アルティメットスぺちゃん爆誕【実況プレイ風動画】 作:サイリウム(夕宙リウム)
もう慣れてしまった病院内を歩き、姉上のいる病室へと歩く。
結局あのレース後、私は中央への切符を手に入れていたのにも関わらず地方に残った。
結果的に私のことが心配だったからという理由で地方に残った姉と同じ道を選ぶことになったが、私は後悔していない。離れた北の地にいてもいやでも聞こえてくるあいつの名声、スペシャルウィークの覇道。
当時は原型を保てないまでに心を折られてしまったゆえの決定だったが、それでよかったのかもしれない。あれから私もいくらか成長したとはいえ、アレに勝てる気は全く持ってない。
あぁ、もう着いたみたいだ。姉上はどうしているだろうか。
「失礼します。」
「ん? あぁフロート。もうそんな時期なのね、いらっしゃい。」
定期的に姉上の見舞いに来ているが、今日もいつも通り。ベッドに寝かされた姉上がこちらを見る。
「今日は調子がよさそうですね。安心いたしました。」
「えぇ、あなたも、あの妹ちゃんも頑張ってるみたいだし、私も頑張らないとね。たとえもう走れないとしてもできることはたくさんあるし、こんなところで寝てるだけなんて性に合わないわ。」
「……えぇ、姉上の復帰を心よりお待ちしております。」
こんな会話を何度しただろうか。姉上は例の火事でケガをすることはなかったが、施設が古く、木造であったこともあり、一酸化炭素中毒で今も寝たきりである。医者からはもう姉上が立てる可能性はほとんどないと言われている、生きてともに話ができるだけでありがたいが何故私の姉上はこうなってしまったのか。そんな思いに頭の中が支配されていく。
なぜ、私の姉上はこうなってしまったのか。なぜ大好きだったターフで走る姉上の空に靡く青い髪がもう見られないのか。
「……ほら、そんな悲しい顔しないの。せっかく救ってもらった命ですもの。ちゃんと歩けるぐらいにならないと彼女に申し訳ないわ。だから大丈夫よ、すぐに良くなる。……ほら、せっかく来てもらったんですもの。今のトレセンのお話をしてくれるかしら、フロート?」
あぁ、そうだ。こんな顔を見せるために来たわけじゃなかった。
「はい、申し訳ありません。では新しく建てられた校舎がようやく完成したという話を……。」
「あぁ! やっとできたのね! ふふ、ボロボロだったあの校舎と比べて新造だからキレイでしょうね。それとちゃんと彼女の像はできてるのかしら?」
「えぇ、キャンディさんの像も完成していました。こちらに来る前にも少し見ましたが、かなり多くの花が供えられていましたよ。」
「それは良かったわ。私達の命の恩人ですもの。像を建てるのは彼女は恥ずかしがって嫌がりそうだけどそれぐらいさせてもらわないとね。ちょっとだけだけどお金出したし、気になっていたのよ。」
オースミキャンディ、姉上たちの命の恩人。私の家族を救ってくれた人物。
その命と引き換えに、寮内にいたすべての人たちを救い出してくれた私たちの恩人。
「はぁ、今でも彼女がもういないなんて信じられないわ。………でもあいつのことだから霊にでもなってそこらへんほっつき歩いてるかもしれないわね。」
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「ふぃ~~、ただいまぁ~~。」
「ふふ、今日もハードだったわね。」
「ほんとですよぉ! いつもよりご飯食べられないから腹ペコで、すっごく疲れちゃいました!」
「いや、スぺちゃん十分食べていると思うわよ……。」
「えぇ~、そうですかぁ?」
お姉ちゃんから言われた減量プラン。菊花賞に向けて何とか体重を落とすために初めて食事制限。今まではみないふりしてたけどさすがに私もやばいと思ったので、すっごくイヤだが従っている。一応日本に帰ったら好きなだけ食べてもいいチートデイっていうのを用意してくれるみたいだからそれまで何とか頑張らないと……。
「やっぱり食べ過ぎだと思うわよ、うん。……それにしてもスぺちゃん逃げも結構できるようになってきたわね。あとはスぺちゃんなりの走り方を見つけていく感じかしらね。」
「う~ん、色々教えてもらったんですけどやっぱり私はそこまで得意になれないかなぁ、って。スズカ先輩みたいに最初から最後まで全力で逃げてるのに、最終直線でまた加速するなんて私出来ないですもん。」
スズカ先輩と話しながらお姉ちゃんが置いて行ったメモを見る。
練習の途中から調べものがあるって言ってこの学校の図書館に向かったみたいだけど、まだ時間がかかるみたい。「寝る時間までには帰ってくるし、心配しないように。あと夕食は食べ過ぎないこと!」って書いてある。
むぅ、言われなくてもわかってるもん。
いつも私のために色々調べてくれてるのは知ってるけど、何度も言わなくてもいいのにね!
