伏黒甚爾の逆行奇譚   作:ぴーなつ

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引き続き、本誌ネタバレあり。人によってはグロ注意かもしれませんが、本誌があれなので全然大丈夫だと思います。


6.同床異夢

「元気か?珍しいな、禪院からの電話なんて」

「今は伏黒だ。とぼけんな。分かってんだろ」

「しばらく見ないうちに大人しくなったと思ってたがそうでもないみたいだな」

「始末屋稼業は休業中だが別に何もしないとは言ってねぇ」

「そりゃあ良かった。オマエが真っ向にまともに生きていると言われたら逆に不気味だからな。それで、今どこにいるんだ?」

「競馬場の近くの牛丼屋。」

 

甚爾はかつてのビジネスパートナーと言ってもいいであろう孔時雨に電話をかけた。

現在は夏油傑の牛耳る旧盤星教「時の器の会」。前回やつらが甚爾に天内理子殺害の依頼を回して来たのは、仲介役の彼を通してであった。孔は夏油の事について何か知っていてもおかしくはない。

しかし、そう簡単に口を割らない事も大した情報も持っていないだろうという事も見越して甚爾は、夏油の捜索中に孔に連絡を取っていなかった。

仲介役としてやっていくためには、身の保全のためにも深入りしすぎないのが鉄則だ。特にやつのような特級の呪詛師相手であれば危険も増す。しかし、あまりにも気にかかる事が多く今回甚爾は孔に探りを入れる事にした。どうせ孔が来るまで時間もかかる。大衆用の牛丼屋で時間を潰すのにも限界があるので、甚爾は競馬場に戻る事にした。

 

「オマエは何も変わんねえな。要件は?」

「単刀直入に聞くが、旧盤星教に星漿体の暗殺依頼をされただろ。」

「……夏油の話じゃなくって、そっちか。過去の事を蒸し返すとはらしくないな。俺がそれを話せると思うか?」

「オマエに拒否権はねえよ。誰と話してると思ってんだ。それに別に詳しく話せとは言ってねえ。ただ、その依頼は本来俺が受けるものだったのかを聞きたいだけだ。」

「もともとはオマエに頼む予定だったがな。確実に高専絡み、かつ五条悟案件だったから話すらしなかった。これで十分か?」

「それは先方の指名で?」

「いや、指名ではないが……実質そうだったかもな。俺が頼める中で一番確実なのが始末屋のオマエだ。五条悟を出し抜いて依頼を成功させる可能性がある人間なんてほぼいない。」

「へぇ……“術師殺し”じゃねえんだな」

 

前回と異なり、今回甚爾は星漿体の殺害に関わりはしなかった。結果として、天内理子は沖縄でただの少女として生き長らえている。ついでにいうと、星漿体と同化できなかった天元の暴走による人間社会の崩壊なんて全く聞かない話だ。

特級である五条悟と夏油傑を撃破して、彼女を殺せる人間なんてそれこそ甚爾を除いて存在しない。暗殺は失敗して当然だろう。

甚爾が暗殺に一切関与しなかった事によって全ての歯車が狂ってしまった。

 

「聞かねえな。なんだ、今はそう呼ばれてんのか?」

「いや?昔の話だ。で、本題なんだが、今回夏油傑の情報についてリークしたのはオマエか?」

「……何のことだ?」

「俺は当初自分の五感をもって独自に夏油を追った。勿論、それにも限界はある。あくまでついでの任務だったしな。だが、そこである情報について追って連絡が来た。ある程度場所を絞れた俺は虱潰しに痕跡を追ってついに奴を見つけたって訳だ。」

「何でその情報の出どころが俺だと思ったんだ?」

「とぼけんなよ。その情報が、旧盤星教の関連施設の位置だったからだ。一応その情報のリーク自体はセーフだろうな。あくまで今は存在しない過去の宗教団体の拠点だ、と言い訳がきかない事も無い。屁理屈でしかねぇがな。」

