……ユノンを処刑するという事実は艦内に瞬く間に広まった。
「ええっ!?本気ですかリーダーっっ!?」
「ああっ、場所はブリッジだ。後の処理の用意しとけよ」
彼の周りには部下達が一斉に集まっている。全員は疑っているような表情であった。
「ユノンさんはさっき重症を負ったばかりなんですよ!?いくらなんでもあんまりじゃないですか?」
「あいつはもうダメだ。戦力外どころか俺らの士気まで下げかねん奴だ。そんな女をいつまでもここに置いとくわけにいかねえ。くせぇやつは元から断たないといけねえんだよ」
と、彼は平然と断言する。
「一体、ユノンさんと何があったんですか……?」
「……」
「なら代わりは誰がするんで……」
「候補はレクシーだ。頭もいいし、統率力もある。なによりあいつなら俺と相性がいい。上手くやってけるだろう。
……以上だ。もし別れを言いたい奴がいるなら好きにしろ。それ以外は各人、時間まで持ち場に戻れ!」
「…………」
誰も反論できなかった。アマリーリスの総リーダーである彼の宣言は絶対であるからだ。命令を無視または逆らうことはすなわち反逆を意味する。
説得しようにも、彼は決めたことには断固として曲げない性格なのは全員がわかっていた。もはや誰にも止めることはできなかった。
「俺はちょっと疲れた。少しだけ、部屋で仮眠してくる。誰も起こしにこなくていいからな」
そう告げ、ラクリーマは部下達から去っていった……。
「はあっ……はぁ……っ、ユノンさんを処刑するって本当かぁ!?」
「レクシー?あとのび太も!」
ちょうどレクシーも彼らの元へ駆けつけてきた。その後ろにはのび太も一緒で息を切らしているのを見ると急いできたのがよく分かる。
「のび太に聞いたらリーダーがこっちに向かったと聞いてな!」
「あの……ラクリーマは……」
「……部屋に戻った。時間まで仮眠を取るって……」
「次の副リーダーはレクシー、お前だそうだ……」
レクシーは頭を押さえて苦渋な顔をした。
「まさかこんなことになるなんて……」
「レクシーさん……」
のび太は事の重大さを前にしても何も出来なかった。
今日さっきまでいた、しかもラクリーマという悪党であるが自分たちを地球まで送ってくれる云わば、恩人が思いを寄せている女性が2時間後には……。
そう思うとあまりの無力さに胸が締め付けられるような気持ちになる。
「僕に……何かできないかな……?」
彼はそう思っていた――。
一方、サイサリスにも部下達を通じてその情報が耳に入り……。
「……そうか、わかった」
「サイサリスさん、どうかリーダーを説得できないんですか?」
「……あいつが決めたことだ、口出しはしない。もう戻っていいぞ」
「サイサリスさん!!」
「戻れって言ってんだろ!!でねえとぶっ殺すぞ!!」
「……っ!!」
部下はそそくさと自分の持ち場に戻っていた――。
「ダメだったか……しかしまあ、これも互いのことを考えたらこれでいいのかもしれねえな……」
そうボソッと呟く彼女だった。
◆ ◆ ◆
一方、メディカルルームでは取り残されたしずかとユノンは無言のまま、ただ来るべき時間まで身を任せているだけであった。ユノンはベッドでしずかとは反対方向に寝そべっていた。
まるで顔すら合わせたくないかのように。
「ユノンさんいいんですか……?このままじゃ、あなたは本当に……っ」
「…………」
ユノンは何も喋ろうとしない。そんな彼女をしずかは。
「ラクリーマさんは……あなたのことを心配しているんですよ?だから少しだけでも理解して…っ」
「うるさい!」
「! ?」
「あたしはもう終わりなのよ!もう最期まで誰とも会いたくない!」
「ユノンさん!」
「出ていきなさいよォ……。もう同じ空気を吸っていると思うだけでも吐き気がする……」
あまりにも自暴自棄な発言にしずかにもついに……。
「どうして……どうしてそんなに拒むんですか……?あなた、あの人に殺されるかもしれないんですよ!?なんで許してもらえる方法を考えないんですか!?」
「……ムダよ」
「どうして!?」
「あいつは決めたことには一歩を退かない頑固者なのよ。もう、誰にも止められない。それに……あたしはもう人生に疲れてね。いっそのこと、一思いに殺してくれれば……」
しずかは拳を震わせて、目頭を熱くさせていた。もちろん、興奮などしていない。今の彼女はあまりに弱々しくての苛立ちである。
「ユノンさん、あなたは前から逃げてるだけだわ!このままじゃ……あなたは本当に死ぬまで孤独のままよ!!それでもいいの!?」
「…………っ!!」
「それにあなたが処刑されるなんて、あたしやのび太さんはもちろん……ここの人たち全員は絶対望んでないわ!!
