伏黒甚爾の逆行奇譚   作:ぴーなつ

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情報量つめすぎたかもしれません……


8.業果法然

高専基準で行くと強いとされる呪詛師及び呪霊討伐を経て、甚爾は事実上、五条悟の協力者として淡々と任務をこなす日々を送っていた。甚爾が過去どんなに薄暗い事をしていたとしても、証拠はないし、異論を唱えられる者などいない。それくらい五条悟と禪院甚爾の力は圧倒的であった。

 

女の家に転がり込み、飯を奢ってもらい、稼いだ金は殆どギャンブルに溶かす無為な日常に変化はなかった。しかし、あまり家を空けすぎると禪院家に対する牽制に意味がなくなる。家に帰る頻度も上がり子ども達と接する機会もそこそこあった。

それ以外は、五条悟から流される任務をいくつかこなす安寧な日々を過ごしていた。だから、ある意味平和ボケしていた時にその知らせは寝耳に水であった。

 

「は?津美紀が倒れた?」

「そういってんだろ!!だから早く帰って来い!」

「今から向かう。原因は分かってんのか」

「病院に運ばれたけど全く分かってないみたいだ。目を覚まさないだけで特に身体機能に異常は今のところ無い、らしい」

「コッチ関係か?残穢は?」

「分からない。説明は難しいけど、たぶん呪いが関わっていると思う」

「坊ちゃんを連れていく。病院で待ってろ」

 

そう言って、津美紀の運ばれた病院に向かった。恵から詳しく聞くと、友人宅から帰宅途中に、学校の近くの墓地周辺で倒れていたらしい。普段は通らないが家までの近道になるらしく、たまたま通った道のようだ。

こちらに向かう五条に、ついでにその現場を見てから病院に来るように頼んだ。

 

「普通の墓地だったよ、残穢はなかった。津美紀ちゃんも見たけど原因不明だね。呪われて昏倒してる、それ以上の情報は得られない」

「つまり、何も分からないと」

「そうだね」

「ハァ………すぐに命の危険がある状態ではないんだな?」

「うん。本当にただ意識が無いだけだよ」

「仕方ねぇ、今できる事はねぇな」

 

津美紀が中学に入学して以来、全く手がかからなくなったと思えばこれだ。子どもというのは次から次へと厄介事を持ってくる。前回は甚爾と関わりの無かった二人であったが、呪われて此処へと戻ってきて以来何度も調子を狂わされてばかりだ。

 

「…津美紀は大丈夫なんですか?」

「絶対に何も無い!なんて断言できないけど、今はひとまず大丈夫だよ。眠らされてるだけみたいだしね」

「俺は……」

 

何もできない事が分かっているので恵は手を握りしめて、唇を噛み締めた。甚爾の目からも葛藤が見て取れる。もしかすると、呪力に関してもっと積極的に学べばよかった、だとか考えているのかもしれない。それに関して甚爾がいう事は特にない、術師になるもならないも勝手にすればいいと思う。

 

「それじゃあ、用事あるから」

「ほんっとクズだなアンタ」

「此処に居ても何も始まらねぇだろ。オマエだってそれを一番分かってんじゃないのか?」

「………俺が術師になれば、津美紀を守れるのか」

「さあな。強ければなんでもできるって訳じゃねぇ」

「……俺は………」

「好きに生きろ。俺はそれにとやかく言うつもりはねぇよ」

 

こちらを睨みつけて来る恵の視線を甚爾は黙殺した。怒り以外に悲しみや困惑の感情でいっぱいになっている思春期に入りかけの息子の頭を、なんとなくひと撫でして病院を去った。

師弟関係も良好なようだし、あとは五条がどうにかするだろう。呪いに関して、呪力0の甚爾ができる事は無い。

 

五条悟、甚爾、恵と関わりの深い、非術師の彼女が偶然呪われ倒れた──そんな事はほぼ起こり得ない。津美紀の呪いは作為的なものである可能性の方が高い。犯人の目的が甚爾なのであれば、一人の時に必ず接触してくるはず。甚爾は、津美紀が倒れていたという墓地へと向かいしばらく待った。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、初めまして。禪院甚爾。」

「オマエが津美紀を呪ったのか」

「そうだよ。君と少し話がしたくてね、ああ私の事は何とでも呼んでくれ」

()()()()()()()()()()で、俺を呼び出してくれたもんだな」

「……君の五感はそこまで分かるのか。素晴らしい、実に興味深いよ」

 

ある意味予想通りだ。数年前から存在は認知すれども、会う事は無かった相手。額に傷のある死臭を纏う女が、甚爾の前に立っていた。薄暗い墓地がこれほどおあつらえ向きな事も無いだろう。

