「恵。オマエ、五条悟の所に行くか?」
「は………何言ってんだよアンタ」
沖縄から帰ってきてしばらくたったある日の事であった。五条が甚爾を探り当て、会いに来た後に甚爾は恵にそう伝えた。
いくら相伝の術式があろうとも、禪院は子どもにとっていい環境とはとても言えない。だからこそ、現在進行形で呪われている甚爾は今回彼らに接触はしなかった。
少しでもマシな場所を選ぶのであれば、禪院のように内輪揉めで争っている場所よりも、五条悟の下に行くのがいいのは分かりきっている。五条家は五条悟のワンマンチーム、甚爾の生まれたゴミ溜めより軋轢も少ない。
だから、これが甚爾の考えるうちベストの選択であった。恵には才能がある。自分なんかに育てられるより、御三家であり術師の頂点である五条悟の所に行く方がはるかにいい。あのちゃらんぽらんの坊ちゃんは、性格も根性も捻じれまくっているが筋は通すやつだ。何の憂慮もなく恵を預けられる。
一般人だからという理由で津美紀を邪険にするよう事もないだろうから、津美紀をついでに押し付けてしまえば、甚爾は以前のような生活に戻れる。
甚爾の身に残る呪いは解かない、それは甚爾に残った唯一の彼女との縁だから捨てられはしない。それに死後という条件はつくが、甚爾という猿が呪いを使えた証かもしれないのだ。
だが、甚爾は共に暮らす子ども2人をいい加減手放してしまいたかった。凪いだ心に波風が立つ、その体温に思い出したくない感情を想起させられる。
今回の沖縄での出来事で、手遅れになる前に早く離れるべきだと甚爾は思い知らされてしまった。
「だから、五条家で育ててもらうかって事だ。」
「津美紀と……あとアンタはどうなるんだよ」
「いける訳ねえだろ。オマエ一人だ。まぁ俺はともかく、津美紀だけならどうにかなるかもしれねぇがな。」
「……俺は捨てられるのか」
「別に売ったりはしてねえよ、今回はな。オマエには禪院の相伝の術式がある、レア中のレアだ。だから呪術界でも最強と名高いアイツの所で鍛えてもらった方がいい。それにアイツはこの申し出を断れない。」
「そんなのどうでもいい!術式なんて欲しくて持ってるわけじゃない!!!」
「………オマエは才能を持っている。恵まれて、生まれてきたんだよ。」
「なんで分かんないんだよ、この屑!!クソ!!死ね!!俺は、そんなものに恵まれたかった訳じゃない!!!!」
そう叫んで扉を蹴り開け自室に閉じこもる恵を見ながら、甚爾はため息をついた。別に恵を邪険にしたから五条悟の所へ行けなんて言ったわけではない。これが恵と自分にとって最善だからそう伝えたまでだ。
甚爾が持っていなかった全てに恵まれた息子は、それを必要がないと言う。甚爾はなんだか笑えてきてしまった。実の息子に嫉妬するほどの激情は持ち合わせていない。
だが、もし自分がその才に恵まれていたらあの肥溜めのような場所で呪霊の群れに放り込まれるような事はなかったのだろうなと考えた。
恵のあの様子だとそう簡単に甚爾の申し出を納得してくれないだろう。仕方がないので甚爾は先に外堀から埋める事にし、五条に連絡して会う約束を取り付けた。ちょうど近くにいるようですぐに会える流れとなった。
「はあ!?却下」
「……この前、恵の事はどうにかするって聞いたのは聞き間違いだったか?俺は、テメエのくだんねぇ交換条件を飲んでやったはずだがな。」
「それとこれとは別だろ。ってかオッサンまさかそれ恵君に言ってないだろうな?」
「伝えたが納得しなかったから、こうやって先にオマエの言質を取ろうとしているんだよ。」
「うわーーーーねぇわ。最悪だよアンタ。俺がドン引くレベルのろくでなしって相当だぞ。」
「そりゃあ光栄だな。」