「そんなことして俺に何のメリットがある?」

「そうだよ。俺もそこに引っかかった。オマエがわざわざそんなリスクを冒してまで情報を漏らしたって事は、誰かに高額で依頼された、もしくは脅された。違うか?」

「………」

「沈黙は肯定と見なす。その誰かは俺か呪霊操術の使い手そのどちらか、もしくは両者ともに死んでもらう事を目論んだはずだ。俺が奴の殺しを止められてるなんて普通考えもしねぇしな。」

「今回、わざわざ呼び出したのはその誰かについて聞くためか?」

「その通り。俺にボコられたくなかったらそいつについて知っている事を吐け。」

「オマエの知っての通り、仲介人である俺が知る事なんてほとんどない。」

「だからこそオマエに聞いてんだろ。他言無用の縛りを結ぶほどの情報を与えられていない仲介役に。見た目とか、話し方だけでもいいぜ」

「……妙齢の額に傷のある女だ」

 

甚爾は夏油の説教を無感動に見つめていた女の事を思い出した。おそらく甚爾にしか殺せない連中に甚爾をぶつけて、どちらかの死を望んでいたのは奴だ。だからこそ、この前はそれを特等席で見れる場所にやってきたのだろう。

あの女からはどうやっても消せない死臭がした。あそこまで濃いとなると、身体的にまともに生きてる状態ではないのかもしれない。死臭や傷など不審な点はいくつもあるものの、女本人からは強さを感じられなかった。

 

その女の思惑がどこにあるかなんて見当もつかないが、甚爾も夏油も恨みを買った数は計り知れない。心当たりなんて数えきれないほどある。しかし、甚爾はそのどれでもないだろうと直感していた。

その女の目に恨みや憎しみなど浮かんでいるように見えなかったからだ。どちらかというと、実験室でモルモットを観察するような様子であった。

向かってくるなら殺すまでだが、真っ向対決を挑むような馬鹿ではないだろう。しかしだからと言って血眼になって探すまでもない。あの手のタイプは雲隠れが上手いと相場が決まっている、現時点では放置するしかないと甚爾は判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甚爾、沖縄で会った女の子の事覚えてる?」

「ああ。それがどうした。」

「……彼女は星漿体。天元様と同化し、呪術界の要としてその身を捧げる運命だった。でも、それを良しとしなかった傑と僕がこっそり沖縄に逃がしたんだ。ただの女の子として生きる事を彼女本人も、僕らも望んだから。」

「天元が暴走したらどうする予定だったんだか。」

「その時は僕らが責任持ってどうにかしたよ。だって僕たちは最強だったからね。何かを壊す分には得意分野だ。」

「自虐的だな。珍しく大人しいと思ったが、そういう事か。」

「そう、天内理子が殺された、呪詛師の仕業だ。犯人は末端も末端で何の情報も出てこなかった。自分も死ぬつもりで特攻したみたいだし、実際すぐ死んじゃったよ。」

「おかしな話じゃねえか。呪詛師って連中は自分の身を切るような行動は慎むもんだろ。」

「それが、完全に頭の螺子が逝っちゃってるタイプでさぁ。これで自分も死なないで済むとか言って突っ込んでいったらしいよ。」

「星漿体と同化予定だった天元が確か不死の術式持ちじゃなかったか?同化しないと暴走する可能性が高いとだけ聞いたが。」

「そのとーり!人ではない別の次元の何かに進化しちゃうらしいよ、今は安定してるらしいけどね。だから天内理子を殺したところで意味はない。同化して人として生き長らえられるのは天元様だけだ。多分だけどその呪詛師中途半端に情報掴まされてたんじゃないかな。本人、不治の病で死ぬ寸前だったみたいだし。」

