「乾杯ぃ!!」
――ユノンを連れ去って、艦内の食堂では大量の酒や食べ物をテーブルに置かれ、騒ぎに騒いでいた。
「…あっ………あ」
ラクリーマの隣の席には彼女は目を点にしながら座っていた。
なにがなんだかさっぱりわからない、部下達の騒ぎ声が耳に入らずあたふたしているだけだ。
「お前、酒飲めないのか?」
「! ?」
彼の声にやっと我に帰り、振り向く。しかし、あまりにもワケがわからない状況で声を発せれるどころか、気分が悪くなる。
「あの時の威勢はどうした?そんなに固くなっちまって」
「…えっ…あっ……」
当たり前だ。殺されるかと思っていたハズどころか、自分をこんなむさ苦しいに招待されて歓迎されるなぞ思ってもみなかったことだ。
「へへっ、ネエチャン楽しんでるかぁ!?」
「ひいっ……!」
酔っ払った部下の一人が彼女に絡んで来たが、当の本人は見るからに嫌そうな顔をしている。
「おいおい、嫌がってるじゃねえか!お前はあいつらと楽しくしてな!」
「へへっ、すんません」
一体、なんだこの空気は。一人の方が楽である彼女にとっては精神的に辛い。
次第にその疑問が徐々に怒りに変わり、拳をグッと握りしめた。
「な……何なのよ……いったい……っ!!」
そのいらだちが募り、ついに、
「いい加減にしてよ!!」
彼女は両手で机を強く叩きつけて全員に睨み付けた。
周りは一瞬で静まりかえる。
「意味がわからないわ……どうしてあたしを助けたの!?あの時は殺る気満々だったのに……!」
「……あの小娘、言わせておけば……」
部下達も徐々に殺意を湧きはじめ、一触即発な雰囲気となりつつあった。
が、ラクリーマは部下に向かって手を前に出し、彼女を目を細めて見つめる。
「まあ、お前ら落ち着け。……おい、娘。名前は?」
「…………」
彼女は答えようとしない。しかし彼にはそれで納得するハズがなかった。
《人の質問に答えられねぇのかァァァーーっ!!》
「!!」
彼の怒鳴り声は、その場にいる全員を震撼させた。
「お前、名前を忘れたワケじゃねえだろ?なあに、聞いたからって何もしねえよ」
「…………」
彼女は震える唇を少しずつ開けて、動かし始めた。
「……ノン」
「何だって?聞こえねえなあ」
「……ユノン」
「そうか。なら、ユノン。お前に聞きたいことがある。助けて悪かったか?」
「なぜ……」
「なぜだと?もう、てめえの故郷と生物は全滅して、てめえ一人生き残ってなんの意味がある?」
「…………」
そんなこと言ったって、あんたらが自分の星を壊滅させたのにその質問はおかしくないか?
「もう一つ聞きたいことがある。お前、夢とかやりたいことがあるか?」
「夢……?」
彼女の答えはNOだ。でなければ、今頃こんな人生になってはいなかった。
「…………」
「……答えられねえか。まあいい。そういえば俺の名前を、教えてなかったな。俺はラクリーマ・ベイバルグ。このアマリーリスのリーダー兼この宇宙船エクセレクターの艦長を務めてる」
ラクリーマ・ベイバルグ……。なんだこの名前、珍しすぎるのもほどがある。そんな名をつける親も恥ずかしくなかったのか。
「俺達はいままで数多くの星を侵略し略奪してきたんだ。何故かわかるか?」
「さ、さあ…………」
「……生活のためだ。俺らが生きていくにはこれしかねえからだ。こいつらはそれぞれの惑星ではならず者、荒くれ者や重罪を犯してきてマトモには生きられねえ奴らよ。つまり社会不適合者の集まりだ」
荒くれ者、犯罪者の集まり……にしては、仲が良すぎるような気がするが、どうしてだろうか。
「こいつらには夢や希望がねえ。だがな、生きたいという意思はあるんだ。だからこいつらにはここがお似合いというわけだ。
ちなみに俺は戦闘や殺戮、そして性欲を満たせればそれでいい。だからこの組織は居心地がいいぜ」
こいつ、一体何を言っているのか。頭がおかしいんじゃないか。
「話は変わるが……お前、どうする?ここに連れ込んだのも、雑用、性欲を満たせる役にさせようかなと思っていたが、嫌か?」
「…………!!」
彼女は拳を握り、睨み付ける。自分を『奴隷』として扱おうとしていた。
「クククッ、まあ嫌だろうな。けど、そうしないとここでは生きていけねえぞ。最も、戦闘やオペレーション、メカニック関連が得意ってんなら話は別だがな」
「なんて……最低な男なの……っ?」
「ここは誰かを招待できるほど余裕がねえ、全員が生きるのに必死なんだよ。お前、生きる意志がないんなら殺す価値すらねえ、近くにある小惑星にでもおろしてやるよ」
「…………」
「クックック、今日は俺が連れ込んだから義理で1日くらいは休ませてやる、明日になったらどうするか考えろ」
「…………」
ラクリーマは笑っていた。彼女にとっては屈辱であるが、同時に今の自分では、まさに無力だと嫌というほど分かるのであった。
……その後、彼女は個室に案内された。しかし、案内のされ方も丁寧ではなく『連れてきてやった』みたいな扱い方だった。
(あたし……どうなるんだろ?)