ラクリーマさんだってあなたを本当は処刑なんてしたくないハズよ!」
「……黙れぇ……」
「お願いだから心を開いて!!あなたの気持ちはわかるわ!けどあなたが変わらないことには……」
《黙 れ っ て 言 っ て ん で し ょ ク ソ ガ キ ! !》
「ひいっ!!」
ユノンはベッドから降りて、殺気を込めた瞳でしずかに睨み付けた。
「……前に言わなかったかしら、あたしにナメた口きくとどうなるかって……。どうやら本当に痛い目に遭いたいようね!」
「ああっ……あ」
「わたしはねぇ、あんたみたいにのうのうと気楽に生きてきたような奴を見るとすごぶる腹が立つのよ……。
何が気持ちがわかるだ。自分がそういう経験をしてないのにいかにも分かったようなツラしやがって……」
「ユノンさん……?」
ユノンの様子は明らかにおかしかった。心の奥底に溜まった黒い部分を全面に押し出しているように、今の彼女は醜く見えた。
「何が孤独よ……ならあんたも一緒に来てくれるかしら……あたしと地獄にねえっ!!」
ユノンはしずかに飛びかかり、首根っこを両手で本気で握り掴み、そのまま床に押し倒した。
「が……かはぁあ……っ」
「どうせあたしはもう死ぬんだ。あんたも道連れにしてやる……っ!!」
ユノンはしずかを殺す気だ。その握力、殺気、全てが物語っている。
……幼い頃、母親が自分に手をかけた同じ方法でーー。
「やめ……てぇ……、ユノン……さ……ん……」
「あ ん た だ け は 許 さ な い ……。 絶 対 に ……」
しずかは悲しかった。彼女は本気だ、そこまで自分を……。
(わからない。わたしはユノンという女性がわからない)
しずかが見た彼女の顔はどす黒く汚いモノが顔中に目や鼻、口が見えないほどにべっとりつき、どんな表情をしているのかもわからなかった。
「~~~~~っ」
ユノンの力はさらに増して、このままではしずかの命は危ない。
(……ふざけ……る……な。なんで……あたしがァァ……っ)
怒り、悲しみが頂点に達したしずかは火事場の馬鹿力と言うべきか、渾身の力で彼女の腕に掴み、首を起き上げた同時に右腕に噛みついた。
あまりの激痛にユノンは「ギャア!」と叫びをあげて大きく後退った。噛まれた部位を押さえうずくまり、しずかを睨んだ。
「このガキィ……よくもあたしの腕をォォ!!」
「ゲホっ……ゲホゲホっ!!なっ……何よぉ……。人がせっかく親切にしてるのに……あなたみたいな分からず屋はホントに見たことがないわ……っ」
しずかは咳き込みながらゆっくり立ち上がり、涙まじりの目でユノンをグッと睨み付けた。
「もうあなたなんて知らない!そんなに殺したきゃ殺せばいいじゃない!!やりなさいよぉ!!」
「このぉ……言わせておけば!!」
「けどそんなんじゃ……あなたはラクリーマさんの気持ちなんて死ぬまでわからないでしょうね!!」
「はあ!?あいつの気持ち?意味が分からないわ!?」
「この際だから言うけどラクリーマさんはねぇ、ユノンさん、あなたのことが好きなのよぉ!!」
次の瞬間、ユノンの険の表情がなくなった。
「いっ、今……なんて……っ」
「聞こえなかったの!?ラクリーマさんはあなたが好きなのよ!!」
「ええっ……ウソ……でしょ」
「ウソなんかじゃない!あたしとのび太さんはこの耳でしっかり聞いたわ!ラクリーマさんはあなたのことが好きで好きでたまらないって!」
「……!!」
「けどそうやって頑なに拒もうとするから……あの人はあなたに好きと言いたくてもできないのよ!」
「あ……ああ……っ」
