イン・トゥ・ザ・ヴォイド   作:レイワト流行れ

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勢いで書きました。地雷臭がするならブラウザバック推奨


プロローグ

 実験、というワードほど、私を揺らがせるものはないだろう。

 

 

 私の……いえ、私たちの人生は、思えばそれが原因で大きく動き、揺らめき、そして歪んでいく。

 始まりは数年前、IMCの実験のさなかに受けた人体実験だった。

 当時のことは覚えていない。わかっているのは、私がシニアサイエンスパイロットのレネイ・ブラジーとして自ら”実験”に参加したことだった。当時、実験のパートナーだったというシン博士の裏切りを受けた私は、思惑に反した実験を受けることになった。

 

 

 思い出そうとすると、今でも頭痛と、吐き気がする。思い出してはならないと、体が訴えかけるように、私の思索を阻むのだ。

 

 

 実験の行く末がどうなったのかは、私にはわからない。だが、私は実験中に処分を受けることとなり、殺処分されかかったところで……別次元の私に救われた。

 

 

 実験によって私に植え付けられたのは、フェーズ技術と呼ばれる、一種のワープ技術。時間と空間を跳躍するその技術は、かつてのフロンティア戦争の際に失われた。が、その残滓ともいえる情報と設備を改修したIMCによって実験は続けられ、今回は私個人に試験運用として植え付けられたらしい。

 

 

 ……残されている過去の”私”の音声ログには”実験”を通して何かを見出そうとしたようにも感じたが、肝心の部分のログは破損してしまっており、それ以上聞くことはできなかった。

 

 

 ともあれ、今の私は、その実験で失われてしまった私のルーツを解き明かすために、Apexゲームに参加している。大会の開催地である土地の一つには、私が過去に脱出した研究施設があるのだ。音声ログも、そこで発見した成果の一つだ。

 

 

 そうやって、日々を戦いの日々に投じている最中に与えられる、わずかな休息の時間。

 

 

 私を最も揺らがせるワードが飛び出たのは、Apexゲームの試合のない、とある昼下がりのバーラウンジのことであった。

 

 

「実験?私を使って?」

「ああ。大会運営から頼まれてさ。ブラジーにこんなこと頼むのは正直気が引けるんだけど……事情があってさ。」

 

 

 いつも明るい表情でゲームに挑む改造屋……大会で使う武器のいくつかは彼女が改造を請け負っているという……ラムヤ・パリーク(ランパート)に、いつになくまじめな表情で相談事を持ち掛けられた。

 

 

 事情というのは、Apex運営が考案している、新スタイルのルールのことであった。

 資源豊富なアウトランズとはいえ、毎日のように恐ろしいほどのリソースを消費するゲームは西暦2733年現在であっても、負担が大きい。続けられる余裕はあるが、その余裕があるうちに新しいスタイルを模索していく必要がある、ということで、大会運営は優れた技術屋でもあるランパートに話を持ち掛けたという。

 

 

 話によれば、依頼を引き受けたのはいいものの、彼女一人では無理と即座に判断、Apexゲームに参戦しているほかのレジェンドたち(技術屋が多いのはいまだに謎だ)に協力を持ち掛けた。その際、話に上がったのが私の”次元エネルギー”だという。

 

 

 マリー・ソマーズ博士(ホライゾン)によれば、私が保有しているフェーズジャンプ能力は、次元エネルギーを用いているものだという。この次元エネルギーについての理論は難しく、話が理解できなかったので割愛するが、どうにもほかのエネルギーに転用が可能らしいのだ。ソマーズ博士はブラックホールの降着円盤でしか採集できない特殊資源・ブランシウムのサンプルを持っており、このブランシウムを利用すれば永久にとは言わなくとも、少なくとも相当長い間、私が使うのと同じ次元エネルギーを生み出せるそうだ。

 

 

