アルティメットスぺちゃん爆誕【実況プレイ風動画】 作:サイリウム(夕宙リウム)
「……お姉ちゃん。」
(ん……? あぁ、テイオーちゃんね、左足首の骨折みたい。ちゃんと見てないからわからないけどたぶん元通りに走れるようになるまでに3か月ぐらい……、多分次に戦えるようになるのは大阪杯ぐらいになるかな?)
「そうなんだ……。」
(……そうだ! こんどお見舞いに行きましょう! ほら、この前はちみー頂きましたしお返しにはちみー+αでみんな誘っていきましょう。)
「……ううん、やめとく。何となくだけど私が会いに行ったら駄目だと思うし、トレーナーさんに頼んでなにか持って行ってもらうことにする。なに送ったらいいかわからないからお姉ちゃんに頼んでいい?」
(そう……ですか。んじゃこのお姉ちゃんが選んどいてあげまさぁ! あとちゃんとメッセージカードぐらいは自分で書くんですよ。)
「うん。…………お姉ちゃん、次はジャパンカップだけど何かしないといけないことはある?」
(ん~、早速? まだ菊花賞終わってすぐだし、少しぐらい休んでも)
「お姉ちゃん。」
(…………んじゃ、ケガに気をつけてやりましょうか。次は元通り差し策に戻すんでそのつもりで。あと練習はスキル関係の強化と最大速度を上げるためにスピード練習を重点的にやっておきましょう。)
「わかった。」
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「セイちゃん!」
ん、あぁ。トレーナーさんか。全然気が付かなかったや。
……そうだ、ちゃんとしないと。
「アハ、アハハ~、ゴメンね、トレーナー。セイちゃん全く歯が立たなかったよ、一緒に考えた作戦も、積み重ねた準備も、何もかも全部ダメだったや。ホントに、ホントに……」
あぁ、どうしよう。笑おうとしてるのに、頑張ってるのに、どうしようもないや。
私がうまく走れるように、出走するレースの子たちの情報全部そろえてもらって、その子たちに勝てる作戦用意してもらって、それでその作戦が失敗しても勝てるだけの能力を得られように指導してくれて、全部整えてもらったのに、何も返せなかった。
目標にして、それに向かって全部整えてた菊花賞ですら勝てなかった、届かなかった。
「ホントに私、ダメな子だよね。こんなに用意してもらって、場を整えてもらって、いっぱい時間かけてもらって、それでもちゃんとスタートすらできないで、しかも結果はギリギリ掲示板。もうこんなダメな」
「セイちゃん、いいんだよ。」
顔が、保てなくて、どうしても顔に笑顔にできなくて、心配かけたくなくて、でもどうしようもなく泣きたくて、どうにもならないようなぐちゃぐちゃな顔。
そんな顔を見かねたのか、トレーナーが私を引き寄せて抱きしめてくれた。
私の顔はトレーナーさんの胸の中。
もう見られる心配はない。
「泣いても、いいんだよ。 心配しなくて、いいんだよ。」
それから先はトレーナーの胸の中でひたすら泣きじゃくったことしか覚えてない。
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「……お嬢、大丈夫か?」
「えぇ、悔しいですがピンピンしてますとも!」
今、私はどうしようもなく腹が立っていた。あの自身の身を削るようなトウカイテイオーの走りではなく、それを見た自分自身にだ。そもそもなぜ、あの時スタートを失敗してしまったのか、あの程度、とはとても言えないようなプレッシャーだったが、あのような出遅れを防ぐ術はあったはずだ、何故その対策を取れていなかったのか。なぜトウカイテイオーのような自分の体を削ってまで勝ちに行くような精神がないのか、なぜ自分にはそんな身を削ってまで前に行くような技術がないのか、それをできるだけの素質がないのか、そしてなぜ私は距離が長くなればなるほど弱くなってしまうのか。なぜ長い距離が走れないのか。
母は走れた、長距離なんて軽く走れた。なのになんで私は短くないと走れないのか。
母は勝てた、GⅠに勝利し名を挙げた。なのになんで私は何をしても勝てないのか。
恥ずかしい。
優れた母に恵まれ、育てられたのに結果を出せない私が。
優れた師に恵まれながらも、その恩を返せない私が。
そして同室のウララさんに合わせる顔がない。
優れた成績を出しながらも、全く振るわない私のことを気にかけてくれていた彼女に申しわけない。
あぁ、本当に、本当に!
