「のび太?」
静寂な雰囲気の中、先に口を開いたのはラクリーマだった。そして彼はなぜかのび太に手を差し出している。握手のつもりなのか……?
「これって……?」
「何って?見りゃあわかんだろ」
のび太もその不可解な行動に全く理解できないが、とりあえずこちらも手を差し出してみた。互いの手がもう数センチでふれ合おうとした所まで来たその時、
「ところでよ」
「え?」
彼のふと発した一言でのび太の目が前に向いたその一瞬の隙にラクリーマは右足を横に振り切り足払いをかけた。見事に引っかかったのび太は足元を掬われて視点が真正面から横にずれてそのまま下へ落ちていき床に倒れる。
ラクリーマはすかさず右手で彼の口を押さえ込み、今度はブラティストームの内蔵武装の一つである手の甲から鋭い鉤爪を突出させ、
「ああっ!?」
その場にいた全員に緊張が走る。彼の放った鉤爪がのび太の眼孔の前で寸止めされていたのだった。
「ムッムムッ!!?」
のび太は突然過ぎて何が何だか分からなかったが次第に恐怖に駆られて今すぐにでも抜け出したいが、今ジタバタすれば目の前にある4つの鈍い光を放つ鋭利な刃物のエジキになりかねない。本能的にそう感じたのか、のび太は身動き出来なかった。
「キャアアアアッ!?」
しずかはとっさに悲鳴を挙げる。彼女も突然の出来事に何をしたらいいのか分からなくなった。
「心配すんなしずか、別にのび太を殺すわけじゃねえよ」
「え……?」
ラクリーマは彼女を落ち着かせるかのようにそう伝え、押さえこんでいるのび太の方へ目を向ける。
そのあと彼は、いつも通りの不敵な笑みでのび太にこう聞く。
「お前、もしこんな状況になったとしたらここから抜け出せることができるか?」
「?」
彼はのび太を離し、鉤爪も引っ込める。のび太はゆっくり立ち上がるとラクリーマに目を向けた。
「どっ、どうゆう……こと?」
その意味を聞こうする彼に、ラクリーマは分かりやすく説明した。
「さっきみたいに絶体絶命な状況に陥っても気を保っていられるかってことよ!」
「……」
のび太は考え込む。しかし先ほどの事態を想像すれば、どう考えてもまず自分の能力ではどれほど抵抗してもなす術もなく、殺されていただろうという考えに行き着くのであった。
「俺らはどんな状況下にも屈せず、生き残るために訓練してんだ。だがな、訓練ごときで手ぇ抜いて、本番になったら手を抜かないと胸張って言えると思うか?」
彼の言葉が戦闘員全員の心に強く突き刺さる。さらにラクリーマはその場にいる全員にこう説く。
「侵略、特に戦闘時の勝敗は実力もあるが、なにより心理面、つまり強気か弱気か、気ぃ抜くか抜かないかで大きく左右されるもんだ。
確かに疲れてくると気が散漫になる。だからと言ってさっきみてえに押し倒されて凶器が自分の目の前に迫っていて、『ああ、もうダメだ』って弱気になっちまったらもうオダブツになるのは当たりめえよォ。
ちなみに俺はこれに限らずどんなに窮地の状況になっても切り抜けられる自信はある。俺はやるときは常に全力だからな、自然にいくらでも方法は思いつく」
勉強にしても、スポーツにしても得意ではない、好きではないことにはすぐに手を抜いたり諦めたりするのび太とはまさに正反対の考えだ。
「あとさっき握手だと思って油断してたろ?俺がいきなり手を差し出して不思議と思わなかったのか?それともあれは単につられて手を出したのか?」
「あっあれは……」
「……すぐ言えねえとなると、つられたんだろうな。お前ら地球人のことは知らんが実際そんな手取り足取り親切にしてくれる世の中じゃねえぜ。
お前みたいにお人好しでホイホイ人を信用しているとそれが仇となっていつか自滅すんぞ」
ラクリーマの言う通りである。世の中はのび太が思っているほど甘くない。現実はもっと汚く、騙し合いが常の弱肉強食の世界なのである。実際に地球でもそれが日常茶飯事に起こっているのである。
のび太は良いも悪いもお人好しですぐに人を信頼してしまうことがあり、それが元で貧乏くじを引かされるのは度々あり、時には窮地に陥ったことが度々あった。
ラクリーマは短期間でのび太のその性格を見抜いていたのである。
「どうだ、俺は間違ったことを言ってるか?これもみんなこいつらにそうなってほしくねえから言ってるんだ」
「けっけど、さっきの訓練にしたって頑張って疲れてる人に向かってさ、『雑用でもしてろ』とか言ったり、地面に叩きつけるなんて……いくらなんでもヒドいとは思わないの?大体疲れてる時に気が抜けてくるのは当たり前じゃん、僕だってそうだよっ!」
のび太は負けじと反論する。
「それに言うけど、ラクリーマのやり方はこの人達を休憩なしでただ疲れさせてるだけにしか見えないんだけど……」
「ばっバカっ!!」
「……」
次の瞬間、ラクリーマはのび太の胸ぐらをぐっと掴み、憤怒の表情で睨み付けた。
「ケツの青いガキが知ったようなことぬかすんじゃねえ!」
「ひいっ!!」
のび太はこの男の気迫に圧倒されてしまう。しかし彼はそんなことをお構い無しでぐっと持ち上げ始めた。
「キサンがそんな口をきくとこを見ると、いかに今まで楽して生きてきたかよおくわかるんだよ!血ヘドを吐かせてやろうか、そうすれば同じことが二度と言えなくなるハズだ!」
「…………」
「気が抜けている奴が一人でもいると訓練の意味がなくなるだけじゃねえ、真剣にやってる奴に対して失礼なんだよ!邪魔なんだよ!
