぎて、五条はまるでついていけなかった。

 

甚爾に五条を殺す気がないのは分かっているが、五条は今まで生きていて一番死の危険を間近に感じ取った。その後、みぞおちに蹴りを入れられ空中を舞い、地面にたたきつけられた五条を、甚爾は上から覗き込んできた。

 

「今日はここまでだ。満足したか?」

「……いつかぜってー殺す。」

「やってみろ、できるもんならな」

 

無傷とは言わないが、まだ余力を残している甚爾はそれだけ言い残して天内達の方へ走っていった。そして4人を先に車に乗せ、地面に倒れっぱなしで空を仰いでいる五条の所へと再度戻ってきた。

 

「いいザマだな、肩でも貸してやろうか?」

「ざっけんな、いらねえよ。自分で歩く」

 

おぼつかない足取りではあるが自分で車へと向かい助手席に乗り込む。その後、気絶するように眠りに落ちた五条が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上であった。心配そうにこちらを見つめる黒井と天内に、大丈夫だと言って何があったかを聞いた。

 

伏黒一家は、病院に3人を送り届けた後すぐに自分たちの宿泊するホテルに戻ったそうだ。この様子では、その後の足取りは掴めまい。夏油の事で疲れ切った五条は、目を抑えながらため息を吐き出した。

 

夏油との再会の時はきっともう一度来る。それがどんなに歪な物でも、夏油は自身の理想を追い求め続けるだろう。五条も負けてはいられまい。このクソったれた現実を、呪術界を、少しでもマシにしたいと五条は願った。

 

そのためには使える物はなんでも使う。甚爾の力はきっと必要になる。そもそも"五条悟"を追い詰められるほど、強い人間を野放しにしておく方が意味不明である。

 

五条の甚爾への評価は、自分をも上回るクズで、ろくでなしのムカつく野郎、というものだ。だが、自分を初めてあそこまで叩きのめしてきた理不尽なほど強い化け物でもある。そして、本当に心の底から似つかわしくないと思うがあれでいて、家族は一応大切にしている人間。

仲間──いや、共犯者になってもらうには十分であろう。悔しいけれど、一応甚爾には感謝もしている。そして、それはさておいて、いつか必ずボコボコにすると五条は心に決めた。 

 

五条は気絶した後、過去に一度甚爾と相まみえた瞬間を思い出していた。幼い五条と、ほんの数メートルの距離に近づくまでその気配を悟らせなかった呪力の無い男。それは、着物を纏った口元に傷がある人であった。

呪術界の人間なら調べようはいくらでもある。実家に帰って徹底的に伏黒甚爾という男を探る事を決め、心配する天内にもう一度寝る事だけ伝えて、五条は目を瞑って眠りの世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

 

五条と道理が通じないほど強い非術師から逃げながら、夏油はやりきれない気持ちでいっぱいであった。

天内理子と黒井美里の保護が、今回の接触の目的であった。彼女たちは夏油が守りたい物の象徴みたいなものだった。だから、すぐ近くで守るために、自分について来てくれと2人に頼みに来たのだ。

夏油は自身の夢を、大義を、誰にでも分かってほしいなんて思ってはいない。だが、理想そのものである彼女たちには、理解した上でついて来てほしいなんて願いを微かに抱いていた。

 

結果は分かってはいたが、大失敗であった。でも、それでもいいと思った。夏油のそばに居ては危険が尽きない。五条が守ってくれるならそれを信頼しよう。今まで夏油と五条、2人で共に彼女達を守ってきたのだから。

 

だが、五条と夏油が相対していた時、彼女たちと術師の子どもを守っていたのはよりにもよって夏油が忌み嫌う非術師であった。なぜ、奴のような男が彼女たちの傍に存在するのか、夏油は心の底からその男を憎悪した。

 

五条と夏油、天内と黒井の4人で沖縄に来て、心の底から笑いあった美しい思い出が汚されるような気がした。

よりにもよって、この場所で、夏油が立っていた立ち位置に呪力も持たない非術師が居る事など到底許される事ではない。私の聖域を汚すな、頼むから消えてくれと夏油は男を呪った。

 

それに加え、その男は強かった。夏油と五条の膠着状態に横槍を入れて、夏油の使役する大量の呪霊を切り裂き祓って夏油を殺しかけた。

“最強”は、五条と夏油の2人であったはずなのに、男はそれを物ともせず夏油に肉薄した。

呪力の全く無い非術師──猿のくせに強く、呪霊を祓ってしまえる事、猿のくせに術師を守っている事。その全てが自身の信条と矛盾する。

 

──理子ちゃんの前で、悟の横で、なぜそこに立っている。あのような猿の存在を、私は決して()()()()()()()()

 

呪いの生まれない世界を作るために非術師には全員死んでもらわなくてはならない。その大義に、意義に相反する存在には速やかに消えて貰う必要がある。

夏油は言いようもない怒りと憎悪を募らせながら、仲間を集め、呪霊を集め、より強くなってあのイレギュラーを取り除く事を決意した。

 

 

 

 




甚爾は呪いによって、今のところ連鎖的にいい方向に状況が転がっています。夏油は甚爾がいい方向に転がっていくほど謎に地獄味増してます。

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