「ふふふ、まぁそんなにすぐ出来たら私何してたんだ? って話になっちゃうもんね。スぺちゃんが今後どんな走り方をするのかはわからないけど知っておくだけでもためになると思うわ。」
「まぁそうなんですけどね。」
そんな風にスズカ先輩と話していると……
コンコン
「あら、誰か来たみたいね。空いてるわ、どうぞ!」
そこにいたのはこちらの合宿で一緒に練習することになったカノープスのターボさんとネイチャさん。その後ろにはテイオーさんとマックイーンさんもいた。
「おぉ~~! スぺもスズカもいるな! こんな部屋になってるんだ!」
「ターボ、スズカさんは先輩なんだから……。」
「ふふ、気にしなくていいのよ。それでみんなどうしたのかしら?」
「はい、何でもセクさんの予定が変わったみたいで、最終日にする予定だったキャンプファイヤーを今日やるみたいなんです。それで呼びに来たんですよ。テイオーとマックイーンはそこで会いまして、一緒に行こうってなったんです。……まぁターボが逸ってもう火を付けちゃったんですが……。」
「間違えちゃった!」
キャンプファイヤーかぁ、そういえば見たことないなぁ。
「あら、そうなのね。わざわざ呼びに来てくれてありがとう。スぺちゃん、行きましょうか。」
なんでだろ。なんだか行ったらいけないような気がするんだけど……
でも、みんな誘ってくれてるし、行った方がいいよね。
「はい。行きましょう!」
「まだ明るいうちに見せてもらった時には、大きいものを用意してくださっていたようで見ごたえがありましたわ。もう暗くなってきていますので、さらにキレイに見えるでしょうね。」
「へー、そうなんだ! にしても、なんでターボは火を付けるタイミングを間違っちゃったの? もしかしてボクたちがいないうちに独り占めしようとした?」
「む~! そんなことターボしないもん!」
「いや~、単に間違えちゃったみたいで。これで火を付けるんだよ、ってセクさんが説明してる時に『こうするのか?』って火を付けちゃったんですよね~。」
「そうなの。でも大きいものはちゃんと火が付くまで時間がかかるっていうし、ちょうどよかったかもね。」
そんなことをみんなが話しているのを聞きながら一緒に歩いていく。
どうしてだろう、何故かさっきから悪寒が止まらない。
こんな時、不安になったときにいつも横にいてくれる姉はいない。
ううん、私だって子供のままじゃない。自分で何とかしなくちゃ!
たぶん今感じているのも気のせいだよね!
「お、見えてきたよ!」
いつの間にか下を向いていた顔を、その声に反応させて前に向ける。
目の前に写ったものは、炎だった。
「おぉ、壮観ですなぁ。」
赤い赤い、真っ赤な火。
全てを奪い去っていく火。
パチパチと何かが弾ける音が私の記憶を呼び覚ます。
悲鳴、怒号、皆のせき込む音。
真っ暗な夜に嫌なほど真っ赤に照らす燃え上がる校舎。
あぁ、今学校の一部が崩れ落ちた。
誰かのうるさい泣き声が聞こえる。
知らない男の人たちがホースを持って水を掛けている。
結果は何も変わらないのに。
小さい私は燃え盛る火の中に走り出そうとしていて、
それを止めようと知らない誰かが必死になっている。
今にも崩れ落ちそうで、真っ黒に燃えている校舎に人影が見える。
栗毛の女性に抱きかかえられながら、気を失っている青い髪の女性が出てきた。
栗毛の女性は青い髪の女性を近くの誰かに預けると、ゆっくり、ゆっくりと幼き私に向かって歩を進める。
そして、私の前にたどり着く前に倒れてしまった。
抑えられていた私は、無理やりそこから抜け出し、姉に向かって走り出す。
あぁ、お願いだから泣かないでほしい。
こけそうになりながらもなんとか姉の前に辿りつけた私。
幼い私はその場に蹲り、姉に向かって泣き叫ぶ、必死の声をかける。
お願いだから静かにしてほしい。
震える姉の手が私の頭に向かう。
自然と、幼い私の泣き声はなくなっていた。
大好きな姉の手は真っ黒になっていて、いつもは力強い手が凄く弱弱しく見えた。
そんな手が私の頭にのせられて
「ごめんね、スぺ。駄目なお姉ちゃんで。」
私の頭に置かれていた姉の手は、そのまま地面に落ちていた。
「お、お前ら遅せえじゃねえか!ゴルシちゃん待ちくたびれ……、おい、スぺ!」
「ぁ、あぁ……………、何で、何で、何で、何で!」
"何か"を封じていた枷が壊された気がする。
気が付けば私の世界は真っ暗になっていた。