訓練てのは疲れてるからこそ気を引き締めたほうがよっぽど効果あるんだよっ!!」
ラクリーマは胸ぐらを離すとのび太はペタンと尻餅をつき、彼の方を見上げた。
「俺らが助けたとはいえテメェは部外者だろうが。俺らのやり方に口出しすんじゃねえよ、わかったか?」
「……ううっ……ひっくっ……」
ついにのび太は泣き出してしまった。子供でましてや泣き虫である彼にこんな悪人面した大男が怖い顔をしてそこまで叱咤すれば泣くに決まっている。そんな彼を見かねたラクリーマはのび太を肩をギュッと掴んだ。
「泣くな、男だろ!しずかが横にいんのに恥ずかしいと思わねえのか!!」
「ラ……ラクリーマ……」
「俺はすぐ泣くやつは大嫌ぇだ!!そんな奴見てるとマジでぶっ殺したくなるんだよ!」
「…………」
「のっ……のび太さん……」
彼らのやり取りにつられて今にも泣きそうになるしずかはのび太の方を心配そうに見つめていた。
「ううっ……ラクリーマさん……絶対真面目にやるのでもう一度やらせてくださいっ!!」
「……」
さっき倒された部下が起き上がり、ラクリーマに深くお辞儀をして頼み込む。
しかしのび太は立ち上がると彼の元を行く。
「けっけど……疲れてるんなら……また休めば……」
「のび太だっけ……お前みたいなガキに庇われちゃ俺はもうおしめぇよ。けど……ありがとな……」
「……」
ラクリーマは腕組みをして部下の方をギロッとした目で彼を睨み付けた。
「次に手を抜いてみやがれ、その時はお前を八つ裂きにするからな。てめえらもだ、俺がまた気ぃ抜いたと悟ったらどうなるか覚えておけよ!」」
「はっはいっ!!」
戦闘員一斉に大きな返事をした。
「レクシー、手を煩わしてすまなかったな。のび太としずかを見学室に連れ戻してやれ。訓練参加者は少し休憩をやる。もっかい気を入れ直して訓練を始めるからな!」
レクシーは頷くとのび太としずかを連れて見学室へ歩き出した。
「のび太さん……大丈夫っ……?」
「うん……しずかちゃんに恥ずかしいとこ見せちゃったね……っ」
「そっそんなことないわ、あたしも少しラクリーマさんの指導はやり過ぎかなと思ってたから……」
「……」
レクシーは二人の会話を黙って聞いている。彼は今、何を思っているのだろうか、全く分からなかった。
三人は見学室に近づくにつれて、何やら人らしき姿がうっすらと見えてくる。それは、意外な人物であった。
「ユノンさんだ!」
見学室では彼女は座席に座らず腕組みをしながら後ろの壁に寄りかかり、映像を見ていた。のび太達が近づいても全く彼らの方を見ようとしない。
「珍しいですね、ユノンさんがこんな所へ来るなんて。座らないんですか?」
「……いいわ。仕事が一段落ついてあいつのむさ苦しい姿を見にきただけだから……」
「……そうですかい」
レクシーとユノンは素っ気ない会話して三人は座席に座り込む。
映像にはそれぞれヘタって崩れるように休憩している戦闘員達の横で、絶え間なくシャドーボクシングのように拳と蹴り技を猛烈に繰り出すトレーニングをするラクリーマの姿が映っていた。
一発一発に気を練り込んだ拳突き、蹴り技の素振り、連携、その彼の瞳を見ると、真剣そのものでものすごく集中しているのがよく分かる。
「…………」
しずかはもちろんのび太でさえ、その姿に惚れてしまいそうだ。
「……吸ってもよろしいかしら?」
「あっ……はいっ」
「……?」
ユノンはレクシーから承諾をもらい、しずかの横に設置してある円い穴のついたオプジェに前に立つと懐から何やら細く短い棒を取り出すとそれを口に加えた。それはのび太達も普段見かける物、煙草であった。
ライターらしき物で火をつけ、上へ向かって「フゥ……」とカッコよく煙を吹かす。
それを見たしずかは、まるで恋をしたかのように「ドキッ……」と胸が急に引き締められるような感覚に襲われる。
