伏黒甚爾の逆行奇譚   作:ぴーなつ

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9. 禁厭回帰

都立呪術高等専門学校、その奥深く誰もたどり着けないように静かに存在していた薨星宮本殿は、その荘厳さなど見る影もなく破壊されていた。

 

()()()()()という名を持つ鉾、因果の破壊という業と呪い、呪力という理から脱却した天与の呪縛。

端的に言って、天元と甚爾は相性が悪すぎた。両者は決して相見えてはならなかったのだ。

進化した天元は意識が偏在している状態であり、存在というより現象と形容する方が正確だ。その殺し得ない天元という現象は、そこで跡形もなく終了した。

 

天元が意識の境界線として設定していた結界ごと、全てを天逆鉾によって甚爾が薙ぎ払ったからだ。甚爾以外がその鉾をもって、天元を消そうとしても上手くいかなかっただろう。呪いを背負った呪力皆無の天与呪縛という矛盾した存在だからこそ、それを為し得た。

 

条件は揃っていた。甚爾自身が呪いを受け入れ、平穏に生きていたのであればこのような事は起きなかったであろう。しかし、羂索は最悪な形で甚爾をけしかけてしまった。

 

────そして、千年続く呪いの理、呪術界の常識が根底からひっくり返った。

 

甚爾は、呪いを扱う術師たちの千年続く秩序を無に帰した。それが何を引き起こすか想像できないほど馬鹿ではない。しかし残念ながら、羂索という同じく過去の遺物にコケにされたまま二度目の人生に幕を下ろすほど甚爾は甘っちょろい人間ではなかった。

天元も羂索も両者とも、甚爾を認めなかった術師たちの中心に居座り続けたであろう化石だ。天元を殺すことに、術師たちへの復讐心も多少混ざっていたかもしれない。いい気味だと思いながら、甚爾は地上へと上った。

 

 

「何しでかしたか分かってんの?」

「そりゃあな。だが、何が起こったところで俺の知った事じゃねぇ」

「天元様の結界が無いと、任務も高専の守護もままならなくなる。術師の死亡率が跳ね上がって、結果的に呪いによって死ぬ人間が増える。それは、オマエの呪いに反するんじゃねぇの?」

「まぁそうだろうな」

「アンタは再三この世界の行く末なんて知ったこっちゃねぇから好きにしろって言ってたな。それがこのザマ?恵君と津美紀ちゃんがいる限り、こんな馬鹿げた真似はしないと思ってたんだけど」

「………っふふふはははっははは!!傑作だな!誰もかれも俺が大人しくなったと勘違いしてやがる」

「アンタがどんだけクソな人間でも、大切な物があった。だからこそ俺はアンタと組んだんだ、それをこんな形で滅茶苦茶にされると思ってなかった。説明しろ!!何が目的だ!!!」

「目的なんざねぇよ、あえて言うなら嫌がらせだ。残念だったな。呪いがあろうが無かろうが、俺の本質は何も変わっちゃいねぇ。俺は()()()()伏黒甚爾だ」

 

タイムリミットだ。天元を殺すまで、甚爾の強さを前回以上へと引き上げていた呪いの気配が小さくなっていく。恵を──そして津美紀の将来を危険にさらすような真似をしたからであろう。解呪はしていないし、できていない。だからこれは縛りを破ったペナルティ、そう解釈するべきだろう。

 

戦闘条件は前回よりも悪い。目の前の坊ちゃんは最強のなり損ないとはいえ、前と違って万全の状態だ。天内理子がターゲットだった時とは、状況が異なる。一方、甚爾は天元を殺した事で弱体化している。

しかし、甚爾には前回の経験と知識があるので結果的にイーブンという所だろう。天逆鉾を頭に刺せば、甚爾は勝利し、覚醒する事なく五条悟は死ぬ。

 

「……それじゃあ、面白くねぇな」

 

甚爾の戦闘スタイルは基本的に理詰めだ、綿密に計画を練るし、敵がどうでるか考える。リターンの少ない仕事など請け負わない。だが、今回はその全てを度外視する事を決めた。

自分を、誰をも尊ぶ事のない生き方──そんな物は呪いのある限り不可能だ。そして、甚爾は死ぬまで呪いを引き摺る事を決めてしまった。

前回殺された最強とのリベンジマッチ、しかも退路は無い。聞こえはいいがただの自殺である。諦めている訳でも、積極的に死ぬつもりもないが、ただの客観的事実だ。

 

