イン・トゥ・ザ・ヴォイド 作:レイワト流行れ
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
ハジメから名づけられて、笑みを浮かべる。……過去との決別の証に、自分の名をハジメの手で改めた彼女は、本当に心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。ハジメもそれに笑みを浮かべると、とりあえず目をこちらに向けた。
「おう、そうだな。……レイス、頼んでもいいか?」
「任されたわ。ほら、男は早く出ていきなさい。」
「……?」
ハジメが顔を背けて部屋の外まで歩き去って行く。入れ替わるようにして私がそばに行くと、彼女に私の外套を着せた。あの熊の毛皮の残り物だ。そう。数千年の間に服が朽ちたのか、あるいは元から着せられなかったのか。ともかく今の彼女は、裸だったのだ。
”緊急避難”が適応される時間は過ぎ去ったのだ。外套を着せられたことでようやく理解が及んだのか、かぁっと顔を赤くすると、彼女……ユエは外套をつかんで自分に引き寄せた。
「……ハジメのえっち。」
「………」
何を言っても墓穴を掘りかねないハジメは気まずそうに無言を保ち、私は彼女のために、外套のサイズを調整するべく、手を貸してやる。
「……あなたも、ありがとう。」
「どういたしまして。でも、決断したのはハジメよ。私じゃないわ。」
「それでも。……あなたがいなかったら、ハジメはもっとためらいがなかった、かも。」
彼女の体はやせ細っており、少しでも力を加えれば手折れそうだ。そんなはかなげな彼女が放つ感謝の言葉は、私の心中にも少なからずの衝撃を与える。……かわいいのは、本当に卑怯だ。
そんなこんなで彼女の装いの手伝いをしていると、ふと、今まで沈黙を保っていた”声”が、私に警鐘を鳴らした。
━━━━━上よ。
「ッ!!!」
瞬間。私はユエを抱えて出口付近で神水を飲んでいるハジメの方にダッシュしていた。我ながら見事な反射神経だ。
ハジメはそんな私を認めると同時に、驚愕の表情を浮かべて上を見上げ、その場から離れるように跳躍。
同時、強大な何かが、出口とハジメの間に立ちふさがった。
高さだけで、五メートルはあろうかという巨大なサソリ。全身を黒い何かで多い、巨大な日本の尻尾を持っている。毒々しいその形状は、当たれば決死であることを思わせる。
今度の選択は、一瞬だった。
「レイス、”安全を確保しろ。”」
「任せて。20秒頂戴。」
言葉はそれだけ。ハジメはドンナーを抜くと、眼前のサソリと向き合う。
一見退路はないように思えるが、そうではない。この場に私がいる時点で、その前提は覆る。
「……え?」
「心配しないで。……しっかりつかまって。絶対に私から離れないでね。」
力を練り上げ、行使する。
サソリが私に尻尾を向けようとした瞬間には、私はそこには居なかった。
空間に印を残し、虚空に入る。世界が急転して青白くなったのを見て、ユエは驚きを隠せない。
「これ、なに………?」
青白い世界には、重なり合うようにいろんな可能性が見える。
ハジメにユエを任せて、私がクナイを振るう世界。私がユエを背負ったまま戦闘を行う世界。ユエを部屋の隅の瓦礫に隠して、私とハジメがサソリと戦う世界。ユエも、そんないろんな道を見て、絶句しているのだろう。私も初めての時は、驚いたものだ。
……よく見ると、私がいない世界線も見える。ハジメは私が引き止めなくとも、ユエを選ぶ選択を成した世界が、あったのだろう。
「可能性よ。多くの世界線の、私たちの可能性。」
にわかには信じがたいという表情をするユエを抱えながら、私は部屋の外へと向かう。虚空に入った私を、サソリは見ることができない。どこへ行ったのかときょろきょろ視線をさまよわせているそいつにハジメがドンナーを放っている様が見える。私はユエを連れて部屋を脱出すると、迷宮を可能な限り迅速に疾走。ハジメが良く錬成で作っている拠点の中に入る。階層攻略をする際に、その階層ごとにハジメが錬成する拠点だ。少し遠かったが、今の私なら”つなげる”距離だ。
ここなら、よっぽどのことが起こらない限りは、安全は保障されるだろう。
虚空から元の位相に戻ってくると、そこにユエを置く。
「これを飲んで、しばらくおとなしくしてなさい。ふっ!!」
そういって、私が空中に手を向けて、もう一度力を行使する。