「ラクリーマさんはあなたをどうしたら救えるか、幸せにできるか本気で悩んでたのよ!それなのにあなたは……あなたって人はァァ!!」
しずかは泣きながらユノンにその事実を伝えた。
すると、彼女は真っ青となり、ぶるぶる震えて両手で顔を押さえ――、
《あ゛ あ゛ ー ー ー っ っ ! !》
今まで聞いたことのない悲しく痛みが混じった叫び声が辺りに響きわたった。その場で顔を押さえながらへたりこんだ。
「ユノンさん!?」
「もう……何がなんだかわからないの……」
彼女は泣いていた。それも悲しみのドン底に叩き落とされたかのようだった。
「苦しいよぉ……誰か……助けてよぉ……もういやなのよぉ…………」
本当に哀れだ。まるで映像内で泣いていた幼い頃の彼女と重なって見えた。
――居場所がなく、恐怖と苦痛に苛まれて泣き続けているあの頃の彼女に――。
しずかは少し後悔まじりの表情でユノンに近づき、肩に優しく手を置いた。
「……ユノンさん、言い過ぎてごめんなさい。
けど、あなたが変わらないと何も変わらないと思う。あなたはラクリーマさんのこと……どう思うの?」
ユノンはやっと冷静さを取り戻し、今まで記憶や思い出を振り返った。
考えてみれば……ラクリーマがいたからこそ、今までなかった自分の生きる場所、能力の活用できる、いわば『居場所』をもらえた。
人見知りで誰とも心を開かなかった自分がアマリーリス、彼のおかげで少しずつだが感情を引き出してくれた。
証拠に今は昔と比べて喋るようになったし、本音を言えたり、尚且つ色んなことをさらけ出すことができた。
そしてしずかが教えてくれたこと――。ラクリーマは自分のために本当に頑張ってくれていたのだと今、初めて実感した。そしてユノンは震えた声で言った。
「……ラクリーマの……こと……自分の気持ち……わからないケド…………わたしも好きよ……好きぃ……」
「ユノンさん!」
しずかは今すぐにでも飛び上がりたいほどに嬉しく感じた。あのユノンが初めて……彼に対する本心を今ここで打ち明けてくれたのだった。
「けどどうすればいいの……このままじゃあたしは……っ」
「ユノンさん、あたしも恋なんてしたことないからよくわからないけど……あの人のことが好きならその思いを自分から伝えたみたらどうかしら?」
しずかはユノンの手をギュッと握り、コクッと頷いた。
「しずか……あなた、ホントにいい子ね。本当にごめんなさい、ヒドイことをして……」
涙を浮かべて謝っている彼女をしずかはこう諭した。
「あたしは大丈夫。それよりも今ならラクリーマさんにちゃんと自分の気持ちを打ち明けて謝れば絶対に許してもらえるわ。
思うの、あの人はそれで許してくれないような酷い人じゃないから」
「ええっ……わたし、行ってくるわ!!」
しずかに後押しされ、急いでメディカルルームから去っていった。
「ユノンさん、頑張って……っ」
しずかは彼女の後ろ姿を暖かい目で見守った。
「はぁ……はぁ……っ」
ユノンはラクリーマを探して艦内をさ迷っていた。もう時間など関係ない、今はもう彼に本当の気持ちを伝えることしか考えていなかった。
「「ユノンさん!?」」
――途中でのび太とレクシーに出会い、足を止めた。
「はぁ、はぁ……らっ……ラクリーマはどこ……教えてっ!!」
わけがわからず焦り出す二人。
「リ……リーダーは……」
「ラクリーマは……司令室で少し休むって!」
「……ありがとう。助かったわ」
彼女は休む暇なく、また走り去っていった。
「どうなってんだ一体……!」
「レクシーさん!!ユノンさんを追いかけよう!」
「おっおう!!」
二人も彼女を追って全速力で走り出した。