全くもってくだらない。ここまでに至った全てがくだらないと前回の甚爾なら唾棄するだろう。

津美紀を見捨てていれば、死臭を纏う寄生虫術師に利用される事などなかった。

縛りに則って高専からさっさと退散すれば、五条悟と殺し合いになる事はなかっただろう。

前回の知識と経験をフルに使えば、最強になる前の六眼を殺す事など造作もない。

そして、恵と彼女の事など忘れて、呪いを解きさえすれば、前回同様好き勝手に振る舞えた。

 

それが出来なかったから甚爾は、アイだの自尊心だの、そういう一銭も産まないくだらない物に殉じる羽目になったのだ。らしくないにも程がある。

 

だが、幾分かスッキリとした気分で甚爾は五条を睥睨した。凶悪な笑みを浮かべながら、まずは目の前の甘っちょろい坊ちゃんを一度死の淵まで追い込むべく構えた。

 

「マジでぶっ殺す、最悪の形でこれまでのお膳立てをひっくり返しやがって。次は絶対俺が勝つ」

「お互い恨みっこ無しでやろうぜ。こっちもテメエのムカつく面をボコしてぇと思ってたところだ」

 

五条は油断も慢心もなく、甚爾に全力で呪力をぶつけた。一度負けた相手で、五条の知りうる限り一番強い人間が甚爾であった。無下限術式と六眼の抱き合わせ、現代最強の術師といくらうたわれようと甚爾相手では勝率は五分五分だろう。

 

「何でいつもいきなりなんだよ、報連相くらいしろオッサン!!!」

「後悔ってのは先に立たねぇんだよ、そんくらい知ってるだろ坊ちゃん」

「そんなの痛いくらい分かってんだよクソ!!!」

 

五条が腕を構えて、順転術式を発動した瞬間、甚爾が居たあたりの地面全てがえぐれた。甚爾はその攻撃を避け、後方へと距離を取った。

 

「それが全力か?」

「違うに決まってんだろ、ブラフだ」

 

その瞬間、次は甚爾自身が五条の方へと引き寄せられるような力を感じたが、浅かった。甚爾は力業でそこから離れ、鎖の端を手で持ったまま天逆鉾を五条の心臓めがけて思いっきり投げた。五条の死角から放たれた速すぎるその攻撃を完璧には避け切れず、五条は左肩を負傷した。

 

やはり甘い。甚爾が殺しかけたというのに、呪詛師へと堕ちた夏油を無意識に救ったことからも分かっていたが、五条悟はまだただのクソガキに過ぎない。長く利害関係の付き合いでしかなかった甚爾相手の攻撃に、殺意がいまいち乗り切れていない。

甚爾相手ですらこのザマであれば、親友である夏油傑を殺すという選択肢を取れるとは到底思えない。

 

五条が甘さを断ち切れないのであれば、甚爾が無理矢理、あの最強を呼び覚ますまでだ。

天元は死んだ。羂索がどうでるか甚爾には想像がつかない。そもそも、人間の在り方を歪めて、境い目を無くすなんて荒唐無稽な事を本気で実行しようとするやつのしでかす事など予測をつけられる訳もない。

ただ一つ分かっている事は、奴は五条悟を、六眼を恐れている。

 

古くからの秩序は失われ、不確定要素で埋め尽くされる。これからの呪術界は甚爾のせいで確実に荒れる、禪院相伝を継承する恵も十中八九それに巻き込まれるだろう。ここから先には、他の誰をも寄せ付けない、絶対的な強さを持つあの五条悟(さいきょう)が必要となる。

どうせタイムリミットはすぐそこだ。それならば、らしくなく最期まであがくとしよう。

 

「慈善事業なんて産まれて始めてだが………死んでくれ、坊ちゃん」

「俺を殺す事のどこが慈善事業なワケ?安心しろよ、俺が勝つから。ゴキブリみたいに逃げ足の速いアンタを殺したほうが世間の為になるでしょ」

 

