アルティメットスぺちゃん爆誕【実況プレイ風動画】 作:サイリウム(夕宙リウム)
「ここは……」
気が付くと草原、小高い丘の上。見慣れた故郷の地。
小さいころに何度も走り回った私だけの遊び場で練習場。
「懐かしい、なぁ。」
口からこぼれ出た言葉に驚きながらも、自身が既にホームシック、というものになっているだろうかと思案する。まだアメリカに来てから数日でこれだ。この先私は大丈夫だろうか。
そんなことを考えながら昨日までのことを思い出していると、ふと自分の手に目が行った。
手が透けており、うっすらと輪郭を保っている。着ていたはずのパジャマもいつの間にか勝負服だ。
「あぁ、いつものか。」
"私"の記憶。私が見たこともないその記憶を見る時間が始まったことを理解する。
ここでの私はただの傍観者。こちらから出来ることは何もない。
ただ、流れに身を流すのみ。
「おねーちゃん! おねーちゃん! はやくはやく!」
小学校に入る前ぐらいの私だろうか。
写真でしか見たことのない小さな私がこちらに向かって走ってくる。
「お! スぺは速いですねぇ。 こりゃ将来は私らみたいにスプリンターですかな?」
栗毛のどこか私に似た女の人がこちらに向かって歩いてくる。"お姉ちゃん"らしい。
「だっておかーさんのこどもで、おねーちゃんのいもうとだもん! ……それですぷりんたーってなに?」
「ん~? キャンペン母ちゃんや私みたいに短い距離を走るウマ娘のことさ。」
「???」
「ふふ、まだちょっと難しいか。ま、とっても速いやつのことだよ。」
「じゃあわたしもすぷりんたー?」
「あぁ、もちろん。それにもしかしたらもっとすごいステイヤーになれるかもしれないぞぉ。」
「じゃあわたしもすていやーになる! ……でもおねーちゃんはとってもすごいのにすていやーじゃないの?」
「はは、私はちょっと無理かなぁ。スぺにはまだ距離の違いなんてあんまわかんないだろうし、たぶんどっちを見てもすっごくながい! で終わると思うぞ。」
「む~! わたしわかるもん!」
「ははは、怒んなって。それに今度見に来るんだろ? 中央と違って地方はそんなにデカくはないけれどここと違っていろんなウマ娘たちとも会えるし、でっかいレース場もある。ま、楽しみにしてるといいさ。」
そう言いながら栗毛の女性は小さい私の頭を撫でた。
……なぜだろう。"見たことのない"記憶のはずなのに私はこれを知っている。
夢という形で思い出そうとしている。
でもなぜかこれ以上近づくと駄目な気がする。
私はこの先を、自分がなくしてしまったものを知りたいはずなのに"私"はそれを強引に止めようとしている。
気が付けば体が前に進もうとしていた私をこちらにとどめるように"小さい私"が泣きながら私の服を引っ張っている。この先にあるものを恐怖しているのだろうか。必死に私の服を持ち、行かせまいと引っ張り続ける。
目の前には私の姉がいた。
触れることのできない私たちが、感じることのできなかった暖かさがゆっくりと私を包み込む。
「無理に思い出す必要はないよ。」
いつも私を導いてくれる声を聴きながら私の意思に反して、私の目は閉じていく。
イヤだ、もっとここに居たい! お姉ちゃんの暖かさをもっと感じたい!
「さ、もう起きる時間だ。スぺは"今"を生きている。無理に過去を知る必要はない。……ただ、つらくなったらいつでもこっちに来ていいんだからね。」
目が閉じ意識が暗転しようとしている。
イヤだ! 忘れてしまうなんて! もっとここに居させてほしい!
目の前にいる人の顔がかすみ、誰だか解らなくなっていく。
ゆっくりと世界が閉じ、まっくろになった。
「ッ!」
勢いよく体を起き上がらせる。ここは……
(お、スぺ。よく寝たみたいだね。……ん、どうしたの? なんか変な夢でも見たの?)
そっか、今はいつものトレセンじゃなくてアメリカに合宿に来てるんだっけ。
「ふわぁ~、おはよう。うん、なんかすごくいい夢を見た気がする。どんなのだったかは覚えてないけど……」
(ま、夢なんてそんなもんでしょ。さ、今日は朝からセクさんとの秘密特訓にスズカ先輩と併走の約束もあるんでしょ。わざわざお願いしてるのに遅れちゃったらダメですし、横で寝てるスズカ先輩を起こさないように準備していきましょう! あ、スズカ先輩にちゃんと書置きしておくんですよ。)
「は~い。」
アメリカに来てからわざわざ同室にしてもらったスズカ先輩を起こさないように静かに動き始め、日本とは違ってすっごく大きい部屋に戸惑いながらも用意を進める。
にしてもすっごく幸せな夢を見ていた気がするんだけどなぁ……。
どんな内容だったんだろ。
(ミス、スぺ! ハリーハリー! 時間迫ってますタイ!)