 この次元エネルギーを用いた装備を基本としたゲームとすれば、少なくともエネルギー問題についてはかなりの改善が見込まれ、武器弾薬に関しても、エネルギーアモ系統はほぼ無限に扱える。シールド、医療キット関連に関しても同様だ。

 

 

 ただ、ブランシウムは絶対量が少なく、採集を行おうにもソマーズ博士本人が巻き込まれた事故(ブラックホール周辺では時間の流れが違うらしく、ソマーズ博士は事故により外から見れば約100年もブラックホールに囚われていた)の件もあり、使うにしても失敗が許されない。ブランシウムを使用する前に、まずは私自身が持っている次元エネルギーを用いて試させてほしいのだという。

 

 

 ランパートだけに限らず、レジェンドたちはある程度互いの出自を知っている。ランパートも私が何のためにゲームに参加していて、実験というワードに敏感であることもある程度知っているはずだ。それを承知の上で、頼み込んできたということは、彼女の態度からもわかるが、苦肉の策だったのだろう。私としては……正直関わりたくはないのだが、私自身のルーツをたどるために必要なApexゲームの存続が、今すぐにとは言わないまでも存続できない可能性を考慮すると、頭ごなしに協力を拒むことはできなかった。

 

 

「いいわ。協力しましょう。貴方の手掛けている武器には、いつも助けてもらってるしね。」

「本当か!ありがとブラジー!!……あのMADには指一本触らせないから、安心してくれよ?」

 

 

 ……どうやら今回の件にはコースティック(本名は知らない)も関わっているらしい。コーステックというのは……一言でいえば、科学者だ。毒物のプロフェッショナルであり、毒ガスやら何やらでの施設内制圧戦闘と、防御戦を得意とするレジェンドだ。曰く、彼がゲーム中にそういった毒ガスを使って実験を行っているらしいが……ランパートが言うので大丈夫なのだろうが、少し実験に協力するといったことを後悔しそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ………そして、その実験の結果なのだろうか、今私は”ここ”にいる。

 

 

 実験そのものは、大したものではなかったのだ。

 新装備の射撃実験。運用実験。耐久性のチェック。そして、装備を持ったままの能力行使。

 虚空に入ったり、ポータルをつないだりと、いろいろ試験運用をした。

 

 

 どれも悪いことはなく、最後の実験として、長距離ポータルを作ろうとして力を行使した時に、異変が起きた。

 感覚としては、自分の力が過剰にポータルに注ぎ込まれる感覚。自分が保有している次元エネルギーをほとんど根こそぎ持っていかれるような感覚とともに、ポータルの出口が本来つながらないような場所につながってしまったことが感覚的にわかった。そして、どこに出るともわからないままにそのポータルから出ると、そこは、形容するのもバカらしい、ファンタジックな迷宮だった。当然、即座に引き返そうとしたが、超長距離ポータルの影響か、ポータルそのものが信じられないほど短い時間で消えてしまったのだ。

 

 

 そして、そこからは怒涛の連続だった。

 

 

 襲い来る、今まで見たこともないような生物。……いいや、この場では怪物(クリーチャー)と称したほうがいいだろうか。どこまでもファンタジックな、何百年も前から夢見られてきたゴブリンのようなもの。襲い来る奇妙な文様の描かれた狼。時折、洞窟そのものが図ったかのように、私を未知の場所へと飛ばしてくる。

 

 

 そうして、飛ばされた場所でも戦って、戦って、少しだけ休んで。

 

 

 キリがなかった。

 

 

━━キシャア!!