次元エネルギーを使った、位相のずれの構築。実数空間の間をつなぐ、虚空の道。すなわち、ポータルだ。
「ふぅ。危なかったぜ。ありゃヤバいな。」
ポータル作って数秒後には、すさまじい爆発音とともに、ハジメが転がり出てきた。全身にすすが付いている。焼夷手榴弾でも使ったのだろう。サソリの攻撃がこちらに届かないようにすぐさまポータルを消すと、またまたユエが目を丸くした。
「……すごい。」
「なんたってSF世界のチート持ちだ。ここに来てより磨きがかかったともいうべきなんだろうが。」
「まさか。貴方の兵器の方がよっぽどよ。」
おそらく、ユエの常識にはない力なのだろう。本人曰く”すごい力”を持っている彼女から見ても、驚くべき事なのだろうが、ハジメよりも驚かれている気がするのは、気のせいなのだろうか。
「……えす、えふ、というのは、知らない。でも、並行世界の観測、空間の超越、本来不可能。……神代魔法の、領域。」
「神代魔法?」
「とっても昔に、存在した魔法。誰も再現できないすごい魔法のこと。」
「へぇ……魔法でもレイスみたいなことは難しいんだな。」
「……逆に、そう簡単に再現されたら、私としては悲しいけどね。」
ユエの説明によれば、神代魔法とは、この迷宮の創設者……神の眷属でありながら、神に背いた”反逆者”と呼ばれる者たちが行使したとされるものであるという。反逆者たちは各地に大迷宮を作り、そこに逃げ込んだという話だ。この大迷宮も、その神代魔法によって作られたものであると考えられている。
「まぁ、詳しい話はあとだ。今はあのサソリをどうにかしないとな。」
ユエの説明を軽く聞きつつ、神水をあおって全快したハジメは、迷うことなくそう口にした。
「………逃げないの?」
「ああ。俺の前に立ちふさがったんだ。殺して、食う。」
そう決意を示すハジメ。だが、心なしかそのセリフを言い放つときの狂気的なまでの、憎しみとも憎悪ともとれる黒い感情は、鳴りを潜めている。これも、出会いのおかげだろうか。ユエとハジメの交差した未知の可能性は、今現時点を以って広がりを増している。
「だが、あいつ、ドンナーがまるで効果なかったんだよな。レイス、お前の斬撃なら?」
「……虚空から見たけど、ステータスが高すぎる。時間稼ぎならまだしも、クナイを構えてチャージしている間にひき肉にされかねないわ。センチネルなら間合いが遠いからやれないこともなさそうだけど、それだけ貴方に耐えられる?」
「できると思うが、危険がな。せめて、あの外殻をもう少し弱められるなら、レイスをおとりに使って、俺のドンナーで叩き潰すんだが。」
いつもの最善手なら、私がハジメの代わりに仕留めるところなのだが、今回は相手が強すぎる。強すぎる相手を目の前に、ほんの一瞬であっても無防備になる私の斬撃は、その一瞬で私がやられるリスクが大きいのだ。
ハジメほどステータスがあるわけでもないのに、ハジメが回避に苦労するほどの攻撃を仕掛けてくる相手に、それを求められるのは、リスクが大きい。だが、それしか道がないというのなら………
「……私なら、できる。」
だが、そんなときに、ふとユエがそう口走った。私たち二人ともが、考え込んでいつの間にか下を向けていた顔を上げて、ユエを見つめる。
「最上級魔法、つかえば。効果、あると思う。詠唱もいらない。でも……」
そういえば、ユエは魔力を直接操れるという、吸血鬼だった。本人曰く、すごい力を持っているとのこと。あの外見と、先ほどまでの儚さからは想像もつかないが。
「でも、魔力、足りない。二人から、血、分けてほしい。封印されてて、魔力空っぽ。おなか、ぺこぺこ。」
ぐー……と、おなかを鳴らして、顔を赤らめながらこちらを見上げるように食事を懇願するユエに、私たちが陥落するのに時間はさほどかからなかった。
ーーーーーーーーーー
「ん。おいしかった。ご馳走様。」
久しぶりの食事だということで、大量の血が必要であり、一人からとると貧血で戦えなくなる可能性が否定できない。というわけで、私たち二人が半分ずつ血を分けることにしたのだが……ユエの食事をする姿は、なんというか、艶めかしかった。さすがはファンタジーの種族。女性である私ですら、思うことがあるほどの妖艶さだった。傾国の美貌といわれても納得がいく。あるいは、それが封印された原因の一つかもしれない。
ただ、一つ問題があるとするならば。