 

「で、話って?」

「性急な男は嫌われるよ?まあいい、君に頼みがあってね。もちろん聞いてくれれば君の娘の呪い解くよ。彼女には別の使い道があったんだけど、ここで札を切る方が良さそうだったからね」

「内容は」

「高専忌庫からこちらの指定する物を取ってきてほしい」

「そんな事をすれば、何が起こるか分かって言ってんだろうな」

「……君は勘が良すぎるね。非常にやりにくい」

 

五条悟と禪院甚爾が組んでいる事は、高専どころか呪術界全体から認知されている。そして同時に甚爾が呪力0のフィジカルギフテッドである事もだ。

 

忌庫から誰とも鉢合わせする事なく、盗み出せたら甚爾は実質ノーリスクで津美紀の呪いを解除できる、ように思えるかもしれない。

しかし、そんなに事を楽観的に見る事は不可能だ。高専は未だに甚爾を警戒しているし、突然何の前触れも証拠もなく厳重に保管されていた呪物が消えれば必ず甚爾が最初に疑われる。甚爾には禪院家での前科があるし、残穢もなしで呪物が消えれば高専を出入りできる呪力0の甚爾が疑われる事は必至である。

疑わしきは罰すを原則にする者ばかりだ、喜んで甚爾を排除しようとするだろう。

 

そうすると何が起こるか、十中八九、五条悟との戦闘だ。五条の協力者であるので、責任を取るのも五条悟でなければならない。

 

「もっと具体的に言えよ。俺に五条悟を殺せって言いたいんだろ?」

「君のような存在は非常に希少だ、利用しない手はない。本当はまず夏油傑を殺して欲しかったんだけど………君は彼を殺さなかっただろ?」

「ああ、アレ。そういう契約なんでな」

「それは計算外だった。そっちに関しては他に手はあるから、まあいいよ。でもね、君らは強すぎるんだ。君が五条悟を殺して、呪物を持って帰ってくれれば万々歳なんだけど、失敗して君が死んでくれるだけでもこちらとしては有り難くてね」

「調子に乗んなよ、それで契約が成立すると思うか?」

「でも君は断れないだろ?家族を守る──そんな呪いにかかっているんじゃないのかな?」

 

傷の女はやはり、甚爾に夏油を殺させようとしていたようだ。次は五条の殺人教唆、いや強要を行っている。

そして甚爾に契約をのませるように津美紀を呪った。どこで知ったのか甚爾の呪いまで把握している。おそらく禪院家経由で情報が漏れたのだろう。

 

だが、この傷の女は重大な勘違いしている。まず、甚爾の呪いは恵の母の“恵をお願いね”という約束が根底にある。別に、津美紀は範囲には入らない。甚爾が捨て置けばそこまでだ。躊躇なく目の前の女を殺すことができる。

そして、甚爾の身に宿る呪いは自身を呪った結果の産物だ。解呪自体はおそらく可能であり、解きさえすれば行動を縛られる事はない。

甚爾に津美紀を守らなければならない理由はない。再婚相手の連れ子だし、言うなればただの他人だ。そんな事を甚爾の頭は理解している。怒りに任せて、甚爾相手に搦め手を仕掛けてきた目の前の女を殺してしまえばいい。

 

───全くもってくだらない。呪い、呪われ、時を遡って、横たわる彼女の前に立って以来甚爾の人生は矛盾だらけだ。何も尊ぶ事のない人生を送る、そう決めたはずなのに。

 

「……他者へ縛りを課すのであれば、その内容じゃあ釣り合いがとれねぇな」

「その通りだ、君は他に何を望む?」

「俺の家族への今後一切の干渉不可、間接的にもな。勿論、津美紀の呪いは解いてもらう……それとオマエは何者だ?何を目的に暗躍している」

「いいよ。後者の質問に対しては他言無用って条件で答えてあげる」

「癪だが飲んでやるよ」

「私はこんな風に他者の死体に乗り移りながら、千年ほど前から生きる術師でね。最初の名を羂索という」

 

そう言って、傷跡からぱっかりと額から上の部分を開けて見せた女に甚爾は、既視感を抱いた。脳が丸見えだ、そして脳みそそれ自体に口が付いている。かなりおぞましい見た目である。

天内理子の悲惨な死体、そして天内を殺した狂った男にも同様に額に傷があった。天内に関しては、頭蓋骨を切り落とし、脳を取り出そうとした形跡があった。あの殺人も目の前の人と形容していいか迷う何かのせいだったのだろう。

 