そこからの戦闘の流れは前回とあまり変わらなかった。低級の呪霊を六眼の攪乱のためにばらまいて、甚爾は死角から天逆鉾をもって五条の身体を覆う無下限の解除を狙った。勿論、その特別な武器の存在を知る五条は警戒し続けていたが、分かっているからと言って防げるものではない。甚爾の目論見通りに、無下限を強制解除し、もう一つの呪具である刀で五条の頭を刺した。

 

「これでテメエが死んだら………そこまでだったって事だな。せいぜい頑張って反転術式でも会得してみろ」

 

そう言って倒れ伏した五条の頭を甚爾は軽く蹴った。文字通り死体蹴りというやつだ。完全に馬鹿にしている。

前回同様、甚爾の五感をもってしても目の前で地に伏す五条悟は死んだように見える。この状態から生き返り、加えて段違いに強くなって甚爾の前に現れたのだから、やはりアレは化け物だった。

 

別に甚爾が見守っていても意味がない。使える戦闘員が出払っているのか、他の気配がこちらに近づいてくる様子もない。ため息を吐きながら時間を潰すために甚爾は高専出口付近にある鳥居へと向かった。

 

「あーこれどうすっかな………」

 

甚爾は羂索との縛りの条件であった、特級呪物である両面宿儺の指と呪胎九相図を取り出して手慰みに眺めていた。鳥居の上で片膝を立て、頬杖をついてそれを軽く手のひらの上で投げながら五条悟が来るのを待つ。正直、時間を持て余している。

 

宿儺の方は分からないが、呪いのような、人のような、独特な気配を放つ呪胎九相図が、何となく不満そうな、怒るような気配を滲ませる。五体が極限まで強化された甚爾だからこそ、本当に何となく分かった事だ。

 

「他言無用が条件………だが相手は呪物、意思能力もない。ギリギリでセーフか」

 

天元曰く、羂索は御三家の汚点とも呼ばれた加茂憲倫であったらしい。九相図は加茂憲倫から作られた呪物だ。甚爾の手の中にある、その一番から三番の呪物は現在活動を停止している。相手を決して害せないが、相手もこちらを害せない。つまり、呪術的に互いに絶対不干渉の縛りが成り立っている状態だ。

 

「加茂憲倫を、知っているな?」

 

恨みのような、怒りのような、人が悪感情を抱く時の気配が強まった、ビンゴだ。九相図はあの脳みそ野郎に思う所がある。理由など興味はないが、推して知るべしだ。

 

「俺はそのクソ野郎に利用されてテメエらを盗みに来たんだが、ヤツの思い通りになるのは御免でな。これから独り言を言う。その情報をどう使うかはお前ら次第だ」 

 

そうして甚爾は、自分の知りうる限りの情報を空中に向かって呟いた。九相図が呪霊なのか人間なのか、誰の味方なのか、甚爾には分からない。ただ一つ言えるのはあの脳みそ野郎に対して良い感情は抱いていないという事だ。甚爾にできる事は、自分の置き土産をせいぜい上手く使ってくれる事を祈るのみ。

 

甚爾は、随分と自分の口が軽くなっている事を自覚していた。ハイになっているのだろう。天元を弑するという呪術界絶対の禁忌を犯し、あらゆる所にいつ爆発するかわからない劇物をばら撒く。前回やらかした何よりもタチの悪い事をしている。

 

「そろそろか………もし万が一受肉する事があっても、やつの思う壺にはまるなよ」

 

明らかに様子がガラッと変わった五条悟が遠くからこちらにやってくるのが見える。無事生き返ってしまったらしい。少しつまらなくはあるが、そのまま死んでくれても甚爾としてはどっちでも良かったのだが。

 

「よぉ、久しぶり。何一人でブツブツ言ってんの?」

「感傷に浸ってたんだよ。気分はどうだ?」

「サイッコーだね!今までないくらいに爽快!!何だって出来る気分だ!!」

「そりゃあ良かった、やっとその域に至ったか。待ちくたびれたぜ」

「あの時、その鉾で俺の額を刺してればアンタの勝ちだったのに残念だったなぁ!!!死にかけた事で呪力の核心を掴めた、もうアンタに勝機なんてねぇよ」

「今しがた反転術式を使えるようになったばっかりのくせに吠えるな。まだ勝負は始まってすらねぇ!再戦といこうか、最強!!!」

 