「それにアンタ、呪われてんじゃねえの?」
「その通りだ、だからこれまで一応近くで育てざるを得なかった。でもアイツが相伝の術式を持っている事が最近判明して、俺にはその才を鍛えらんねえからこれが最善だろ。俺は前の生活に戻れるし、何の不都合もねぇ。」
「はぁ………マジで最低だなアンタ。それで適当に俺からの仕事こなして、生きてんだか死んでんだかよく分かんないゴミみたいな生活に戻んの?俺、なんとなく恵君のお母さんがアンタにどんな呪いを残したか分かったわ。」
「へえ?」
「──“恵をお願い”──ってとこだろ?」
「……………」
「ハハッ図星?そんなに殺気立つなよ、こっちもその気になってくる。」
「その減らず口を聞けないようにしてやろうか?」
「は?こっちのセリフなんだけど……ってこんなの話しに来たんじゃねえだろ。あのさ。その言葉、別に恵君の事を思って残したってのが、全部じゃないと思うよ。多分だけど、アンタみたいなどうしようもない人間がちゃんと地に足つけて生きていけるように遺してくれたんだと思う。だからアンタは絶対恵君と津美紀ちゃんから離れちゃ駄目だ。支えあって生きて行けよ、家族なんだろ?」
「……似たような事、言われた記憶があるな」
甚爾は、彼女の前に戻ってきた時に看護師に言われた言葉を思い出した。あの時は何を言っているのだと思っていたが、こうして目の前のクソガキが懇切丁寧に説明してくれたおかげで理解できた。
そうならば尚更呪いは捨てられない。甚爾がどうでもいいと切り捨てることなどできはしない彼女の、最期の願いかもしれないからだ。
甚爾は別にロマンチストでは無い。むしろ逆だ。だから言葉にどんな感情を、願いを乗せるかだなんて、そんなのは本人しか分からない事など知っている。それでも五条の言う通りであればいいと、そう考えた。
「じゃあそういう事じぇねえの。死に瀕した人間が最期に願うのは残された人間が幸せくらいだろ。恵君に関しては引き取りはしないけど、一応禪院止めるくらいはやっといてやるよ。それが条件だしな。感謝して働けよなオッサン。俺の負担を全力で減らしてくれ。」
「嫌な仕事押し付ける気じゃねぇだろうな?」
「当たり前じゃん。特級の傑が寝返って呪術界はてんやわんやなんだよ、今。術師って仕事は、精神にクるえぐい物が多い。それに耐えきれず潰れて術師をやめるやつなんてたくさん見てきたから、これ以上不必要に摩耗させたくない……アイツもそんな事は望んじゃいないだろうしね。アンタはその点何の心配も必要ないから、きったない仕事押し付けられるし、俺は楽になるし、アンタは安定して稼げるし、俺はサボれるし、術師の摩耗も防げるし、いい事ばっかりじゃね?」
「クソが、自分が楽するのが大半だろ。本気で手組む相手間違えたな。」
「アンタにだけは言われたくねー。お手々繋いでなんて柄じゃないだろ?これくらいでいいんじゃねぇの。それに、術師を守りたいのも本当だよ。僕、後進育てる事にしたから。」
五条が突然、言葉遣いや雰囲気を変えた事に気が付いた甚爾は心底気味が悪いと思った。全くもって似合っていない。
軽薄で傍若無人なお坊ちゃまな所は根本的に何も変わっていないので、違和感がひどいのだ。
「……何だソレ、気持ち悪ィ。オマエが他人を育てられる柄か?」
「たった今まで、恵君を預けようとしてたの誰だっけ?」
「それは消去法で仕方なくだ。で、その話し方は何だ?」
「言葉遣いを柔らかくする方が後輩には怖がられないらしいし?一人称も変えた方がいいって言われたから。僕、年下には優しくする事にしたんだ。恵君引き取りはしないけど、鍛える方は任せてくれてもいいよ。」
「そりゃあよかった、せいぜい頑張れよ」