「え! ほんとだ! 急がないと!」
ーーーーーーーー
【サイレンススズカ視点】
海外という舞台は思っていたよりも広くて、大変だった。
みんなに見送られて一人でやってきたアメリカ。
シービー先輩やアメリカでできた友人たちのおかげで寂しくはなかったけどどこか物足りなかった。
やっぱりスピカ、隣にスぺちゃんがいなかったせいだろうか。
彼女が入学してからほとんどの間、一緒に毎日練習していたせいか、隣に彼女が走っていないと違和感があった。
スぺちゃんと一緒に走っている今だからこそ理解できる。
自分では普段通りに走っていたとしてもどこか抜けている。
シービー先輩のトレーナーさんにそのことを指摘されたとき、その理由をわからずに進んでしまった私はアメリカで最初に走った復帰レースで4着だった。復帰明けで体があの時の速さに到達できていなかったということもある。だけど一番の理由は私が集中できていなかったということだ。
自身を奮い立たせる、負けたくないという気持ち。私の新しい走る意味を与えてくれたスぺちゃんが近くにいないことで、これほどまでに力が出せないとは思わなかった。情けなかった。
本当なら復帰レースに出たということはすぐにでもスぺちゃんに知らせるべきだった。
でも私の惨めな姿を見られたくなくて言うことができなかった。
彼女に電話することができなかった。情けなかった。
そんなうじうじしていた私を見かねたのか、シービー先輩は私を引っ張って寮内のテレビまで連れて行ってくれた。そこにはスぺちゃんが皐月賞に出走している映像が流れていた。
強かった。すごかった。
一緒に走っていた時と比べて格段に強くなっていた。中盤からのごぼう抜き。
止まっていた私を後ろから思いっきり前へ押し出してくれたような衝撃だった。
私が止まっていたらスぺちゃんはすぐに私に追いついてしまう。
追いついた時、そこで私が今のように立ち止まっていたらスぺちゃんはどう思うのか。
考えずにはいられなかった。
次の日から私はいつもよりも練習に気が入っていたと思う。
あの天皇賞で辿り着いたその先をもう一度見ることができるように、見続けることができるように。
何よりもスぺちゃんの前を走り続けることができるように。
止まっている暇はなかった。もっと私も頑張らないとね。
ーーーーーーーー
「ふわぁ~! やっぱりスズカ先輩は速いですね! ケガする前よりも速くなってませんか!?」
「ふふふ、ありがと。スぺちゃん。でもどうかしらね。自分ではあの時の出せていた速度よりはやっぱり遅いかな、と思っているの。もっと頑張らないとね。」
「うわぁ~! やっぱりスズカ先輩はすごいや、私も頑張らないと!」
「それにしても、スぺちゃんも私がこっちに来る前よりすごく速くなっててびっくりしちゃった。」
「えへへ、褒められちゃった。」
「……ごめんなさいね。復帰レースのことを言わなくて。」
「もう! スズカ先輩ったらそのことはもう大丈夫だって言ったじゃないですか。私もセクさんに負けちゃったからおんなじです! それに負けちゃったからあの約束はなし、ってことにはなりませんからね! ……ですよね?」
「……ふふ、そうね。来年の秋の天皇賞。楽しみにしておくわ。」
「はい! 私も今から楽しみです!」
「あ、"トレーナーさん"からスズカ先輩に逃げのコツを聞いておくように、って言われてたんでした! いいですか、スズカ先輩?」
「えぇ、いいですよ。」
スピカで逃げ策をするのは私ぐらいだし、スぺちゃんの中盤からの追い上げで、後半ではほとんど逃げみたいになるからその理由は解るのだけれど。
何故かトレーナーさんのところに違和感を感じた。
……まぁ、いいかな。ちょっと嚙んじゃっただけかもしれないし。
"走者"からの指示
(ゲートの支配者復活出来たら菊花賞で使うのは確定だろうけど、そうなるとスぺちゃん以外が思いっきり出遅れするみたいな感じになりますので、作戦は差しでも先行にしても逃げみたいになっちゃいます。なのでここは長距離だけどスキルと有り余るスタミナを信じて逃げ策で行ってしまおうかなぁ、と思ってます。もちろんレース中に変更することはあると思いますが逃げの練習や知識を高めておくことは無駄にならないでしょう。と、いうわけでスズカ先輩に色々教えてもらっておいてね、スぺちゃん。)
スぺちゃん
「は~い!」
いつも誤字報告、はちみつ(感想評価お気に入り登録)ありがとうございます。
むちゃくちゃ励みになります。
本当はもう少し先に出そうと思ってたんですけど早めました。
大丈夫だったでしょうか?