「ユノン……」
ラクリーマはいまだ目を覚まさない彼女の隣に座り、見つめていた。
「う……うう……っ」
「ユノン……?起きたか!?」
彼女から呻き声を発し、すぐに寄りかかる。
少しずつその重たい目を開けて、虚ろな瞳が現れた。
「……ここは……ラク……リーマ……?」
「ここはメディカルルームだ。バカヤロウ心配したんだぞ、死んだらどうすんだ!」
「…………」
やつれたような顔をし、ラクリーマをじっと見ている。どうやら状況を把握できていないようだ。
「あ……たしは……」
「…………」
身体を起こす仕草を見せた彼女を彼が手伝おうと手を差しのべ、支えた。
「起きれるか?」
「…………」
起こすと彼はユノンの右手を優しく握り、口を開いた。しかし彼の発言が後に大波乱を巻き起こすことになろうとは――。
「ユノン、お前がこれからまた腕を切りたくなったら俺に言え。俺の相棒なんだからな」
「……え……っ」
「お前は親に捨てられても……俺はお前を捨てたりしないから安心しろよ」
その発言がユノンの顔色を一瞬で変えた。
「なっ……なんで……あんたがそんなこと……知ってんのよ……っ?」
黙り込むラクリーマに彼女が納得いくはずがなかった。
「……答えなさいよ!!なんであたしが……親に捨てられたってことをあんたが知ってんのよ!?」
――暴露。彼は断片的に映像で見た彼女の過去をあっさりと口にしてしまったのであった。
果たしてそれはうっかりなのか、はたまたなにか考えの上なのかは分からない。
「実はな――」
ラクリーマはこれまでの経緯を全てを打ち明けた。
しかし、段々彼女の顔が険しくなっていった……。
「……あんたたちは……勝手にあたしの全てを……」
「ああ。だがな、お前を救うためにこうするしか――」
彼女の顔は唖然としていた表情から徐々に憤怒の表情へ変貌し、
「………………今すぐあたしの前から消えろ!」
「……おい、どうしーー」
《ここから出ていけえーーっ!!》
「ゆっ、ユノン!?」
彼女の怒号の声が部屋どころか通路にまで響き渡り、ラクリーマも呆気をとられている。
「おっ、おい!?」
「出ていけって言ってるのがわからないのかぁ!!に、二度とあんたの顔なんか見たくない!!」
歯ぎしりを立てて、眉間に深いしわをよせている彼女は今までに見せたことのない表情だ。
「ユノン、落ち着けよ!!そんなに怒らなくてもいいじゃねえか!!」
「……見られたんだよ?あんたたちの思い勝手でわたしの全てを、見せたくないコトまで……わたしを踏みにじったんだァ!!」
……救うためとは言え、彼女からしたら屈辱と羞恥以外の何事にもない。この方法を思いついたサイサリスも快く思っていなかった。
「どいつもこいつも……あたしを汚しやがってぇ……っ!」
ブツブツ一人事を言い出す彼女から危険な雰囲気が漂った。
「ユノン、だから落ち着……」
心配する彼が彼女に手を差し伸べたが彼女が振り払い、拒絶した。
「触るな、汚らわしい!!早く出ていかないと本気で張り倒すわよ!!」
「……っ!!」
とっさに彼女の腕を掴み、冷静な態度で見つめた。
「ユノン、そんなに気にしているんなら俺が謝る。殴りたいのなら好きにすればいい!」
「…………!」
「なら俺も本当のことを教えてやる。今までお前にイタズラや破廉恥ばかりしてきた理由を」
「……なっ、なによ!?」
「それはな……確かにお前が美人すぎてつい手が出てしまったのもある。だが本当はお前を明るくさせようとして行ったことだ」
「どういうことよ!」
「お前は加入して以来、このアマリーリスには場違いなくらいに暗い雰囲気を持っていた。いつも冷たい態度で誰ともつるまないし、つるもうとしない、ずっと一人のお前を俺なりにお前を楽しませようとした」
彼が行ってきた彼女に対するイタズラは全て、彼女のためであり、少しでも彼女の雰囲気を明るくさせようと彼なりの気遣いが生んだ行動であった。
なので、彼女からどんなに制裁されようが説教されようが、懲りずに行ってきたのはそのためである。
「~~~~~っ」
「俺はお前のことを思ってやってきた。そのことだけはわかってく……」
《余計なお世話よっ!!》
無情にも、彼女はラクリーマを否定してしまった……。
「あんたは人の気持ち考えたことあんの!?あんたにとっちゃあ親切かもしんないけど、わたしからしたら不快極まりないのよ!