部屋はきれいに整頓されている。こんなむさ苦しい所でもここだけは別世界のように思えてくる。
とりあえずソファーにゆっくり座り、背もたれして目をつぶった。
……フカフカしていて座り心地は最高だ。
空き部屋のハズなのに、目のいきどおる先まで綺麗にされているのは明らかに不自然だ。
「はあ…………っ」
しかし、彼女はそんなことを思っている暇などない。あの男から課せられた選択肢を選ばないといけなかった。
食べ物や水はおろか、空気すらない小惑星におろされるのは、すわなち死を意味している。
……汚れてでも生きるか、それが嫌でおろされて死を選ぶか。確かに死ねれば、もうくだらなかった自分の人生に終止符が打てる。だが、本当にそれでいいのか、それでは何のために生まれてきたのかわからない。
でも、ここでやらされることは苦痛以外に何事でもないことだ。
何度も悩む、二つに一つ、選ぶしかない。そんな中、
「よお、お気分はいかがかな?」
「!!」
ラクリーマが突然、押し入る。彼女は怯え、体を丸めて震えはじめる。
「おいおい、そんなにおびえなくてもいいだろ!明日、もうひとつの惑星を侵略するんだが見に来るか?」
「…えっ……?」
突然の誘いに耳を疑う。
「俺らがどんなことをするのか見ておくのもいいと思ってな。最も、お前がここで生きていくのならな?」
……侵略という悪の行為を見に行くに気が引ける。
すなわち、彼女の目の前で自分の故郷と同じ目に遭わされるのをただ黙って見させられるということなのだ。
「……まあいい。戸惑ってるんなら強制見学だ。それでいこう!」
「……はっ?」
「明日は早いからよく寝とけよ?じゃあな!」
「ちょっ――」
彼は部屋から出ていった、しかも満面の笑みを浮かべて。
彼女は納得できるはずがなかった。
『あたしの意見ぐらい聞けぇっ!!』っと……。
ますますわけのわからない展開に進み、頭を押さえて溜め息をついた。
……数十秒後、ふと彼女は立ち上がり、部屋から出る。
左右には果てしなく長い通路があるだけだ。同じような部屋へのドアもいくつかあるが、密集しているとはいえない。
簡単に言えば、孤立しているようなものだ。
(これを見ると、ここは相当広いのね……。宇宙船のようだけど初めてだわ……)
惑星ドグリスの技術力は普通に宇宙旅行を海外旅行と同じ感覚……とまではいかないがそれに近似するほどで、様々な宇宙船が建造され、一般人でも用意に近くの宇宙に進出できていた。
彼女の場合、それとは無縁だったために乗ることがなく、この宇宙船エクセレクターが人生初めての宇宙進出であった。かといって、今に置かれている状況上、嬉しいわけがなく、本当に形容しがたい複雑な気持ちである。
「あんたかい、リーダーに連れてこられたって女は?」
振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
顔中に爬虫類のようなウロコを持ち、ラクリーマのように筋肉の浮き出た赤いタイツが目立っている。
――若りし頃のレクシーである。
「へえっ、確かに美人だな。これならリーダーも気に入るのも分かるな」
「…………」
「俺はレクシーってんだ。明日、侵略する際にあんたと一緒に行動させるってリーダーに言われたから挨拶に来たんだ。名前は……ユノンだっけ?」
彼女は数秒後、コクっと頷いた。すると、彼は何を思ったのか微笑し、こう言った。
「――あんた、人と話すのが苦手だろ?」
「!」
ズバリ的中することを言われた彼女は驚き、顔をひきつった。
「雰囲気からして分かるぜ。別に悪く言うつもりはない、ただそう思っただけだ」
彼は彼女を通り過ぎ、振り向き様でまた口を開いた。
「明日は早いぞ。今の内にいっぱい寝とけ。
――あと、この部屋は自由に使っていいがあんまり汚すなよ、そこはリーダーの元カノの部屋だからな」
「えっ……?」
彼はそう言い残し、まっすぐ通路へ去っていった。
(……あいつに彼女がいたんだ。あんな男にも……)
意外に感じつつも、悔しい気分となっていた。
あの男が宴会で話していた通り……ここは犯罪者や荒くれ者、いわゆる各種族の人間社会からのけ者にされた奴らで構成された組織だ。夢も希望もないのに……自分とは違い、明らかに楽しそうだ。まあ、悪事が仕事だからそうかもしれないが。
――自分とは違う。
『ゴソゴソ……』とポケットに手を偲ばせ、中からカミソリを取り出す。それは普段、彼女を『安心させる』ために使うものだった。
(……あたしはこれがないと……。気持ち悪いのはわかっている……けど……)
彼女はおもむろに手首に当てて……。気付いたら左手首にはもう新たな切り傷が出来ていた。
ドロッとした赤い血液が皮膚を伝って下へ雫のように落ち始めた。
彼女はその様子を魅了されたかのように見続けていた。
(……あたしがこんなことしてるって知られたらどう思われるんだろ……)
多分、全員が気味悪がるか『馬鹿』や『気持ち悪い』と一蹴されるに違いない。
今まで誰にも見せたり教えなかった彼女からしたら知られたくない。もしも知られたら……。そう考えた矢先……。
『ドクン!!』
「うっ……うえっ……!」
口を押さえて、すぐに部屋に入り込んだ。
切羽詰まった表情で辺りを見回し、ある場所へ直行した。
「うえええっ!!えっえっ……」
……ある場所とは当然、トイレである。彼女はまた気持ち悪くなり、吐いてしまったーー。
「はあ……っ、はあ……っ」
彼女の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。悔しさと自負の念が込み上げて唇をギュッと噛みしめ、うずくまった。
(あたしは気持ち悪い、異常だ。死ぬ勇気もない、こんなことしかできない。
けど、こうでもしないと生きていけない。
どうすればいいのよ……)
その思いは誰にも伝わるハズがなく、伝えることもできず、ただ虚しさと哀しさに染まるだけだった。