「……しばらく、動けそうにないわ。」
吸血鬼の吸血は、女性に対して”そういう”作用をもたらすと、聞いたことがあったが、これほどとは思わなかった。先ほど言った妖艶さのこともあってか、精神に多大な負荷がかかる。血を吸う直前に、ハジメに対して出ていってと口にしたユエには、ある程度予想できた結末だったのだろう。
「ん。大丈夫。……だから、ハジメの時は、わざと時間をかけた。」
その気遣いに、わずかなりとも感謝をする。一つ歌詞ができてしまったようなものだ。
数百年、ともすれば数千年ぶりの食事に、ご満悦な様子の彼女は、生気をを取り戻しつつある。やせ細っていたからだが、少女相応の肉つきになりつつあるのは、気のせいではないのだろう。
……っ、だめだ。思考にノイズが走る。こんなこと、休日にナタリーと話しているときくらいしか、なかったのに。
「……一つだけ、聞かせてくれる?」
「………何かしら。」
心を落ち着けようと、深呼吸を繰り返しているときに、傍らでちょこんと座るユエが、唐突に問うてくる。真剣な、表情で。
「ハジメのこと、好き?」
……ああ、そういうことか。
なんとなく、理解が及んだ。彼女はどうやら、ハジメに惚れてしまったらしい。ともすれば、彼女の救世主ともいえるハジメは、彼女にとっても”運命”だったのだろう。出会いの奇跡は、ハジメだけではなく、彼女にも大きく影響を与えていたようだ。
「いえ。貴方が心配しているような、感情は抱いていないわ。」
「………。」
だから、正直に答える。
彼とは……戦闘においてはもう互いの呼吸すら把握できるほどのパートナーだ。
だがそれは、50階層もの間、ひたすらに強敵と戦い続け、ともに魔物を食らい、強さを磨き、連携して、この奈落を下り続けてきたからだ。
恋愛感情を抱いているかといえば、答えはNoといえる。
「……私の道は、彼とは交わらない。恩義はあるけど、あくまで義理よ。」
思いを向けるには、彼はあまりにも危う過ぎて、そして、少し遅い。
劇的な運命の変容をこの目で見てしまったからには、その輝きに近づこうなどと考えることはできない。それに……。
「それに、私には帰るべき世界があって、果たすべき目的がある。……私が私であるために。」
私は、知らなければならない。過去に何があったのか。
”プロジェクト・レイス”とは何なのか。
何のために私がいて、何のために、シン博士は私を裏切ったのか。
……別次元の私たちが、博士を憎み、殺す理由は何なのか。
私は、自分が自分で分からない。私は、私自身が怖い。何があったのか。元の私とは、どういう存在だったのか。本当は知るのが怖い。……でも、知らなければならない。
「世界……?」
「詳しくはあとでね。長い話になるわ。……私は、”私”を見つけないといけない。少なくとも、それが成し遂げられるまでは、他者に、本当の意味で目を向けることはできないから。」
「………そう。」
複雑な表情を、ユエが浮かべる。長い年月の果てに、表情の浮かべ方すらも忘れてしまったのか、その表情の変化は本当にわずかなものだけれど、私にはわかった。……この事実を喜ぶべきなのか、あるいは、悲観するべきなのか。彼女はご丁寧にも勝手にこう思っているに違いない。”私がハジメを奪ってもいいのか”と、だから。
「……なら一つだけ、断言しましょうか。」
「………?」
だから、告げる。この一言を。あの美しい光景を見せてくれた、彼と彼女の未来を祝福するために。
「”道”を見通す私が断言しましょう。━━━━ハジメの”運命”は、貴方よ。」
その言葉にようやく決心がついたのか、ユエの顔から負の感情が消える。
「……ありがと。レイス。」
「どういたしまして。」
彼女の表情に迷いはない。ハジメは、遠くないうちに彼女に篭絡されるだろう。その未来、その道がありありが見えてしまう。……その続きは当人たちだけのものだ。見ないでおくのが賢明だろう。
話をして落ち着いた私は、戦闘に自分の体が耐えうることを確認した後に、武装を確認する。
そして、拠点から出る直前に、ふと、思い出したように告げる。
「……ああ、一つだけ。私の名前は、”レイス”ではないわ。私の名前は、”レネイ・ブラジー”。レイスっていうのは、私のあだ名であり、私のコードネーム……戦闘時の識別名称みたいなもの。」
「戦うときの、名前?」