(こっ、この人タバコ吸うんだ……不良みたい……けど……)
その姿を何回もチラ見してしまう。横から見るユノンの煙草を吸う仕草、吹かす仕草が実にサマになっていて、同じ女性であるにもかからわずとても美しく且つカッコよく見えてしまう。
「……何か用かしら?」
「いっいえっ!なんでも!!」
ジロジロ見てるしずかに気づいたユノンは彼女をじっと見つめる。しずかは焦り、すぐに目をそらすもやっぱりその姿が焼きついてしまっていて何度もみてしまいそうになる。
「……のび太君だったかしら?いい見物を見せてくれてありがとね」
「えっ?」
レクシー達三人とも驚いて一気に彼女に注目する。
普段はあまり自分から話さないユノンがのび太に声をかけた。組織員でもなかなか話さないのに部外者である彼に話をするということは今までにないことだった。
「彼に反抗するなんて……あなた、底なしのおバカさんのようね」
「なあっ!?」
しかし期待を大きく反して、平然な顔でバカ呼ばわりされたのび太は多大なショックを受けた。
「ちょっと酷くないですか!?のび太さんは勇気を出してラクリーマさんに言ったんですよ!?」
「しずか!?」
「しずかちゃん!?」
のび太を庇うしずかの姿に当の本人とレクシーは驚いた。
しずかからしてみれば、大切な友達である彼に罵言を言われて黙っていられるわけがなかった。しかしユノンはこちらを見るどこら全く顔色を変えないでただ映像を見つめている。
「まあ、よかったところもあったわ」
「良かったところ?」
ユノンは目をつむり、軽く笑う。
「あなたの泣きっぷり。鼻水まで垂らしててとてもカワイかったわ」
「…………」
ほめているのかバカにしているのか全く分からず、のび太の頭の中がモヤモヤする。
彼女は言ったことを気にする様子はなく、残り少なくなった吸いがらを穴の中へいれるとそのまま模擬戦場から去っていった。
「……っ!」
しずかは珍しく苛立ちを募り、体をプルプル奮わせている。そんな彼女をよそに、レクシーはのび太に励ましの言葉を送っていた。
「のび太、気にすんな。きっとあの人なりの誉め方なんだよ。普段あんまり話さないからな」
「そうなんですか?」
「多分な」
二人の会話を聞いていたしずかは多少落ち着くが頭の中は考えが複雑に絡みあってすっきりできない。
優しい性格で労ることを知っている彼女からしたらユノンの発言に悪気があったどうかはともかく、友達であるのび太を明らかに見下すような言い方に気にさわっていた。
それもあるがなんといっても先ほどのただ煙草を吸う姿があまりにも印象が残り過ぎて忘れられず、その結果、モヤモヤとなってしまう。そんな中、画面では休憩が終わり再び訓練が始まろうとしていた。
「よっしゃあっ、なら気を取り直して始めるぜ!てめえら準備はいいか!!」
「おおっ!」
さっきの一件で戦闘員も始める前よりも気合いが溢れて全員が大声を出す。これものび太とラクリーマのおかげであろう。
「俺を感心させてくれよな。では訓練再開だ!」
そして訓練が再び始まり、全員が一丸となって励む。その内容や全員の頑張る姿は初めの訓練以上に覇気伝わるものなり、非常に熱き展開へと進んでいく。そんな姿を端から目視していたラクリーマは心を揺さぶり嬉しくてたまらないのであった。
「やりゃあできるじゃねえか!これなら俺も死ぬ気で頑張れるもんよぉっ!」
ラクリーマも満面な笑みを浮かべて自ら訓練に参加していく。その訓練に参加するラクリーマの顔はなんて楽しそうな顔なんだろう。
それは見学室にいたのび太としずかにも伝わっていた。
「ラクリーマ、本当に楽しそうに訓練してるなぁ……」
「あの人達もさっき以上に活気に溢れているわ。これものび太さんとラクリーマさんのおかげね!」
「しずかちゃん……いやぁ……えへへっ!」
「しかし本当にヒヤッとしたわ。もうあんな心臓に悪いことはやめてくれよな……」