……そして彼女は司令室にたどり着き、ユラユラ歩きながら中へ入っていった。
「ラクリーマ……あたし……っ」
彼はベッドで寝ていた。疲れがたまっているのか、ぐったりしているようにも見える。ユノンは彼にたどり着くと瞳を震わせて見つめる。
起こそうと彼に触れようとしたその時、
「……ラン……っ」
「! ?」
突然、あの名前が彼の口から飛び出した。
「……ラン……俺を一人にするな……」
寝言だ。だが彼女にとってまるで絶望の渕に立たされたような気分であった。
「……まだ死んだ女のことを……ううっ……」
彼女はまた涙を流し、引き下がった。
……女の嫉妬である。たとえ寝言でも好きな男性から昔の彼女の名前を出されたら不快極まりないのである。それはいまだに忘れていない証拠。そう……ユノンもそういう心境でだった。
「……ううっ……うああああっ!!」
彼女は泣きながらそこから後にした。部屋から出ると、なりふり構わず駆け出した。
「「ユノンさんっ!!」」
ちょうど駆けつけたのび太とレクシーは大泣きながら走り去っていく彼女とすれ違った。
「…………」
「どうしたんだろ……っ?」
「お前ら、どうした?」
当の本人もさっき目覚め、眠たそうな顔をしてのび太達の後ろに立っていた。
「さっきユノンさ……」
「ラクリーマさん!!」
「しずかちゃん!?」
今度はしずかが三人と合流を果たした。彼女も走ってきたのかえらく息切れしていた。
「はぁ……はぁ……ラクリーマさん、ユノンさんがこっちに来なかったですか!?」
「き、来てないが……あいつがどうしたんだ!?」
「あの人、ついに本心を打ち明けてくれたわ。ユノンさん、あなたのことが好きだって!今、思いを伝えに行くって!!」
それを聞いた三人、特にラクリーマに強い衝撃は通った。
「なんだとお!?……それでユノンはどこに!?」
「それが……っ」
「ユノンさんなら向こうへ泣きながら走り去っていきましたぜ!!」
レクシーが指を差し、ラクリーマは状況をゆっくり受け止めて、三人の方を見た。
「……わかった。あいつを追う。お前らも手伝ってくれないか!?」
「……リーダー、処刑は……」
「なしにきまってんだろオ!!!俺もあいつの本当の気持ちを聞きたい!!頼む、力を貸してくれ!!」
三人は互いに見つめあい、同時に頷いた。
「わかりやした!」
「僕たちも手伝うよ!!ねぇしずかちゃん!」
「ええっ!」
「……恩にきるぜ。レクシー、二人を連れて向こうを探してくれ。俺は反対側から探す!多分、テレポーターを使うからどこに行くかわかんねえ。
あいつを見つけたら通信機で伝えてくれ!俺も見つけたらお前に連絡をとる」
「了解しやした。仲間を総勢させますか?」
「いや、全員はちいとマズい。あいつ感づいて隠れちまったら面倒だ。
キツいがお前らと最小限の人数だけで探してくれないか?」
「わかりました。なら、二人とも行くぞ!!」
「「はいっ!」」
のび太達はラクリーマの反対方向へ去っていった。
「ありがとよ……お前ら」
彼は彼女の走り去った方向へ振り向いた時、
「つ……うっ!」
また怪我している患部に激痛が走る。しかも段々悪化し痛みが増していた。
「くそっ!!こんな痛みなんぞ……あいつの心の傷と比べたらぁ!!」
ラクリーマはわき腹を押さえて走っていった。
――彼らはユノンが行きそうな所へ向かった。自室、休憩広場、ブリッジ、開発エリア、etc……しかし、どこにも彼女の姿はなかった。部下たちに聞いても証言が定かではなく、まさに五里霧中であった。
「ちぃ、ユノンの奴、どこに行ったんだ!?」