「まあ俺をボコれたアンタにその必要性は感じねぇけどな、オッサン。」
「勝手にしやがれ。」
残念ながら、五条は恵を引き取る意志などこれっぽっちもなかった。甚爾はまた、あの家に帰る生活を続けなければならないらしい。
早く離れるべきだと思うのに中々うまくはいかない。呪いによって、以前のように適当に放置という手段が取れなくなったのが痛い。相伝を持つ恵を預ける相手は並の呪術師では務まらない。だから、前のように目の前の準最強に押し付けるのが最善だったのだが甚爾の思うように事は運ばなかった。
話も終わったので、甚爾は2人の待つ家へと向かった。呼び出した五条もなぜかそれに着いてきた。
恵君が心配だからと抜かしてはいたが、その目から好奇心が消せていない。本音は面白い所を見れそうだとか、弱みが握れそうといった物だろう。
ニヤニヤと意地の悪い笑みで甚爾の顔を覗き込みながら追いかける五条に、甚爾はハエでも追い払うかのように手を振るった。
フィジカルギフテッドの甚爾のそれは、常人なら10mは吹っ飛ぶ威力であった。しかし、無限に阻まれ手は空中で止まり、気を良くした五条は笑みを深くした。
苛立つだけ無駄だと思い、何を話しかけられても無視しながら甚爾は帰路についた。だが、家が視界に入ったくらいでふと気になっていた事を甚爾は尋ねた。
「……オマエは呪術界を変えるとかほざいてたが、その肝心のやり方は後進を育てる事なのか?」
「そ。教育って手段を取る。」
「随分と迂遠な方法を取ったな。よりにもよって俺とオマエが組んでメインプランが教育とはお笑い草だ。一番取りそうにない手段じゃねぇか。」
「勿論殺すのは一番簡単!甚爾だってそうだろ?でもやらなかった。恐怖による支配なんてやり方じゃ誰もついてこない。根本的に変えたいなら、そんなやり方じゃだめだ。今の腐った上層部と同じ穴の狢になるのは御免だよ。」
「一理あるって事は認めてやるよ、意識改革しないと何も変わらないのは目に見えてる。現時点で異論はねぇが、興味もねぇ。俺をソレに巻き込むなよ。で、恵はその実験第一号って事か」
「正解!恵君、父親がコレで先生が僕ってヤバいね。まともに育ってくれたらいいけど」
「…大丈夫だろ」
「父親の勘?」
「さぁな。」
恵は確かに甚爾の息子だが、彼女の子でもあるのだ。しっかり者で善人の津美紀もいるし、どう育つかについてはそこまで心配はしていない。
そんなこんなで対年下の猫を被る五条と話しながら、家のドアを開けた。玄関前に走ってきて、その後仁王立ちで睨みつけてきたのは津美紀だ。持っていたお玉を投げつけられたが甚爾はそれを甘んじて受け入れた。
甚爾はヒモ生活も長く、女の機微には敏い。だが子どもに対してどう接するのが正解だなんてずっと模索中なのだ、津美紀も女の子なのでとりあえず怒っているのであればそれを否定しないのが吉だろう。
一方、お玉が甚爾の頭に直撃し、いい音が鳴ったのを目撃した五条はというと、吹き出すのを必死に堪えていた。せっかく口調も態度も改めてきたのに、色々と台無しである。
「え、当たった?お父さん、恵になんて言ったの?ずっと押し入れで泣いてたよ!あと、おかえり!」
「泣いてたのか、アイツ。」
「そうだよ、謝って。私もごめんなさい……お玉当たると思わなかった。それと、ただいまは?」
「大丈夫だ……ただいま。」
「ぶっ……はっはははは!!!ついて来て良かった、マジでこれはウケるわ。いい歳したオッサンが形無しじゃねえか!」
「坊ちゃん、オマエたった数分前に自分で言ってた事綺麗さっぱり忘れたみたいだな。その年で痴呆か?可哀想に。」
「あれ……悟君?」
「そうだよ、津美紀ちゃん。沖縄ぶり?」