「目的はそうだな、呪力の適正化。呪いの可能性、その行く末を見たい。君という特殊例も数多ある人という形を持つ呪力の可能性、その一つの完成形だ」

「要点が見えねぇな。つまり、九十九由紀や夏油傑、そして五条の坊ちゃんのように世界の在り方の変革を目指すって事か?」

「そうだね。ただ私は呪いの無い世界を目指す訳でも、平和を望む訳でもない」

「へぇ………手段は?」

「そこまでは縛りの範囲外だな。答えるのはここまでだよ」

 

九十九由紀の星漿体と天元に関わるなという忠告、脳漿の飛び出た天内理子の死体、呪詛師の不死を望む言葉、そして千年の時を生きる他者の身体を乗っ取る術師。やっと全てが繋がった。

鍵は天元だ。九十九の忠告からも、五条の庇護下にあった星漿体をわざわざ殺すように仕向けた事からも、それは間違いないだろう。何より同じ長い時を生き続けている術師だ、情報を握っている可能性が高い。

 

そして、欲した次の寄生先はおそらく夏油傑の死体。甚爾が夏油へ襲撃をかける時に、わざわざ目の前の女は夏油の説教を聞きに来ていた。甚爾が夏油傑を殺す事を期待して、だ。

それに甚爾が夏油のもとへとたどり着いたのは、この女が孔時雨に旧盤星教の関連施設の位置情報をリークするように指示したからである。そういえば、珍しく彼も甚爾に忠告を残していた。それなのに甚爾はまんまと嵌められた訳である。

 

「五条悟か俺の命がかかってんのにその程度の内容しか教えらんねぇのか、舐められたもんだな」

「私は君に、忌庫から特定の物を盗むようにしか頼んでない。その後起こりうる可能性に関しては責任が取れないよ」

「こんな状況じゃなければ真っ先に殺してやるよ。俺を良いように使おうってんだ、()()()()()

「怖いなあ、それじゃあ武運を祈るよ。助かるよ、君のおかげで私の計画は前倒しにできそうだ。ありがとう」

「……最後に、俺にいつ目をつけた?」

「そのくらいなら答えてあげよう。君が沖縄で夏油傑と五条悟の殺し合いに乱入した時からだね」

 

全てが自分の手の平の上だと思っているような態度に虫唾が走る。縛りはのんだが、その上で相手の最も嫌がる事をして一矢報いる事を甚爾は決意した。

 

本当に、星漿体に関わると碌な事が無い。前回、彼女殺して呪われでもしたのだろうか。羂索と名乗る寄生虫のような術師に目を付けられたのも、彼女がきっかけであった。九十九由紀の忠告は正しかったが、遅すぎた。

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

決意を固める訳でも、準備に力を入れるわけでもなく、甚爾はいつも通りの状態で高専へと侵入した。

遅かれ早かれ、こんな状況が廻ってくるのは何となく分かっていた。死んでから時を遡って、そして前回では考えられないような生活に縛られて生かされてきた。その逆行現象自体がイレギュラーだ、むしろここまでよく平穏を保てたものだ。タイムリミットなどあって当然である。

恵と津美紀に囲まれ、時には騒がしく暮らして、呪術界の頂点である五条悟と対等な立場で組んで、術師のように過ごした。その日々は、時に煩わしくもあるが、嫌いじゃなかった。

 

忌庫の場所はその都度変わるが、忌庫番は人間だ。つまり匂いがある。甚爾は人の気配がある方へと向かい、あっさりと番人たちを気絶させ中へ侵入した。五感が限界値まで極まっている甚爾だからできた事だ。

そして、両面宿儺の指と史上最悪の呪術師、加茂憲倫の落とし仔である呪胎九相図の一番から三番までを奪取し、倉庫呪霊の中へと保存した。忌庫への侵入と呪物の奪取だけなら、発覚にしばらくかかるだろう。その間に逃げればいいのだが、甚爾はその選択を取らなかった。

 

呪術界から、五条悟から、そして家族から、逃げて逃げ続けて、そうすればおそらく殺し合いにはならない。だが、逃亡生活を続け生き延びたとして、その先にはきっと何もない。その逃亡は、甚爾の身に宿る呪いにも反する行動になってしまうだろう。結局、甚爾は高専で五条悟を待つしかない。

 

───それに甚爾は、きっとあの最強との再戦をずっと待ち望んでいた。だから逃げない。

くだらない自尊心のせいで死んだのに、また同じ事を繰り返そうとしている。前回の甚爾が今の自分を見たらきっと呆れ、嘲笑するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「見覚えのある景色だ……こっちで正解だな」