ラクリーマは未だに見つからない彼女を探して艦内の至る所を走り回っていた。休みなしで走っていたためか、顔じゅう汗だらけである。しかし、それだけでないようである。
「はあっ……はあっ……っ!!」
息を切らし、わき腹と胸を押さえて立ち止まった。
「……ワリィな、無理させちまって……だが、耐えてくれよ!!」
一呼吸おいて、また走り出そうとした時、
『リーダー……リーダー、聞こえますか!?』
通信機からレクシーの声が聞こえた。
「レクシーか?どうだ?」
『聞いた話によるとユノンさんはどうやらプラントルームにいるようですぜ!』
「プラントルームだと?わかった、今すぐそっちに向かう!お前らもそこで合流だ」
――そして、多目的エリアのプラントルームで4人は再開した。
ブリッジに連絡を取り、オペレーターがモニターで確認すると彼女らしき人物がベンチに座っているのが確認され、未だ出ていないらしい。
「……あとは俺の出番だ。お前らには本当に感謝しねえとな」
「いやいや、これもリーダーのためですから。それに……」
のび太、特にしずかは何かを期待しているように輝かしい目をしている。
「ラクリーマ……ユノンさんに上手く伝わるといいね」
「わたし、信じてるわ。二人の思いが伝わることを……ガンバってください……」
「お前ら……っ。ククッ、照れるじゃねえか。なら行ってくる、三人は解散してくれ」
そう言い残し、彼はプラントルームのドアをまたいでいった。
◆ ◆ ◆
ユノンはプラントルームの中心のベンチで一人、黄昏ていた。
(やはり、自分より死んだ女のほうがいいのだろうか……。
確かにあたしみたいにこんな根暗で心の病んでいる女より、はるかにいいかもしれない。
その女が生きていたら諦めるかもしれないけど、今はもういない。なら自分の気持ちはどうなるの……?やっぱり、あの時なにも知らずに死んでいれば……っ)
これではしずかの言ったことが嘘だと感じ、彼女はため息をついた。
「ユノン、ここにいたか!」
「! ?」
ラクリーマがついに彼女と対面した。
「探したぜ。お前、まだ病み上がりのクセに無茶すんじゃねえよ!」
ユノンは顔を真っ赤にして、立ち上がると彼に背を向けた。
「おいおい、待てよ。こんな機会なかったから二人で話さねえか?」
「…………」
ラクリーマはユノンを無理やり座らせて、彼も隣に座った。
今の室内は夕焼けがかかり、オレンジ色の光が二人を包んでいた――。
「ここの花や植物すごくねえか?これは昔の恋人が咲かせたもんなんだぜ。まあ、ここまでは俺が大事に育てたがな」
「…………」
しかし、彼女は手を握り震えている……。
「俺はな、死ぬまでこいつらを育てるつもりだ。もし万が一、俺が早く死んだらお前がここを引き継――」
「何よ、あんたはあたしにその死んだ女の話をしてどうしたいのよ!」
「ユノン……っ!?」
「そんなにその女が好きなら早く死んであの世へ行けばいいじゃない!けど……あたしにどう責任とるつもりよぉ!?」
彼女は大粒の涙を浮かべた。そして唖然としているラクリーマに対して、ついに――
「あたし……あたし、あんたが好きなのよ!好きで好きでたまらなくなってしまったじゃないのぉ!!どうしてくれんのよォォっ!?」
「……ユノン……お前」
「けど……あんたはそのランって女が好きなんでしょ!!忘れられないんでしょ!!あたしの気持ちはどこに向けたらいいの!?」
「…………っ!!」
あのラクリーマが顔面蒼白となっていた。そう……ユノンも好きだがランのことがどうしても頭から離れられない。これが仇になった瞬間だった。
「おっ、俺はぁ……っ」