「それで天内殺してどうするつもりだったんだか。」

「言うのも胸糞悪いけど、頭かち割って脳みそ取り出そうとしてたみたいでさぁ。遺体は見れたものじゃなかった」

「心の底からイかれてやがんな。」

「甚爾ってその辺意外とまともだよね。」

 

折角、甚爾が殺さなかったというのに結局天内理子は死んでしまったらしい。天元と同化する事もなく、ほんの僅かの青春を常夏の島で謳歌してこの世を去った。

それに何かを思えるほどできた人間ではない。前回殺したのは他でもない自分だ、甚爾の本質は何も変わらない。

ただ、何となく天内理子が死んだことを恵と津美紀に伝える事はやめておこうと思った。わざわざ泣かれるような事をして、面倒を被るのは御免だ。

 

天内理子の最期は、甚爾が弾丸一発で殺してやった方が本人のためであったとろくでなしの甚爾が思うほど凄惨なものであった。

いくら甚爾の五感が発達していようと、写真からでは何も分からない。それなのに検死のために五条がわざわざ被害者である天内と犯人の呪詛師の写真を見せてきたから、それが良く分かった。

五条がわざわざ見せてきたのは、半分は写真からでも何か分からないかという物は試しで、もう半分は自分一人で彼女の死を抱え込みたくなかったからだろうと甚爾は予想した。

まだまだ青いガキだ。精神的にも化け物に成り切れず、天内を知る甚爾に何かを吐き出したかったのだろう。明らかな人選ミスであると、他でもない甚爾自身が一番思っている。

 

天内理子の遺体は、頭以外の部分はむしろ綺麗な状態であったが、額に横一つ線を引くように頭を割ろうとした形跡があった。頭蓋骨なんて綺麗に割れる訳もなく、何度も何度も刃物を振り下ろしたような形跡が残っていた。

おかしいのは天内ほどではないが、呪詛師の方にも頭を割ろうとした形跡が残っている事だ。

 

「この頭の傷、なんで呪詛師の方にもある」

「それを問い詰める前に死んじゃったんだよね。何らかの呪術的な儀式じゃないかって検死に回した医者は言ってたけど。」

「……額の傷ねぇ。いや、ここで結びつけるのは早計か。」

「何か心当たりでもあるの?」

「額に傷のある死にかけの女……いや動く死体かもしれねぇな。そいつに注意した方がいいかもな、坊っちゃんも。」

「はぁ?何ソレ。意味わかんない。僕がゾンビにやられるとでも?」

「全体像は全く掴めねぇが、おそらく強い術師の死を望んでる。」

「そんなの呪詛師全員に当てはまるんだけど」

「その通りだ。正直、証拠不十分で警戒するに当たらない。全て推測の域をでねぇし現時点では何とも言えねぇ、が、きな臭ぇんだよ」

「勘ってやつ?」

「そうだな」

 

甚爾は一応は五条に忠告したものの、何もしようもない事は分かっていた。あの手の陰謀を企てる事に長けたやつは保身が上手い。そうそう表には出てこないであろう。

それで徒に疑心暗鬼になっても消耗するだけ、地下に潜った鼠を追うような真似は非効率的だ。五条悟の、そして伏黒甚爾の敵は星の数ほど多い。全てに気を配るなんてキャパシティ的に不可能だ。目の前の面倒ごとの処理だけで手一杯なのに、潜在的な脅威の可能性の芽を警戒するなんて無理がある。

 

──だから、今はこれでいい。

甚爾は微かな違和感を感じつつも、この件は終わらせる事にした。次も大仕事が入っている。五条の斡旋してくる上層部の息のかかった任務は色んな意味で面倒な物が多い。

 

そもそも五条悟も伏黒甚爾も、何かを壊して殺してという方が圧倒的に得意だ。それなのに、大切な人達の言葉のせいで、五条悟は次世代の育成を、甚爾は家族を守る事が目標になってしまっているから、こんな苦労を背負う羽目になっている。

