アルティメットスぺちゃん爆誕【実況プレイ風動画】 作:サイリウム(夕宙リウム)
「アハ、アハハ……、はぁ。」
なんだかもう、乾いた笑い声しか出ない。
鳴りやまない鼓動。無理した足首からの痛み。
そんなもの全部気にならない。
ただ、もう笑うしかできない。
大歓声の中、観客に向かって手を振っている彼女を横目にターフに寝転がる。
「疲れた、なぁ……。」
肉体的にも、精神的にも、もう疲れちゃった。
あのままじゃ追いつけないことが解ってて、どんなに頑張っても追いつけないのが解ってて、
彼女に勝つためにあれだけ時間をかけて、しんどい思いをして、周りに迷惑かけまくって、
それでも、これならいけるかも、って思ったものでも単なる実力差で壊される。
ホントなんだろね。こんな最悪な現実。
アレが才能って奴なら私はソレを恨むよ。
「セイさん、肩。貸しましょうか?」
「…………あぁ、キングか。ありがと。……ごめんね、立てるけどその気にならんの、引き起こしてくんない?」
そう言うと、すぐに私の手を握り立ち上がらせてくれた。
……ホント、自分もつらいはずなのに、よく私なんかのこと気にかけてくれるよね。
私が足首痛めてるのを知って、わざわざ肩貸してくれるもん。
彼女に体重を預けながら、色褪せたターフから去る。
当分、見たくないかもしれない。
「届きません、でしたね。」
「…………だねぇ。」
ただ、歩を進める。
足首の痛みはもう引いてる。
でも、まだ自分で歩く気には、前に進む気力は出てこない。
「このまま、ずーっと勝てないのかなぁ。どんなに努力しても、どんなに頑張って作戦を考えても、どんなに、どんなにやったとしても、…………やっぱり届かないのかなぁ。」
「………。」
「もう、私たち。このまま置いて行かれるのかなぁ……。何やっても勝てなくて、勝負にならないで、どうしようもなくて、でも勝ちたくて。」
「こんな、こんな思いするなら、……………もう最初から走らない方が」
「黙りなさい!」
「えぇ、そんな口を利くならさっさと黙りなさい! えぇ、そうでしょうとも! 何やっても私たちは届きませんでした! 多くの方々に迷惑をかけ、時間を使い、出来る限りのことをして挑んだ! でも負けた! 誰の目から見ても完敗です! 影すら踏ませてもらえませんでした!」
「でも、でも! これぐらいどうでもよいこと! えぇ、どうでもいいんです! どんな負け方をしても、どんなに周りに迷惑をかけたとしても、私たちは走った! 必死に挑んだ! あなたはそれすらも否定するのですか!」
「どんなに弱音を吐いても、どんなにつらい思いをしても、どんなに失敗し、負けたとしても、それがすべてを諦める理由にはなりません! そうでしょう!」
「なのに、なのにあなたはもうあきらめるのですか! あの程度の負けが何だというのです!」
「思っていましたとも! 私たちに勝ち目なんか最初からないんだって! でもね、それでも立ち向かうあなたのその有様はかっこよかった! 無理難題に立ち向かうため、全部の可能性を考えるあなたを見ていた! ほとんどゼロに近い可能性に掛けて、全力を出せるあなたに憧れていた! 私にはそんなことは怖くてできない! ただ、愚直に前に進むしかできない私の憧れだった!」
「それを! それを何ですかあなたは! もう諦めるのですか! もうおしまいなんですか!」
「ただの軽口なら許します。ですが! その言葉の続き、本心からのものだったとしたら………」
「………もういい。もういいよ、キング。」
ーーーーーーーー
「アハハ~、あらキングちゃん? もしかして信じちゃいましたかぁ~?」
貸していた肩を振りほどき、軽く飛んだセイさんが目の前で笑いかけてくる。
少々、無理やりな笑顔だがさっきまでの見ていられないような顔ではない。
「……ハァ、もしかしてまた何かのドッキリですか? だとしたらかなり恥ずかしいのだけれど。」