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スぺが倒れた後、パニックになりかけた周りを何とか宥めながら保健室まで連れてくることができたが……、まるでお通夜だな、これは。
「おいおい、おまいら。そんなに落ち込まないでいいんだぜ。誰にでも苦手なもんはあるし、今回は運悪くあたっちまったようなもんだって。ほら保険医の人もじきに目を覚ますって言ってたじゃねーか。」
「でも、スぺちゃんのあの感じ、ただ事じゃないような。何か触れてはいけないようなものに……」
「でももかかしもないって。スズカもそんなに考え込むなっての。……ほら、多分減量中で疲れがたまってたんだって。」
「でも!」
スズカの口を手で無理やりふさぎ、椅子に座らせる。これ以上喋らせたらどんどん悪い方向に進んでいってしまうからな。ちょっとばかし荒くなってすまねぇな、またこんど何かで謝らせてくれや。
「さ、今夜はもう遅いし、自分の部屋に帰ってさっさと寝た方がいいぜ。スぺのことは私ら見とくし、目を覚ましたらちゃんとメールかなんかで連絡するしな。」
雰囲気に吞まれそうだった中等部の奴らをまとめて保健室から連れ出す、さっき連絡して飛んできたスピカとカノープスのトレーナーと、火の処理をし終わったセクが、ちょうど部屋の前に到着しているようだし、こいつらのことは任せよう。
私は、スズカの方を何とかするか。
たぶんスズカは自分のせいでスぺの何らかのトラウマを再発させてしまった、って考えてるんだろうな。
スズカの隣に椅子を運び、腰かける。
なにか声をかけてやるかより、隣に誰かいた方がいいはずだ。
「っ………ぁ、あ………。」
「「スぺちゃん!」」
「あ、あれ……ここは保健室? なんで? さっきまで練習してたははずじゃ……。」
……ん? 視線がこっちに?
あぁ、なるほどな、まったく損な役回りだぜ、こんど何かおごれよな。
「おう、スぺ~! 練習中に倒れてしまうとは、勇者として恥ずかしいとは思わんかね、うん? 無理な食事制限が祟って倒れてしまったのであろう。」
「ふぇ? そうなんですか?」
「うむうむ。まぁ疲れもたまってるだろうし、今日はこのままここで寝といたらいいんじゃねえの? 手続きは私がしといてやるよ。んじゃ、おやすみ~。」
「あ、おやすみなさい! ゴルシさん! スズカさんもおやすみなさい!」
「………えぇ、おやすみなさい。また明日ね。」
スズカを連れて退室する。
パタンという音と共にドアが閉まる。
「ゴールドシップさん、今のは……。」
「たぶんあいつにも時間がいるんだろう。まったくなれない嘘つきやがって……。まぁスぺの中で整理が付くか、納得が出来れば私たちに話してくれるだろ。」
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「ありがとうございます、二人とも。」
あぁ、何で今まで忘れてたんだろ。
まだちょっと記憶に穴があるけど大体は思い出した。
「私のせい、だよね……。」
……ううん、悩んでる場合じゃなかった。
最近気が緩んできていたのは確かだし、女神さまからのおしかりだよね、きっと。
私に負けられる選択肢は最初から存在してないんだ。
私のためにも、お姉ちゃんのためにも、もっと前に進み続けないと。
最初に出てきたお二人、オリキャラでして、姉の方がツバキプリンセス、妹の方がツバキフロートです。ウイポで冠名"ツバキ"でやってるうちに出てきた姉妹を使わせてもらっています。同名の競走馬はいなかったはずなので大丈夫なはず……。いつかお姉ちゃん編もやるつもりなのでその時に登場するかもしれませぬ。
スぺの幼少期、動画が始まる以前の彼女の記憶ですが、感想欄であった通り部分的に記憶喪失になっています。オースミキャンディの顔を見て、自身の姉だということは解るのですが、姉についての記憶が部分的になくなっているという感じですね。スぺ自身は幼い時の記憶なので、穴抜けになってしまっていること自体には疑問になっていません。またスぺの実家は例の火災のあと、スぺが火に対してトラウマになっているのが発覚したためIHに変更しており、お母ちゃんも無理にその話題を出すことはありませんでした。その後、何度か火を見ることはありましたが、その火の大きさは小さい物でしたし、お姉ちゃんが横にいたため記憶を呼び起こすことはありませんでした。
今後の進行に必要とはいえ、スぺちゃんには少しつらい道を歩いていただきます。