根が甘ちゃんなのが透けて見える夏油傑と丸っ切り立場を交代した方がいい。それがお互いのためだろう。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

「という事で、やってきました!禪院家~!!!いぇーい、甚爾は久しぶりの帰省だね。楽しんでこう!!」

「別の意味で色々昂ってきたな、殺意しか湧かねぇ。うるせえんだよ、何しに来たのか分かってんのか」

「え、カチコミ。」

「分かってんならいい」

「何言ってんだよ。五条さんもクズも、禪院家とやらに挨拶に来たんじゃねぇのか?」

「恵はまだ小っちゃいから分かんないかもしれないけど、ゴアイサツもオレイマイリも全部大体同じ意味だよ。僕の親友が言ってた。」

「つまり、殴り合いをする予定があるんですね。帰っていいですか?アンタらが暴れるのに巻き込まれたらどうあがいても死にます。玉犬もいるし津美紀も待ってるし一人で帰れます。」

「駄目だよー。誰のために此処に来たと思ってんの。とりあえず玉犬出しといてね。よぉーし、それじゃあ…」

 

五条が中に入ろうとした瞬間、甚爾が玄関口ごと吹き飛ばした。爆発に近いその衝撃と爆音で、連中は戦闘態勢を整え始めたようだ。

甚爾は自分が禪院の連中に、嫌われ、蔑まれ、そして同時に畏怖されている事を知っている。派手に登場した方が脅しの甲斐もありそうだと、とりあえず深く考えず器物損壊からスタートした。

 

「何してんだ、早く行くぞ。」

「……うっわ……何してんだよ」

「実家だから何壊してもいいだろ」

「そうそう!細かい事を気にしちゃ駄目だよ。ここがどんな場所か恵も聞いてるでしょ?」

「軽くだけ、聞いてます。ろくでもない場所なのは確かみたいですね。」

 

術式の関係で特に速く動くことが可能な禪院直毘人が甚爾たちの目の間に現れ、問いかけてきた。次いで、現れたのは禪院扇。その後、柄も含め戦闘可能な者が次々と集まってきた。

どいつもこいつも不愉快な視線ばかりを甚爾へ向けるが、当人にとっては慣れた物だ。特に気になりもしない。しかし、全ての視線が甚爾と五条に向く中でただ一人扇の視線だけは玉犬と共にいる背後の恵へと向かっていた。

 

「甚爾………!!!それに五条悟だと!?一体何の用だ!?」

「見りゃ分かんだろ。俺の息子の事だ。アポイントメントは後ろの坊ちゃんが取ってたはずなんだがな。」

「ごっめーーん!忘れてた。メンゴメンゴ」

「という事らしいな。話し合いに来たんだ、穏便に行こうぜ」

 

比較的先に落ち着きを取り戻した直毘人に、甚爾たち一行は広間へと案内された。どうせ長居する気は無いが玄関で見世物にされたまま話す趣味もない。甚爾と恵が大人しくついて行く中で、五条はというといつもの三倍はやかましく減らず口を叩いていた。家どうしの仲が悪いのもあって、無様な姿を見れて愉快なのだろう。

 

「甚爾めちゃくちゃ嫌われてんじゃん。ウケる」

「当たり前だろ。大暴れした事あるしな。」

「へぇ~何で生かしておいたの?」

「別に、ただの気まぐれだ」

「ムカついた奴全員殺してもキリないし意味ないもんね。分かっるぅー」

 

五条悟と禪院甚爾が気安く言葉を交わしている。その状況だけで、禪院家の連中にとっては胃の痛い案件だろう。更に、明らかに相伝術式を継いだ将来有望な子どもも共にいると来た。柄の中だけでも、冷や汗を隠せていない者は多かった。

 