「こんばんは…ってごめんなさい!お父さんしかいないと思ってお玉投げちゃった」
「大丈夫だよ、むしろありがとう」
「??どういたしまして?」
「津美紀、こいつの事は放置でいい。恵はまだ自室にいんのか?」
「お客さんだからだめ。恵は今も部屋だよ。早く仲直りしてね」
「…分かった」
「おじゃまします。いい匂いする!津美紀ちゃん、料理できるの?すごいね。」
「うん!お父さんがあんまり帰ってこないから私がしてるの」
「………うわぁマジか」
「そのまま津美紀と大人しくしてろよ、坊っちゃん。」
そう言って、甚爾は恵の部屋へと向かった。甚爾が帰ってきているのは分かっているらしく中から慌てて動く物音が聞こえた。
心の準備をする時間くらいは与えてやろうと、甚爾は近づいているのを知らせるようにわざとらしく足音を立てながら部屋の扉まで来て、開けるぞと言って中へ入っていった。
「恵、さっきの話は聞かなかった事にしろ。五条の坊ちゃんも連れてきてあるからあいつからも色々と聞け」
「……俺を売ったんじゃなかったのか」
「だから今回は売ってねぇって言ってるだろ。」
「必要あれば売るんだろ。こんな術式があるから。」
そう言って、恵は犬の形に手を組んだ。影からすっと出てきた白と黒の犬は、心配そうに恵の周りをうろつくが、術者である恵に近づけずに居た。
式を出した後、恵は体操座りになって膝に顔をうずめた。恵は自身の式神の犬たちの事は嫌いではない。むしろ好きだ。
だが、彼らを最初に出した時、はしゃぐ恵の横で父が恐ろしいほどの無表情になったのを恵は覚えている。よかったな、と言われたがその声音には何の感情も宿っていなかった。だから、多分父は術式の事を良く思っていないのだろうと恵は考えていた。
それがあるせいで父親から捨てられ家から追い出されようとしている。別に父親の事は好きでも何でもない、むしろ嫌いだと恵は思う。
ただ、恵は身近にいる大人が甚爾しかいない、まだ小学校に上がったばかりの子供であった。だからつい、こんな力要らなかったのにと恵は小声でこぼしてしまった。
「……………。俺にオマエは売れない。それは約束を破る事になるからな。ただ、よりいい環境がある所に預けようと思っただけだ」
「そんなの俺は望んじゃいない!」
「じゃあオマエはどうしたいんだ。」
「俺の帰る場所は此処がいい。津美紀と、ついでにアンタがいるこのぼろ家。」
「………そうか。勝手にしろ」
甚爾はどうしていいか分からず、とりあえず恵の頭をくしゃりと撫でた。すると、恵は睨みつけるように甚爾の方を見つめ、大泣きし始めた。いつものように罵詈雑言を浴びせて来るが、その言葉に力はない。
甚爾は頭を搔きながら、過去に戻った瞬間に居合わせた看護師に言われた事を思い出した。そして、赤子であった恵の事を思い出しながら、泣き止ませるために抱き上げ不器用な手つきで背を撫でてみた。
しかし、泣き止みはせず、なぜか思いっきり首を絞められた。これ以上自分に何をしろというのだと甚爾は途方に暮れた。背後でこそこそしている気配二つにもいい加減物を申したい。
「おい……野次馬もいい加減にしろよ」
「えっとぉ……」
「ばれちゃったかーー。ところでまだ謝罪の言葉を聞いてない気がするんだけど。ねぇ?津美紀ちゃん」
「そうだよ、ちゃんと謝って!」
「…………。」
甚爾の首を絞める恵の手の力が強まる。無言の催促である事など明らかで、甚爾は恵に言葉をかけようと口を開きかけた。
だが、視界の端に携帯でこちらを録画しながら、片手で口を押さえ肩を震わせている五条の姿が映った。甚爾の額に青筋が立つ。残念ながら五条悟の頭の辞書にはデリカシーという言葉は刻まれていないらしい。