 

 

 体を覆うシールドが死角からの攻撃を防ぐ。同時に顔を出してきた蛇のようなクリーチャーにボルトSMGを向けて、乱射。数発ほどは耐えていたようだが、高レートのエネルギー弾の射撃は、すぐさま蛇の鱗を突破し、頭を打ちぬいてそれを沈黙させる。

 

 

 間髪入れずに、その場から虚空を利用して離れる。位相のずれた別次元に身を潜めてその場を離脱する。その間私は世界に影響を及ぼすことはできないが、同時に何物も私に影響をおぼせない。

 

 すべてが青白く染まった世界の中で、私は先ほど自分がたっていた場所が何らかの液体を掛けられて解けていることを確認する。天井の上に張り付いた、トカゲのような怪物の放った溶解液のようなものだ。虚空に入らなければ、今頃私は溶けていただろう。

 

 岩陰に隠れて虚空から飛び出し、ボルトSMGを即座にリロード。続けて、背中に担いでいるセンチネルSRを取り出し、射撃。虚空に入ってから私の姿を見失っていたそのトカゲを、物陰からの一射で葬り去った。

 

 

 まったく、どうかしている。そう悪態つきながら、シールドをリチャージする。この世界に来る私の”道”が局単に少なかったのか、いつも私に危機を伝える虚空からの声はその頻度が少ない。装備は充実しているが、食糧と水がない。しかも、敵は奥へ進むたびに強くなっていく。初めの方は当たり所がよければボルトSMG数発で死ぬほど脆かったというのに、今では1マガジンすべて撃ち込まなければ葬れない。

 

 

 ここから出たいのだが、戻ろうにも戻る道がわからない。上へ行こうにも、上へ向かうと思しき通路は、はるか上から貫いてきた大穴が粉砕しており、とてもではないが上へ登れるような状態ではなかった。

 

 

 だが、助けが来るかどうかすら怪しいこの奈落の底で、ただ座して死を待つほど私は死にたいわけでもない。

 必ず帰って……そして、私をこんな目に合わせた技術屋連中を、1回ずつクレーバー……高威力の対物ライフルでヘッドショットしてやらないと気が済まないのだ。

 

 

 先へ、先へ。下へ。下へ。

 

 

 時に飛ばされて、時に崩落した穴を飛び降りて、進んでいく。

 

 

 確信は、たった一つ。

 

 

 ”道は、下に通じている”

 

 

 この次元で、殆ど声を発しない声が放ったたった一つの希望の言葉。

 それにすがるように、私は絶え間ない戦闘に身を投げ続けていた。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 俺がその人物を認めたのは、この奈落に落ちて、数日が過ぎてのことだった。

 

 

「……足音?」

 

 

 このオルクス大迷宮の、地下第何階層ともわからないこの場所に響き渡る、銃声と、誰かの息遣い。

 

 

 魔物の肉を食らえば、その肉に内包されている魔力が人間の体に浸透する。人間が生来保有している魔力量とは比べ物にならない量のそれが、体に浸透し、破壊していくのだ。しかし、何の因果か、俺は洞窟内で見つけた神水と呼ばれる、もはやラストエリクサーとも呼べる代物を口にして、その破壊をしのいだ。

 

 

 そんな選択の結果として、その魔力に耐えられるような強靭な肉体に体が適応を果たしたわけだが……おかげで、感覚もいささか鋭敏になっている。だからだろうか、普通だと気付けないような物音を感知できた。

 

 

 この階層で、今まで聞いたこともないような音と、気配。まるで誰かが走っているような息遣いと、言葉だ。

 

 

「………こんな、ところで……!」

 

 

 自分以外では、存在することなどありえないと思っていた、人間の声。

 

 

 助けが来たのだろうか、あるいはほかの何かだろうか。

 

 

 わからない。だが、そんな思考など終わる間もなく、俺はその場から駆け出していた。

 

 

 あるいは、こんなところでは死ねないというそんな気迫のこもった声が、今の俺にとって、無視できないものだったのだろう。

 

 

 走って、走って、走って。近くを通る敵を試作品の”兵器”で撃ち殺して黙らせる。そうして走っているうちに、新たな音。ビビビビビッ!という甲高い、何かを連射するような音が響く。その音に、一抹の焦りを感じながらも、音の元へとたどり着いた先にあったのは、驚くべき光景だった。