「無理しなくていいわよ。どうせあたしみたいに……性格悪くて無愛想で……根暗で……リストカットするような女が人を愛する資格なんてないのよォォ!!」
「ユノン!!」
彼女から涙が溢れだし、立ち上がるとすぐさま走り出した。彼も慌てて彼女に追い付き、腕を掴んだ。
「だから待てよ!!俺の話を聞けよ!!」
「離してよォ!!もうあんたと顔も合わせられないのよ!!処刑するなら今すぐしなさいよお!!」
「ユノン……」
「できないなら今すぐ自ら死んでやる!!」
ラクリーマは泣きじゃくり暴れる彼女の両肩を掴んで無理矢理焦点を合わせ、互いが見つめ合うような状態になった。
「なら俺も今ここで伝えてやんよぉ!ユノン、俺はお前が好きだ!!お前のその容姿、体格、声、性格、行動全てが愛しくてしょうがねえんだよぉ!!」
「…………」
彼女はその場て静かになった。ただ、「ハァ、ハァ」と息を小刻みに吐いている。
「ユノン、俺の前では女らしくなってくれないか?」
「キャア!」
彼女をお姫様抱っこをし、ベンチに座った。数十秒ほど経って、互いに顔も見ず、静かだった周りの空気が彼の声で途切れた。
「ああ、確かに俺はそのランって女が好きだった。情けねぇことに未だに夢の中に出てきては俺から離れていくんだよ」
彼の目はいつになく淋しさを伴っていた。
「前任のボスもランが好きだったらしくてな、そいつの気持ちを考慮して、俺はあいつを死ぬ直前まで、十分愛してやれなかったからかもしんねえ……」
「……あんたって極悪人だけどそこは人間くさいよね……」
「だから頼みがある。どうしてもランのことが頭から離れられなくて本当に困っている。
だからお前の力を貸してくれないか?俺の中にある「しこり」を追い出し、お前しか見れないようにしてくれ」
「あたしは……そんなことできる自信がない。第一恋愛したことが……」
「そんなの関係ねえよ、好きになったモン同士がな。俺はお前を幸せにできるように努力する、毎日好きなだけ愛してやる!」
ラクリーマに優しい笑みを浮かべて近い彼女の顔を見つめた。
「もう一度言うぜユノン。お前が好きだ、俺と付き合ってくれないか?」
「ほんとにあたしなんかでいいの……?」
「当たりめえじゃねえか。俺にはお前みたいなしっかり者が必要なんだよ」
彼女も笑みを浮かべていた。それも今まで見たことのない優しい笑顔で。それは美人である彼女をさらに引き立てることになった。
「……ふふっ、あんたってまるで甘えん坊の子供みたいね……」
「ククッ、そうかもしんねえな。だから頼むぜ、俺の……大好きなお姉ちゃんよお」
「……うん」
……そして室内は夜のように暗くなり、特殊なスポットで再現した月明かりの下で静かに濃厚な口づけを交わす二人の男女の姿があった。やっと二人の思いは重なり、至福の時を迎えた。
『嬉しい……っ、嬉しい……っ』
彼女は絶対離さないくらいに彼を強く抱きしめていた。そしてラクリーマもまた、やっとユノンと一緒になれて死ぬほど嬉しかった……二人は今ここで誓い合うーー。
「やったあああっ!!」
そしてブリッジではその様子を見ていた大勢の組織員は一斉に歓喜と祝福を上げた。しかしここまで綺麗にいくとは誰も思いもしなかった。
その中で、のび太、しずかも二人の姿に嬉しさと喜びが溢れかえっていた。
「二人とも似合ってるね……よかった」
「ええ、ラクリーマさんとユノンさん……ホントにきれい……」
「僕らもああいうふうになりたいね」
「ええっ……って!?どういう意味よのび太さん!?」
「どっ、どういう意味ってしずかちゃん……」
――ラクリーマは口づけを止め、彼女にこう言った。