甚爾は、恵を抱えたまま五条の携帯めがけて回し蹴りをかましたが、予想済みなようで無限を予め張っていた。いちいちやる事がこすい坊ちゃんである。
「ほら~はやく謝りなよ、優しい僕が見守っといてあげるからさ?」
「テメエのは見守りじゃなくて、野次馬って言うんだよ。」
「ケジメはつけなきゃ駄目だよ。ねーー恵君もそう思うでしょ!」
「…………死んでしまえクズども」
「ガキの癖に口わっる!」
「はぁ……もう仕舞いだ。恵も泣き止んだ事だし、さっさと飯にするぞ。」
「今日のご飯何?さっきからすごくお腹減ってるんだよね、僕。」
「さっさと死ね、それか今すぐ出てけ。テメエに出す飯はねぇよ。」
「悟君も一緒に食べるの?量足りるかな……。」
「……ハァ。買い出しに行ってくる。津美紀はそこの馬鹿と大人しく留守番しとけ」
ここまでくれば梃でも動かないであろう五条に延々と絡まれるくらいならば、さっさと恵を連れて家を離れた方がいいと判断した甚爾は、恵と共に買い出しに出た。人生、大切なのは諦めだと甚爾は身をもって知っている。
とぼとぼと歩く恵に、歩幅を合わせながら近所のスーパーへと向かう。仕方なしに甚爾は手を差し伸べた。やんわりと人差し指と中指を握る恵に、甚爾は声をかけた。
「オマエを五条家に預ける事はしない、家に居たきゃそれでいい。他に方法もねぇしな、オマエの好きにしろ。だが、術式は制御できるようになれ。それを教えるのは五条悟だ。」
「……アンタは?」
「言ってるだろ、俺には術式どころか呪力すらないから何もできねぇ。だから、わざわざあんなクソガキに頼んでんだ。あれでいて現代で一番腕の立つ呪術師だから、禪院も手は出せない。」
「親父より強いのか?」
「………さぁな。だが、一つ言えんのは今のアイツは最強の域には達してねぇ。」
──────────────
「はーい!って事で今日から恵の先生になりました、五条悟だよ。改めてよろしくね」
「……よろしくお願いします。」
「何拗ねてんの?僕の教え受けられるなんて泣いて喜んでもいいレベルだよ?」
「そういう所がムカつくんですけど、どうにかならないんですか。」
「何その顔、お父さんそっくりだね。」
「は?」
「うっわクリソツ。別の意味で訓練に熱が入っちゃいそう。」
「何でそんなに親父と五条さん仲悪いんですか」
「アイツがボコってきたからに決まってんじゃん。それが無くても仲良くはなれないかな。クズだしムカつくから」
「目糞鼻糞を笑うってことわざ知ってます?」
「最近の小学生は随分と難しい言葉を習うんだね、ビックリしたよ。でもそれ使う場面間違ってるよ?」
「間違ってないと思います。悪い意味でほぼ同レベルって意味ですよね。いや、五条さんボコられたって言ってたし、違うかもしれないですけど」
「はァ!?僕があんなクズに劣るとでも?今度恵の前でアイツと再戦してやるよ、次は100パー僕が勝つけどね」
「……一回は五条さんが負けたんですね」
「僕が結構消耗した後だったんだから、アレはノーカンだよ。」
「親父から五条さんは現代で一番強い呪術師だって聞きました。そんなアンタをボコれる親父って何者なんですか?」
「話聞いてた?まぁいいや。君のお父さんはねー、僕が人間性疑うくらいのクズだけどすごーく強い………人殺……いや、犯ざ……一般人だよ」
「一般人?」
「今後は僕が個人的に雇う何でも屋だけど、呪術師では無いし分類的には多分一応ギリギリ………自分で言っててよく分かんなくなってきた。」
「そんなに強いのに呪術師じゃないんですか?」
「呪術界は腐りきって発酵するレベルに腐敗してるから、実力主義の真逆なんだよ。呪力0の甚爾を禪院は認めなかった。だから、そんなクソったれた場所を僕らがリセットしようとしてる所!」