 

 

 爪熊と相対する、手負いの黒装束の女。

 

 その手に構えられているのは、俺にとっては思い当たりのある……元の世界の武器に似たもの。自動小銃だった。

 

 

「嘘だろ・・・・・?!」

 

 

 ありえない。この剣と魔法の世界において、近代兵器に関する知識は、俺たちのクラスしかもっていないはずだ。仮に、その世界に前から転生者がいて、兵器を普及させているのなら、どうしてその存在が知られていなかったのだろう。リサーチ不足?いや、普及しているなら錬成師は高度な兵器開発職としてもっと優遇されてしかるべきだ。あのようにありふれたものと、見下されている時点で、精密な工作を要求される現代兵器など、この世界には存在”していなかった”と、考えるべきだろう。

 

 

 なら、あの女性が持っているのは何だ。見たところ、自動小銃のようなものだが。引き金を引いて飛び出すのは、ビーム兵器のような極小のレーザーの雨。高レートで連射されるそれはさすがによけきれないのか、あの熊も急所への攻撃だけはよけている。……そのほかの部位に当たったところで、ダメージはまるでないに等しいのだが。

 

 

 女はまるで銃が通じない相手に舌打ちをしながら、素早くマガジンをリロード。ここまで来るのに、良く弾が持ったなと思うが、エネルギー兵器なら実体弾を持ち歩かなくとも、何らかの発電機構があれば無限に撃てるのだろう。このオルクス大迷宮攻略には、ふさわしい装備だといえる。見たところ、背中にはスナイパーライフルらしきものも背負っている。これも、エネルギー式なのだろうか。

 

 

━グァアア!!

 

 

 女がリロードをしている間に、体勢を立て直した爪熊が攻撃を仕掛ける。爪が振るわれる直前。そのモーションだけで攻撃の起こりを見抜いたのか、横へ転がるようにローリング。

 

 

 だが、思ったよりも女の動きはよくない。この奈落においては致命的ともいえるほどに低いステータスに思える。……一般人よりは高いステータスだが”人間”の範疇に収まっているステータスだ。一撃貰えば、紙切れのように細切れにされるだろう。転がった先に向けて、爪熊がまた爪を振るう。

 

 今度は回避が間に合わない。助けようにも、このタイミングでは”切り札”も意味がない。

 

 

 万事休すか。そう思われたとき、爪熊が爪を振るう直前。女の姿が、空間に溶け込むように掻き消えた。

 

 

 次の瞬間の攻撃は、空を切った。何の手段を使ったのか、彼女は致命の攻撃をしのいで見せたのだ。

 

 

「瞬間移動のスキル……?アレを使ってここまで来たのか。」

 

 

 爪熊は、このあたりを牛耳るボスモンスターのようなものだ。放たれる爪は距離を平然と無視してくるし、耐久力も防御性能も、ほかの魔物とはけた違い。体躯の大きさにたがわぬ俊敏性も備えている。恐ろしい化け物。俺の左腕を食った仇ともいえる。見たところのステータスではここまで来るまでの魔物だって相当な強敵だっただろう。俺だったら、この熊と対峙したなら、十中八九死んでいる。それでも彼女が戦えているのは、あのスキルと、戦況を把握する鋭い戦略眼の賜物だろう。

 

 

 ジュバァアン!!と、轟音が鳴る。スキルで物陰に身を潜めた彼女が、背中に背負っていたスナイパーライフルをぶっ放したらしい。青白い閃光とともに、爪熊の頭部が思いっきり弾かれる。

 

 が、弾は側頭部であっても厚い皮に守られているらしく、弾はめり込むだけで貫通せず、決定打にならない。……見たところ、それでもこの奈落の魔物を、ヘッドショットなら仕留められるような一撃だったとは思うのだが。

 

 