「二シシ~、カメラが回ってなかったことに感謝するのですな。」
ま、そういうことにしておきましょう。
本心を言いすぎて恥ずかしかったのは事実ですし。
「それにしても足首の方は大丈夫なのですか? 痛めたようにしていましたが?」
「ん~、さっきから痛くないし、大丈夫じゃない?」
「いつから?」
「肩貸してもらってからぐらい?」
「最初からじゃないですか!」
少し、大げさに怒ってみると「わ~いキングちゃんの怒りんぼ~」なんて言いながら逃げていくセイさん。
ふふ、まぁ私たちはこれぐらいの方がいいのかもね。
「さて、私も控室に戻りますか。」
「ま、でも結構きてるのは確かなんだけどね。」
キングのおかげで少しは持ち直したけど、やっぱりねぇ。
ちょっとスぺちゃんと戦いたくはない、かな。
「正直今の段階で勝てる方法なんて全くないし、負ける前提で挑むのはイヤ。かといって今の私にできることなんてないしなぁ……。」
控室に移動しながら色々と考えてみる。私はキングみたいに短距離はできないし、マイルもできるちゃあできるけどそこまで得意じゃない。中長距離適性の私は国内にいる限り絶対にスぺちゃんとぶち当たる。
「これから私もシニア級だし、上の先輩たちと得意じゃないマイルで勝負するのも無理ですしなぁ……。」
出来るなら私の得意な距離で勝負したいけど、スぺちゃんと勝負するのは私が勝利を確信できるまで当分したくない。と、なればどうするのが正解なのか。
そんなことを考えていたらもう控室の目の前に来ていた。
「キングに諦めるのやめま~す。って言ったようなもんだしもう一度ダメになっちゃうまではやるのは決定。でも何をやるか、考えませんとねぇ~。」
モチロン、続けるなら彼女に勝つのを諦めたなりなんかしない。だってあのキングの憧れ、セイちゃんですもの。
そんなことを考えながら控室に入る。
普段なら「ただいま~!」なんか叫びながら入るだろうが、そこまで元気じゃない。一応この後ライブあるし、おいてあるドリンク呑んでちょっと休憩しとかないと持たないよねぇ。
ま、ズタボロのセイちゃんですけども有馬に出れるぐらい応援してもらってるし、ライブぐらいはきれいにこなしませんとねぇ。うむうむ。
「あれ、なんだこの封筒。」
ドリンクの隣に結構大き目の封筒が置いてある。
中身は……、私のパスポートと香港スチュワーズカップの出走登録受付完了されている書類。ちゃんと私用に翻訳もされている。
「確か、マイルだけど……香港三冠のはじめ。」
香港三冠。私にとったら全部ちょっと短いけど、海外GⅠ、取れたらスぺちゃんと同じ三冠。
「………二シシ、いいねぇトレーナー! 最高だよ! これ全部取って、スぺちゃんに負けないぐらい成長して! それで全部が全部、これまでのことまとめて返してやる!」
さぁ、スぺちゃん、首ちゃんと洗って待っててよ。
次の秋シーズン、ちゃんとお返ししてあげるからねぇ!
ーーーーーーーー
「いや~、ライブすごかったなぁ、ウララ! この前のジャパンカップはブロワイエやグラスワンダーが出れなくて残念だったが、今回の有馬はすごかった!」
「……うん、そうだね、トレーナー。」
「……? どうかしたのか、ウララ?」
「ねぇ、トレーナー。私って来年の有馬記念で走れるかな?」
「有馬記念かぁ、ウララが来年もっと活躍できればファンの方がもっと増えて投票してくれるんじゃないかな? そしたら出走自体はできるだろうけど……、芝と長距離。ちょっとウララには厳しくないか?」
「…………そっか! ううん、大丈夫! ウララやれるよ! 」
「お~、そうか。なら今年は芝、長距離の練習を含めたメニューにしような。」
「うん!」
一応有馬記念はこれで終わりです。
次回はキングのちょっとしたこととスぺちゃんの帰郷ですかね。
よろしくお願いいたします。