「…そうなんですね。」
「って事で、僕は強くて頼れる仲間を育成していく事にしたのさ。恵はその第一号。」
「俺、呪術師ってよく分かんないし、なるかどうかなんて分かんないですけど」
「それは強制……って言いたいところだけど、甚爾が…というか甚爾の呪いがそれを許すか微妙だな。それ抜きでも術式の制御は必要だし、甚爾との交換条件だからちょくちょくちょっかいはださせてもらうよ。」
「親父は呪われているんですか!?」
「まぁね。僕の六眼でもよく見えないけど確かに呪いは存在する。でも、悪いモノじゃないよ。甚爾も解呪する気はなさそうだし、それに関してはノーコメント。これ以上言うのも野暮だしね。」
「呪いは負の感情から発生する危ないものなんですよね。大丈夫なんですか?」
「負の感情なしでは人は生きられない。愛憎は表裏一体って言うだろ?その呪いを何と呼ぶのか、何を感じるのか、それは人それぞれだよ。」
「……全く意味が分からないんですが、どういう事ですか?」
「普通呪いは人を殺す作用しかない。けど、呪いに生かされてる人間もいるって事さ。甚爾みたいにね。………それにしても、何もかも全てが呪術師の逆を行くな、アイツ。」
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天与の肉体の縛りから解放された瞬間。そんなのは死んだ時に決まっている。名実共に呪術界最強となった男に殺された時、甚爾は過去の走馬灯を見た。
死ぬ間際の脳内に浮かんだ息子と彼女の姿、全てを捨て何も尊ぶ事のない生き方を選んだ自分が最期に何を思ったのか甚爾は思い出した。
そうだ、呪ったのは甚爾だ。彼女との約束も、何もかもを守れなかった甚爾は自分自身を呪いながら死んだ。
生きた彼女と相見える事がなく、彼女の死の直後に意識が戻った理由も理解した。
このまま死んで彼女にまた会えるわけがない。合わせる顔などないと考えたのは甚爾だ。戻って来た時、目の前に横たわる彼女の死人の証である顔伏せの白い布すら取り払えなかった。
だから何もできない自分を恨んで、そして、彼女との約束を頭から追いやって自分も含め何もかもを、全てを諦めたあの時のあの場所に戻ってきたのだ。
六眼のガキは、それを愛の呪いと呼んだ。そうなのであれば、愛とはどれだけ歪んだ呪いなのだろう。それでも、呪いを解くなんて選択肢はこれっぽっちも甚爾の脳内に浮かばなかった。甚爾はきっと、再び死ぬまでこの呪いを引き摺っていく。
現在開示可能な甚爾の呪いに関しての情報まとめ
・ママから甚爾への「恵をお願いね」という言葉自体には何の呪力も込められていない。
・甚爾が天与呪縛から解放された瞬間に、その身に本来宿ったはずの莫大な呪力が、約束も何も守れなかった自分自身を恨む気持ちと相まって逆行現象発生。
・逆行の着地点がママの死亡直後なのは、甚爾が何もできなかった自身を1番恨んだ瞬間で、全てを諦めてしまった瞬間だったから。
・看護師の言葉で甚爾が勘違い。その時点でフワッとした呪力が、「恵をお願いね」という言葉を遵守する呪いと形を成した。
・ママの残した言葉の意味を五条悟の話で、甚爾が再解釈。恵だけではなく、甚爾を生かす呪いにも性質が変わりつつある。
・甚爾はこの呪いの本質についてそこまで考えないようにしている。思い出したくないので。
・五条は何となく察してるが、呪いの発生源がママなのか甚爾なのか気にしない事にしている。野暮だし些事なので。
・呪力0の甚爾が自身に向けた呪いであるので、その全てが本質的に"存在しえないはず"バグ。五条悟の六眼でも見えない。