 ともかく、放置はしておけない。ここで戦っていけるような手合いであるなら、ステータスが低くとも戦力にできる。使えるものは何でも使おう。たとえ戦力にならなくとも、上へつながる道筋くらいは知っているはずだ

 

 

 貴重な情報源が死ぬ前に行動を起こす必要がある。俺は懐から試作品のフラッシュグレネードを投擲しつつ、声を上げた。

 

 

「そこの女!目を閉じてこっちにこい!」

 

 

 その声に驚いたような顔をしながらも、うなずいて……そして、再び姿を消す。途端に、閃光と爆発音が大きく響き、爪熊の眼を焼いた。

 

 

「よし、今だ!」

 

 

 いずれあの熊は食ってやるが、今ではない。畳みかけようにも、見るからにあの女は疲弊、というより飢餓状態にあっていそうだ。手荷物が明らかに少なすぎる。その分では携帯食料もなさそうだ。それに、今の俺の”試作品”は、先ほどのスナイパーライフルとどっこいくらいの威力だ。それが通じないとなると、いよいよ手札が少なすぎる。ここは引くべきだろう。

 

 

「……話はあとで。案内してくれる?」

 

 

 音もなく背後に現れたその女は、見るからに生気を失いかけていたが、それでも目だけはまだ強い意志を宿しているように思えた。相当な目にあったらしい。……想像はつく。だって自分も、同じような目にあっているのだから。

 

 

「ああ。こっちだ。」

 

 

 短く言葉を交わして、拠点となる洞穴へ走る。

 

 ……爪熊を撒き、何の妨害もないまま、つつがなく洞穴へたどり着いた俺たちだったが、女の方は限界だったのか、休める場所とわかった時点で、その場で崩れ落ちるように意識を失った。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

(……ここ、は?)

 

 

 目を覚ましてすぐの間、私は状況を思い出せずにいた。

 

 何もかもが不明瞭で、ともすれば、状況をつかみ損ねれば死ぬかどうかすらも分からなかった。

 

 

 傍らにおいてある水のようなものに気が付いた瞬間、我ながら情けないというべきか、無意識のうちに手が伸びて、すぐさま飲み干してしまう。これが罠であるなら、ここで死んでいただろう、といえるほどに無警戒のまま。

 

 

 その水は、今ままで飲んだ何よりも格別であるかのように思えた。体中に染みわたり、末端まで行き届いて、全身の痛みと倦怠感を、全て吹き飛ばしていくような、そんな感覚。

 

 その水をすべて飲み干して一息ついたころには、不明瞭だった意識も戻り、混濁していた前後の記憶も、はっきりしていた。

 

 

「目が覚めたか。服とかには触れてないが、装備の類は悪いが預からせてもらってる。」

「……命の恩人に手を出すマネはしないわ。危ないところ、助けてくれてありがとね。」

 

 

 声の方向に目を向けると、意識が途切れる直前に助けてもらった少年がいた。……白髪に、赤い瞳。眼は濁り切っていて、この世の深淵を見てきたかのような、疲れ切った眼をしていた。同時に、その奥底には強大な意思が内包されていることも。……肘から先のない左腕を見る限り、彼も相当な目に遭っていたのだろう。

 

 

 片腕を失いながらも、同じようにここを這いずり回って、生き延びてきたのだろう。

 

 

「礼は必要ない。それより、話を聞かせろ。お前は何者で、どうしてここに?」

「……私にもよくわからないのだけど、ちょっと長い話になるわね。いいかしら?」

 

 

 

 状況確認はほどほどに、まずはこちらの情報を求められる。

 事務的に、淡々と、問いかけられる。断る義理はないだろう。

 彼は思ったよりも実務的な会話が御所望のようだ。とりあえず、こちらの現状を話すことにした。

 

 

 

「……大前提の確認なのだけれど、まず、私のことは知らない、という認識でいいのよね。」

「ああ。あんたのことはかけらも知らない。」

 