そうやって自分勝手な思い込みで人に迷惑をかけるなんて愚の骨頂だわ。そんなヤツがリーダーをしているなんて笑い話にもならない!!」
「…………っ」
彼女に一方的に責められる彼は拳をぐっと握りしめた。しかし、彼女の罵言は止まらない、それは今までにうっぷんを晴らすかのように。
「ホントにラクリーマはつくづくムカつく奴ね、はっきり言ってやるわ!」
《神経逆撫でされるのよ!!あんたって男は!!》
「~~~~~っっ!!」
ここまで言われたら普通の人ならへこむかキレるかのどちらか。表情と震えかたを見ればキレる方へ傾いているが、何とか感情を押し殺し、一線を越えずにいた。
「ああっ……っ」
「ユノンさん……っ」
心配になってまた戻ってきたのび太としずかはその一部始終を聞いており、その異様な光景に絶大な恐怖を抱いていた。見たことないユノンの表情、必死に感情を抑えているラクリーマ、こんな二人は見たことがない。そして、二人ものび太達の存在に気づき、注目した。
「お、お前ら来るな、早く部屋から出ていけ!」
ユノンは二人をまるで『敵』を前にしているかのように瞳を細くして睨み付け、歯ぎしりを立てて威嚇する。
「あたしをバカにしにきたのか……?きさまら今すぐに出ていかないとホントにぃ!!」
言葉使いも悪くなり、あの美人だった顔も、今はひとかけらもなくなり今の彼女は例えるなら……『狂犬』。
「ユノン落ち着けっていってんだよ!!お前、おかしくなってんぞぉ!!」
「もおきさまら全員死ねぇ、今すぐあたしから消えてしまえぇぇぇっっ!!」
完全に狂乱し、暴れる彼女はラクリーマに捕まれながらもデスクにあったコップを握りしめ、のび太の方へ本気で投げつけたのであった。
「「ひいいぃっっ!」」
狙いが甘かったのか、二人に直撃せずに壁に激突したが、粉々に粉砕し破片が辺りに散乱した。
《このクソアマアアっ!!》
耐えていたラクリーマもついに激怒、彼女の首根っこを本気で掴み、引き付けた。その時の彼はまるで般若のような凶悪顔に変貌していた。
「オイ、ワレ何ガキみてぇにギャアギャアわめいとんのじゃ?」
その言い回し、ドスの利いた脅し方はまるで日本のヤクザのように思える。
「俺はお前のために行ってきた、別に恨もうが何しようがてめえの勝手だ。俺が許せねえのは、そうやって自分の殻に閉じこもろうとするお前がムカつくんだよ。見てるとヘドが出そうなほどによお!!」
ユノンは彼の手を首から強引に引き離し、まるで見下すような態度をとった。
「私の何がわかるのよ……あんただって……あんただっていつまでも死んだ女に未練がましいくせに!」
「な!?」
その瞬間、ラクリーマは氷漬けにされたように硬直した。
「どんなに好きだったかわかんないけど、もうこの世にいない女よ!いい加減忘れたらどうなの!?そういうあんたを見ているとあたしもムカついてくんのよ!」
彼はついに激昂し彼女にビンタをかました。彼女は頬を押さえてうずくまる。
「思いあがるな!何も知らねえくせに……俺に説教ぶんじゃねえよ!」
「……ぶたれるのは平気よ!子供の頃、死ぬほど殴られたんだからァ!!」
今度は彼女がラクリーマに返しのビンタを叩き込んだ。頬を押さえて、これでもかと言うくらいに睨み付けた。
「……っ!!」
「……ふふっ、ただ一発殴ったぐらいで私が屈するとは大間違いだわ!あんたみたいな男はランって死んだ女のことを死ぬまでウジウジ未練たらしてればいい!」
「ユノン……てめえ」
「今のあんたなんて意気地無しのクソヤロウだ、どうせあたしを本気で殴れないくせに無様なものねえ!」
だが次の瞬間、ラクリーマの頭の中の何かが『ブチ……!』と切れた音がした。そして横で怯えていたのび太としずかはさらにその光景に目を疑った。
ユノンは口元を押さえられて、ラクリーマにのしかかられている。脱け出そうとするが、彼の異常に力を入れているのか全く動けない。
「ラ……クリーマ……なにを……」
のび太の問いに彼はギロッとした目で二人の方へ向いた。
「二人とも、見たいなら見とけ。これが……男と女の行き着く先だ!」
まだ無知なのび太達が見ているにも関係なく彼の空いた手で彼女の下半身に手を忍ばせ、彼女の耳元でこう呟いた。
(お前のその緑色の長い髪……かわいいな……)
「! ?」
ユノンは一瞬で顔色が真っ青となり身体中が震えて、大粒の涙が浮かび上がった……そう、彼女にとってのトラウマが今ここに再現されようとしていた。
(あ……あ……や……め……てよ……おねがい…………だから……っ!)