「キングヘイロー!」
「ッ!」
「とりあえずお前さんは落ち着くべきだ、ほれ深呼吸。」
……確かに少し気が逸っていたかもしれない、言われたとおりに深呼吸を始める。
「よし、とりあえずは俺の話が終わるまでは深呼吸し続けてくれ。お嬢はちょっとばかし滾りすぎてたようだしな。最初に俺から言えることは、本当にすまなかった。スペシャルウィークの逃げはブラフだというように決めつけて対処することができなかった。」
思わず、私が負けたのは私自身のせいだ、と口にしそうになるのを目でやさしく止められる。
まだトレーナーの話は続くようだ、聞かなければ。
「……今回勝てなかった理由は上げようと思えばいくつかあるが、そのすべてが俺の指導不足によるものだった。お前さんの時間を無駄にしてしまったことは、本当に申し訳ない。」
「だから、次の勝負までに今回のレースで思いつく限りの対策をお嬢に指導したい。だから、これからもお嬢のトレーナーをやらせてくれるか?」
……トレーナーにそこまで言わせてしまった。
いや、でもトレーナーのおかげで落ち着いた。私は私のあるがままに。
それ以外できないのだから。
「えぇ、もちろんですわ! こちらからお願いしたいぐらいですとも!」
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「エル!」
「あ、おハナさんですカ。オ~、そんな心配そうな顔しないでも大丈夫ですヨ。ちょっと落ち込んでますけど前みたいにどうしようもなくなっちゃったわけではありませんカラ!」
「……そうか、私じゃ頼りないかもしれんが何かあったら何でも言ってくれ。」
「ハイ! それとおハナさんは全然頼りなくないですヨ! あと、私なんかよりもグラスのことを気にかけてあげてください。私が話しかけても気が付けないぐらい思いつめていたようでしたから。…………あ、それとちょっとマスクが濡れちゃったので取り換えてきますね!」
「そう、か。ではまた後でな。」
ダービーの後、何とか立ち直れたエルだが、今回の敗戦でも少なからずダメージを受けてしまっているようだ。だが、前回の時よりも回復はできている、エルの目は前を見ることができていた。
とりあえずはエルのことは大丈夫そうだ。だが彼女も言っていたようにグラスの様子がおかしいらしい。おそらくだが彼女の控室にいるのだろう、急がなければ。
今回のレース。私は2着だった。一着のスぺちゃんとは5馬身差。
これまでの結果を考えるに差は縮まってきているように思える。
そう、思えるだけだ。
もっとよく考えてみろ、私。スぺちゃんの選んだ作戦はなんだ、あのゲートでやられた凶悪なプレッシャーのことを忘れたのか、そもそも彼女は私を見てくれていたのか、一人の敵として見ていてくれていたのか!
否、彼女の目には私なんか映っていなかった。それ以前に出走した面々が個人として見られていたかも怪しい、ただの有象無象としてしか見られていなかった。
そもそもスぺちゃんが今回取った作戦は逃げだ。今までのレース、そして本人から聞いたことがあるから解る。彼女が一番得意とするのは差しだ。つまりこの菊花賞では本気を出されていない。私があのプレッシャーの中から抜け出せたのも先に誰かが出てくれたおかげで、それにつられてスタートできたに過ぎない。
何もかも、何もかもスぺちゃんに私を意識させるには、何もかも足りない。
力が足りない、速度が足りない、技が足りない、心が足りない。
……いえ、これはスぺちゃんが教えてくれたのね。
私に何もかも足りていないことを教えてくれたのね。
えぇ、えぇ、それならば、彼女がそう思っていなくても私は彼女が求めるまでに上り詰めないといけない。彼女と戦い、競い合えるまで自身を鍛え上げないといけない。
まだ、私には甘えがあった。それを教えてくれたのね、スぺちゃん。
全身に力が入る、何かが燃える音がする。
その後、東条トレーナーが見たグラスワンダーは、強く握締め過ぎた手のひらが血で真っ赤に染まり、全身に青い燃えるようなオーラを醸し出しながら静かに笑っていた。
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「失礼しますわ、テイオー。」