「どうする?もしかしたらあいつらがこの中見てるかもしんねえぜ?続きは司令室でするか?」
その問いに彼女はクスッと笑った。
「……バカっ……」
――そして、モニターを眺める組織員達は何かを期待しているようにニヤついていた……。
「もしかしたらここで……うしししっ……」
「そりゃあたまんねえや!!」
「こうなったら全員で一部始終を観ようぜ!!」
「オオーーっ!!」
「やっ、やめろお前らーーっ!!いくらなんでも二人に失礼だろ!!それにここにのび太としずかがいるんだぞ!!」
大勢の息が合うなか、レクシーだけが顔を真っ赤に染めて慌てふためいていた。
「いいじゃねえか。それにのび太達にも勉強ということで!」
「だから二人にはまだ刺激が強いっていってんだよ!俺は絶対許さねえぞォーー!」
なんやかんやもめ事を言ってるうちに突然、プラントルームのモニタリングが切れ、映らなくなった。オペレーターがパネル操作しても全く反応がない。原因は……すぐに全員気づいた。
「あ~あっ……。リーダーの仕業だ」
「よく見たらドアもロックされてるみたいだな。これじゃあ観れねえぜ……」
「ちぇっ……」
落胆の言葉とため息が辺りに飛び交う。まあ、これで二人のプライベートは守られたわけで一件落着である。
当然、のび太達は一体中でどんなことが行われているのか想像できなかった。
一方、開発エリアでもこの映像が流れており、その様子にサイサリスは安心していた。
「…………」
だが少し、腑に落ちないような雰囲気も出していた……。
◆ ◆ ◆
次の日、エクセレクターの修理を終えてついに再発進した。ラクリーマによると、あと1日で地球のある銀河系の手前の宙域に行けるという。のび太達二人にとってはとても待ち遠しいことだ。しずかとのび太は通路を歩いていると前方から女性の姿がこちらに近づいてくる。
「ユノンさんだ」
「あっ!」
彼女はいつも通りの仕事に戻り、いつもと同じく飄々と歩いている。
「「お疲れ……さまです」」
「…………」
何も言わず、軽くお辞儀しただけで互いの横を通る。そこから数歩歩いた後、
「しずか?」
「はっ……はい!?」
「ありがとう、心の底から礼を言うわ。また……あたしの話相手になってくれないかしら?」
なんと彼女から感謝と誘いの言葉を言われて、二人はすぐに振り向いた。そしてしずかは嬉しさのあまり、顔をにんまりさせた
「ユノンさん……はい喜んで!」
「フフ……っ、楽しみにしてるわ。それからのび太君、戦闘訓練の時は本当にごめんなさいね」
彼女からの謝罪に彼は思わずびっくりして、
「い、いえ!それよりもユノンさんが元気になって僕も嬉しいですっ、あと僕もよければユノンさんとお話したいです!」
「のび太君……本当にありがとう。あなた達とはもっと早く出会うべきだったのかもしれないわね」
「ユノンさん……」
「なあんてね。じゃあまたーー」
彼女も笑い、歩き出した。今度はしずかが彼女に、
「最後にユノンさん?」
「……?」
「ラクリーマさんとお幸せにぃ!!」
満面な笑みで彼女に祝福の言葉を浴びせた。
「…………」
ユノンは二人の方へ振り向き、なんとピースサインをしてとびっきりの満面の笑みを返した。
美しく、可憐な印象を伺わせるほどで、それは彼女が心を開いたことを表す出来事であった。
それを見た二人はどれほど嬉しい事だろうか。言葉にできないほどであろう。
ーー長かったのび太達の旅もようやく終わりを迎えようとしていた。しかし、向こうには宇宙屈指の強大組織『銀河連邦』が待ち構えていることを、二人は知るよしもなかった。
次回から後半部になります。