思い人であるしずかに誉められデレデレしているのび太、そして肝を冷やして顔色の少し暗いレクシー。
「次々行くぞ、ついてこいよ!!」
「はっはいっ!!」
戦闘が終わるとまた戦闘と……休憩なしの連続地獄が始まる。
様々な戦闘場所を変えて、彼らは疲労しきり、今にも死にそうな顔をしているが、指導しているラクリーマを失望させまいとただ気合いと根性で乗りきっていく……。
「うわあ……これで何回めだよ……?」
「かっ、数えただけで9回目よ……。ホントにキツそうよね……頑張って……っ!」
のび太としずかはそんな彼らに同情している。
この訓練一回につき制限時間30分なため、計6回は約3時間は全く休みなしでこなしているということになる。
だとしたら彼らの疲労はすでにピークを迎えてると思われるが……。
「言ったろ、マジで死にそうになるって……。俺も前にあれをやらされたときは終わったあとその場で『ドサッ』だったな。あんなのもう意地と体力の張り合いだぜ……っ」
「…………」
二人の血の気は引いて、青ざめる。本当にアマリーリスに所属していなくてよかったと思うのだった。
その最中、しずかは不可解な点を見つける。それはラクリーマのことに関してだった。
「レクシーさん、ラクリーマさんを見てて思うけど、あの人あんなに動き回ってるのに全く疲れてないみたいなんですけど……」
彼女の質問にレクシーは半分彼に対して呆れたような表情をし、腕組みをした。
「リーダーは俺達戦闘員のなかでもぶっちぎりで体力がある上に三度の飯より戦うコトが大好きだからな。あんだけ動いても疲れると感じてねえんだろうぜ。見てみろよ、あの顔を」
そう言われ、二人は映像を見ると途中参加であるものの、ぶっ続けで訓練している部下達と劣らぬくらいに動き回り、指揮し、闘っている彼の表情は疲労しているどころか逆に楽しんでいるかのように生き生きしている。
「こんなこと言うとリーダーに失礼だけど、あそこまでいくとどんな神経してんだよと思うぜ……っ」
「「…………」」
――そして、その訓練地獄にも終わりが……。
「これでこの訓練は終了する。てめえらよく頑張ったなっ!!」
ラクリーマの終了合図に参加者ほぼ全員がその場にドサッと倒れた。
「やっ……やっと終わった……っ」
皆、心からそう思うのだった。
「おいおい、そのまま倒れんなや、歩きながら深呼吸しろ。でねえと死んじまうぞ」
「……はい……ぜぇ……ぜぇ……っ」
しかしそれを実行したのは少人数だけで、それ以外は疲労しきり、立つことさえもかなわなかった。
「ご苦労さんっ、てめえらやれば出来んじゃねえか!まあ実際はこれもある意味のび太のおかげかもなっ、あいつに礼言っとくか?」
彼は本当に嬉しそうな笑みで部下達を見つめている。
「……すごかったなぁ」
「ええっ、あの人達も本当に頑張ったよねぇ……っ」
のび太達は感動したのか知らず知らずに涙を流していた。
彼らの頑張りは二人の心に大きく印象に残り、良いものを見れたと心からそう思うのだった。
「何か嫌な予感がするぜ……っ」
「……?」
レクシーは何かに気づいたのか、険しい表情している。
画面を見ると、ラクリーマがまた素振りとさらにフットワークを開始していた。
これはまさか……。
「お前ら、早く呼吸を整えとかねえと次がキツいぜ?」
「…………へ?」
「次は格闘技場で組手やるぜ、あと10分くらい休憩したら移動しろよ?」
「こっ……これで終わりじゃないんですかい……?」
「誰が終わると言った?甘ったれたこといってんじゃねえよ」
彼のその言葉に全員が耳を疑った。これで終わりではないのかと……その場にグニャっと脱力する。
それはのび太達も同じであった。まだやるのかと二人も目を点にして口が開いたまま塞がらないのであった。
「こっ……心に火がついちまったようだな……ハハッ……」
レクシーもただ苦笑いするしかなかった。