あの後、テイオーはレースを中断し、そのまま病院に運ばれた。スぺさんや私のウイニングライブがあったため一緒についていくことはできなかったが、トレーナーさんがついていってくださったようだ。
「ん? あぁマックイーンか、いらっしゃい。何もないけどゆっくりしてってよ。」
「あら、大嫌いな病院にいるのに思ったより元気そうですわね。」
「アハハ、まぁ入院するのは半月程度って話だしそれまで我慢するよ。 マックイーンみたいにお見舞いに来てくれる人が多いし、なんやかんやでやることあるから退屈はしそうにないしね。」
解っている、テイオーが無理していることぐらい。でも私が心配しているところを見せつけられることは彼女は望んでいない。私達はいつも通り、軽口を言い合えるぐらいの関係でいいのだ。
「……全治三か月だって。リハビリも考えたら大阪杯出れるか出れないか、ってところ。」
「そう、ですか。」
「また、離されちゃうよね。せっかく追いつきそうになってたのに………。あ! そういえばさ、マックイーンはどうだったの? ボクは早く使いすぎて足やっちゃたけど、マックイーンはいつも通り最終直線で使ったんでしょ?」
「あのね、テイオー。それ私以外に言うのはやめてくださいまし。何にも言えなくなってしまいますわ。」
「えへへ~、ごめんごめん。」
「もう! ……あなたと同じように私も自身の中にある二つ目を引き出し、それをレース中に同時に使うということはかなり前にできるようになっていました。ただ、その負担の大きさからあなたとの練習ぐらいでしか使っていませんでしたが……、やはり負担が大きすぎますわね。レース後、軽い痛みを感じたため当家の主治医に相談したのですが、やはり長時間の使用、そして多用は避けるべきだと言われました。」
「やっぱりそうなんだね。」
「えぇ、ですが効果。その加速力の大きさは絶大。いまだ使いこなせませんがこれを完全に使いこなせるようになれば必ずスぺさんを追い抜くことができる、そう確信できるものでした。菊花賞で使ってみて、再確認できたと言えます。」
「……そっか。ではではそんなマックイーンにプレゼント! ボクがレース中に何回か使ってみてたのは知ってたでしょ。その時の感触とか、ボクなりの考えとかをノートにまとめてみました!」
テイオーからノートが手渡される。
これは、なんというか……
「ボクが諦めてマックイーンに後を託した、そう思ってるでしょ。も~、違うんだからね! ほら、ちゃんと中身見てみて!」
そう言われてノートを開く。彼女の字で所狭しと書きこまれているが、それはノートの見開き片側だけ。もう片方は白紙だ。
「左側はボクの。右側はマックイーンね。それでさ、ボクが書いた疑問とか、思いついた改善点とかも書いてるからマックイーンがやってみてその感想を右側に書いてよ。それで、開いちゃった三か月をこれで巻き返す。マックイーンもボクのデータや考えた知識が手に入るし、同じようなことしてるからwin-winだよね。」
「……ふふ、そうですわね。ぜひ、やらせていただきますわ。しかしながらこんなドッキリみたいなのはやめてくれませんこと? わたくしったらテイオーが腑抜けたことしだしたと思ってひっぱたきそうでしたわ!」
「えぇ~、ひどいなマックイーン!」
そう言いながら私たちは笑いあった。やはり、私達はこれぐらいの方がいい。
「あぁ、忘れていましたわ。こちらスぺさんからのお見舞いの品です。詳しくは知りませんが地元のお菓子みたいですよ?」
「へ~、まぁスぺちゃんジャパンカップに有馬記念の連戦コースみたいだし忙しいのは解るけど、ね。……あ、なんかメッセージカードみたいなのが付いてる。なになに~」
『待ってます。』
「……………へぇ。」
これはなおさら早く治さないと、ね。
というわけでやっと菊花賞終わりです。
やっとスぺちゃんも無敗三冠ウマ娘ですね!
あれ……、なんだか雰囲気悪い……?
次回からは
〇黄金世代の次走について
〇ゴルシちゃんのフランス旅行
〇目覚める皇帝
という感じになりそうです。
あとスぺちゃんは今年中には元に戻るので安心してくださいね。