遡ること数週間前。
今日の授業が終わりウマ娘たちが各々の時間を過ごすとき、スピカのメンバーがいつも通りにトレーニングを始めようとした時、こちらに向かってくる人影があった。
「スピカのみなさーん!待ってくださーい!」
「あれ、あの人って」
「たづなさん、ですわね……」
慌てた様子でトラックへと走ってくる緑色の制服と黄色のネクタイがよく似合う女性は、トレセン学園理事長の秘書「駿川たづな」だった。理事長とともにウマ娘が全力で学業とレースに集中できるよう日々尽力していることはこの学園に通っているものならば誰もが知っている。
普段は落ち着いた様子でウマ娘たちを見守っているたづなが、息を切らしながらというのは何かあったのではないかと、スピカのメンバー全員が予感せずにはいられなかった。
「はぁ、はぁ。皆さん落ち着いて聞いてほしいのですが……」
「たづなさん、息を整えてからで大丈夫ですよ。少し落ち着いてから話しても……」
「いえ、それどころではないんです!一刻も早く皆さんに伝えなければならないことなんです」
スペシャルウィークが息を荒げるたづなを落ち着かせようとするが、そんなことはお構いなしとたづなは話を続けようとする。
あまり見たことのないたづなの焦りようにメンバーは黙って次の言葉を待つしかなかった。
「トレーナーさんが、沖野トレーナーが事故にあわれて病院に搬送されたんですっ!!」
「「え、えええぇぇぇっっ!?」」
衝撃の事態に全員の耳と尻尾がピンッと立ってしまう。それもそうだろう。いきなり担当のトレーナーが事故にあったと言われて落ち着いているウマ娘がいるほうがおかしい。
沖野は適当で、いきなりウマ娘の脚に触ってくるなどあまり褒められるようなトレーナーではないが、ウマ娘に対する熱意と真摯に向き合う姿勢は本物だ。
それを知っているスピカの面々も、少なからずトレーナーのことを信頼はしているし、指導の方も理にかなったものを考えてくれている。
そんなトレーナーが事故にあったと聞いて落ち着いていられるほどメンバーも薄情ではなかった。
「とと、トレーナーさんは無事なんですか!?」
「それが……。私の方にも先程この知らせが来たばかりでしたので詳しくは分からないんです……」
スペシャルウィークが声を震わせながらたづなに沖野の安否を聞くが、どうやら学園側も詳細な情報は入っていないようだった。混乱を招かないように、基本的には学園側は情報の整合性を取ってから各所へ発信するが、今回は事が事だけに最低限スピカには伝えるようにしたのだろう。
「でも、搬送中ってことはまだ生きてるってことだよな。事故の規模も分かんねぇけど取りあえずは大丈夫なんじゃねぇか?」
「それでもまだトレーナーさんが安全だということにはなりませんわよ。容体が急変したりなどすれば……」
「あーもうっ、ここで話してたって何も分からないんだし、取り敢えず病院に行こうよ!たづなさん、病院の場所教えて!」
「あっ、はい!」
最初は他のメンバーと同様に驚いていたゴールドシップとマックイーンも落ち着きを取り戻してきた。ゴールドシップのたづなの発言から沖野は無事だという予想も、楽観的だとマックイーンに諫められるが、誰もがそうであって欲しいと願っていたことは事実だった。
「それと皆さん、緊急時ですがくれぐれも、公道では規定以上の速度で走らないようにお願いします。でないと他にも負傷者が出かねないので……」
「分かっております。こういった状況の時こそ落ち着いて行動しなければなりませんから」
毅然とした態度で答えるマックイーン。メジロ家の名を持つものとして、この場は何とかしてみせるといった自信なのだろうか。
頼もしく見える姿だがそれ以上に、この事態に深刻な者が一名いた。
「あぁ、ああぁ。トレーナーさぁん……」
「スズカさんっ、そんなふらふら歩いて危ないですよ!というか病院は逆方向ですよ!」
「ちょっとウオッカ、私も手貸すからスズカさんをなんとかするわよ!」
最初の絶叫以降、一言も発していなかったスズカがおぼつかない足取りで病院へと向かおうとしている。耳もペタリと倒れており、いつもの凛としたスズカの面影は微塵もなくなってしまっていた。
「おいおい、あれ結構重症だぜ?」
「……何とかしてみせますわ」
「お願いしますね、マックイーンさん」
たづなに見送られ病院へと向かうスピカ。スペシャルウィークとスカーレット、ウオッカの三人で何とかスズカを支えながら、法定速度ギリギリの速度で走る。本当なら一刻も早く沖野の無事を確かめたいが逸る気持ちを抑え、信号が変わるのを待つ一同だった。
後半ちょっと中身薄いですがこれ以上考えても遅くなりそうなのでサクッと仕上げました。正直スズカはこんなに動揺するかと思いましたが、クールなキャラは偶にこのくらいになるほうが好きです。