 

 ということは、少なくともApexゲームについては知らない、あるいは詳しくはなさそうだ。うぬぼれるわけではないが、これでも何度かチャンピオンを取った身。アウトランズ最大の娯楽がApexゲームである2733年現在、アウトランズで私はおろか、レジェンドたちの名前を知らない者はいないだろう。

 

 

 

「そう、ならここは少なくともアウトランズではなさそうね。コアシステムズのどこかの惑星かしら。」

「……は?」

「……え?」

 

 

 

 まずは、どこの惑星から来たのか説明しようとして、その第一歩目で、私たちの認識は致命的なずれがあることが判明した。いや、考慮するべきだっただろう。私の力はフェーズジャンプ技術であり、時間と空間を跳躍することが理論上可能な力だ。……この私自身も、別の世界から来たのだから。

 

 

 

「………ちょっとどころか、すさまじく長い話になりそう。」

「……同感だ。」

 

 

 

 互いにある程度引きつった顔のまま、私は話した。

 

 

 アウトランズとは、地球と呼ばれる人類のふるさとのある惑星エリア・コアシステムズから、遠く離れた場所にある、人類の居住可能な惑星群の一つであること。アウトランズでApexゲームという競技があること。私がそこの参加者であること。大会運営が模索する新装備のテストを行っていたこと。装備には私自身が持つ次元エネルギーが使われていること。装備の実験中に、装備を持ったまま長距離ポータルをつなごうとして事故が起きたこと。この迷宮に飛ばされたこと。上を目指そうとしたが不可能だったこと。ともかく先に進むべく下に降り続けたこと……すべてを伝えた。

 

 

「………つかぬことを聞くが、そっちって西暦の概念はあるのか?」

「ええ。私は西暦2733年から来たのだけれど。」

 

 

 

 最後にそれだけ伝えると、目の前の少年……のちに、ハジメ・ナグモと名乗った彼ががっくりとうなだれた。「SFかよ……」と、つぶやいたのは、聞こえ間違いではないだろう。

 

 

「……レイス、って言ったか。俺が来たのは、二十世紀前半の地球からなんだ。」

 

 

 そう口にした彼から聞かされたのは、こちらにとっても驚くべき事項であった。

 

 

 曰く、ハジメたちはクラスメイト……学友たちとともにこの世界に転移させられたこと。

 

 曰く、ここは剣と魔法の世界……古典的なファンタジー世界であるということ。

 

 曰く、地球の人物はこの世界に来た時点で、普通の人間の何倍もの強さを誇るようになるということ。

 

 曰く、ハジメがたった一人の例外であったこと。

 

 曰く、ここオルクス大迷宮での演習中に”事故”があったこと。

 

 曰く、奈落の底に落ちて地獄のような目にあったこと。

 

 曰く、必ず、故郷に帰りたいということ。

 

 

 

「……そう。過程は違うけれど、私たちの目的はかねがね同じってわけね。」 

「……そういうことだな。あんたの場合は時代すらも違う、つっても、ここの時間の流れがどうかわからないから、何とも言えないんだが。」

 

 

 そうして、互いの持っている情報を共有した後、私たちは互いの目的が同じであることを理解した。

 

 場所も時代も違うけれど、故郷へ帰る、という同じ目標を。

 

 

「なら、まずは飯だな。……レイス。死ぬほどつらいが、覚悟はいいんだろうな。」

「そうね。背に腹は代えられないし、まずは生き延びなければ、話にならないもの。」

 

 

 情報交換をした今、私にはこの魔物の肉がどれほどの危険性を秘めているのかがわかる。肉体のクラッシュアンドビルド。想像するだけで恐ろしい目に合うのだろう。しかし……その苦痛がなければ、生き延びられないというのなら。

 

 

「----------ッ!!!!!!!!」

 

 その日の洞穴では、私のうめき声が絶えることなく続いていた。

 

 

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