ラクリーマの指先は彼女の下着に潜りーー。
「覚悟しろや、のび太達に見られながらヤるのはそそられてさぞかし快感だろうなァッ!」
彼は完全にキレている。本当に事に及ぶつもりだ。
(……ああっ……ああっ!!イヤだ!!イヤだ!!イヤだァァァっ!!)
「イ ヤ だ ぁ ぁ ぁ ぁ っ っ ! !」
彼女の悲痛な叫びが、それはまたこの室内どころか通路までも響き渡った。
「…………」
彼は立ち上がると、今度は彼が彼女を見下すような態度をとった。
……彼女はガチガチに震えている。誰の目から見ても非常に怯えているのが一目瞭然だ。
「……本気で失望したぜ。てめえが……そこまでクソな女だったとはよぉっ!!」
ラクリーマは背を向けて、メディカルルームの出入り口に移動した。そこで止まり、彼女にまるで『敵』とみなしたようなギラッとした瞳を向けた。
「てめえみたいな奴はもうアマリーリスには不要だ。一緒にいると俺ら全員の士気が下がっちまう。……2時間後だ。それまでにお祈りでもしてけ」
「えっ……?」
「ラクリーマ……さん?」
そこで放たれた彼の言葉とは。
「2時間後、ブリッジにて俺の手でお前を殺してやる。全員が見ている前でな!」
のび太としずか、ユノンの三人がまるで凍てついた氷のように固まった……彼は好きだったユノンを自らの手で処刑すると言うのだった。
「俺は本気だ。部下を通じて連行させる。お前ら、ユノンに最後のお別れでもしてろ。もし処刑を見たいんならこい」
しかし、ユノンはともかくそれでのび太としずかは『分かった』とうなづけるハズがなかった。
「あんまりだ!!ユノンさんを殺すなんていくらなんでも酷すぎるよ!!」
「そうよ、ユノンさんともっと話あえば絶対にわかってくれるわ!お願いだから処刑なんて惨いことやめてえぇ!」
二人の懸命な訴えも彼の堅い決意が揺らぐハズがなく、
「……酷いだと?この女はもはや仲間でもなんでもない、ここには必要ないヤツだ。
今すぐにでも無理矢理引きずって宇宙空間に放り出したいところだが、こいつは今まで俺らに尽くしてくれた。せめてもの礼に俺が自ら手を下すんだ。逆に感謝してほしいもんだな。
よかったなユノン。お前、最期は孤独にならずに死ねるんだからな」
そう言い残し、ラクリーマはメディカルルームから去っていった……。
「ああっ……ラクリーマぁ!!」
のび太はラクリーマを追って、ルームから飛び出してすぐさま離れていく彼の元へ向かった。
「ラクリーマ……ホントにユノンさんを……」
「ああ。俺は初志貫徹する男なんでな」
「けどラクリーマはユノンさんのこと……」
その言葉に彼は黙り込んだが、長くは続かずにすぐに口を開いた。
「のび太、見ただろ。あいつは……多分一生あのままだ。お前らと一緒に地球に降そうと考えたが……あんなに心を閉ざしてたら、どこにいてもやっていけないだろう。
あいつは死ぬまで本当に惨めに生きるハメになる。そんなことになるくらいなら……今ここで死なせてやったほうが幸せなんだよ」
「ラクリーマ……」
ラクリーマは一人、長い通路を寂しく歩いていった。
そういう冷たい言葉を放つ彼もまた、両手の拳をこれでもかというくらいに握りしめて震えていた。まるでいつぞやのレクシーが言っていたランという最愛の恋人が死んだ時のように……。