 

甚爾は前回天内理子を殺した場所へとやって来た。高専最下層、薨星宮本殿だ。勿論、甚爾と夏油が争った跡や血痕などはなく、綺麗なままだ。此処は独特の気配で満ちている、前回の甚爾が覚えたその感覚を追えば、簡単に結界内に侵入できた。呪力に縛られない透明人間の甚爾に結界の類は意味を為さない。

そうして招かざる客である甚爾は、天元の閉じ籠る中心部へと、ついに、たどり着いてしまった。

 

真っ白い空間に待っていたのは、見た目だけは人という体裁を保っている何かであった。臭い・音、全てにおいて生きている人間の気配がしない。あの脳みそといい、人間は何百年も命を存続させるとその枠から外れてしまうのだなと甚爾は考えた。

 

「呪力から逸脱した禪院の者」

「アンタが天元サマ?」

「そうだ、此処に何の用だ?」

「聞きたい事があってね」

「君はあの子に利用されて、六眼……五条悟と戦うのではなかったかな」

「あの子?あの寄生虫の事を知ってんのか」

「羂索、かつて加茂憲倫と名乗っていた事もあったね。知っているよ」

「空振りじゃなくて安心したぜ。早速、聞かせてもらおうか。羂索は呪力を適正化させると言った。具体的に何をするつもりだ、手段はどうなっている」

「人類の進化を、そしてその手段は人類と私の同化だ」

「同化が可能なのは、あの嬢ちゃんだけじゃなかったのか」

「今の私なら全人類との同化が可能だ。私は不死の術式持ちではあるが、不老ではない。星漿体と同化し損ねたこの身は既に進化してしまった。今は個としての自我は消えてしまって、私、という存在が普遍的に存在する状態になった」

「……じゃあ今俺が話しているアンタは何だ?」

「結界術によって自己の境界を設定しているんだ。この薨星宮でね」

「なるほど……で、その同化ってのはどうやるつもりなんだ?」

「今の私の組成は、呪霊に近い。つまり、呪霊操術の術式対象内だ」

「それであの脳みそ野郎は俺に夏油を殺させようとしてたのか。全人類が同化したらどうなる?」

「具体的には分からない、ただ個々の垣根が無いから悪意が一瞬にして伝搬する。そこから先がおそらく地獄だよ。ただ、一人、呪力という理から逸脱した君だけは個という境界を保ち続けるだろうね」

甚爾はここまで聞いて遠い目になった。碌な事を目論んではいないと思っていたが想像の数倍最悪だった。夏油傑、呪霊操術という術式刻まれた身体を乗っ取り、天元の結界を利用する。そして、“人間”という存在の在り方自体を歪めようとしているらしい。そんな事の為に千年も生き続けたというなら天晴れとしか言いようがない。

 

「天元、星漿体、そして六眼、これら全ては因果で繋がっている。しかし今回、星漿体が夏油傑と六眼である五条悟の手によって、その運命から逃れた。結果的に呪術界全体の運命が、何の因果か狂ってしまった」

「………そうか」

そもそも天元のいう因果から外れた存在である甚爾が、時を遡って人生をやり直すなんて狂った事が起きてしまっているのだ。運命の輪から外れた甚爾の生死に直接関係した六眼と星漿体。今回、どのようなバタフライ・エフェクトが起こってもおかしくはない。

 

「そして、あの子が計画を断行するためにはいくつか前提条件がある」

「へぇ、どんな?」

「星漿体の抹殺、六眼の死もしくは封印、そして呪霊操術を持つ肉体。」

「なるほどな。だがもっと重要な前提条件があるんじゃねぇか」

 

───禪院甚爾は生まれながらのハズレ者。やはり、この世界の理から逸脱した存在であった。

甚爾は天元との問答の中で、やっと自身の呪いの本質を理解した。きっかけは、彼女との最期の約束すら守れなかった自身を恨んだこと。呪力源は、死して天与の縛りから解放された、甚爾が本来持つはずだった莫大な呪力。起こった出来事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言い換えてもいいだろう。そして、その根本にあるのは彼女との約束の言葉。

 

甚爾は、既に六眼と星漿体の本来あるべき姿を歪めてしまった。既に目の前の化け物の言う"因果"とやらは狂っている。

 

「六眼と星漿体、そしてアンタは因果で繋がっているんだったな。俺は六眼と星漿体を一度殺している。まあ前者はゴキブリのように生き返ってきたが」

「?どういう事だ……何をするつもりだ」

「羂索の計画における最も重要な鍵は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。やっぱ四桁も生きるとボケんのか爺ども」

 

 

 

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