弾く力である赫は、タイミングさえ掴めれば相殺可能。引き寄せる蒼は、力技でちぎれる。最後に、甚爾にとどめを刺した茈は予備動作を読めなかったらまず即死だ。甚爾でも対応不可能の速攻、つまり天逆鉾はリーチ短めで使用する事が最低条件だ。防御にも攻撃にも必須なので、身から離すのは自殺行為となる。

 

そうなると、こちらも手足の一本でも犠牲にして肉薄するしかない。中遠距離戦はむしろ不利、一瞬でカタがつくが近づいて殺すしか手段がない。

 

「殺す!!!!」

「ハハハハハ無理に決まってんだろ、今の俺を止めるやつなんてこの世にいねぇ!!!」

 

最強となった五条は、甘ったれた坊ちゃんだった頃の様子など見る影もない。何者にも縛られず、誰よりも傲慢に、その力に酔っている。

このまま犬死する気などない。せめてこの調子に乗った状態に一発入れて、引き摺り下ろしてやると甚爾は鉾を括り付けた鎖を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でこんなことしたワケ」

「言えねぇな」

 

最強を殺す事は結局能わなかったが、一矢報いる事はできた。五条の右の腹にド派手に穴を開けたはいいが、治癒を捨て置いて超至近距離で虚式を撃たれて甚爾の左半身は吹っ飛んだ。

五条もタダでは済まない自爆に近い技だが、肉を切らせて骨を断つ作戦に出たらしい。その後、ふらつきながら反転術式を回し傷を治していた。甚爾に重い一撃を食らったからか、さっきまでのぶっ飛んでハイになった様子も無く落ち着いている。

 

少しずつ目の前が霞んでいく、失血が早い。甚爾の生命力をもってしても、あと数分の命といったところであろう。

そんな虫の息の甚爾に不貞腐れたような声で五条悟は問う。勝手に裏切られたような気持ちになっているのだろう。

 

「……他に言えることはねぇの?」

()()()()()()が、せいぜい気を付けろ」

「!!肝に銘じとく………言い残すことは?」

 

前は何もかもに興味がなかった。生きたいとも、死にたいとも別に思ってなかった。自暴自棄とでもいうのだろうか。でも今はできる限り、生きていたいとそう願った。いつもそうだ。取り返しのつかない時にしか、大切な事に気づけない自身の愚かさを嗤った。

 

悔いはないと言えば嘘になる。たった今気づいたが、甚爾は自分が思っているより何でもない日常が好きだった。くだらないと嘯いた物こそ、きっとかけがえのないものだったのだ。でももう大丈夫だ、甚爾が居なくても恵も津美紀も強く育っていくだろう。

 

彼女との約束は果たせた、自分自身を恨む、そんな感情が薄くなっていくのが分かる。それでも解呪はできず、甚爾は呪いを胸に抱いて死んでいく。

 

「………悪くなかった。今となっては感謝してる。ありがとな」

 

前回とは全く異なる感情を乗せた薄く光る青色を最後に甚爾の視界は完全に失われた。

沖縄の海に無理やり連れていかれ散々な目にあった事、中学の入学式の写真を無理矢理一緒に取らされた時の事、甚爾に呆れ怒る恵と津美紀、そして恵を抱いて微笑む彼女、綺麗な思い出ばかりではないが走馬灯がかけていく。

結果こそ変わらなかった。それを因果と仮に呼ぶのであれば巡り廻って同じ所に落ち着いた、そういう見方もあるのだろう。五条悟は甚爾に殺されかけて最強へと覚醒し、甚爾はそれに敗れた。

 

今度こそ、本当に終わりだ。穏やかな気持ちになりながら、眠るように甚爾の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

「きもっ………うん、でも僕も悪くなかったよ。呪術師に後悔の無い死などない、だっけ。ほんっと術師の逆を行くよね。何の呪いも残さずに逝くし、これ以上無いくらい満足そうだ」

 

結局、伏黒甚爾という男はその呪いに縛られ生きて、その呪いに殉じて死んだ。五条悟は顔をこれでもかというほどしかめて、オッエーと舌を出した。

 

 

 




主役が死んだのでこれにて一旦完結です。
甚爾クンやらかしまくってるので、今後の世界がどうなったかは後日談としてザックリ書こうかなと考えてます。

バタフライエフェクトとして夏油傑はかなりの高確率で死なない。必要悪となって五条との全然和解しない和解ルートがあるかもしれない。
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