私にとっての名前の意味は、それぞれ大切なものだ。今の私と、求めるべき私。どちらも私であり、どちらも私の名乗るべき名前だ。
「ええ。………”レイス”は目的のために戦う”私”。でも、本当の名前を忘れないように、私はレネイを名乗るのよ。だから……」
「うん。落ち着いているときは、レネイって呼ぶことにする。じゃあ、行こ?”レイス”。」
「………ええ。ユエ。行きましょうか。」
得難い理解者を、得たような気がする。ハジメに説明した時は、名前を区別するということくらいしか思ってもらえなかったようだが、ユエは……その意味を、分かってくれたようだ。
レジェンドのみんなは思い思いの呼び名で私を呼ぶけれど。ナタリーは常に私を”親友”としてみてくれているためか、戦いの中であっても私をレネイと呼ぶ。これも一種の理解の形。……厳しい戦いの中でも、たとえ敵同士でも、親愛なる友人として接してくれるナタリーは、私の数少ない友人の一人だ。
”レイス”と”レネイ”は、同じ私で、別人だ。今の私はレイス。レネイを求める私は、本当の意味でレネイではない。でも、求めるための戦いに身を投じていない、その時は。
………せめてその間は、”レネイ”でありたいと思うのだ。
「遅かったな。」
「いろいろあったのよ。それじゃあ、手筈通りに行きましょうか。」
「ん。任せて。」
「……なんだ。少し見ないうちに仲良くなったな?何か話したのか?」
「ハジメ、デリカシー不足。」
「そうね。女同士の秘密ってやつよ。」
「………俺が悪いのか。」
ちょっと理不尽な気もするが、これは今は口外できない。
なぜなら、お互いに自分の心中をさらけ出したのだから。……ユエは気持ちを、私は理由を。少なくともハジメがユエを受け入れるまでは、何も話さないでおきましょう。
「まあいい。とにかくあのサソリを殺して、食うぞ。行くぞ、二人とも。」
ハジメの音頭とともに、三人で、あの大扉の部屋へと向かう。
準備は万端、作戦も上々。成すべきことを成し遂げて、私は必ず故郷へ帰る。
そのために、今この瞬間も、私はレイスであり続けるのだ。
・レイスとレネイ
妄想設定。原作にこんな模写も設定もありません。
なお、本作ではレイスは若干百合気味です。ハジメと結ばれる道がないとは言いませんが、本作ではそんな道はありません。
ちなみに、ワットソン(ナタリー)は原作にて「愛してる人を痺れさせるよりも素敵な贈り物ってあるかしら」って言っていたり、シーズン5クエストモードでの彼女とレイスのやり取りがエモかったり、なんだったらゲーム中同じパーティーにいると、レイスに対するワットソンの反応が結構アレだったりする。ワトレイ流行れ。
ちなみに、ゲーム中で筆者が知る限り、レイスをレイスと呼ばないのは、ワットソンともう一人、ランパートだったりするが、こちらはレイスをレネイではなく”ブラジー”と呼ぶ。こちらはシーズン6のクエストモードで若干の絡みがあった程度。ランパートの性格的な問題だと思われる。
・レイスがいない”道”
原作(web版ベース)に近い世界線におけるハジメたちの姿。
・ユエ
本作でもハジメの正妻かつ本妻ポジで、本作ではレイスの親友枠。同性であるためその意識は薄いが、ハジメと同じように彼女にとっての救世主であるため、アプローチがエロい。スキンシップが過剰になることもあるかもしれない。
ちなみに、女性に吸血すると、女性の体を発情させてしまうのはオリジナル設定。原作ではユエが基本的にハジメ以外から吸血しようとしないため、不明な点でもあるが、多分そんなことはない。
ユエから見て、ハジメ血ははいろんな具材をじっくりコトコト煮込んだ、濃厚で味わい深いものだとするならば、レイスの血は、甘くて口どけがいい、高級デザートのような味わいとのこと。いろんな魔物から得た魔力がない分、雑味がない。
ちなみに今回は、戦闘中の緊急吸血ではないため、どちらの血もめいいっぱい味わい、魔力もMAX状態でサソリ戦に参戦。
・レイスのステータス
ステータスカードを持っていないため、本人は詳しく知らないが、実力はハジメの6割程度。次元エネルギー操作でハジメの9割までステータスを上げられる。
ただし、”魔力”のみステータスがゼロ。レイスは魔力が使えないため、魔法はおろか、神代魔法を得ても知識のみで行使は全くできず、スキルも身につかない。これは彼女が正規の手順でこの世界に来ていないためである。