「甚爾、説明してらおうか」

「五条悟とはビジネスパートナー。こっちは息子の伏黒恵だ。見ての通り十種影法術を継いでる。相伝の事でこれからオマエらが無駄に煩くなる事が予想できたから、先に釘刺しに来たんだよ。俺と……()()()()に関わるな。」

「今回僕はただの付き添い。ただ、恵の保護は僕も噛んでるからゴアイサツしに来たってワケ。つまり、善意だろうが悪意だろうが恵たちに関わっちゃうと僕と甚爾両方一気に敵に回す事になるよ」

「……家族か。随分と丸くなったな甚爾。オマエなら息子を売りかねんと思っていたがな」

「諸事情で不可能なんだよ。俺は呪われてんだ。」

「はぁ……まだそんな事言ってんの。いい加減にしなよオッサンも。」

「まぁいい。いくら喉から手が出るほど欲しい相伝であっても、オマエ達相手に此処でごねるほど俺も馬鹿ではない。外の連中にも手を出さんように言っておこう。これで満足か?」

「ああ。恵のこれからは恵自身が自分で決めるだろ。それで充分だ、じゃあな。」

「フン、もう二度と帰ってくるな。」

 

直毘人との会話はすぐに終えた、ここまでは予想通りだ。恵の事は是が非でも禪院に取り入れたいだろうが、いかんせん相手が悪すぎる。甚爾も五条も気の長い方ではないので交渉は早めに飲んだ方が正解だ。長引かせるだけ、直毘人が交渉不利になる。

 

ピリピリとした雰囲気の中、多少は委縮しているものの恵は普段通りであった。不愛想な表情で、言いつけを守って静かにしていた。将来的に大物になりそうである。

一方、変わった事があったとすると、会話の最中に広間の外からふすまの隙間からこちらを窺うような気配があった事くらいだ。しかし、特に気にする必要もないと甚爾も五条もその存在を捨て置いた。どうせ禪院の連中なぞ、甚爾にとっても、五条にとっても取るに足らないものばかりだ。

 

「へぇ~なんだ。結構話通じんじゃん。何か拍子抜けしたよ」

「オマエが喧嘩買いたくてムズムズしてんのが分かってるから早めに切り上げたんだろ。自分で言ってたようにあの爺も馬鹿じゃねえ。」

 

そう言いながらふすまを開けて廊下をずかずかと進む甚爾たちを止める者などいない。すぐ外に居た五条と同い年くらいの男に、一瞥もくれる事なく二人はくだらない会話を再開した。

行儀の良い恵だけが、その男に一礼して速足で前を行く二人の背中を追いかけていった。

ただ突っ立っていた男──禪院直哉の心の内がどれだけ大荒れでも甚爾たちの知った事ではなかった。

 

誰しもが遠巻きに三人を見ながら、こそこそと話をする。甚爾の優れた聴覚にはその言葉自体は届くが、心底どうでも良くてただ次のギャンブルの事を考えていた。これでもう禪院関係で恵が煩わされることもないだろう、甚爾を世に縛り付けるくびきの一つが外れた、そんな気分だ。

五条はというとやり返さない甚爾と、甚爾に対して喧嘩を売るような馬鹿な真似をする禪院の連中相手を見て、舌を突き出して見るからに不満ですという顔をしていた。

そうして、全壊した禪院の家の入口に近づく頃、甚爾たちの正面から声をかける蛮勇な男がいた。無謀ともいう。先ほど、恵の事を恨みがましく見ていた禪院扇だ。

 

「甚爾、禪院を乗っ取るつもりか?」

「はぁ?何言ってんだ。俺はこんな所に居座る気はねぇよ。ただ俺とコイツ(めぐみ)に関わるなって忠告しに来ただけだ。」

「オマエの息子を使って禪院家の当主になるつもりだろう!!」

「そんなもん欠片も興味ねぇよ。どけ、また死にかけたいのか?」

 

甚爾にはあずかり知らぬ事ではあるが、禪院扇にとって恵の存在は決して許されざるものであった。自身の子の不出来を嘆き、家の中での出世も叶わず、燻っていた扇のコンプレックスを多いに刺激した。

猿と見下していた甚爾が、あの五条悟と共に相伝の子と共に帰って来たのだ。身体の芯に染み付いた、天与呪縛のフィジカルギフテッドの脅威に対する恐怖を凌ぐほどの激情であった。

愚行は百も承知であったが、刀に手をかけた状態で他でもない五条悟と甚爾の前に、扇は立ってしまった。

 

甚爾は別に寛容ではない。何もかもに興味が無いので、結果として寛容に捉えられるような行動を取る事があった、それだけだ。だから、今回は容赦なく殺すつもりで刀の柄を握る扇の顎を狙って、拳を振り上げようとした。

 

「やめろ!!!甚爾!!!!」

「……ッチ。命拾いしたな。せいぜい直毘人に感謝しとけ」

 

拳は直前で止められた。余波だけで少しであるが宙に浮いた扇は、今度こそ腰を抜かし地面に座り込んだ。まともに喰らっていたら、確実に死んでいた事が分かったので扇の顔は恐怖で歪んでいた。

そして、これまで甚爾と恵が今回の主役だからと黙っていた五条も我慢の限界に達したらしい。額に青筋立てながら、周囲の人間全員に聞こえるようにこう言った。

 

「ハァ、あのさぁ。今まで黙ってたけど、君たち何か勘違いしてない?甚爾と比べる事も烏滸がましいくらいの雑魚どもが。ピーピーうるせぇんだよ」

「そこの阿呆には厳重に言い含めておく。もう頼むから帰れ」

「頼むまでも出ていきますー。調子乗んな、雑魚ども。甚爾はオマエらの100倍は強い。せいぜい怯えながら暮らすといいんじゃねえの?じゃあな」

 

そうして、禪院の敷地からさっさと退散しようとしたとき、禪院の連中の顔が青ざめ絶望の色に染まっていく中だだ1人、甚爾たちの方へ向かってくる恵と同じくらいの年頃の女児が居た。おかっぱ頭のその顔には、期待と羨望のような色が乗っている。地に座り込む父親など眼中になく、甚爾の方へと真っ直ぐ駆け寄った。

 

「あの!!私は真希!」

「……扇の娘か?」

「そんなのどうでもいいだろ。私、アンタみたいに強くなりたい。いつか手合わせしてくれよ!!」

「オマエも天与呪縛か……。まぁ、俺くらい強くなれたら考えといてやるよ。」

「!!分かった!」

 

そうやって、にかっと笑った真希の顔は何だか少しだけ恵に似ているような気がして、甚爾は頭を軽くひと撫でして背を向けた。

禪院と関わる事はもうない。禪院真希と甚爾が手合わせをする未来など永劫に来ないだろう。

それは分かっていたものの、恵に似た面差しで、あんなに素直に尊敬の情を向けられて邪険にする事は甚爾にはできなかった。何より甚爾はヒモなので、子どもも含め女には基本的に優しい。

 

真希はというと、撫でられた頭を両手で抑えながら顔を赤くしていた。誰からも否定されてきた自分が、初めて似たような境遇の人から撫でられ認められたような気持ちになったのだ。嬉しくて、なんだかむずかゆい気持ちになって、それから余計に強くなりたいという気持ちが増した。

双子の真依が来るまで、真希はずっとそこで頭を押さえながらしゃがみ込んでいた。

 

 

 

禪院真希は希望を見た。

禪院扇は2度目の覆しようがない敗北と、屈辱と恐怖を。

禪院直哉は───────

 

 

 




あの、夏油傑、意図せず副次効果でどんどん地獄が深まっていってるんですが……
あの時りこちゃん達をパパに邪魔されず攫えてたら、ワンチャン死ななかったかもしれないですね。さらにパパに対するヘイト貯めてそう。
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